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小さなお姫様と小さな兎  作者: 砂臥 環
第一章:小さなお姫様
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王子様


爽やかな風が吹き抜ける午後。


「お嬢様、お茶に致しましょう。 奥様が昨日いらした時に届けてくださった焼き菓子をお出ししますね」


そう言ってビアンカはギルベルタに優しく声を掛ける。


ビアンカは結婚後も辞めることなく、ギルベルタの侍女を勤めている。ただし通いで、職場も変わってしまったけれど。


本当は今日、婚約者のレオンハルトがやって来る予定だった。

今用意してある席も、その為。

しかしもう一時間はとうに過ぎている。


来ないなら来ないにせよ、連絡はしてくれればいいのに。


──そうギルベルタは思っているが、口には出さない。


なんせここは王宮内なのだ。

誰かに漏れ伝わるとも思わないけれど、不用意な真似をする気もなかった。


だが遠慮する気も特にない。


「フロリアン、ディーダ。 ふたりも一緒にお茶にしましょう」

「お嬢様、それは」

「席にはビアンカ。 それでいいでしょ」


約束をしたレオンハルトがやって来ないのを咎めないのだ。

こちらがお付きの侍女と護衛とを誘ってお茶を楽しむくらいのことを咎められる言われはない。


「それとも立ち食いなんて下品だとでも? あらまぁ、上品になったこと」


そう言って意地悪く笑うと、フロリアンの耳が下がり、老騎士のディーダが吹き出した。



──自身の10歳の誕生日の数日後、ギルベルタは公爵家から王宮内の外れにある塔へと居住を移した。

表向きは病気に倒れ、療養しながら王子妃教育を受けていることになっているが、勿論事実とは異なる。






✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

可愛い僕の婚約者、ギルベルタへ


明日は君の10歳の誕生日だね。

贈った髪留めけれど、残念ながら母上が選んだんだ。

僕にはまだよくわからないから。

でもきっと似合うと思うよ。

君は凄く綺麗だもの。


僕はまだ9歳で、君のために自分の力ではなにもできないのが悔しい。

いつもニコニコと話を聞いてくれる君のことが大好きなのに。


でもね、ギルベルタ。

僕にもできて、君が喜んでくれそうなことを思いついたんだよ。


だから誕生日には、ちゃんと僕からのプレゼントがあるから。


楽しみに待っててね。


君を大好きな君の婚約者、レオンハルトより

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




ギルベルタ、10歳の誕生日前日。


婚約者である第三王子からプレゼントが届いた。

そのプレゼントに添えられていたのがこの手紙である。



ふたりが出会ったのは、ギルベルタが7歳、レオンハルトはまだ6歳の時。


優秀で壮健なふたりの兄を持つ少し離れた末の王子レオンハルト。彼が臣下に降るのに、マイヒェルベック公爵家は丁度いい婿入り先だった。


とはいえ幼いふたりだ。

まずは様子見で会わせる形での茶会から。


しかし当日から、レオンハルトはギルベルタに心奪われたようだった。


ギルベルタは子供らしくない程賢しかったから、上手く合わせてしまうので彼女の気持ちはよくわからない。

だがレオンハルトは子供らしい素直さで好意を向け、彼なりに彼女を大事に扱った。


仮婚約から交流を深めたがレオンハルトは変わらず、半年もすると婚約は締結された。



皆、幼いながらも情熱的なレオンハルトを微笑ましく思って見守っていた。

けれどこの時ばかりは、それが悪いように作用したと言っていいだろう。





誕生日の当日、両親に新しく誂えて貰ったドレスと、名目上はレオンハルトからであり実質は王家からであるプレゼントの髪飾りを着けて王宮へと向かった。

国王夫妻がギルベルタの誕生日祝いにと、公爵家一家を昼食に招いてくれたのである。


第三王子レオンハルトとギルベルタが婚約に至り、仮婚約から二年経ったことでの対外的な箔付けもあるだろう。

とは言え公爵家が派手な催しを好まないこともあって、ごく内輪の席だ。


たかだか王子の婚約者の10歳の誕生日ににわざわざ両陛下が、というのは異例。しかし、それだけレオンハルトは愛されていた。


純粋に愛を注げたのは、彼に王族としての重責が求められないからでもあるし、勿論、内輪のみの昼食の席だからできたこと……というのもある。


引き取った兎獣人の子であるフロリアンの不穏な経緯から少し話を聞きたいらしく、国王陛下が『兎の子も連れてくるように』とお達しがあった。

無論、彼は昼食会には参加しないが、綺麗なお仕着せを着せられ、違う馬車で一緒に王宮に向かうことになった。





公爵家嫡男から急に公爵家を任されることになったギュンターは、国王陛下や王家には世話になっているし、そもそも陛下とは従兄弟である。

加えて王妃殿下はレオンハルトとギルベルタの交流を見守る中で、カサンドラをとても気に入っていた。


陛下自らの「仰々しい挨拶は抜きに」とのお言葉で迎えられた一家。


和やかな空気だが、何故かレオンハルトの姿がない。

いくら非公式の気楽な家族同士の交流の場でギルベルタが主役とはいえ、それもレオンハルトありきのこと。


そもそも子息とは言え、当然ながら陛下より遅く来るなど有り得ない。


「レオはどうした?」

「変ね、あんなに楽しみにしていたのに……」


「──もうしわけございません!」


謝罪をしながら扉を開け、遅れて来たレオンハルトは真っ直ぐにギルベルタの方に向かった。

なにがあったのかはわからないが、急いでやってきたのはわかる。額に玉のような汗が、キラキラ光っていた。


「ギルベルタ、僕からの誕生日プレゼントだよ」

「レオ様……」


庇うように大切に包んでいた小さな左手をそっとひらくように外しながら、右手でギルベルタに差し出したのは──

とても美しい、白い花。


彼が遅れたのは、この花を詰みに行った為だったようだ。



ギルベルタへ差し出した白い花。

その花びらは光を反射し、虹彩を放つように白く美しい。


それを見つけたレオンハルトは『初めて会ったときのギルベルタの髪みたいだ』と思った。

だから、どうしてもそれでなくてはいけなかった。


だってギルベルタには、一番美しいモノをあげたかったから。




──それがたとえ、詰んではいけない、と言われた場所の花だったとしても。


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