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Chapter.3-1 同調《シンクロ》

 自身に注目が集まるのを待ったらしい太刀川は、一拍の間を置いて口をひらいた。

「まず、今日のところの収穫は、万里小路までのこうじさんと萩藏はぎくらさん、それに葛葉くずはさんから聞きました。そこで、今日葛葉さんが保護した二人から、この場で改めて話を聞きたいと思います」

 保護した二人、と太刀川が言ったことで、室内にいる全員――名前を知らない二人を含む、対妖セクションのメンバーと思われる全員の視線が、和華のどか冴月ひづきに注がれる。

 二人は、どちらからともなく視線を見交わし、やがて冴月が太刀川に目を向けた。

「……別に話ったって、葛葉に話したこと以外で特に話すことなんかないぜ」

 思わず億劫そうな口調になった冴月に、汰樺瑚たかこが分かり易く目を吊り上げる。すばるは昴で、ふちなしの眼鏡越しに、冷ややかな流し目をくれた。

 名を知らない内の一人、仕事のメンバーにしては幼すぎる年齢の少女――どう目を凝らしても、見た目、四、五歳だ――は、怯えたように、傍にいた日本人形のような容姿を持つ少女の後ろへ隠れている。

 だが、それらの反応に、冴月は肩先を上下させることだけで答えた。精神的には外見年齢とあまり違わないつもりだが、やはりこの年(・・・)になると、よほど何か感情的にならない限り、下らない(・・・・)言い争いをするのは疲れる。

 しかし、この場にいるほかの面々の一人、汰樺瑚は違ったようだ。

「あのね、いい加減白状したら? 昼間捕まえた、一つ目の鬼とグルなんでしょ?」

 と話を蒸し返す。

 冴月はそれにも無言で答えた。彼女のようなタイプは、自分の望む答えでない限り信じないのだ。信用されない答えを言い続けるほど、疲れることはない。

 けれども、ここで否やを唱えた者がいた。

「違います」

 ガタン、という音を立てて、向かいにいた和華が立ち上がる。

「冴月君は、あたしを助けてくれたんです。一つ目の鬼とグルだったら、そうはしないと思いますけど」

「はあ?」

 すると、汰樺瑚は盛大に眉根を寄せた。

「ねぇ、ちょっと……あなた、大丈夫?」

「はい?」

「さっきは調べそびれたけど、あなた、そっちの半人鬼はんじんきに、催眠術とか暗示とか、掛けられてんじゃないの?」

 いつの間にか空になった皿をカウンターへ置いた汰樺瑚は、せかせかとした足取りで和華に肉薄する。

「ちょっと失礼」

 と言うなり、和華の手首を取ると、彼女の上瞼と下瞼を開かせ、目を覗き込んだ。

「ちょっ」

 和華は、反射的に首を縮めて目をきつく瞑ると、空いたほうの手で汰樺瑚を軽く突き飛ばす。

「やめてください! あたしは何もされてません!」

「落ち着いて。何もされてなかったら、気持ち悪い混血を庇う理由なんてないでしょ? ねっ?」

 汰樺瑚が、宥めるような表情で和華の上腕部を押さえる。

「大丈夫よ。部長はヒーリングが得意なの。すぐ正気に戻れるからね。そうしたら、本当のことを教えて?」

「いい加減にして!! あたしは正気だし、嘘なんかいてない!!」

 嘘を言っている、正気じゃない、頭がおかしい――そう言われるのが、和華には一番苦痛なのだ。それは、今では冴月にもよく分かっている。

 ただ、それを理解していない汰樺瑚は、叩き付けるように叫ばれても、ビクともしない。ひたすら宥めるように、和華の頬に優しく触れる。

「いい子ね、すぐに元に戻れるわ。部長、早くヒーリングを」

「嫌だ、放して! やだぁ!!」

 直後、立ち上がったのは、半ば無意識だった。身を捩って泣き叫ぶ和華の手から、汰樺瑚のそれをもぎ離し、和華を背後に庇う。

「ちょっ、何を」

「表出ろ。本当に一戦やるか?」

「何ですって?」

 汰樺瑚が不穏な声を落とし、冴月を気持ちめ上げる。次の瞬間、気配もなく昴が立ち上がるのが分かった。

 風使いである人間の姿でいれば、人の動きくらいは直視しなくとも、空気の動きで読める。だが、昴と相対すると、人間の姿でいるのは逆に不利だ。

 汰樺瑚に意識を残したまま、昴へ流し目をくれる。

「動くなよ、昴。あんたがそこ、一歩でも動いたら、俺は妖化あやかしかするしかなくなる。どういう意味か、分かるよな? いみじくも、あんたがさっき自分で言ったんだぜ。妖化した俺とこの女が、この場でり合えばどうなるか」

 昴の表情は、ほとんど動いたように見えなかった。が、唇が悔しげに噛み締められているのは分かる。

 その場が膠着こうちゃくしたように、シンと静まり返った。その静寂に、誰かがせっせと食器を動かす音だけが響く。

「……ではそろそろ、話を続けてもいいですかね」

 ソロリと、まるでカーテンをそっとき分けるように、静かに割り込んできたのは太刀川だ。

「部長っ……」

 眉根を寄せた汰樺瑚は、まるでチンピラの喝上かつあげに遭いそうになった被害者のような表情で、声のほうへ顔を振り向ける。そのかんに、太刀川は冴月と汰樺瑚の脇まで来ていた。

 そして、冴月が汰樺瑚の手首を掴んでいる手に、そっと自身のそれを載せる。

「冴月君も、一旦この手を放してくれますか」

「この女次第だ。一方的な思い込みで、和華を嘘吐き呼ばわりするのをやめるなら放してもいい」

「万里小路さん」

「でも部長! こいつは半人鬼ですよ!? 人間の言葉なんか通じない、力で排除するしかないんです!!」

 後半の言葉を、冴月を睨み据えながら言う汰樺瑚を、冴月は冷え切った目でめ付け返した。

(……紗彌乃さやのの転生、もしかしてコイツじゃねぇかな)

 そう思ってしまうほど、妖に対する考え方が紗彌乃と似ている。

 だが、魂が違う。それは確かだ。

 よって、汰樺瑚は紗彌乃の転生では絶対にないが、多かれ少なかれ、霊力を持つ人間は妖を『言語の通じない猛獣』『害獣』『害虫』と捉えている嫌いがある。

 出会ったら攻撃して殺すしかない。それこそ、あのGの付く夏の風物詩たる昆虫と一緒で、人間にとって妖、及び妖の血の入った者は、そういう対象なのだ。時代が移り変わってもそれは変わらないのを再確認して、冴月は溜息をいた。

「言葉が通じねぇのはそっちだろ」

 投げるように言って、太刀川の手諸共、突き放すように汰樺瑚の手を解放する。そして、和華の手を取ってきびすを返した。

「えっ、ちょっ……冴月君?」

 焦ったように言ったのは、和華だ。

「待て冴月」

 ガタン、と椅子を引く音と共に、葛葉の声が追ってくる。

「今回、敵は共通だ。ならば、手を組むほうが効率はいい。それは、そなたにも分かっておろう」

 さとす声が近くなる。近距離まで迫っているのは、見なくても分かった。

こんな(・・・)チームじゃやってられない。見りゃ分かるだろ。だいたい、俺はいつだって一人だった」

 そうだ、何を錯覚していたのだろう。口に出してから気付く。

 どうして彼女を――葛葉を信じようと思ったのか。彼女が、人間の男との間に子どもを産んだことがある、と言ったからか。それだって、口から出任せかも知れないのに。

「……俺は、誰も信じない」

 信じれば裏切られる。いや、違う。

 周囲が冴月を信じない。この口から出る言葉は、すべて嘘と虚構と思われ信じてもらえない。

 というより、それ以前の問題だ。冴月を、人として見ないし、言葉が通じると思ってくれない。

 妖は妖で、冴月を含めた人間との混血を『半人』と呼びさげすむ。だけならまだしも、『妖族の面汚し』とか何とか、適当な理由で、面白半分に殺そうとする。

「……それは、あたしのことも含まれてるの?」

 低い声音に、反射的にそちらを振り向く。

 無意識に手首を握ったままの和華が、まるで能面のような無表情で冴月を見上げていた。

 違う、あんたは信じてる。思わずそう言い掛け、口を閉じる。

 ノロノロと顔を前方へ戻し、空いた手で口元をおおった。

(……何言おうとしてんだよ、俺)

 信じるも信じないもない。たったついさっきまで、憎んでいたあいてだ。

 けれど、彼女は前世の記憶をまったく失っている。彼女に言った通り、いつ、何のはずみでそれが戻るか、人格が復活するかは分からない。それでもたった今、彼女に『紗彌乃』としての記憶がないのは、冴月にも疑いようがなかった。

 そして、彼女が今生こんじょうで経験していることは、まるで冴月の人生それと似ていた。

 掛け値なしに本当のことを言っているのに、相手に信じてもらえないもどかしさや悔しさは、痛いほど分かる。

 相手の言いようが、柔らかかろうが関係ない。相手は、自分の欲しい答えしか、信じないのだから。結果、こちらの口から出る言葉が嘘になろうが、それで相手は満足げに『よく正直に言ってくれたね』などと言うのだから、何とも奇妙な話だ。

「……行くぞ」

 しかし、和華の問いには答えず、冴月は彼女の手を引いて食堂をあとにした。


***


「ちょっと……冴月君てば!」

 食堂を出て、通路を数メートル来たところで、和華はやっと冴月の手を引っ張るようにして足を止めた。

「……何だよ」

 面倒くさい、と言わんばかりの口調で言った彼も、和華が足を踏ん張っているので、仕方なさそうに立ち止まる。

「質問に答えてよ! あんたもまだ、あたしの言うこと信用しないの!?」

「あんたの言うことってな、どこ指してんだよ」

 こちらを振り向いた彼の、琥珀色の瞳が、薄暗い通路の灯りに照らされ光をはじいているのが分かる。

「どこって……サヤノさんなんて、そもそも知らない人だってこと!」

「信じざるを得ないだろ」

 冴月は肩を竦めて壁に寄り掛かり、腕組みした。自然、和華の手から、彼の手が離れる。

「葛葉が言うまで、あんたは俺の性別判断に迷ってるみたいだったからな」

「そっ、それは……だって初対面だったら誰だって迷うわよ! てゆーか、百パー女の子だって思うじゃない!」

 髪の長さ的には、うなじが隠れるくらいなので、何とも微妙なのだが。

「サヤノの記憶があれば、あり得ない。あいつは俺の性別くらい、先刻ご承知のはずだからよ」

「……じゃっ、じゃあ……誰も信じないって言ったのは?」

「八百年の人生哲学みたいなモンだ。俺が他人を信じるかどうかより、他人が信じてくれるかどうかの話さ」

「どういうこと?」

 訊ねると、冴月は少し迷った様子を見せたが、やがて口をひらいた。

「……(むかーし)あったことだけど、妖に襲われてた、同じ年くらいの奴を助けたことがある。別に損得の問題じゃなく、あの頃の俺が余計なお節介焼きだったってだけの話なんだけどな」

 苦笑した彼は、何気なく片手をうなじに当てた。その白い手も細い指先も、無造作な仕草も、どこかなまめかしい。

「放っとけば多分死ぬだろうなって思ったから、反射的にそうしただけだったんだけど、サヤノの所為で、俺が混血だって相手にバレた。途端に助けた本人は怯えたツラになるし、そいつの親は目の色変えて武器を手に襲い掛かって来た。武器っつっても、その辺に落ちてた木の枝とかそんなモンで、当たったとしても掠り傷くらいで済むような得物だったけど……まあ、当時の俺には結構ショックな出来事だったわけ」

 何が、どの点がショックだったか、なんて、訊かなくても分かる。

 損得の問題ではなく、目の前で死にそうになっている人間がいたら、和華だって迷わず手を差し伸べるだろう。それなのに、妖の血が混ざっているというだけで、別に魂胆があるのではと疑われ、襲い掛かって来られたらたまらない。

 和華だって、似たようなものだ。

 幼い頃、まだ能力ちからのコントロールが上手うまくできず、意思とは無関係に残留思念を拾ってしまうことがよくあった。


『あの人たちは、何をしているの?』


 両親や、ほかの人間に訊いても、首を傾げられるばかりだった。

 今思えば、残留思念による過去の残像だったのだが、それは余人には視えないものだった。それが分からず、『ナゼナゼ期』も真っ盛りの子どもだった和華は、構わず周囲に訊き回り――母からは拒絶され、父には嘘吐き呼ばわりからの虐待を喰らう羽目になった。

 自分が視えるものが不思議で訊ねているだけなのに、嘘を言っていると決め付けられるもどかしさ悔しさは、冤罪を着せられる理不尽に近い。

 冴月の経験は、もちろん和華のそれとは異なる。けれど、彼が感じた悔しさや焦げるようなもどかしさは、痛いほど分かった。

「……悪い。要らん話だったな。忘れてくれ」

 照れ臭さと自己嫌悪が混じったような声で言うと、冴月は壁に預けていた背を浮かせ、出口へ足を向ける。

 掛けるべき言葉が分からない。だから和華は、冴月のパーカーを掴むしかなかった。

「……何だよ」

「……だから……さっき、庇ってくれたの?」

 さっき、が何を指しているかは分かったようだ。少しの沈黙を挟んだ冴月は、「あんただって庇ってくれたろ」とポツリと呟く。

「えっ、あたし?」

「……自覚がないならいいよ。これで貸し借りなしってことで」

 止めていた足を再び動かそうとする冴月のパーカーをまだ掴んだまま、和華は「これからどうする気?」と問いを重ねた。

 パーカーを放そうとしない和華に、またも仕方なさそうな溜息を吐いた冴月は、「あんた、ヒトのこと心配してる場合か?」と反問する。

「どういう意味?」

「あんただって、一応疑われてんだぞ。新型麻薬所持って罪状でな」

「そっ、そんな……それこそ理不尽よ」

 和華は冴月のパーカーを放して、唇を尖らせた。

「こっちは押し付けられただけだってのに」

「俺だって右に同じだよ。だけど、事実を話したって向こうは信じちゃくれない」

「信じなかったら少なくともここには連れて来ないがな」

 それまでそこにいなかった声が割り込んで来て、和華ははじかれたように振り返る。

 視線の先にいたのは、葛葉だ。彼女は、静かに歩み寄ると、二人の手前で足を止める。

「……まだ何か用か」

 冷ややかに返す冴月に、葛葉は動じた様子を見せない。

「言ったろう。手を組むほうが互いに利が多いと」

「こっちも言ったけどな。一人でもこっちの言うこと信じない奴が混ざったチームじゃやってられない」

「では、彼女たちをチームから外しましょう。それならどうです?」

 葛葉の後ろからもう一人――先刻、太刀川と名乗った男性が穏やかに言って近付いてくる。そして、葛葉の横に並んだ。


©️神蔵 眞吹2023.

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