姉妹
「……私が先に見つけたのに」
「シャルロッテ」
不服そうにそう言うシャルロッテを、カサンドラは改めて叱った。
「貴女は勝手なことをしたとわかっているの? 奉仕活動は遊びではない、とあれ程言ったでしょう」
「お母様……でも、私が追いかけなかったらあの子は助かってないのに!」
「シャルロッテ、貴女は可愛い兎ちゃんと遊びたかっただけよね? あの子が助かったのは、ギルベルタが自分を傷付けてまで助けてあげたからよ。 貴女が先に見つけたからでも追いかけたからでもない」
「でも!」
「あの子は貴女だったかもしれないし、残されたお姉様だったかもしれないのよ。 ひとりでどこかに行ってはいけないと言っているのはそういうことよ。 ひとりになった時、悪い人にさらわれたらどうするの! 貴女はそういうことをしたのよ、皆がどんなに心配したかわかる?」
「……」
「あの子の身体を見たでしょう、小さくて傷だらけで……」
喉を詰まらせた後、カサンドラは「無事で良かった」とシャルロッテを抱きしめた。
いつもきちんと言い含めるように叱るカサンドラだが、珍しく厳しい口調で、やや感情的だった。
兎の状態や推測される経緯がそれなりにショッキングだったからのようで、何度叱っても自由奔放な娘を心配してのこと。
「お母様……ごめんなさい」
普段は素直に聞かないシャルロッテも、母の涙には逆らえなかったようだ。
これ以上はごねることなく、すんなりと謝罪した。
だがそれは、きちんと自分の非を理解してのことではない。
(お姉様ばかり狡い、神様は不公平だわ。 私が先に生まれていれば良かったのに)
シャルロッテだって別に我儘が言いたいわけじゃないのだ。
姉のように褒められたいだけ。
だけど姉のようにしようとすると、何故か我儘みたくなってしまう。
シャルロッテはそれがいつも不満だった。
奔放で我儘なようだが、シャルロッテは努力家で、家庭教師からの評判はいい。
与えられたテキストはきちんとこなし、予習復習も欠かさない。先へ先へと積極的に進もうとする意欲も高く評価されている。
しかし彼女の目的はただ、褒められたいだけ。
だからギルベルタが書庫に籠ると近付かない。シャルロッテは知識欲があるわけではないので、本が沢山あっても読む物がない。なにを読んでいいかわからないのだ。
シャルロッテにとって勉強は勉強でしかなく、それがなにか他のモノと繋がり、広がっていくことはない。
姉のギルベルタが周囲を物凄く気にしていること。
それに気付かないシャルロッテは、ギルベルタが褒められるのは自分より二つ上の年齢や、婚約者が王子である為に『与えられているモノが自分とは違うから』だと考えていた。
とは言え、まだシャルロッテは7歳である。
姉に憧れ、姉を真似、姉と比べる。
背伸びをした結果上手くいかないのも、姉であることへの優位性しか見えずに嫉妬するのも、よくあること。
それにシャルロッテは、優しく綺麗な姉が決して嫌いなわけではない。
ただ姉に対等と思ってほしいだけで、それは無意識の憧れからなのだから。
また、カサンドラは愛情を以て適切に教育を施していると言っていい。
シャルロッテは少し我儘だけれどそれは子供ならではで、著しく分別に欠けるわけでもない。どちらかというと、姉であるギルベルタの方が、少し敏いあまりに子供らしさに欠ける……それだけのことだった。
──しかし時はゆっくりと残酷に、姉妹の関係に変化を齎した。
この8年後、シャルロッテは姉の婚約者である第三王子を奪うことになる。