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8話 カウントアップ

8.01


「ブレックファーストの後のコーヒーは格別よね。しかもそれが空の上でっていうんだから最高よね、界人」


「そうですね。でも主任それお代わり何杯目ですか?」

「いいじゃない、お代わり自由なんだから」


「それより界人、いつまでシートベルトしてるのよ、あなたもしかして怖いの?」


8.02


 その時、遥のコーヒーカップがソーサーの上でカタカタと揺れた。そこから先は一瞬の出来事だった。けたたましい爆発音。それとほぼ同時に猛烈な爆風が機内を襲った。シートベルトが辛うじて私と座席を繋ぎ止めていたが、機体と座席がいつ分離してもおかしくない状況である。そして私も覚悟を決めた。


8.03


 これって、ママと李依のお父さんのことだよなぁ……どういうことだ???? って、待て、待て、待て、僕は何を見させられているんだ!? 僕の走馬灯の中で李依のお父さんの走馬灯を見ている!? 全く意味が分からない!! 僕の脳は完全に壊れてしまったのか!?


8.04


 僕は走馬灯の中でママと李依のお父さんとの微妙な距離感を見せつけられる。モールス符号。ヒコウキノルナ。神の啓示。からの「遥、結婚しよう……」である。主役であるはずの僕はと言うと、そんなママの息子として脇役的に登場する。


8.05


「能力の対象者の意識を一時的に僕の意識の中に取り込んでいるんだ。過去の意識だって取り込める。時間と場所さえ分かれば、多分、未来でも……」


「信人、お前、まさか! やめろ――――――!!」


「キキ――ッ! ド――ン!」


「界人――――――!!」


 あれ!? 時間と場所が飛ばなかったか!?


8.06


 何も見えない。何も聞こえない。無音状態の暗闇。


「いや、待て、何かあるぞ!」


 今の状況でこれを視界と呼んでいいのかは分からないが、視界の右下に小さく数字が表示されている。そして何桁かある数字のうち下2桁が変化している。


 00:01:12

 00:01:13

 00:01:14


8.07


 1秒ごとにカウントアップしている。どうやら時間の経過を表しているようだ。


 00:01:58

 00:01:59

 00:02:00

 00:02:01

 00:02:02


 無音状態に耳が慣れてきた。


「何か聞こえるぞ!!」


8.08


 静かな部屋でテレビを真っ暗な画面にして、消音状態にしていても、電源だけは付いていると分かるような微かな音である。


 00:03:31

 00:03:32

 00:03:33

 00:03:34

 00:03:35


 数字のカウントアップとその微音は永遠と続いた。


8.09


 04:11:07

 04:11:08

 04:11:09

 04:11:10

 04:11:11


 早送りなど、できるはずもない。


 78:11:12

 78:11:13

 78:11:14

 78:11:15

 78:11:16


8.10


 8791:05:41

 8791:05:42

 8791:05:43


「8791時間!? 1年と1日と7時間だと!!」


 21552:37:37

 21552:37:38

 21552:37:39


 信人の精神は限界を迎えた。そして、彼は視覚と聴覚を完全に遮断した。


8.11


 35063:59:52

 35063:59:53

 35063:59:54

 35063:59:55

 35063:59:56

 35063:59:57

 35063:59:58

 35063:59:59

 35064:00:00


 カウントアップとその微音は突然止まった。


8.12


 眼前が白い。背中に重力を感じ、それが天井だと初めて気付く。首を左右に動かしても色彩に変化はない。間近に視線を移す。それでも白い。


「これはシーツか? それに身に着けている衣服も」


 ようやく聴覚も活動を開始する。


「軋む音?」


 どうやら僕は、病院のベッドで目を覚ましたようだ。


8.13


「もう、いい加減にしてくれ!! 4年間の昏睡状態を等倍で体感させられたってことか!?」


 そこから先は全てが予定調和だった。僕は人の心の声を聞くという能力をフル活用して、記憶補正作業を高校に進学するまでに完了させた。そして、高校2年の夏にまた高梨李依と出会った。


8.14


 彼女が父親を呪い殺したという冤罪を晴らし、恋人ごっこと称してラブコメ展開をすり抜け、7年間どうしても伝えられなかった謝罪の言葉を李依の父親の代わりに水族館で受け取り、テンションMAXな僕のママと引き合わせ、百合っ子こと神坂すみれとの仲を取り持ち、無限ループな肝試し大会を経験した。


8.15


「信人、遅刻するわよ――」


 これから数時間後に僕は死ぬ。ようやくこの永遠とも思えた走馬灯も終焉を迎える。その解放感から比べれば、死への恐怖心など瑣末なことに思えた。


「そうだね、ほんと、万死に値するね」


 すみれは徐に護身用のナイフを取り出し、信人の心臓に突き立てた。


8.16


 やっと死ねる。やっとこの走馬灯から解放される。覚悟を決め目を閉じる信人。次の瞬間、彼は願ってしまった。


「まだ、死にたくない!! 僕はまだ李依の後悔を完全には消し去ってあげられていないじゃないか!!」


 そして、2回目の走馬灯が始まった。


8.17


「やってしまった!! 僕は死の直前に何であんなことを願ってしまったんだ!? 僕の李依に対するこの感情はなんだ!?」


 恋をした経験など全くないのだけれど、恋心とは少し違う気がした。


「信人、遅刻するわよ――」


 また、この日に帰ってきてしまった。ループはもう御免である。


8.18


 僕は散々見せつけられた李依のお父さんの走馬灯を思い出した。こちら側の世界でまばたきをして、あちら側の世界の自分に死の危険を知らせれば……。なぜか僕の頭の中にはモールス符号の変換表が完璧に記憶されていた。スミレニササレル。僕はモールス符号の通りに、まばたきを何度も何度も繰り返した。


8.19


 めまいで視界が暗転と明転を繰り返すほどに体調は芳しくなかったが、無理やり制服に着替え、ふらつきながらも、家を出た。


「バカか、僕は!! 僕の身体には健康計測アプリのためのインプラントなんて施されていないじゃないか!! ごめんなさい……それ、こっちの僕のせいです……」


8.20


「あっ、今、これはエッチなことに使えるって思ったでしょ?」

「信人! 分かってる!? あんたがそれやったら犯罪だからね!!」


 ここだ!! ここで行動を起こさなければ、また繰り返しだ!! でも伝える手段が分からない。信人には、ただただ、心で強く念じることしかできなかった。


8.21


「ちょっと待った!!」


 何の根拠もないのだが不意に身の危険を感じ、自然と声を上げる信人。しかし、どちらの方向から危険が迫っているのか分からない。


 えっ!? 伝わった!?


「そうだね、ほんと、万死に値するね」


 すみれは徐に護身用のナイフを取り出し、信人の心臓に突き立てた。


8.22


 覚悟を決め目を閉じる信人。そして、3回目の走馬灯が始まった。


「僕の祈りがオリジナルの僕に伝わった!?」


 確かに、あの時、オリジナルの僕は何らかの異変を感じ取ったかのように見えた。しかし、それは虫の知らせ程度のこと。そんなものでは、彼の行動を変えさせることなどできるはずもなかった。


8.23


「信人、遅刻するわよ――」


「ちょっと待った!!」

「そうだね、ほんと、万死に値するね」


 すみれは徐に護身用のナイフを取り出し、信人の心臓に突き立てた。そして、4回目の走馬灯が始まった。5回目の走馬灯が始まった。6回目の走馬灯が始まった。7回目の走馬灯が始まった。


8.24


「信人! あなたすみれとは違うんだから、分かってる!? あんたがそれやったら犯罪だからね!!」

「ちょっと待った!!」

「そうだね、ほんと、万死に値するね」


 すみれは徐に護身用のナイフを取り出し、信人の心臓に突き立てた。すんでのところでナイフを払い除ける信人。

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