童貞こじらせ勇者
煌びやかな装飾で彩られた玉座の間で一人の男が王に跪いていた。
「以上が此度の魔王との戦いの顛末でございます。王様。」
「うむ。事前におおよその話を聞いておったが、やはりおぬしの活躍によるところが大きいようじゃな」
王は称賛の言葉を投げかける。するとそばに控えていた大臣達も次々と称賛の言葉を投げかけた。
噂には聞いていたがこれほどとは、恐れをしれぬ者だ、勇者というより戦神と呼ぶべきではないかといった声が上がる。
中には、どうにかして王国に引き入れられないか、丁度娘が結婚相手を探している、我が国にその力が向く場合があるのでは、
その前に首輪をつけるべきだといった話を影でする者までいる始末だ。
にわかに騒然とし始めた玉座の間を王が鎮める。
「すまぬな。大臣達の中にも口さがない者がいるようだ。だが決しておぬしを嫌っておるわけではないのだ。それだけ戦功が凄まじいのだ。どうかわかって欲しい」
「はい。王様のお気持ちは良く理解しております。此度の功績も私のものではございません。私と共に戦ってくれた仲間、命を賭して道を切り開いてくれた大勢の兵士達、そしてなにより異世界から来たと名乗る素性もしれぬ私を軍に加えてくださった王様のご英断によるところが大きいと思っております。」
「うむ。どうやら勇者殿は武勇だけでなくその精神面も素晴らしいようだ。して褒美だが望むものはあるか?爵位でも金でも望むだけ用意しよう。おぬしが望むのなら余の娘との婚姻も許そう。」
王の言葉にふただび大臣達が活気づこうとしたが、王が手だけで黙らせ勇者の返答を待った。
勇者は少しだけ躊躇する様子を見せたが、最初から決めていたのか淀みなく願いを口にした。
「ではひとつだけ、故郷へ、異世界へ帰る術を求めます。」
「やはりそれか、お主が戦時中よりそれを探し求めているのは知っておるが、見つかるかどうかは分からぬぞ。王としては約束できぬ物を褒美にはしたくないが……望郷の念が勝つか」
勇者の目に変わらぬ決意の光を見てを王は告げる。
「よいでは、国を挙げて探すとしよう。世界中の国々にも伝えよう。世界は広いどこかに方法はあるはずじゃ。なければ叡智を集め作り出すのもよい。必ずお主の願いを叶えよう。」
「……ありがとうございます。」
勇者は深々と頭を下げた。
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「疲れたぁぁぁーーーー!」
叫びながら俺はベッドにダイブした。今日は肩肘張りっぱなしの王様への謁見に始まりその後の晩餐までずっと息がつまりぱなしだった。
「あ、このベッドふかふかだ。」
大の字になりながら、両手両足を動かしてベッドの柔らかさを堪能する。
ちょっと楽しくなってきた。
「ふふっ」
そうして遊んでいると疲れが出てきたのか瞼が重たくなってきた。
まどろみの中で晩餐会の様子を思い出す。王様が俺への歓待と貴族たちへの顔見せを兼ねて用意したものだったが、俺にとっては戦場だった。
「飯ぐらいゆっくり食わせてくれよな……」
会場は異世界出身の俺に合わせて、好きな物が取れるようにと様々な料理が並ぶ、立食ビュフェ形式だった。
俺と繋がりを持ちたいのであろう貴族達のご挨拶という名の連撃はまだよかった。基本的には玉座の間と変わらないからだ。
え、戦場での武勇伝が聞きたい?いえいえ俺なんて大したことしてませんからえへへっ、今度うちの領地に来て欲しい?しばらくは王都に居るので機会があれば、年頃の娘がいるが結婚相手にどうかって?あっこの料理おいしいですねー、といった感じにやり過ごせていた。
大変だったのは、そのあとのうら若き貴族令嬢達の襲来もとい襲撃だった。
ドレスの感想?とてもお似合いですよ、あっそちらの方の首飾りも素敵です、こんどお茶会に来て欲しい?いえ、作法もわからぬ粗忽物ですのでまたの機会に
カッコイイですねって?ありがとうございます。あなたもお美しいですよ。ちょっとそこカーテン裏に引きずりこもうとしないでと、終始そんな感じだったのだ。
とても飯など味わって食べる状況ではなかった。正直魔王の攻撃より辛かった。所詮平民でしかない俺が彼女たちの交際相手になることはありえないのだが、
退屈な社交界に突如沸いた勇者という名のハチミツは、彼女達にとって極上の餌もとい話題の元なのだろう。
とどめの「一緒に踊りませんか」というお誘いを「ううっ……戦場でおった古傷が疼く」の一言でなんとか断った。もちろん古傷など一つもない。日本の母が生んでくれたままの体だ。そのことを知る大臣や一部の貴族が遠くから白い目で見てきたがすべて無視した。
「はぁ~~」
横になったまま溜息を吐いていると本格的に眠くなってきた。まだ服を脱いでいないがこのまま眠ってしまおうか。
そうやって、うとうとし意識が徐々になくなっていくそんな時だった。
コンコン、コンコン
リズム良く音がした。どこからだろう、いや考えるまでもないドアからだ。体を動かさず意識だけをドアへ向ける。
コンコン、コンコン
ふただび音がする。空耳ではなかったらしいガバリとベットから体を起こす。
「今開けますから」
頭を振って眠気を追い払いながらドアを開ける。
「こんばんわ。勇者様」
女がいた。
もっと言うと美女がいた。金髪の。
もっともっと言うとドレスを着た金髪の美女だ。
より正確に言おう《スケスケ》の黒いドレスを着た金髪の美女だ。
背丈は俺より少し高いくらい、俺の背丈は高い方ではないが女性としては長身に分類されるだろう。
すらりとした足を見ぜびらす様にスリットの入ったドレスは余分な装飾はなく着た女性を引き立たせるものだ。
背中が空いてるのが特徴だが指して言う事はないだろうドレスとはそういうものだ。晩餐会でいい加減見慣れた。
つまり晩餐会で着ていても違和感のないドレスである、一点を除けば。
そうスケスケである。
日は既に沈み夜が深まる時間だ。城特有の石造りの廊下にはあかりはなく、俺の部屋のランプがだけが頼りない光で廊下を照らしている。
そんな頼りない光でさえ廊下の壁が見えるほどスケスケなのである。
壁が透けるということはドレスと壁の間にあるの物も丸見えである。
色は白かな?ドレスの下は細かい刺繍や装飾が施された下着を身に着けているようだ。
上はうん何もつけてないね多分。そこだけ生地が厚いのかあるいは光の加減か透けてはいないが、豊かな膨らみが見て取れる。
むくむくと下半身に血が集まるのを感じる。
疲労と眠気で理性のタガが緩んでいるのか、あるいは目の前の美女に魅了されているのか、多分両方だろうと寝ぼけた頭で考える。
「ここは寒いわ。早く中に入れて下さらない?」
美女は自然な仕草で自分の体を抱きすくめる。すると両腕によって双丘が持ち上がり谷間が強調される。
より扇情的になる美女を見て、下半身にさらに血が集まっていく。
「えっと、失礼ですがどなたでしょうか?」
湧き上がる情欲を残った理性で押さえつけてそう尋ねる。
「エミリと申します。勇者様」
美女あらためエミリは笑顔でそう言った。
「以前どこかでお会いしたことが?」
「いえ、今夜が初めてですわ。」
そっか、そっか俺も記憶にないもんねー。ワァイ、なぜ、なにゆえ?
俺の困惑を読み取ったのかエミリが続けた。
「長旅と戦いでお疲れでしょう?今夜は癒してさしあげようと思って。」
確かに疲れてはいるね。うん、それは認めよう。で癒すって?
マッサージかな?マッサージだよね!?マッサージだと言って!
俺がどうやってこの美女にお帰り頂こうか考え始めてた時
「どうかされましたか?」
ランプを持ってメイドが一人やってきた。
金髪美女ことエミリと違いそのメイドには見覚えあった。
「ごめん、クローネさん……ちょっと困ってて」
おれはメイドにそう言った。
彼女はクローネ、俺の部屋付きのメイドで王城にいる間の申し付けや雑用をしてくれている子だった。
どうやら歩哨も兼ねて廊下で待機してくれていたようだ。廊下の奥に彼女が座っていたと思われる椅子が見える。
「どのような困りごとでしょうか?」
「あーー、それが……」
俺は何と言えばいいのか言葉を濁した。
部屋に押し入ろうとしているこの女を追っ払えと言えば早いのだが、さすがにそんなことは本人の前では言えない。
俺が言葉に迷っているとそれを見かねたクローネは俺とエミリの間に体を割り込ませながら言った。
「分かりました。詳細はお部屋の中で伺ってもよろしいですか?」
「頼みます。」
俺が部屋に引っ込むとクローネがドアを閉め部屋に二人きりになった。
よしこれで遠慮なく話せる。
「彼女、エミリさんは何者ですか」
念のため尋ねる。間違いがあったらいけないからね。
「王都の最高級娼館、No1娼婦のエミリです。」
クローネは事もなげに言った。
俺は左手で額を抑え天を仰ぐ。
分かってはいたがやっぱりそうか。
「頼んだ記憶はないんですが。」
「私も頼まれた記憶はございません。」
「では誰が……」
「陛下です。」
「王様ーーー!!」
俺は下手人の名を叫ぶ。脳裏に笑顔でサムズアップするおっさんが浮かぶ。
あのおっさん裏では結構気さくだし、良い人だ。戦争中は散々助けて貰ったし恩もある。
褒美のことも快諾してくれたから悪く言いたくないが、今回ばかりは完全に余計なお世話だ。
「お帰り頂いて!」
「なぜです?」
クローネがコテリと首をかしげながら、尋ねる。
毛ほども理由がわからないといった顔だ。
「必要ないからです!」
「娼館アンケート、最後の夜に抱きたい女性1位、妻にしたい女性1位、ママと呼びたい女性1位の三冠に輝いた彼女がお眼鏡に叶わないと?」
「いつ実施したんですか!そんなアンケート!」
最初の二つはわかるが最後のは意味が分からん。王都の男どもは馬鹿なんじゃないか?
俺が王都の男たちの正気を疑っているとクローネが左の手のひらを右拳で叩き
「もっと若い女がいいと」
得心がいったばかりにそう言い放った。
「しかし、17歳の彼女より若いとなると大変ですよ。16だと変わりないでしょうし、それよりも下となるほぼ童女みたいな物ですよ?性癖は個人の自由ですが、ここは王城ですから童を部屋に引き込むと風評が立ちます。どうかご自重ください。」
「俺は若いのがいいだなんて言ってません。」
できるかぎり努めて冷静にそう言った。
すると彼女恭しく頭を下げ謝罪した。
「大変失礼いたしました。」
「いや分かって貰えればいいんだ。こちらこそ声を荒げてすまない。」
俺は彼女の謝罪を受け入れる。思わぬ誤解あったようだが、理解してもらえたようだ。
俺は一安心する。
クローネは俺が謝罪を受け入れる言葉を聞くと顔上げた。
そして言い放った。
「つまり熟女がいいと」
俺はズッコケた。
そんな俺を無視して彼女は続けた。
「ご安心ください。三十路を過ぎた女から閉経済みの老婆まで、勇者様のお望みのままに、このクローネが手配してみせます。」
ムッフーとそんな擬音が聞こえてきそうなドヤ顔見せるクローネ。
「違います……」
俺は力なくそう言うことしかできなかった。
「ではどうすればよろしいですか?お教え頂けなければいくら私でもご対応できません。」
崩れ落ちている俺のため椅子を用意しながら彼女は言った。
彼女の誘導にしたがって椅子に腰かける。
俺は口開いた。
「彼女に、エミリさんに帰って欲しいんです。」
彼女は一度ドアの方に顔向けその後、俺に顔を向けなおして言った。
「つまりおとk」
「もういい加減にして……」
彼女はわけが分からないといった様子で独り言ちる。
「童女でも熟女でも、ましてや男でもないとなるとほかに考えられるのものは……はっ!もしや私ですか!?」
もはや何でもありだなコイツ。脱ぐな脱ぐな。脱ぎ始めた彼女止めながら今度こそ誤解しないようはっきりに伝える。
「エミリさんに帰って貰って、俺は一人で眠りたいんです。」
今度こそ誤解なく伝わったようだが、代わりに彼女の顔がみるみる青くなる。
「動かないでください!」
真剣なトーンで彼女は言った。そのまま椅子に座る俺にしな垂れてきた。
左手で俺の後頭部を掴み頭を胸に抱き入れる。
「あの、あたってるんですけど」
俺はそういって彼女の手を振りほどこうとすると
「そのまま!」
クローネに静止された。彼女は左手はそのままに今度は右手を俺の下半身に置いた。
胸が顔に当たっていることもあり、すぐに血が集まる。
「固くはなる……次は出るかどうか確かめないと……」
そう言うとズボンに手をかけ始めた。脱がすな脱がすな。俺はズボンを掴み抵抗した。
「俺の男性機能に問題はありませんから、放してください!」
彼女も納得したのか、俺から離れる。
「しかし、下半身の問題でもないとすると……ん?」
彼女が俺の異変に気付いたようだ。俺は恥ずかしさからずっと視線を横に反らしていたのだから当然だろう。それに加えて俺には確認しようがないが、俺の顔はきっと真っ赤になっていることだろ。それくらい顔が熱い。
「勇者様、まさか……」
ヤバいバレる。
「童貞ですか?」
「……」
「童貞ですね。」
「……」
「童貞だと言え。」
「童……貞です……」
そう俺は童貞をこじらせていた。
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「こじらせすぎです。勇者様。」
部屋付きメイドのクローネはあきれてそういった。
「どこの世界に、美女の来訪を『俺童貞だから』で断る殿方がいるんですか?」
彼女は腰に両手は置きながら、プリプリして俺を叱る。
「いるよ。俺の世界には……多分……」
「せめて言い切ってください。絶対いませんよねそれ。」
彼女は俺の故郷についてはなにも知らないはずだが確信しているようだった。
「まったく彼女の一体どこが不満なんですか?」
「それは誤解だ。エミリさんは十分、魅力的な女性だ。」
二人でドアの方を見やる。
今もドアの向こうでは半裸の彼女が待っていることだろう。
この時期の廊下は寒いだろうに、かわいそうだ。
「彼女がかわいそうですから、早く覚悟を決めて下さい。童貞勇者様。」
「おい、童貞であることも勇者であることも事実だが、くっつけるのはやめろ。」
「では童貞こじらせ勇者様と。」
「はぁ~」
俺は一つ溜息を吐いた。
「俺だって別に童貞を捨てたくないわけじゃないんだ。」
「ほうほう」
「でもねエッチってのは愛し合うもの同士の行為だと思うんだよ。」
「それで」
「だから今回みたいな一夜限りの関係やお金買ったものでは捨てたくないな~みたいな」
クローネは大きな溜息を吐いた。
「こじらせすぎです。勇者様。」
彼女はあきれてそういった。
「愛し合う恋人としかセックスしたくない、恋人に操を立てたい。ご立派な志だと思います。これを非難する方はいません。私もそうです。」
「やっぱりそうだよね。」
俺は目を輝かせた。彼女はちゃんと俺の気持ちを理解してくれるらしい。
彼女は言葉を続けた。
「恋人がいればね。」
俺は地獄に落とされた。
「勇者様。一応お聞きしますが、恋人や愛人はいますか?」
「今はいない……」
「今は?」
「今もいません……」
「想い人の類は?」
「……」
「はぁ~、勇者様。」
彼女はまた大きな溜息を吐いた。
「いいよ、いいよ、俺はどうせ万年童貞ですよ。万年童貞こじらせ勇者ですよ。」
俺は開き直った。
「開き直らないでください。それで結局、彼女はどうするんですか?」
クローネがドアの向こうに今もいるであろうエミリを指さして言った。
「ちなみにこのままお帰り頂くっていうのは?」
「却下です。それをすると彼女の名誉に傷が付きます。」
「ですよね。」
エミリが俺の部屋へ向かう様子は多くの人に見られているだろう。それにドアの向こうに今も彼女が立っている以上、現在進行形で目撃者は増えているのだ。
「別の方を部屋に連れ込んでいるなら問題はないのですが、あてはありますか?」
「ない。」
女性を誘って部屋に連れ込むなんて、童貞にはハードルが高すぎる。まだ魔王討伐の方が簡単だと思う。
「一応、彼女の名誉を守りつつ帰らせる方法はあります。」
「どんな?」
「勇者様が幼女しか愛せないロリコンまたは男しか愛せないゲイだと噂を流布します。」
「エミリは無事でも俺が死んじゃう!」
「童貞勇者がロリコン勇者またはゲイ勇者になるだけですよ。」
「最悪なレベルアップだよ!」
この世界にレベルって概念ないけどさ。
「頭を切り替えて部屋に招き入れる方向で考えましょう。行為に及ばなくても、キスしたり、愛撫したり、抱きしめたりすればいいじゃないですか。」
「キスするのはちょっと……」
「このこじらせ童貞め。ではそれ以外の問題はありますか?」
「自信がない……」
「何が?」
「それすると押し倒さない自信がない……」
クローネは本日、何度目かもわからない大きな溜息を吐いた。
「こじらせすぎです。勇者様。」
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「あらためまして、こんばんわ勇者様。」
「こちらこそ、こんばんわエミリさん。」
俺はクローネとの作戦会議を終え、クローネと入れ替わる形でエミリを部屋に招き入れた。
「寒い廊下でお待たせして、本当に申し訳ない。」
本心から謝罪する。石造りの廊下はこの時期本当に冷えるのでさぞ寒かっただろう。
「ええ本当に、でもこれから勇者様に温めて頂きますから平気ですわ。」
彼女はそう言って笑顔で両手を少し広げて見せる。
「ウッ……」
その言葉に俺は固まった。
どうやら抱きしめて欲しいということのようだが、俺にとってはハードルの高いことだった。どう返事をしようかと逡巡しているとそのうち彼女から笑いがこぼれ始めた。
その笑いもすぐにおさまり彼女が口を開いた。
「ごめんなさい。でも本当に勇者様は初心なのですね。戦では負け知らずとのことでしたので、てっきり夜もそうなのだと勝手に思っておりましたわ。」
「あー、もしかして会話丸聞こえでしたか?」
「おおよそは。でもご安心ください。決して口外したり致しませんわ。むしろしたところで信じる方はいらっしゃらないかと。」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
部屋の扉は占めていたが、扉の前にいた彼女にはクローネとの一連の会話が聞こえていたようだ。
俺は顔を赤くする。赤の他人にあんな赤裸々な話を聞かれることになるとは。俺は体を身悶えさせた。
恥ずかしさを誤魔化す様に口を開く
「言い訳をさせてくれ。別に君が魅力的でないということではないんだ。ただ俺の心の準備が出来てないというか、なんというか。むしろ下手に君に触れるとそのまま押し倒してしまいそうで怖い。」
「うふふ。そう言っていただけると嬉しいですわ。でも今夜は勇者様に楽しんでいただくことが全て、勇者様が望まないことは致しませんわ。」
聖女かな?この後も含めてかなりひどい対応をしている自覚がある。にもかかわらずこの神対応、さすがNo1娼婦、包容力と対応力が半端ない。
「ですが、お気持ちが変わられましたら、いつでも押し倒して頂いて構いませんわ。勇者様がお望みなら、どんな行為でも致します。」
ドレスを腰のあたりまでたくし上げ、どんなの部分を強調しながら彼女がそう言った。
前言撤回、彼女は悪魔だ。それもいわゆる淫魔の部類。この世界に淫魔はいないけど。
早く終わらせて帰ってもらわない本当に押し倒しかねない。
作戦通りさっさと済ませてしまおう。
「えっと、聞いていると思うけど、俺は椅子に座るからあとはエミリさんにお任せしてもいいですか?」
「はい。ご奉仕させて頂きますわ。それから勇者様、わたしくのことはどうかエミリとお呼びください。敬語も不要ですわ。」
「あ…はは……、じゃあエミリお手柔らかにたのむよ」
俺はそう言って椅子に深く腰を掛けた。
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翌朝のこと
「なんか、俺噂になってない?」
俺はメイドのクローネが用意した朝食を自室で食べながらそうぼやいた。
「なぜ、そう思われたのですか」
紅茶の給仕をしながらクローネが質問に質問で返してきた。
「いや、さっき散歩に行って来たときにメイドさん達の様子が変だったからだけど……」
今朝、彼女に目玉焼きと腸詰を朝食としてリクエストしたあと、俺は眠気覚ましも兼ねて中庭を散歩していた。
その行き帰りで城のメイドにすれ違うことがあったのだが、誰も目を合わせてくれないのだ。ときおり顔を真っ赤にしてこっちを見てくる子もいたが
視線がその、なんというか下の方を向いていたのだ。
「あの子たち……、申し訳ございません。勇者様、あとで注意しておきますので、どうかご容赦ください。」
クローネは溜息を吐きながら一礼して詫びた。
俺はその謝罪を手をヒラヒラさせて受け入れた。
「いや、別に気分を害したわけではないから平気です。」
「ありがとうございます。ところで昨夜もそうですが、もしかして意識して私共に敬語を使われていますか?私共は勇者様をはじめ城内の方々に奉仕する身の上ですので敬語は不要でございますが?」
「ある程度はね。でも元々誰にでも敬語使っちゃうからそういう性格なだけです。」
「承知いたしました。であればどうぞご随意になさってください。」
クローネが紅茶のお替りを注ぐ。俺はそれを飲み干すと話の腰をもとに戻した。
「で、噂の内容なんだけど……」
「そんなに気になられますか?」
彼女は話を戻した俺に少しあきれながら言った。
どうやら良い噂ではないようだ。昨日今日で広まったと思われる噂だ。俺は昨晩の彼女との会話を思い出した。
「まさか、本当にロリコンとかゲイとか噂を流したんじゃ」
「違います!」
クローネが大きな声で否定した。
「私はむしろ噂をもみ消した側です。」
不本意だと言わんばかりの顔でそう言った。
「じゃあなんなのさ」
「そうr…勇者…」
「は?」
俺は口に運ぼうとしていた腸詰を皿に置き、彼女を問いただした。
「なんで?どうして?そんなことに?」
俺には心当たりがなかった。だってそれ以前に俺童貞だよ。なんでそんな噂が。
困惑する俺をよそにクローネは言葉を続けた。
「昨晩、勇者様のお部屋にエミリ嬢が参られた一部始終を城の者たちに見られていたようで、そこから広まった噂です。」
「見られてたのは分かるけどなんでそれが、噂に?」
昨晩、俺は部屋の前にエミリを待たせたまま部屋の中でクローネと長話をしていた。その様子を誰かに見られていても全然不思議ではないが、なぜだ?
「10分…」
クローネはつぶやいた。
「エミリ嬢が部屋に入ってから出るまで時間です。その時間が極端に短かったので勇者様に疑惑が立ちました。」
俺は顔を手で覆った。やばい、死にたい。そんな俺を無視して彼女は話を続ける。
「メイドたちはエミリ嬢を部屋に呼んでおいてセックスしていないとは考えていないので、勇者様は十分でセックスを終わらせる方だともっぱらの噂です。」
「俺もう城の中歩けないじゃん!?」
城中の人にそう思われてるとか恥ずかしすぎて死んじゃうよ。
「更に言えば、勇者様は美女を見ただけで……との噂もあります。」
「死んだわ……」
どおりでメイドが真っ赤な顔で下半身を見てくるわけだよ。跡がないか確認されてたとか恥ずかしぎる。
「頼む……殺してくれ………」
「お望みならそういたしますが、殺しても死なないでしょう勇者様。」
「創生神の加護が恨めしい……」
戦場では数え切れないほど命を救われた加護だが、いまは不要だった。
「ちなみにクローネさんが潰した噂ってのは?」
「勇者様が娼婦を無視してメイドを連れ込んだあと、おまけの様にエミリ嬢を抱いたという疑惑です。私の名誉のためにも全力でつぶさせて頂きました。」
「グッジョブ」
そんな噂がたったら、城から追い出されかねないわ。
そうして俺は城内限定で童貞勇者からレベルアップしたのだった。ちくしょう!