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小さなお姫様と小さな兎  作者: 砂臥 環
第一章:小さなお姫様
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魔女


国王陛下であるエーベルハルトは魔女の元へと向かっていた。

『花を贈られたのは自分』と言ってついてきたギルベルタと、その父ギュンターも。


ふたりを説得するよりも、魔女のことを話しながら向かった方が早い。また状況を見てギュンターが、いち早くレオンハルトの侍従から経緯の聴き取りを行っていたことも功を奏した。


しかし魔女の家の敷地内へといざ踏み込む直前で、エーベルハルトは足を止めた。


「ギュンター、やはり娘御を連れていくなど。 ふたりはここで待っていた方が良い」


ギュンターがチラリと娘に目をやるも、ギルベルタは首を横に振る。


「君は、恐ろしくないのか?」

「はい。 このままレオ様を喪うよりは」


エーベルハルトは妻である王妃の報告しか聞いていない。王妃はギルベルタを『賢しく弁えた控え目な娘』と高く評する反面、レオンハルトへの気持ちを疑問視している。


それだけに意外とも言えるその答えには、尚更心臓を掴まれたような気持ちにならざるを得ない。





魔女は美しく妖しかった。

身に纏っているのは少し身丈より大きい、オレンジの紐で二重に括っただけの、ローブのような黒いワンピース。ダボッとしたそれが均整の取れた肢体を隠すも、だらしなく広がる首周りには滑らかな鎖骨。そこから伸びた細い首にはとても美しい顔が乗っている。

その一部を無造作に隠す、艶めいた長い黒髪。そこから覗く切れ長の紅い瞳は気怠げに憂いを帯びていて、どこか退廃的な雰囲気を漂わせていた。


「私がやったと思うなら心外だわ」


魔女曰く、勝手に採る者には相応の呪いがある、というだけのこと。

それは相手や魔女の意思に関わらず発動するものだそう。


もしレオンハルトがきちんと手順を踏んで来訪し、彼女の花を『一輪わけて欲しい』と頼んだのなら、あげないこともなかったのに、と呆れた顔で言う。


「非礼は息子に代わりお詫び致します。 しかしまだアレは幼い……なにとぞ呪いを解いてくださらないでしょうか」

「私の花なら頼めばあげた、と言ったでしょう。 だけどアレは駄目」


彼女の口から紡がれるのはエーベルハルトの懇願に対する明確な返事ではないまま、ギルベルタの持つ花を指差し魔女は続ける。


「その花は生命の花。 滅多に咲くことがない希少なモノで、精霊の姫君の婚姻のお祝いに捧げる筈だった。 私はそれを少し手伝っただけで、元々私のモノじゃないの。 王子様はこの地の精霊の怒りに触れてしまった」

「それでは……息子は死ぬよりないのですか」


エーベルハルトの顔が絶望の色に染まる。だが、それを見越したかのように魔女は妖艶に唇を歪めた。


「確かに私は魔女であって、精霊とは多少の意思疎通が図れるわ。 でも彼等は全く違う生き物──『相応の呪い』と言ったでしょう? とても骨の折れる作業になる。 エーベルハルト、貴方はなにを差し出せる?」

「──!」


考えればわかることだ。

魔女は別に善意でここにいるわけではない。ましてや『自分がやったわけではない』と言っている。

当然、取引には対価が必要。


上の王子ふたりが壮健で優秀にせよ、第一王子ですらまだ17歳なのだ。学園の卒業すらしておらず、当然立太子もまだ。

いくらレオンハルトが可愛いにしても、彼は一国の王。迂闊なことは言えない。





「……畏れながら、魔女様」


ギルベルタは年齢にはそぐわない無表情で魔女に声を掛け、美しい淑女の礼をとる。


「はじめまして、ギルベルタと申します」

「知っているわ。 でも礼儀正しい子は好きよ、ギルベルタ。 なにが聞きたいの?」

「私がレオ様からお花を頂きました。 ですが、差し出せるモノが思い浮かびません。 私のなにを差し出したらレオ様を助けて頂けますか?」

「ギル……」


止めるために娘の名前を言おうとして、ギュンターはその場から姿を消した。

エーベルハルトも同様に。


気付けば部屋にはギルベルタと魔女、ふたりだけ。


「あの子の為に、貴女がなにかを差し出すと言うの?」

「……」


魔女はギルベルタをじっと見詰め、尋ねた。


黒髪の間の切れ長の瞳が紅く煌めくのは、夜の闇の中に光る月のようだ。


ギルベルタは場違いにもそんなことを思いながら、なにかに操られるように……だけど、とても自然に首を横に振っていた。


「レオ様の為ではありません。 私の為です」


本心を、言わされているのだ。

漠然とギルベルタはそう思った。


魔女はその言葉がお気に召したようで、妙にあどけない笑顔でニコッと笑う。


「いいわ。 でも貴女だけには決めさせない」


そう言うと戸棚から小さな薬瓶を取り出して懐に忍ばせると、「おいで」とギルベルタに手を差し出す。

繋いだ魔女の手はひんやりとしていて、ビアンカやカサンドラの手とは違う。だが、不思議と心地良かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 王家と公爵家の関係性とか、人物同士の距離感を想像するだけでも楽しい作品ですね。 慣れ親しんだコメディータッチの御作とは違い、ミステリアスな雰囲気漂う正統派ラブストーリー。(た、たぶんラブで…
[一言] ドキドキ( ˘ω˘ )
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