第一話 変身
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五月──
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「ほら、ゆるは。君のスマホ見てごらん?また悪者が現れたみたいだよ?」
「先生、すみません。おトイレ…行ってきます!!」
ここは現代の日本。
コミックやラノベ等で目にするような、異世界などでは全くない。
そして、私の名前は杉澤ゆるは、公立の中学校に通う二年生の女子だ。
今は、学校の自分のクラスで授業を受けていたが、急に“主導生物”のリュシに声を掛けられた。
“主導生物”とは、異世界からやってきた生物で、人間の女子に『魔法少女』へと変身する能力を授けられるらしい。
簡単に言えば、魔法少女なアニメの妖精ポジションだと思う。
そんなリュシの見た目だが、白いスライム風の身体に大きな目と口があり、ウサギのような垂れ耳が一対生えていて、可愛らしい印象だ。
大きさにして、四十センチ程はあるだろうか。
見た目も触り心地も抜群で、ついつい騙される。
「ゆるは?早く変身しないと!!」
もうお分かりだとは思うが、私は『魔法少女ゆるは』として、悪者の魔の手から街の平和を守るべく、“主導生物”のリュシに半ば強制的に変身させられ、戦いに身を投じている。
幸いなことにリュシの存在は、普通の人間には分からない。
だから、今ここでリュシと会話をしてしまうと、普通の人達には独り言をしているようにしか見えず、かなり痛い。
──ガラガラッ…ガタンッ…
クラスの扉を開け、私は廊下へ出ると扉を閉めた。
急ぎ足でトイレのある校舎の中央へ向かい始める。
「ほら、急いで急いで!!じゃないと、インスカに、ゆるはの…。」
「承知いたしました!!」
リュシには私の弱みを握られていて、逆らえない。
インスカとは、Instant Calleeという日本で流行しているSNSの略だ。
だから、私が女の子の日で、情緒不安定な上に怠くて全くやる気がなくても、リュシは容赦してくれない。
──バタバタバタバタ…
授業中の廊下を、駆けていく音が響き始めた。
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五月──
ゆるは、中学二年生
ここは…通う中学の女子トイレ付近
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──バタンッ!!
「【変身】!!」
女子トイレの個室へ勢いよく入った私は、スマホの画面を下向きにして右手で掴むと、天井に向かって右手を突き上げ、そう叫んだ。
すると、スマホが私の右手から離れると、天井近くまで浮き上がる。
そのスマホの画面から、眩いくらいの光が私に向かって放たれた。
──ジュゥゥゥゥッ…
眩い光を全身に浴びた私の身体に、変化が起きた。
私が着ている制服や下着等が、まるで全身に酸を浴びたかのように音を立て消えていった。
お分かりの通り、私のスマホはリュシにより『魔法少女』になる為の変身アイテムへと改造されているのだ。
──ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!
「ひっ?!」
スマホの画面から今度は、光でできた鎖の枷が四本放たれると、私の両手両足を拘束した。
──ガチィィィィン!!
光の鎖がピンっと張られ、身動きが出来なくなる。
なかなかこの状態は慣れるものではなく、思わず声が出れしまう。
因みにだが、変身中の私の姿は誰でも見たり触ったりすることが出来てしまう。
その為、リュシからは変身する場所には十分注意するように言われている。
最悪の場合、変身中に襲われてしまうからだ。
今、私が女子トイレの個室で変身しているのは、そんな理由があった。
それにしても、先程からリュシの姿が見えない。
「ねぇ、リュシ?」
身動きが取れない私は、リュシの名前を呼んだ。
「ねぇ?ゆるは。この前の話の答え聞きたいな?」
呼び声に応えるかのように、リュシが姿を現した。
私の下腹部をじっと見つめながら問いかけてきた。
「えっと…。その…。」
「【変身承認】。時間はたっぷりあるからね?」
言葉に詰まってしまった私に対し、リュシは冷静に宙に浮いているスマホへ向かって呟いた。
──ビカッ!!
すると、スマホの画面から先程よりも眩しい光が私を包み込んだ。
そう、ようやく『魔法少女』への変身が開始された瞬間だった。
今まで何だったんだ?と思われるかも知れないが、事前に変身の邪魔にならない状況をつくっているとの事だ。
それに、変身が開始される為には、先程のようにスマホの画面へとリュシが承認の言葉をかける必要がある。
もし、どちらかが欠けてしまった場合、【変身】の準備に入った者は、死ぬまで光の鎖の枷に拘束され続ける。
【変身】の準備の解除は、リュシにしか出来ない。
故に、スマホが他者に奪われ【変身】の準備に入られても、『魔法少女』に変身することはまずあり得ない為、安全だ。
──ピィィィィッ…
私を『魔法少女』へと変身させる光が頭の天辺から、スキャンするように少しずつ降りてきていた。
肩までしかない私の黒い髪が、金色に変わり始める。
──ブツッ…
スキャンするような光が、私の耳の辺りにきた時だ。
突然、周囲の声や音が聞こえなくなってしまった。
それはまるで、ノイズキャンセラー機能の付いたヘッドフォンを耳に着けたような感覚だった。
「それで、ゆるはの気持ちはどうなの?」
リュシの声は、鮮明に私の耳に届いている。
これは、悪者の声による攻撃から私を守る為、エルフの耳に似せたもので耳を覆っているそうで、私の耳に声が届くかはリュシの判断によるとのことだ。
そして、私が変身の準備を始めてから、リュシはしつこい程に答えを求めてきている。
きっと、はいと一言答えてしまえば楽なのだろう。
でも、そうはいかない結構重い内容なのだ。
「はい。えっと…答えます。答えますので、その前に…リュシに一つ質問させてください。」
「分かった。」
変身が終わるまで、話を引き延ばすことが出来たら、どれだけ幸せだっただろう。
二分程経とうとしているが、まだ光は首の辺りだ。
魔法少女なアニメみたいに、テンポのいい変身ではないのだ。
「あ、あの…リュシがそう思うようになったのは、いつ頃からなのでしょうか?」
これを言ってしまえば、私はもう答えなければいけない。
今日ほど、この変身の遅さを恨んだことはないだろう。
「ボクがゆるはを恋人にしたいと思ったのは、ゆるはを初めて見た時からだよ?」
今日の朝、目覚めた時のことだった。
毎晩、私はリュシを抱き枕代わりにして一緒に寝ていた。
理由は単純で、ぬいぐるみみたくて抱き心地が良かったからだ。
そんなリュシに告白されてしまったのだ。
しかも、初見で見初めていたなんて、正直怖い。
「えっ…?ど、どういう事ですか!?では、私を『魔法少女』に決めたのは…。」
「うん。ゆるはをボクの恋人にしたかったからだよ?ボクは恋人にしたい相手しか『魔法少女』にしないんだ。」
先程からの言葉を聞く限りでは、リュシは恋愛脳のように見えているかも知れない。
でも実際には、リュシはこの一ヶ月間そんな素振りを私に一切見せることはなかった。
だから、てっきり…リュシからは地雷な『魔法少女』のレッテルを貼られていると私は思っていた。
何故、私がそう思うところまで至ったかと言えば…実は『魔法少女』に変身出来たとしても、平気で悪者にやられてしまうのだ。
漫画やアニメのように、ヒーロー補正なんてものは全く無いし、悪者も容赦してくれない。
つい数日前も、明らかに格上の悪者と戦う羽目になってしまい、あろうことか必殺技を全身に受けてしまった。
街の人達が見守る中、物凄い衝撃で身に纏っていた衣装は跡形なく消し飛び、背中から地面に叩きつけられた私は気を失ってしまった。
身体の違和感で私が意識を取り戻すと、地面の上で悪者からいやらしい悪戯を受けている真っ最中だった。
あまりの恐怖で、私は声も出せずに絶望していると、別行動していたリュシが血相を変えて飛んできて【転移魔法】を使い助け出してくれた。
いくら変身しているとはいえ、いやらしい悪戯を身体に受けてしまった私のメンタルは、もうズタボロだった。
そんな状態の私に対して、リュシはこれでもかというくらいに辛く当たってきたのだ。
だから、そんなリュシから愛の告白をされただなんて、本当に青天の霹靂だった。