4話 能力の使い方
4.01
信人は李依の能力の使い方について考えていた。例えば、李依が生徒会長に立候補するとして、当選するために彼女は何を願うだろう。
「私にみんなが清き一票を入れてくれますように……」
って下手くそか! そんなことを願えば生徒の全票を獲得。すぐに選挙管理委員会に疑いの目を向けられてしまう。
4.02
すると、彼女はすかさずこう願うだろう。
「疑いの目をつぶってくれますように……」
怖い、怖い、怖い、そんなブラックな生徒会長が牛耳る悪の組織みたいな高校を作り出してどうする。そんな組織の頂点に君臨するなんて、妄想するだけでも心が病んでくる。
4.03
そう考えると、李依の能力って使い勝手が悪いというか、意図的な使用が難しいというか。信人は、李依の能力についてはしばらく封印することにした。となると、僕の能力だけど。
「李依が7で、僕は1。何の数字だか分かる?」
「社会から必要とされていない順番かしら」
4.04
「僕ワースト1ですか、てか自己評価も低!」
「私は人に厳しいけど、自分にも厳しいのよ」
「正解はクラスで僕たちに好意をもってくれている人の数さ」
「ホント悪趣味ね。ここまでくると覗き魔だわ」
「窓際の読書美人だって」
「何よそれ?」
「李依のコードネーム」
4.05
「私が悪の組織の頂点にでも君臨しているみたいじゃない!」
提案次第でそうなっていたかと思うと、信人は素直に笑えなかった。
「それから、女の子も一人、神坂さん」
「困っちゃうわね。私くらいになると同性からも好かれちゃうのよね」
「それが、そうじゃなくて、愛されちゃってるみたいだよ」
4.06
「他には?」
「サッカー部の中村先輩!」
急に声色が変わる李依。
「サッカー部キャプテン、学校一のイケメン、成績もトップクラス、全女子生徒の憧れの的……そんな中村先輩が、私のことを?」
「ごめん、ごめん、嘘、嘘」
「はっ!! あなたね――、ほんと信じられない!!」
4.07
「予想以上の反応でびっくりしたよ」
「そりゃ――私だって……中村先輩よ……先輩と1回でもいいからデートとかできたらいいのになぁ……」
「李依!! それ!!」
「あっ!!」
一瞬、言葉を失う二人。
「ぎゃああああああ――――――!! どうするのよ! 願っちゃったじゃない!!」
4.08
ひとまず封印と語った舌の根の乾かぬうちに能力発動。物語が動くきっかけは、結局いつも、李依の気まぐれな一言からである。
「なんであんなに冷静なのよ! さては信人! ハメたわね!」
信人はにやにやしながら教室の後ろのドアから退室していった。それと入れ替わるように前のドアが開いた。
4.09
「高梨さん、ちょっといいかな?」
な、な、な、中村先輩!!
「映画のチケットがちょうど二枚あるんだけど……いっしょにどうかなって?」
「はい! でもなんで私なんですか?」
「前から、気になってて……」
えっ……? もう意味が分からない!
「私なんかでよかったら」
4.10
李依は中村先輩の自転車の後ろに乗っていた。後輪軸にしっかりと固定されたステップに足をかけ先輩の肩をギュッと掴んでいる。二人乗りが違法だろうが、アニメ化されたときに面倒なことになろうが、今の李依には関係なかった。映画の上映時間が迫っているらしい。かなりのスピードで坂を下っている。
4.11
その後方から信人も自転車で後を付けている。それと並走する一人の女子生徒。嘘だろ? 今、時速何キロだ? かなりの急勾配の下り坂をほぼノーブレーキである。60キロは出てるんじゃないか? 驚くのはそのスピードだけではない。かれこれもう5分以上は並走を続けているが、全くバテる気配がない。
4.12
何なんだこの化け物じみたスタミナは? 信人は猛スピードで並走を続ける女子生徒の心の声に照準を合わせた。
「これは面白い! 使えるかもしれない!」
込み上げてくる笑いをかみ殺し、自転車のスピードを全く緩めずに声をかける。女子生徒は、息一つ切らさず、信人の問いかけに応じるのだった。
4.13
映画館に到着する二人。どうにか、上演時間には間に合いそうである。そそくさと自動券売機で座席指定を済ませると、売店で何とか飲み物だけは購入することができた。平日ということもあり館内は閑散としていた。それは本編が始まってすぐのことだった。先輩がいきなり李依の左手を握ってきたのである。
4.14
李依は驚きのあまりその場で立ち上がってしまった。後ろの席から露骨な舌打ちを食らい、すぐに再着席する彼女。ところが、大幅に的が外れてしまい、尻とジュースが激突。先輩のシャツにこぼれてしまった。堪らず、身を屈め館内を後にする。二人は男女のトイレの間にあるフリースペースにかけ込んだ。
4.15
ジュースまみれのシャツの裾をめくり上げ洗面台で絞り始める先輩。鏡にはサッカー部で鍛え上げられた腹筋が映し出されていた。
「何あの腹筋! 見ちゃまずいわよね……」
潔いほどのガン見である。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「本当だよ、まったく」
急に先輩の目の色が変わる。
4.16
「スポーツ万能、成績優秀、イケメン」
「君も俺のことが好きなんだろ!」
「なら、いいじゃん!」
「ちょっと、何言ってるか分からないんですけど」
「前から、気になってたって言ったじゃん!」
先輩の呼吸がみるみる荒くなっていく。
「高梨さんのそれ、いくつ?」
「はぁ?」
4.17
「だから、何カップかって聞いてんだよ!」
「前から、気になってたって、私のことじゃなくて、そっち!?」
「言わなくていいよ。自分で確かめるから」
「きゃああああ――――――!!」
「間一髪ってところだね」
「信人の部屋? えっ、何で?」
窓に写り込んでいる己を目視する。
「神坂さん?」
4.18
「きさん、こんやろう!! 高梨しゃんの身体になんしょっと!!」
「ひぇ――――――!! す、すいませんでした――――――!!」
李依の視界が再び切り替わる。映画館のあの現場である。右の拳がじんじんと痛み、とても熱い。外に目をやると全速力で遠ざかる先輩の後姿がかすかに視認できた。
4.19
「あらっ、高梨さん、今日は別の女の子が来てるわよ。信人ったらモテモテね」
「お母さん、おじゃまします」
李依は完全スルーで階段を駆け上がり、信人の部屋に飛び込んだ。
「どういうこと! 説明して!」
「まずは、神坂さんにお礼が先でしょ」
「本当に助かったわ、ありがとう、神坂さん」
4.20
「で! だから、どうなってるの!」
李依は信人を睨み付けた。
「あの後、心配で、ずっと廊下で中村先輩と李依の心の声を聞いてたんだけど」
「いい人っぽく言ってるけど、それってどうなの? 私の声は聞く必要あった?」
「まあ、それは、ついでに」
「ほんと、いい加減にして!」
4.21
「そうしたら、中村先輩のやべ――声が出るわ出るわ。二人の後を付けることにしたんだけど、途中で見失っちゃって、それで、神坂さんに急遽出動してもらったってわけ」
「後半、全然意味わかんないんですけど! なんでそこで、神坂さんが出てくるわけ?」
「言ってなかったっけ? 神坂さんの能力」
4.22
「私から言わせて下さい」
神坂さんが神妙な面持ちで李依の方へ近付いてくる。
「ずっと、前から好きでした。付き合って下さい」
「そっちじゃない!」
相変わらず、ツッコミが早い李依。
「ごめんなさい。つい」
「ついって、何よ!」
4.23
この百合っ子が、信人の自転車に並走していた女子生徒である。
「あん中村げなゆうサッカー部んやつ、うちん高梨しゃんに手ば出しゅっちはどげんゆうこった! よか度胸しとる、ゆるされんちゃ! ちかっぱ羨ましか」
このストーカーチックな心の叫びに惚れ込み彼女を仲間に誘い入れたのである。
4.24
「私、一度会ったことのある人なら、その人の身体に憑依できるの。10秒程度だけどね。正確にはその人と身体と中身が入れ替わるから交換って呼んでるわ」
「あなた、それってまじ? 本物の能力者じゃない!」
「高梨さんだって予知能力者だって聞いたわよ。信人君だって私の心が読めるみたいだし」
4.25
「そんな、大層なもんじゃないわよ。それに、あいつのはただの覗き魔だしね」
「出た――、なんだか、扱いが随分ぞんざいじゃないですか?」
「あら、そう? 本当のことじゃない。変質者の方がよかったかしら」
少し離れたところから羨ましそうに二人を見つめる神坂さん。
4.26
「それはそうと答え合わせがまだだったよね。それで結局、何カップなのさ?」
「やっぱり変質者じゃない」
一瞬、沈黙する信人。
「ふ――ん、Dか――」
「信人、あなた! また使ったわね!」
そこへ、満を持して神坂さんが割って入った。
4.27
「おかしいなぁ――、あのボリュームというか感触だと……EかFはあったんじゃないかなぁ――」
「神坂さん、あなた……まさか!」
「こぎゃん、チャンスそ――そ――なかっち、つい」
信人なんかよりも、よっぽど変質者に似つかわしい表情を浮かべる神坂さんであった。
「ついって、なんだぁぁぁ――――――」
4.28
「高梨さん、昔みたいにすみれって呼んでよ」
「リレーの選手、譲ってあげた仲じゃない?」
「自転車で転んで骨折するの本当に怖かったんだから」
「えっ、すみれなの? ていうかその言い方ってまさか!?」
「わざと骨折したの、つい」
「だから、その『つい』って何なのよ! はやらせたいの?」
4.29
「小学校時代の李依と神坂さんとの一件は願いの力でも予知能力でも偶然でもなかったんだね。屈服?」
「うるさいわね――!」
「李依の喜ぶ顔が見たくて、つい」
「あなたねぇ――、そういうことはもう二度としないで! あんな方法でリレーの選手になれたからって私が喜ぶわけないじゃない!」
4.30
「結構、喜んでたみたいだったけど?」
「だから、信人は黙ってて!」
「ごめんなさい。でもよかった。李依、お父さんを事故で亡くしてから誰とも関わろうとしなくなったじゃない? 私も、何度も話しかけようとしたんだけど……なぜだかどうしてもできなくて……そんな自分が許せなかったの」
4.31
「それは、神坂さんのせいじゃないよ」
信人の言葉に何も言い返せない李依。
「でも、信人君と最近楽しそうにしてるから安心してたんだ」
「いやいや、安心? 嫉妬でしょ?」
「信人君のその力、普通にウザいんですけど」
「でしょ、プライバシーの侵害でいつか訴えてやろうかしら」
4.32
「信人君には感謝してるんだ。その能力のお陰でまた李依と話すことができたんだもの」
人との関わりを完全に絶ってきたあの7年間は一体何だったのだろう。これ以上罪を重ねてはいけないとの思いからとった行動で、こんなにも身近にいてくれた大切な友人に罪の意識を植え付けてしまっていたなんて。
4.33
「すみれ、色々とごめんなさい。これからまたよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく――」
李依に抱きつくすみれ。
「あなた、何か勘違いしてない? 友達としてよ、友達として」
「そうよね。まずは、お友達からよね」
「だから、『から』も『まで』もない! あなたとは一生友達よ!」
4.34
「すみれ、信人のお母さんには会った?」
「うん。なんかすごかった」
「ママに対する第一印象って二人とも共通なんだね」
「ママ?」
「そう、そう、この人マザコンなのよ」
「ママがムスコンなんだって」
「だから、ママがってそれがマザコンなのよ!」
「呼んだかしら――」
4.35
「それで? 神坂さんは信人とどういう関係なのかしら?」
「ママ、実は、たった今、神坂さんが高梨さんに告白したところなんだ」
いたずらに話をややこしくしたがる信人。
「あら、そうなの。安心したわ。てっきり、三角関係の修羅場かと」
満面の笑みで話を続ける信人ママ。
4.36
「二人の距離を縮めるためには……そうね! 肝試しね!」
「ちょっと、何言ってるか分からないんですけど」
「私は信人と親睦を深めるから、神坂さんは高梨さんと……」
「いいですね――」
「ちょっ、すみれ!」
「それじゃ――! 今度の週末はドキドキ肝試し大会開催決定!!」