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侍女


「あっ! ダメよシャルロッテ!」


それは神殿の近くにある救護院へ奉仕活動に出掛けた、ギルベルタが10歳になる年のある日のこと。


2歳年下の異母妹である、シャルロッテが「兎を見つけたの!」と言って急に駆け出した。

慌ててギルベルタは、侍女のビアンカとエルマ、そして護衛騎士達に追い掛けるように言った。


(全く我儘な子……!)


マイヒェルベック公爵家侍女のビアンカは、内心で舌打ちしていた。


下の娘であるシャルロッテは可愛いけれど、ちょっと我儘。

今回も自分で『ついて行く』と言ったのに、シャルロッテは奉仕活動の掃除に飽きてしまって勝手な行動をとりだした。


駆け出したのは、上の娘ギルベルタが上手く宥めるのに困っていた矢先。


「あんまり厳しく言うと、シャルロッテはすぐ不貞腐れたり泣いたりするから」


そう宥め役を買って出てくれた、ギルベルタのなんとできたことか。

それに甘えた自分達も悪い。

だが折角ギルベルタが気を使っても、話すら聞く気がなかったと見える。


そもそもついてこなければ良かったのに、と相手が7歳児なのも忘れ、ビアンカは内心とても憤っていた。


神殿の裏手には森がある。森とは言っても散歩するような一部は、神殿に組み込まれた大きな庭みたいなもの。

足でまといの自分(ギルベルタ)は神殿に戻ることにし、他の者を妹の捕縛に充てた。


シャルロッテは小さくてすばしっこい。子供の足とはいえ、兎の隠れそうなところに隠れたら、見つけられなくなってしまうかも──そう思ってのこと。


すぐに数人が動いたのでそのうち捕まるだろう。


この判断も含め、ギルベルタは本当によくできた子だとビアンカは不遜にも思う。

そしてそれが少し不憫だった。


「私はひとりでも大丈夫よ? 神殿はすぐそこだもの」

「お一人で残すわけには参りませんし、私はギルベルタ様の侍女ですので」


そう言うと、控え目にニコリと微笑む。

少し申し訳なさそうに、だけどとても嬉しそうに。




ギルベルタとシャルロッテ、ふたりの姉妹の母は異なるが、それぞれの母もまた、姉妹であった。


マイヒェルベック公爵家当主であり、ふたりの父であるギュンターが不貞を働いていたわけではない。


馬車で移動中の崩落事故により、突然両親を亡くして当主となったギュンター。

政略的な側面から婚約したのが、元アードラー伯爵令嬢であり才女で美姫と名高かった、ユリアーナである。


実際ユリアーナは優秀で努力家で、社交にも長けていた。婚約時代から既にアードラー伯爵家側からマイヒェルベック公爵家を支えるように動き、結婚してからは積極的に社交に出てその地位を磐石にした。


ユリアーナは結婚後一年で懐妊した。

だが娘ギルベルタを産むも肥立ちが悪く、残念なことに産後二ヶ月程で儚くなってしまったのだ。


ようやく両親の死から立ち直った矢先に、その立役者とも言える伴侶を喪ったギュンターは、生まれたばかりの赤子を抱えて呆然とするよりなかった。


それを見過ごせなかったのが、ユリアーナの実の妹であるカサンドラ。


カサンドラは幼馴染みの婚約者との婚姻が決まっていたが、婚約を解消しギュンターの後妻に収まった。

話し合いはあまり拗れることなく円満に婚約は解消されたようだが、周囲から向けられる厳しい視線やいい加減な噂は暫く付き纏った。


それでもギュンターはカサンドラのおかげで立ち直り、やはり一年後に、カサンドラは懐妊。

今度は母子共に問題なく出産した。


その子がシャルロッテである。




アードラー伯爵令嬢だった頃は、ユリアーナと比較されて「地味だ」とか、酷いのになると「ハズレの方」だとか揶揄されたカサンドラだが、親しい者の評価はとても高い。

堅実で真面目。控え目だが優しく気遣いのできる女性……それは事実で、カサンドラはギルベルタを我が子同様、大切に育てている。


だが、どんなに清廉潔癖に振舞おうと悪く言う者はいる。人は己の見たモノしか信じないし、人の口に戸は立てられない。


そして、ギルベルタは賢しい娘だった。


カサンドラがどんなに優しくとも、むしろ優しいからこそ、シャルロッテと同じ様に振る舞うことは許されない。

ギルベルタの評価がカサンドラの評価になるのだから。


ビアンカが知る限り、ギルベルタが泣いたり、我儘を言って誰かを困らせたところなど、一度も見たことがなかった。


彼女は近々結婚し、退職することが決まっている。


第三王子殿下の婚約者であるギルベルタの侍女という仕事は、勉強やお給金の為の他に良縁を得る為でもある。

予定している新居は王都内だが、このままビアンカが働き続けるのは不可能で。自分勝手な感傷だとわかりながらもギルベルタの今後が不安で仕方なく、繋いだ小さな手をキュッと握りしめた。


その手が、何故かスルリと離れる。


「──お嬢様?」

「……」


ギルベルタは人差し指を唇に付けてビアンカを黙らせると、そっと近くの茂みに近付いた。

そして振り返り、叫ぶように言う。


「ビアンカ、神官様を呼んで来て!」

「えっ……」

「怪我人よ! 早く!」

「はっ、はい!」

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