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血の契約


「血の契約を?」

「……申し訳ありません、お父様」


茂みにいたのは怪我をした兎の少年──兎獣人の男の子。おそらくシャルロッテの見た兎も、彼だったのだろう。


シャルロッテの暴走からの、ギルベルタの軽率とも言える行為。

久しぶりに早くに屋敷に戻ったギュンターは子供という生き物の難易度の高さに眉間に皺を寄せる。


カサンドラが分け隔てなく愛情を注いでいるのとは逆に、ギュンターは分け隔てなく娘達を構わない。

もっともシャルロッテは関係なく甘え、我儘を言うけれど。


「責任が生じるとわかっていたけれど、見捨てることができませんでした。 どうかあの子を私の従者として置くことをお許しください」

「……」


黙ったままなにも言わないギュンターに、カサンドラがギルベルタを後押しする。


「旦那様、私からもお願いします。 ギルベルタはいつも我儘を言わない子です。 たまにひとつ我儘を言ったくらい許してあげましょう? 少し大きな我儘だけれど、私はこの子が優しく育ってくれて誇らしいわ」


義母が頭を撫でながらそう褒めると、ギルベルタは『今喜んではいけない』と思ったらしく、俯いて喜色を隠しながらも頬を僅かに染めた。


「……傷は」

「外傷はさほどでもなく、今は眠って」

「兎ではない、お前のだ」


父の意外な言葉に、ギルベルタはおずおずと包帯を巻いた手のひらを見せる。


「……表面を軽く傷つけただけですので」

「無茶をする。 血の契約など、どうして知っていた?」

「本で読みました」

「そうか。 もう戻りなさい……兎のことは好きにするがいい」

「ッありがとうございます!」


父に礼を述べると、ギルベルタは義母の顔を見て感謝の代わりに満面の笑みを向ける。珍しく子供らしい表情に、カサンドラも嬉しくてギルベルタを抱きしめた。





倒れていた兎の少年を見付けた直後。

ビアンカに神官を呼んで来て貰い、治癒をお願いしたギルベルタだったが、神官は難色を示した。


「お嬢様、私では無理です。 外傷は問題ではなく、この子は魔力を使い果たしてしまったようですので……」

「……死んでしまうの?」

「おそらくは」

「……」


魔力を使い果たしても、健康ならば徐々に戻る。その間昏睡状態にはなるが。


しかしこの兎は、外傷は大したことなくとも身体が弱り過ぎていたのだ。

このままでは魔力が戻る前に、死ぬ。


魔術と信仰・文明の発達と共に、この国では魔法はもう過去のモノとなっている。だが魔法が使えなくなっても人間にも魔力はあり、それが無くなったわけではない。


血に内包される魔力が強いのが王侯貴族。


国の興りは魔法が使える程に強かった人々がいてこそで、今はある種の信仰に過ぎないにせよ、特権階級が血を重んじるのはそういう理由から。神や精霊に仕え神力を得る神官がいて、その多くが貴族家の出身なのもそうだ。


とはいえ神力による治癒は、生命力に働きかける力であり、分け与えるモノではない。

傷は治せても、体力や生命力を直接的に回復するのは無理なのだ。


「私の血で契約し、魔力を分け与えれば、この子は助かりますか?」

「お嬢様、それは……」

「助かるのですね?」


ギルベルタの言葉に、神官は渋面で小さく頷く。


ギルベルタは読書を好む。

元々好きだったが『勉強している』と言えばシャルロッテの面倒を見なくて済むから。

そうやって色々な本を読む中で、血の契約のことも知っていた。


必要なのは魔力と少量の血。

そして精霊の力。


難易度の低い主従契約で、あまり強制力はないといっていい。だが主従契約を結べば、魔力を分け与えることができる。


本の内容を正確に覚えているわけではないが、必要な文言などは神官に聞けばいい。


「ビアンカ、懐剣を貸して」

「お嬢様!」


ビアンカは止めたが「できれば歯では切りたくないの」とギルベルタが言うと、彼女も渋々短剣を渡してくれた。






獣人はこの国にもチラホラいるが、その数は少なく、差別されるというよりはとにかく珍しがられる。


フィジカル面で優れていることに加えて物珍しさから、奴隷などにする目的で子供が拐かされることが時折あるようだ。

この国に関して言えば、奴隷制度がないのでそれらはただの犯罪行為だが。


助けた兎は、見目の良さや年齢から『そういった犯罪に巻き込まれたのでは』、と推測している。


獣人の多くは魔力を身体能力に回すことくらいしかできず、身体能力の良さと耳や尻尾がある以外は人間と大差ない。

他に特別な力として自分の種族の原形──つまり獣の姿になることができるというが、とても負荷がかかるようで、滅多にやらないらしい。


魔力がなくなったのも、目立たない兎の姿で必死に逃げたからではないだろうか。


そう思うのが自然なくらい、兎の少年は綺麗な顔をしている。


もっとも今は痩せこけて傷だらけだけれど。

長い耳と同じ色の銀色の髪も今は艶がないが、健康状態が良くなれば美しく陽の光に映えるのだろう。


そんなことを考えながら、ギルベルタは献身的に少年の看病をした。


落ち着いたころに兎の少年から話を聞くと、こちらまで来た経緯はおおよそ推測した通り。


唯一違うのは村が焼き討ちにあった、ということ。

逃げ落ちた先の小さな町で拐されたのだそう。


海を渡ってきたらしいことから、彼の村があったのはこの国ではないようだが、どこかは不明。


少年は『フロリアン』と名乗った。


看病してくれたことや、今後の自分への待遇。

なにより血の契約までして助けてくれたギルベルタに、彼は忠誠を誓った。


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