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5話 SOS

5.01


 肝試し。夏の夜に霊的な何か、その恐怖から耐え忍ぶ日本の伝統的なイベントである。恐怖という感情は自己の認識と現実との格差から生まれる。この場合、自己の認識の方を否定してしまえば、それはただの誤解ということで話は終了である。現実を否定して初めて怪異現象となり得るのだ。


5.02


 霊的な何か、それは幽霊であり、それは霊体であり、それは死んだ人の魂である。神坂すみれの能力を魂の交換と考えるならば、その魂が生者のものか死者のものかという点を除けば、それも霊的な何かということになるのだろうか。


5.03


 もっと言ってしまえば、先日の水族館前での怪異現象はまさに霊的な何かである。李依の父親の魂が僕の身体に憑依した。その差は、もはや身近な人か他人かだけである。ここ数日、そんな現象を体験してきた僕らにとって肝試しはあまりにも物足りないイベントのように思えた。


5.04


 そのイベントの会場はというと、いわゆるハイキングコースである。車でわずか1時間。都内では珍しく自然に触れ合えるとあって昼間は家族連れでにぎわっているようだ。駐車場を後にするとすぐに見えてくるログハウス。何棟か灯りがともっていた。そこから少し下った川原に簡易テントが点在している。


5.05


 日が落ちると天体観測が楽しめるのだ。そんな何かを心待ちにしているような空気が充満しているスポットをひっそりとすり抜け、僕らはハイキングコースの入口までたどり着いた。一本の外灯に虫が群がっている。いつの間にか辺りは完全に闇に包まれていたようだ。


5.06


「それでは第1回ドキドキ肝試し大会を始めま――す」


 みんな注目と言わんばかりに声高らかに開催を宣言する信人ママ。彼女のテンションとは対照的に場の空気は静まり返った。


「それじゃ、これ引いて――!」


 5本の割り箸を差し出す信人ママ。どうやらお手製のくじ引きを持参したようである。


5.07


「えっ!? 私が李依とペアじゃないんですか?」


 不満げな表情を隠しきれていないすみれ。


「みゆきが来たから5人だと奇数だから」

「なんか角がある言い方ね、遥」

「別に、深い意味はないわよ」


 信人ママと李依ママは微妙な空気で淡々と会話を消化する。


5.08


「は――い! みんな掴んだ? はずれを引いた人はここで留守番だからね!」


 信人ママが差し出したくじを一斉に引き抜く4人。そして、ペアが決定する。


「まずはみゆきと信人のペアから出発ね。5分遅れて私と高梨さんも出発するから」


 完全に信人ママの仕切りで会が進行していた。


5.09


「え――――、私は? まさか…………」


 すみれは割り箸の先端を顔に近づけると、恐る恐る目を開いた。


「おめでとう! はずれで――す。神坂さん留守番よろしくね――」


「んっもう、信じられんけん!」


 失意のどん底のすみれを尻目に進行のスピードを緩めない信人ママ。


5.10


「それから、これを忘れないでね」


 ここから先にはもう外灯はないようだ。信人ママはリュックから懐中電灯を取り出し、信人に手渡した。


「それじゃ、みゆきと信人から出発!!」


 入口の案内板によると、ハイキングコースは緩やかな上り坂のようだ。


5.11


 丘と言ってしまってもいいほどの小さな山の周囲をぐるっと半周するように細い道が通っている。日が落ちてから使われることを想定していないため、お世辞にも安全な道とは言えなかった。そんな人一人が通るのがやっとといった小道に信人と李依ママは足を踏み入れるのだった。


5.12


「なんか、すいません。ママ一人で張り切っちゃって」


 恥ずかしそうに話を切り出す信人。


「それにしても、李依さんのお母さんとママが高校の同級生だったなんて全然知りませんでしたよ」


「そうね。あの子、学校のこと全然話さないから。まさか信人君とお友達だったなんて」


5.13


 それは友達の母親との他愛もない会話のはずだった。しかし、信人はちょっとした好奇心から彼女の裏側の声に耳を傾けてしまった。


「遥は信人君と、よくもま――のうのうと幸せに暮らせるもんだわ!! 私たちの幸せをめちゃくちゃに壊しておいて!!」


5.14


「高梨さん、私たちもそろそろ出発しましょ」


「つ――か、これって何の会よ! お互いの母親と肝試しって!」


「ま――いいじゃない。くじ引きだし文句なしよ」


 信人ママはリュックから懐中電灯を取り出し、李依に手渡した。ってこの人いくつ懐中電灯持ってるのよ! デジャブかと思ったじゃない!


5.15


「高梨さん、ごめんなさいね。私、あなたがみゆきの娘だなんて知らなくて、ほんと、ごめんなさい」

「えっ、何の話ですか?」

「あなたのお父さんとのことよ」

「………………」

「みゆきから何も聞いてないのね」

「………………」

「あなたのお父さんが亡くなったとき、車の助手席に座っていたのよ」


5.16


「あの日、界人がいきなりロンドン行の飛行機には乗らないとか言い出して。あさっての方向に車を走らせたかと思ったら、急に、私に『ごめん』って、驚いた私をなだめようと運転席から降りたところを対向車に跳ねられて……謝られる前に、変なことも言われたし」


「変なこと?」


5.17


「とにかく朝から様子がおかしかったのよ。私がもっと早く何か対処していれば、あんなことには」


 父親のことを界人と呼ぶ信人ママ。初めて見せる表情だった。彼女もまた李依の能力の被害者だったのだ。父親の事故死から始まった悲しみの連鎖。負い目を感じるのは自分一人で十分だと李依は思った。


5.18


「あの時こうしていれば、なんて言ったら、きりがないですよ。私だって、あの日、家族で水族館に行く予定だったんです。でも急にロンドン出張が決まって、行かないでって、子供ながらに駄々をこねたんです。でも、結局諦めてしまって。なんで、あの時、お父さんの手を放してしまったんだろうって……」


5.19


「それにあんなことを……」


「あんなこと?」

「とにかく! 私にも、お母さんにも、あのとき、できることは何もなかった」

「でも……」


 何か話そうとした信人ママ、それよりも先に李依は優しく呟いた。


「そう、お母さんは悪くないです」


5.20


 好奇心。それは人の進化にとって必要不可欠な感情であるが、その立ち位置は酷く危うい。矛先が事象に向けられているうちは美麗とされるが、ひとたび人物に向けられた時点で、たちまち醜悪へと成り下がる。探る者と探られる者が手を取り合えるはずがないのだ。


「あら、本音が漏れちゃったかしら!?」


5.21


「そうよ、遥が界人を殺したのよ!」


「なのに、何であなたたち親子は何事もなかったかのように幸せに暮らしていられるのよ!!」


 気が付けば、ハイキングコースの終着点。崖っぷちまでにじり寄られていた。断崖絶壁で必死に持ち堪えようとする信人。長くは続きそうになかった。


5.22


 ハイキングコースの入口、案内板の前に取り残されたすみれは、満点の星空を見上げながら一人物思いにふけっていた。ベガが織姫で、アルタイルが彦星。李依と私みたいだわ。天の川が恋愛のハードルで、デネブが信人君ってところね。夏の大三角関係? 実際のところあの二人ってどうなのかしら……


5.23


 信人君はマザコンだから安心だけど、もし李依の方に気があるとしたら信人君にはそれは筒抜けってことでしょ。ほんとあの能力ちかっぱ羨ましか――!! お約束の博多弁が飛び出した瞬間だった。すみれの視線は強制的に星空からはるか下に引き戻された。


・・・ ― ― ― ・・・


5.24


 完全に闇に包まれていたはずのハイキングコースにリズミカルな光の点滅を確認したのである。短い点滅が3回、長い点滅が3回、短い点滅が3回。懐中電灯のあかりである。すみれは、すぐにこれが、SOSのモールス信号だと理解できた。小学生のときに自由研究の題材にしたことを思い出したからである。


5.25


「信人君と李依のお母さんの方ね」


 すみれは信人と交換を使った。


「ちょ――、ちょ――、なん? これどげんゆう状況!?」


 突然の口調の変化で我に返る李依ママ。急に力を緩められバランスを崩す信人の身体。次の瞬間すみれは信人の身体が空中に投げ出されるところをスローモーションで体感した。

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