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Chapter.2-3 食堂への招待

「――なるほど。双方の事情はよく分かった」


 冴月ひづき和華のどかの話を聞き終えた葛葉くずはは、一つ頷いて、「どうだろう」と挟んで続ける。

「今日はひとまず、H.C.P.S.の寮まで一緒に来ないか?」

「二人とも、ですか?」

 問うたのは和華だ。

「行ってどーするんだよ」

 水無瀬家のリビングに場を移していた為、投げるように疑問を重ねた冴月は、ローテーブルに行儀悪く肘を突き、膝を立てている。

「わたくしがここを去ったら、結界も早晩消える。となると、和華の父親にしろ、溝際組にしろ、誰かよからぬやからがまたここを訪れんとも限らん。その点、H.C.P.S.の本部なら、部長殿の永久結界も張ってあるし、安心して休める。特に、和華はな」

「はあ」

 和華は、手にしていた茶碗に目を落とし、気の抜けるような返事をした。

 これで、和華にも何らかの霊能力――特に、戦闘的に何か役に立てる能力があれば別だっただろう。しかし、現実的にはすでに、事態は和華の手に大幅に余っている。差し伸べられた助けの手を素直に取って、なされるがままになるしかない。

「けど、H.C.P.S.の寮とやらで優雅にバカンスってわけにもいかねぇだろ。受け手でいたら、その薬の出所の黒幕の掌で、いいように踊る羽目になるぜ」

 冴月の指摘に、葛葉が「無論だ」と神妙に頷く。

「だが、この薬の一件、捜査の方針はわたくしが司令塔ではないのだ。どの道、一度本部へ戻らねばならん。薬の運搬にしても、冴月、そなたがいてくれると助かる」

「分ーかってるよ。一度協力するって言ったからにはとことんやってやるよ。とっとと片付けようぜ」

 肩先を竦める冴月に、葛葉がクスリと笑う。

「……何だよ」

「いや? では、早々に動こうか」

「あの、その前にいいですか」

 和華が、学校で教師にするように挙手すると、二人が浮かし掛けた腰を落とした。

「何かな」

「もちろん、協力はやぶさかじゃありません。あたしだって、早いところ、父から変に付きまとわれ続けそうな原因からは解放されたいし……ただ、その前にあたし、リアルでやることも多いんです。一応まだ、現役の高校生なので」

「……そうだな」

 ふむ、と考えるように葛葉が拳を口元へ当てる。

「では、和華の当初の予定はどうだったのか、聞かせてもらおう」

「あ、はい。今日のところは、洗濯物はさっき取り込んだから……」

 和華はまず、携帯が壊れてしまったのでその修理、もしくは買い換えの件、それまで繋ぎ代わりの時計購入の件、それから、じきに新学期が始まるので、寮へ戻る準備をしなくてはならない件を挙げた。

「……当面は、このくらいですけど」

「そうか……」

 葛葉はなぜか、眉根を寄せっぱなしだ。

「あの、何か」

「うん……いや、これはわたくし個人の考えになるからあとにしよう。ところで、和華」

「はい」

「そなた、祖父母殿のもとへ養女に来た、と言ったな」

「はい」

「理由を訊いてもいいか? そなた自身が知っていれば、の話だが」

 和華は、少し迷った。今まで特殊能力のことを話せば、十人中十人が、顔をおかしな風にゆがませた。口には出さないが、『この子、頭がおかしい』と思っているのは明らかな表情で。

 他人は、あからさまに罵声を浴びせることはなかったけれど、静かにフェードアウトして行った。両親は、罵声を浴びせ暴力を振るい続けた。それを助けてくれたのは、人間の中では祖父母だけだ。

 しかし、相手はそもそもあやかしだった、と思い直す。

 和華は自身の特殊能力のこと、それゆえに両親に疎まれ虐待されながら育ったこと、見兼ねた母方の祖父母が、和華が十歳の頃、戸籍諸共養女として引き取ってくれたことを、つまんで話して聞かせた。

「……そうだったか。それで、その……訊きにくいのだが、祖父母殿は今?」

「亡くなりました。祖父は十五の時に、祖母は去年の冬」

「そうか……すまぬ。辛いことを話させたな」

 葛葉が心底痛ましげな表情で詫びるので、和華は却って、なぜかおかしくなった。

「いえ」

「それで、ちち殿が今、理不尽に父親風を吹かせて、そなたを利用しようとしておるのだな」

「はい」

「父殿の名は、綾小路あやのこうじ和俊かずとしだと言ったな」

「そうですけど」

「なるほど、それであやつはここ(・・)へ……」

「えっ?」

 和華は、目を見開いた。

「あの……それってどういう」

「いや、ここでこれ以上話すとまた長くなる。もうこんな時間だ」

 言われて、リビングにある古時計に目を向ける。針は、夕方の四時を指そうとしていた。

 ここまで来ると、夕食の刻限まであっという間だ。とは言え、一人だとどうしても適当に済ませがちになるが。

「そろそろ寮に参ろう。冴月。寮までの移動で空間は使えるか?」

「悪いな。空間で行けるのは、俺自身が行ったことがあって、よく知ってる場所に限られるんだ。住所だけ分かっても行けないし、行ったことがあっても、よく覚えてねぇ場所にも行けない。昔と地名が違ってたり、場所がズレてることも、現代じゃ珍しくねぇしな」

 つまり、昔行ったことがあっても、空間から出てみたら想定の場所と違った、ということもあるようだ。その辺は、例の猫型ロボットが出してくれるドアとは、利便性が異なる。

「なるほど。では、薬箱の運搬だけ頼もう。行くぞ」

 葛葉が立ち上がったので、和華は簡単な宿泊用具をカートへ詰め直し、戸締まりに掛かった。


***


 最終的に、神社を出たのは、夕方の五時過ぎだった。

 最寄りの駅から電車に乗り、揺られること一時間ほど。幸い、帰宅ラッシュの時間帯だったが、皆と反対方面への電車だった為、車内は驚くほど空いていた。

 神社を出た時から、葛葉は着物にだらり帯姿ではなく、普通の現代女性の姿になっていた。

 ポニーテールだった癖のない黒髪は下ろし、パンツルックで、まるきりキリリとしたキャリアウーマンだ。スラリと身長が高く、それでなくても目を惹く容貌なので、一見するとモデルとも見紛みまがう。

 おまけに冴月がまた特上の美貌の持ち主だものだから、葛葉と並んでいると目立つことこの上ない。すれ違う人は、十人中十人が振り返る。

 連れ立った三人の中ではくすんでしまいそうな容姿だと自覚のある和華は、できるだけ小さくなって二人のあとを付いて歩いた。

 荷造りした荷物は、冴月が空間に入れて運んでくれたので、和華の手荷物は貴重品の入ったポシェットだけだ。

 途中で携帯販売店と時計店に立ち寄りたかったが、時間が時間だから明日にしようと葛葉に言われていた。

 目的地らしき駅を出て、歩くこと五分ほどで辿り着いたのは、どこかのアパート群だった。ここが、葛葉の言う『H.C.P.S.の寮』らしい。

 夏場とは言え、六時になるともう薄暗いので、全体的にどんな様子かは分かり辛い。ただ、かなり規模の広い寮のようだ。イメージ的に、社宅のような集合住宅に近い。

 葛葉は、二人を先導して、敷地内にあるとうの一つへ足を向けた。

 短い階段を上がった場所にある扉をひらく。鍵は掛かっていないのか、葛葉は鍵をけるような仕草を何もしなかった。

「……ここ、セキュリティってどうなってるんですか?」

 思わず和華は口をひらく。すると、葛葉は「何、心配ない」と事も無げに答えた。

「この棟に住んでおるのは全員、妖対策セクションの者だ。防犯結界も張っておるから下手なセキュリティより万全だし、第一この棟自体が、一定の霊力妖力のある者以外には視えぬ」

「それって、視える人には意味ないんじゃ」

「だからこその防犯結界ってヤツだろ。それに、一定の妖力値に触れると機械は壊れる。現代的なセキュリティなんか、違う意味で役立たずってわけか」

 口を挟んだ冴月に、葛葉はニヤリと唇の端を吊り上げて「ご名答」と言いながら、懐から何やら紙を取り出した。長方形の――昔、テレビドラマで流行はやっていたという、キョンシーの額に貼るお札に似ている。

「敢えて言うなら、この符が、今で言うカードキー代わりだ。この符を持たない者が棟に近付くと、警報が鳴り響いて、腕に覚えのある祓魔師が駆け付けるという寸法だな」

「じゃ、あたしたちは? 持ってませんけど」

「そりゃ、その姉さんが持ってるから、連れ、イコール怪しくないって認識されんだろ」

「そういうことだ」

 まるで今夜の夕食のメニューでも喋っているような軽さで言って、中へと歩を進める二人に、容姿以外でも付いていけないものを感じる。

(……あー、でもよく考えたら二人とも千歳近いんだっけ……いや、葛葉さんは知らないけど、妖狐って言ったら千歳越してんのが常識のよーな気がするし)

 それは完璧に偏見である、と、和華の頭の中が見える人間がいたら、百パーセント突っ込むだろう。

(冴月君はああ見えて、八百歳越してんだよね……)

 先刻の、葛葉との駆け引きに於けるリアクションだけ見ていると、冴月は見た目相応の年に思えなくもないが。

 正真正銘、十七年と八ヶ月ほどしか生きていない和華にとっては、どちらにしろ二人の年齢は途方もない。

(……まあ、あたしも前世が何回かあるらしいから、厳密に言うと十何年じゃ利かないのかも知れないけどさ)

 そう他人から言われても、そんな前世の記憶など、欠片も思い出せない。

(てゆーか、生まれ変わるたびに彼を捜して嫌がらせしてたって話よね。ホント、彼の言う通りだわ。どんだけ暇人よ、前世のあたし)

「和華?」

「へっ?」

 いつの間にか、足を止めていたらしい。ふと気付くと、二人との間に、若干の距離ができていた。

「何をしている、行くぞ」

「あっ……は、はい、すみません!」

 葛葉に手招きされ、和華は慌てて小走りに二人のあとを追った。


***


「げぇ~~~~ッッ! 何か増えてるぅ~~~~!!」


 葛葉に付いて、食堂らしき部屋へ入ると、先ほど一戦交えた内の一人、万里小路までのこうじ汰樺瑚たかこが、スパゲッティの盛られた皿を片手に、冴月を指さした。

「……とことん失礼だな。人を指さしちゃいけません、って学校で習わねぇのか」

「気持ち悪いGの付く虫に払う礼儀なんかないわよ、殺虫剤どこ!?」

「……葛葉。今、一暴れしても構わねぇよな」

 パキ、と指を鳴らす冴月に「やめておけ」と葛葉が制止する。彼女の言葉にかぶるように、「食事中に、しかも食堂で殺虫剤バラくな」とカウンター席にいる昴が、同様にパスタを頬張りながら汰樺瑚をいさめた。

「やりたきゃ外でやってくれ。殺虫剤じゃなくても、お前らが本気で暴れたら、室内に埃が立つし、下手すりゃ文字通り爆発し兼ねない。いずれにしろ、食事中には好ましくない事態になる」

「すーばーるー! あんた、どっちの味方!?」

「おれはいつでもおれ自身の味方だ」

「はい、そこまでにしてくださいね」

 カン! と思いのほか大きな音が響く。

 反射で、室内にいた全員がそちらへ視線を向けると、注目の集まる先には、年輩の男性がいた。

 黒縁の眼鏡を掛けた顔形は、一言で表すと柔和にゅうわ。年の頃は、四十代半ばから五十代の始めくらいだろうか。

 中肉中背その男性は、今はエプロンを付けてカウンター席の向こうにいた。音を立てたのは、彼が手にしていたフライパンとフライ返しが衝突した結果らしい。

「チャーハンのオーダー、誰でしたっけ」

「はーい、あたしです!」

 元気よく手を挙げたのは、やはり初めて会う少女だ。

 見た目は十代半ば。和華と同じ年頃に思える少女は、ショートボブの髪の先を踊らせながら、カウンターに飛びついた。

「葛葉さんもこちらへ。彼ら二人が例の?」

「ああ。先に飛ばした使いに話は?」

 言いながら、カウンターへ歩む間に、葛葉の姿は元の着物にだらり帯姿へと戻る。

「あらかたは伺いました」

 男性は頷くと、フライパンとフライ返しを奥へ置いて、カウンターから出て来た。

「初めまして。太刀川たちかわ真幸まさきと申します。一応、対妖セクションで部長を務めています」

 太刀川は微笑を浮かべたまま、冴月に目を向け、「冴月君ですね」と確認した。

「ああ」

「で、あなたが水無瀬和華さん」

 和華のほうへ視線を転じた太刀川が問うと、和華も「あ、はい」と言いつつ頭を下げた。

「水無瀬です。取り敢えず、今日はお世話になります」

「いえいえ。今日だけと言わず、いっそ妖薬ようやくの件が片付くまでいてくれて結構ですよ」

「ヨウヤク?」

 冴月は眉根を寄せ、すぐに思い当たる。

「あの薬のことか」

「はい。正式名称ではありませんが、我々は暫定的に、『妖の薬』の意味で呼んでおります」

 そのまんまだ。確かに通常の麻薬らしくなく、妖気が感じられれば、そう仮名を付けても頷けはするが。

「あのっ……すみません」

 思い切ったような声で、和華が割って入る。

「薬の件が片付くまでと言っても、葛葉さんにも言いましたが、あたし、そろそろ寮に帰らなくてはいけないんです。もう夏休みが終わるので」

「そうですね。その件も含めて話し合いましょう。ちょうど、夕食兼ミーティングの時間なので」

「……ミーティング?」

所謂いわゆる作戦会議みたいなもんだよ。妖薬の件で」

 手近の丸テーブルに、チャーハンと水の入ったグラスを載せた盆を持った少女が、腰を落としながら、笑顔で続ける。

「よろしくね! あたし、水澤みずさわ七瀬ななせ。人魚との混血なんだ」

(……無防備な奴)

 口に出さずに、冴月は吐き捨てた。自身が妖の混血であることを、あっさり自己紹介がてら話せる神経が分からない。

 それとも、自分が現役で十代を生きた平安末期と違って、現代は混血純血問わず妖であることを暴露しても、即攻撃されないほど平和なのか。

(……いや、それはさすがにねぇよな)

 クスリと苦笑する。現に、和華は純血の人間でありながら、その特殊能力を疎まれ、時に実の両親から殴る蹴るの暴行を受けていたらしい。

 チラリと彼女に目を投げると、彼女も大概似たような、それでいて七瀬と名乗った少女に対し、驚いたような目を向けている。

「どうかした?」

「あ……ううん、何でもない」

 取り繕うように答えた和華は、「水無瀬和華です」と太刀川にしたのと同じように挨拶して、頭を下げている。

「やだなー、そんなにかしこまらないでよ、座って。和華って呼んでいい?」

「……はあ」

「あたしも七瀬って呼んでね。和華はどこの学校通ってるの? 寮ってことは、遠いんでしょ?」

「え、ああ……うん。聖條せいじょう大学付属」

「そっかー。あたし、この近くの高校なんだ。堂山どうやま高、知ってる?」

「これ、個人的なお喋りはあとにしろ」

 いつの間にか調理された食事を手に、葛葉が和華たちのいるテーブルへ腰を落ろした。

「冴月も座れ」

 と言いつつ、葛葉は冴月にはしを差し出す。

 彼女が持って来たのは、サラダと唐揚げが盛られた大皿だ。一緒に持って来たらしい小皿を、和華と冴月の前へ置く。

 惰性で箸を受け取る頃、葛葉は早速に唐揚げに箸を突き立てて口へ運んだ。それを見てから、冴月も腰を下ろしたが、何気ない仕草で小皿へ箸を置く。

「では、皆さん。お耳だけ拝借できますか」

 冴月が座るのを待っていたかのように、その場に太刀川のよく通る声が響いた。


©️神蔵 眞吹2023.

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