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9話 万死に値する

9.01


「すみれ、だから、ちょっと待ったって言ってるだろ!!」

「信人君、それで? 私は何回、君の心臓にナイフを突き立てたのかしら?」

「11回だ!!」

「結構、早かったんだね。万死とまではいかなかったか?」

「そんなに殺させて堪るか?」

「でも、君が回数を数え始めた1回目が本当に1回目だって言い切れる?」


9.02


 確かに、初めて走馬灯を体験したとき、あまりのクオリティの高さに、これも現実の世界ではないかと錯覚するような感覚に襲われたのは事実である。逆に言えば、僕が現実の人生だと疑わずに過ごしてきた日々もまた、既に走馬灯であったとしても、完全には否定できなかった。


9.03


「案外、万死に値するなんてこともあり得ない話じゃないかもな」

「それで結局、君は、少なくても11回繰り返して、どこまで分かったの?」

「すみれが肝試し大会のループに気付いていたことは、すぐに分かった」

「それくらいは、君が現実の人生と呼ぶ世界でも分かりそうなものだけど」


9.04


「僕は、走馬灯を見ながら、何度もオリジナルの僕に命の危険が迫っていることを伝えようとした」


「そうそう、あの『ちょっと待った!』ってやつ笑えたわ」


 すみれは血に染まることのなかったナイフを床から拾い上げ懐にそっと戻した。


「いくら強く念じても、あれが限界だった」


9.05


 無意味なモールス符号のまばたきでオリジナルの僕の頭痛が酷くなった件については黙っておこう……。


「へ――、そんな面白いことも起こっていたんだ」


 信人は心の声が今はすみれに筒抜けなことを忘れていた。


「そして11回目でようやく分かったんだ」


9.06


「すみれは、命を落とすたびに、走馬灯を見ている自分とオリジナルの自分との間で交換を使ってたってことなんだろ。そうやって、記憶の上書きを繰り返した」


「正解! 君もそれを使ってナイフを払い除けることができたんだね。でも分かったことはそれだけかい? それだとまだ半分。50点かな」


9.07


「すみれ、お前、何者なんだ」

「それは、こっちのセリフだよ。あんなに何回も繰り返したのに、まだ、自分が何者なのか分からないのかい?」

「何者って僕は信人だよ」

「だから、それが違うって言ってるんだよ。信人は僕さ」


 聞き間違えではない。彼女は、いや彼は確かにそう言った。


9.08


「ブレックファーストの後のコーヒーは格別よね。しかもそれが空の上でっていうんだから最高よね、界人」


「そうですね。でも主任それお代わり何杯目ですか?」


 何度、繰り返しても走馬灯はそこから始まった。最後まで意味が分からなかったのが時間と場所の不可解なひずみである。


9.09


「能力の対象者の意識を一時的に僕の意識の中に取り込んでいるんだ。過去の意識だって取り込める。時間と場所さえ分かれば、多分、未来でも……」


「信人、お前、まさか! やめろ――――――!!」


「キキ――ッ! ド――ン!」


「界人――――――!!」


9.10


「そう、そこだよ。分かってるじゃん。界人おじさん」

「嘘だろ、お前、まさか、本当に信人なのか?」

「信じたくない気持ちは分かるけど、そうさ、君は、高梨界人、つまり高梨李依の父親さ」


 すみれの姿をした信人は、かつて、遥の息子として接していた頃の信人の口調で説明を始めた。


9.11


「あの日、界人おじさんは僕にこう言ったじゃないか」


 僕から李依さんに、父親の死は君のせいじゃないと伝えて欲しいと……


「それに対して僕はこう答えた」


 他人の僕から伝えたところで、それは慰めの言葉にしかならないよ。


「どういうことだよ!」


 信人の姿をした界人は少し声を荒げた。


9.12


 言葉通りの意味さ。僕には荷が重すぎた。だから自分でやってもらったまでさ。僕はあの時、交通事故で息を引き取る直前の界人おじさんの心の声にチューニングを合わせた。つまり、おじさんの意識を僕の意識の中に取り込んだんだ。通常であれば、しばらくすると意識はあるべきところへと帰って行く。


9.13


 だけど、おじさんの意識は帰る場所を失い僕の中に留まることになった。ここから先は少し考えが甘かったかな。長時間他人の意識が自分の意識の中に留まれば、その負荷によって僕の自我は一時的に崩壊し、数日もすれば僕の身体におじさんの意識が馴染んで目を覚ますと予想してたんだけど……


9.14


「数日どころか、4年もかかってるじゃないか!!」


「ごめん、ごめん、でも、死の運命を乗り越えた高梨界人の意識が入った岡本信人の出来上がりってわけさ」


 悍ましいことを楽しげに語る信人に憤りを感じる界人。


「信人、それは、方法であって動機にはならないだろ!!」


9.15


「自我が一時的に崩壊って、そのまま戻らなかったらどうするつもりだったんだよ!!」


「界人おじさん、ママの気持ちには気付いていたでしょ」


 信人の声のトーンが急に変わった。


「ママは界人おじさんのことを本気で愛していた。それは毎日ママの心の声を聞いてきた僕が保証するよ」


9.16


「僕はもうこれ以上、ママのおじさんに対する叶わぬ悲痛な叫びを聞いていられなかったんだ」


 信人は一瞬うつむき、すぐに界人を見据え、付け加えた。


「逃げ出したかったっていうのが本音かな。それが、僕の器を界人おじさんに差し出した動機だよ」


 すぐには、返す言葉が見つからない界人。


9.17


「ママとうまくやって欲しかった。自分が界人だって言えばママはきっと信じると思ったんだけど……」


 そんな信人の気持ちも知らずに、記憶を失っていた私は、彼女のイメージする彼女の信人として生きていくなどと息巻き、自分が信人だと思い込んで遥に接してしまっていたのだ。


9.18


「でも、李依さんのことは自分でできてよかったでしょ? 親子でラブコメしだしたときにはどうしようかと思ったけど……」


「そりゃ――、手をつないでも何とも思わなくて当然だよな」


 水族館前での怪異現象も何のことはない。


9.19


 命日という特別な日が何だの、二人にとって特別な場所が何処だの、トリガーが誰だのと宣っていたが、単にその瞬間、私が思い出の水族館をきっかけに記憶を取り戻していただけのことだった。憑依せれている間の記憶が存在するはずがないという考察は正しかった。感情が揺さぶられて当然である。


9.20


「それで、だいたい予想は付いてるんだけど、信人が何ですみれの中にいるのかも一応教えてもらってもいいかな?」


 実際には、あまり予想は付いていないのだけれど、見得を切る界人。


「仕方ないな――、界人おじさんが心の声を聞く力を使えたのは、どういう原理かは理解してる?」


「さぁ――?」


9.21


「そこからかぁ? 簡単に言うと、おじさんに僕の身体は乗っ取られていたわけだけど……」


「人聞きの悪いこと言うなよ!」


「僕の意識は完全に消滅したわけではなく、おじさんの意識の裏側に眠っていたような状態で、僕の意識を介して能力が発動していたって感じかな」


9.22


「そして、神坂さんが僕の身体に向けて能力を発動したとき、界人おじさんの意識ではなく僕の意識と作用してしまった」

「それじゃ、すみれの意識はどこに行ったんだ?」

「僕の身体の中で、界人おじさんの意識の裏側に眠っているんじゃないかな」

「だから、私が交換を使えるようになったってことか」


9.23


「結局、身体が一つ足りないってことなんだけど……どうしよっか?」


 これ以上ないほどに、どうにもならない問題のはずなのだが、信人の軽い口調で言われると何とかなってしまう気がするのは何故だろう。


「もし私が今、すみれの身体に向けて交換を使ったらどうなるんだ?」


9.24


「それは、僕の意識に対して、界人おじさんの意識が作用するか、神坂さんの意識が作用するかにもよると思うけど……」

「そんな微調整が、私にできると思うか!?」

「ですよね――」


「確か、李依さんとの交換は成功したんだったよね」


 その時、二人は初めて気付いた。李依の姿がそこにないことを。

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