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小さなお姫様と小さな兎  作者: 砂臥 環
第一章:小さなお姫様
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対価


ギルベルタと手を繋ぎ、家から出てきた魔女。

彼女は外に出されていたエーベルハルトとギュンターを、軽く一瞥する。

不思議なことに、その視線だけで充分に『質問は許されないのだ』と察することができた。


ふたりはただ、魔女の後を追った。

足音はなく、共にいる10歳の娘も急いでいるようには見えない。

だが何故かエーベルハルトとギュンターは、ふたりに追いつけない。


レオンハルトの部屋の近くまで来ると、魔女は突如彼等の方を振り返り、「子供達の母親を」と静かに告げた。





帰り支度をしてギュンターとギルベルタを待つしかなかったカサンドラは、所在なく娘と入口で待機していた。

泣き止まないシャルロッテをただ宥めながら。

その傍には、マイヒェルベック家の侍女侍従と護衛。


「カサンドラ……!」

「旦那様…………!」


ギュンターが駆けて来てなにか耳打ちする。

その言葉は端的で、カサンドラにも事柄は不明なもの。だが状況から『(ギルベルタ)になにかあった』と察するには充分だった。


「──シャルロッテをお願い」


自身にしがみついて泣いているシャルロッテの肩を両手で包み、お付きの侍女であるエルマへと向ける。


「嫌ッ! 置いてかないで!!」


しかしシャルロッテは強引にカサンドラの腰にしがみつき、泣き叫ぶ。


「……シャルロッテ、我儘を言うな」


ギュンターは苛立ちの篭った声で、だが静かに、もうひとりの娘を叱りつけた。


父の怒りが伝わったようで、シャルロッテは小さな身体をビクリと大きく震わせる。

泣き声は小さくなったものの、顔を埋めるようにして余計に母にしがみついただけだった。


ギュンターはチッと小さく舌打ちした。

カサンドラも必死で宥めているが、泣き止む様子も離れる様子もない。これ以上目立ちたくないし、時間も掛けられないというのに。


子供でなければ引っぱたいてでも引き剥がしている。

彼には子供への接し方がわからないという自覚がある。その分、誰の子であれ子供には暴力や罵倒はしないと決めていた。


いつもならカサンドラに任せておけば済むが、その彼女が今必要なのだ。


「旦那様、僕も連れて行ってください。 お嬢様と目的地の手前で待ちます」


焦燥に駆られながら待つしかできないギュンターに、すかさずそう進言したのは兎の子、フロリアン。


「それならいいでしょう? シャルロッテお嬢様」

「……うん」


まだ右手で母のスカートを握ったまま、それでもフロリアンが手を差し出すとおずおずと左手を差し出す。

そこにいる誰もが一瞬ホッとした表情を見せたが、ギュンターだけは既に歩き出していた。


無言の了承には良いも悪いもなく『些事に構っていられない』が本音だ。


接し方だけでなく自身の子供への特別な愛情というモノが、ギュンターには未だによくわからない。

ただし愛情がないわけではなく、義務と責任への理解も持ち合わせていた。


今優先すべきは、ギルベルタのこと。


「ふたりはここまでだ。 カサンドラ」

「……ええ」


レオンハルトの部屋の前でようやく振り返り、妻を呼ぶ。


部屋の前には数人の護衛。


シャルロッテも流石にもう騒がなかったが、今度はフロリアンの手を握り締めて不安そうにしている。

ギュンターはそれに一瞥することもなく、レオンハルトの部屋の扉をノックした。





倒れた直後、明らかに熱に浮かされた真っ赤な顔をし、苦しそうに呼吸をしていたレオンハルト。

だがベッドに寝かされている彼の顔を見ると、その時よりも随分良くなっているようだった。


ギュンターがカサンドラを呼んでくる間に、魔女が薬を飲ませたそうだ。

しかし、それを聞いて安堵したのも束の間。


「少し特別なのは事実だけど、問題に合わせてあるってだけ。 結局のところただの解熱剤よ。 今は苦しくないだけで、良くなるわけじゃない」


魔女はそうすげなく言う。

喉を詰まらせ小刻みに震える王妃の肩を、陛下がそっと寄せた。


レオンハルトの部屋には魔女とふたりの子供、そしてその両親が二組の、七人だけ。


レオンハルトの部屋は既に子供部屋ではないようで、続き間となっている奥が寝室で、その手前には大きな執務机と応接間がある。

魔女はベッドで眠るレオンハルトの頭をそっと撫でたあと、まるで自分が部屋の主であるかのように指示をして、皆を応接間に移動させた。


ひとり掛けのソファには、ギルベルタ。

長椅子に向かい合うかたちでそれぞれの両親を座らせるも、魔女自身はギルベルタのソファに手を掛けて立ったまま。


事情をなにも知らないカサンドラの為か、自分のことやこうなった経緯を簡潔に纏めて話す。


ギルベルタは顔を上げ、自分の後ろや横に移動しながら話す、魔女のことを見ていた。

横に来た時だけ僅かに見えるその顔は無表情であり、口調は淡々としているのにも関わらず、ギルベルタにはどこか楽しそうに見え、陛下夫妻と自身の両親もさりげなく見る。


それぞれ反応は別だが、誰も自分のようには感じていないようだった。


再び魔女に視線を戻すと目が合う。

僅かに小首を傾げた魔女の瞳が細まったような気がした。





──魔女の欲したギルベルタの対価。


それは『人間の容貌の最も美しい時間である、六年間』。


美しさの概念はそれぞれだが、ここで美しいと表現しているのは表面的な容貌の美醜や、単純な若さではない。


硬い蕾がゆっくりと開いていくように、少女が女性に変化していく過程。

それが容貌に如実に現れる期間。


今回魔女が求めたのは『ギルベルタの12歳~18歳の時間』だ。


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― 新着の感想 ―
[一言]  うわ、18になった途端に一気に成長するんだ…  それ見てレオンハルトは…
[一言] そうきたか……!!
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