Chapter.1-3 誤解
「――昴!」
甲高い叫びに応じて、背後から殺気が膨れ上がった。
とっさに振り向いて、琥珀色の目を見開く。
冴月の視界には、スーツ姿の男が、右手を振りかぶってすでに宙に舞っていた。
舌打ちして風を操る。風でできた障壁と、男の拳が衝突するのは、ほぼ同時だった。スーツ男からも舌打ちが漏れる。
冴月は異空間の出入り口へ、手にしていた薬箱を即座に放り込んだ。空間の裂け目を閉じると同時に、「動くな!」という叫びがまた響いた。
竜巻で身を守りながら元の方向へ目を向けると、一つ目鬼が、細長い紙にグルグル巻きにされて地面へ転がっている。
鬼の身体を縛り上げているのは、どうやら呪符だ。だが、あんなに長い、ロープのような呪符は初めて見る。
「風の防御を解いて、女の子を解放しなさい」
威圧的に告げたのは、先刻まで一つ目鬼に捕らえられていた――確か、万里小路汰樺瑚と名乗った女性だ。無力な人質を演じることで、隙を窺っていたのだろう。
彼女は、これ見よがしに指先に挟んだ呪符を見せつける。
「さもないと」
「さもないと? 何だよ。俺はただの人間だぜ? その呪符で、どーにかできるとでも?」
「は、ただの人間が聞いて呆れるわ。フツーの人間が、そんな竜巻が起こせるなんて、見たことも聞いたこともないわよ」
それを言うなら、彼女こそだ。普通の人間が、人喰い鬼を簡単にグルグル巻きにできるなんて、八百年以上生きている冴月でさえ、実際に見聞きした覚えはない。
だが、それを言い返しても時間の無駄だ。
「とにかく、俺にはあんたたちの言うことを聞く筋合いはない。これで失礼するぜ」
「失礼させるか」
初めて聞く、男の低い声のしたほうへ目を向ける。男は、あろうことか竜巻の中へ指先を突っ込み、引き裂いていた。
裂け目を閉じようとするが、男も引かない。再度舌打ちして、竜巻を解除すると同時に後方へ飛んだ。
力を入れて破壊しようとしていた対象物が、いきなりなくなった所為で、男は蹈鞴を踏む。
「昴! その一つ目は頼むわ」
汰樺瑚は言い捨てると、着地した冴月に向かって地を蹴る。
冴月は、宙に舞った彼女に向けて竜巻を仕掛けた。
「えっ、きゃあ!」
体勢的に避けられなかったのか、彼女の身体は空中で、見えない縄で宙吊りに縛り上げられる。
「動かないほうがいいぜ。俺がちょっと能力入れるだけで、あんたの身体はバラバラになる」
「そうかな」
答えたのは昴と呼ばれていた男だ。
彼もまた宙に舞い、後ろ手に縛られていた彼女に触れた。途端、呪縛が解けた彼女を横抱きに抱え、男が着地する。
「ちょっと! あんた、一つ目はどうしたの!?」
「おれの空間に閉じ込めてある」
「へぇ。あんたも異空間持ちか」
汰樺瑚を下ろす昴に向かって、冴月は思わず言った。だが、二人の目つきは冷たい。
「気軽に話し掛けるな。卑しい混血風情が」
「……その単語、久々に聞いたな」
途端、冴月の琥珀色の目も、温度が低下する。
「いーから早く、あの女の子を解放して大人しく一緒に来なさい!」
汰樺瑚が懐から取り出したのは、呪符ではなく、何かの身分証だ。掲げ方からすると警察手帳のようだが、造りはまったく違う。
警察手帳が二つ折りなのに対し、今彼女が掲げているのはカード状のものだ。それには太陰太極図――いわゆる陰陽のマークが描かれ、それに被るように『P.C.P.S.』という文字が書き込まれているが、何の略称か、冴月には分からない。
だが、警察だろうが、それに近い組織だろうが、冴月にはどうでもよかった。どうせ、すでに前科持ちの身だ(もっとも前科が付いて処刑されたのは、百年近く前の話だが)。
「……俺が何したってんだよ」
「薬を持ってたじゃない!」
「そりゃ、あんたが解放しろって喚いてる女もどうやら一緒だぜ」
「そ、それは……」
「彼女には、何か事情があるんだろう」
言い淀んだ汰樺瑚に代わり、昴が淡々と言いながら、懐にしまっていたらしい眼鏡を掛けた。
戦闘中は、掛けていたら危ないからだろうが(ただ、懐にしまうのもどうかと思うけれど)、眼鏡を掛けるとその冷えた印象がより一層際立つ。
「……へぇ。で、俺はわけもなく怪しい薬を持ってるって言いたいわけか」
「当たり前でしょ。あんたには妖の血が入ってるんだもの。マトモじゃないに決まってるわ」
「お互い様だ」
だめだこりゃ。そう思った冴月の決断は早かった。
「混血ってだけでこっちの話を聞こうともせず、頭っから疑って掛かるしか能のない人間サマのほうが、俺に言わせりゃマトモじゃない。言うこと、素直に聞く謂われはないね」
冴月は、後ろ手にした右手で、異空間を開けた。
「あっ!」
途端、二人が目を見開く。
「じゃあな」
言い捨てるなり、冴月は異空間の中に背中から倒れ込み、素早く入り口を閉じた。
***
「はぁー……」
時は、ほんの少し遡る。
いきなり暗い空間に放り込まれた和華は、自身のキャリーカートに抱き付くようにもたれてぼんやりしていた。
最初こそパニックになっていたが、助けを求めてもその声が外へ漏れそうもない。体力を無駄に消耗するより、いざという時逃げられるように温存しておくべきだと思い直した。
その機会は、案外早く来た。しかし、何だか分からない、透明な壁のようなものに阻まれ、外へ出て行くことができなかった。
幾度か開け閉てが繰り返されたが、和華が出る隙など、少しもなかった。
(……てゆーか、大縄跳びも跳べない人間じゃ、無理なタイミングだったよねぇ……二回目以降は)
はあ、と何度目か分からなくなった溜息を吐きながら、机代わりにしたキャリーカートに突っ伏す。
(……下りのエスカレーターも、乗れるようにはなったけど、タイミング計らないと乗れないし……って、今はどうでもいいけど)
どのくらい時間が経ったのか、分からない。
和華は、今自分がいる空間を、チラリと見上げた。
真っ暗で、何もない。ついでに言えば、上も下も、右も左も分からない。まるで、無重力空間に浮いているようだ。
ただ、キャリーカートにしがみついていると何となく体勢が安定するような気がした。
投げた視線の先に、一度外へ引っ張り出され、また放り込まれた箱が目に入る。今、キャリーカートの中にあるのと、同じくらいの大きさの箱だ。
暗くて、光など入って来ないように思えるのに、不思議と周囲にあるものが見える。
とその時、この短時間で耳慣れた、何かがひび割れるような音が響いた。と思った時には、一つ目の妖に襲われた時、背中しか見えなかった人物が空間に背中から転がり込んで来た。
そして空間の出入り口は、元通り閉じられる。
「ちょっ……ここから出してよ! あんた一体――」
声を出したことでこちらを見た人物は、切れ上がった目元を一杯に見開いた。
通った鼻筋、花弁のような唇が、逆卵形の輪郭の中に、絶妙な配置で収まっている。男か女か、とっさに判断ができない。
一瞬の驚きが去ったあと、は、と投げるような吐息が相手から吐き出された。
「……何だ。まさか、あんただったとはな」
「えっ?」
「出すも何も、自分で出りゃいい。あんたならやってやれねぇことはねぇはずだろ」
「そんな」
冷たく言い捨てられ、和華は唖然とする。
「何それ……どういうこと?」
「あ?」
ほとんど泣きそうな声を出したのに、相手の声は冷たい。ついでに言えば、目も冷たい。冷たいと言うより、その目に籠もっているのは何というか、――どう言えばいいだろう。
ドロドロとして、拒絶と憎しみに満ちている。憎悪が、まるで冷えて固まっているようだ。
(ちょっと……待ってよ。何であたしが憎まれるの?)
初対面なのに――。
そう、世の中、造作の綺麗な人間はそこそこいる。芸能界は、八割が美形で構成されていると言っても過言ではない。
しかし、目の前の相手は、ハリウッドのトップ女優も裸足で逃げ出しそうな美人だ。こんな整った容貌の相手、一度会ったら絶対に忘れないのに。
「……何見てんだよ」
「あの……」
「あ? 行くなら勝手に行けよ。つか、話し掛けんな」
素っ気なく言った相手は、早々に和華から視線を外してしまう。話し掛けるな、などと、分かり易く決定的な拒否を突き付けられ、和華は本気で途方に暮れた。
「そんな……話し掛けなかったらどうやって出たらいいのよ」
「自分で考えろよ」
「考えたって無理だよ、あたし……マトモな霊能力なんかないもん」
「はあ?」
思わず、といった様子でこちらを向いた相手は、今度は唖然と口を開けた。
「嘘言うな」
「嘘じゃないよ……」
「そもそも、俺と会話と洒落込むよーな真似、あんたはこれまでして来なかっただろ」
「これまでって何? あたしと会ったことあるの?」
「とぼけんのもいい加減にしろ!」
相手は、ついに苛立ったように叫んだ。
「自分が俺に何して来たか、忘れたとは言わせねぇぞ!」
「だって本当に知らないんだもの!」
とうとう釣られるように和華も怒鳴る。
「誰かと勘違いしてない!?」
「いーや、間違いない、その面! 随分久し振りだけど、また転生して俺の追っ掛けか。マジで暇なんだな」
「知らないったら! あんた、一体誰なの!?」
転生って何それ。ふと、和華は思った。
「転生……つまりあんたは、前世のあたしに、ひどい目に遭わされたっていうこと?」
問うと相手は、フン、と鼻先を鳴らした。
「毎回毎回、延々と恨み言垂れんのも芸がねぇもんな。今回は趣向を変えでもしてるのか? その演技がどこまで続くか、見物だな」
「……演技って……」
早くも和華は疲れて来た。
こちらは掛け値なしに本当のことしか言っていないのに、相手はそれをどこまでも疑って掛かってくる。どこかで似たような経験をしてきた、と思ったが、父と話している時がまさしくこんな感じだ。
「……最悪……」
「そーだな。俺だって最悪だよ、とっとと出てけ。但し出る場所は選べよ」
「だからそんな方法、分からないって言ってるのに……」
この相手とこれ以上話しても無駄だ。
早々に断じた和華は、元通り横倒しにしたキャリーカートへ突っ伏した。ここに和華を閉じ込めた張本人が出してくれないのでは、どうにもならない。
(あーあ。あたし、ここで死ぬのかしら)
呼吸はできるし、相手もここで平気なのだから、しばらくは生きていられるだろう。
だが、ここには食べ物も飲み物もない。
(……死因は飢え死にで、しかも遺体も見つからない、かぁ……脱水症状で死ぬのとどっちが早いかなぁ……)
飲み物は道中の、売店かどこかで買う予定だった。だが、駅に辿り着く前に、あの一つ目の妖に遭遇したのだ。
(助けられたと思ったのに、一難去ってまた一難ってこのことだわ)
その一時ばかりの救いの主の横顔を、覚えず恨めしげに睨め付ける。
「……ねぇ、ちょっと。いつまでここから出さない気?」
話しても無駄だと分かっているが、話し掛ける相手ができたので無意識に口を開いた。突っ伏した顔を、ムクリと持ち上げる。
相手は和華をチラリと横目で見ただけで、無重力空間にゴロリと横になった。そうして、目を閉じてしまう。
「ちょっと! 聞こえてるんでしょ、何とか言ってよ!」
「うるさい、話し掛けるなって言ったろ」
「出してくれれば話し掛けないわよ! 何なの!? あたしが何したってのよ!」
相手によれば、『何か』したのは和華の前世らしいが。
「あんたこそ、随分暇なんじゃない!? 前世で何されたか覚えてるなんて!」
「よっぽどひどいことした、って発想にはならねぇわけだ」
相手は器用に床もない場所で寝返りを打って、和華に背を向けた。その背に、和華は構わず言い募る。
「知らないのに発想しよーもないでしょーがっっ! だいたいねっ、こちとら現世ですでにひどい目に遭ってんのに、他人サマの、しかも前世からの因縁に拘らってる暇なんかないのよ、早くここから出して!!」
キンキンと尖っていく金切り声に、早くも音を上げたのか、相手は両耳を掌で塞いで起き上がった。
「……ッあーっ、うるせぇうるせぇうるせぇ!!」
目線は和華から逸れたままだ。顔も見たくないほど和華を憎んでいるのは、間違いないらしい。――身に覚えは、これっぽっちもないのだが。
「だっから出してくれれば騒がないっつってんのよ、日本語通じてんの!?」
「自分で出ろっつってんだろ!?」
「出られりゃとっくに出てるって言ってるのに!!」
「嘘吐け! あんたほどの霊力がありゃ可能だろーがっ!」
ついに相手がこちらへ目を向ける。そして訝しげに眉根を寄せた。
途端、頬に何かが伝う感触に、和華も目を瞬く。
「……うぜぇな。何泣いてんだよ」
「……だ、だって……」
慌てて頬を拭うが止まらない。
「違う……あ、あたし……嘘なんか、吐いてない……」
『嘘を吐くんじゃない!』
遠い昔、父に怒鳴られた言葉が、不意に脳裏に蘇る。
『うそじゃないもん。あそこで人が……』
『いないだろう!』
『もうやめて、和華。お父さんとお母さんを困らせないで』
(困らせてなんかない)
『和華、いい? 普通になるの。そんなものは視えないのよ』
『だってお母さん……』
『お母さんの子なら普通になって。嘘を吐くのはやめるの』
『嘘じゃないのに! あの人、人間じゃないよ!』
『分かってるわ。最近、お母さんが蕗華に掛かりっきりで寂しいのよね? だから、お母さんの気を引こうとしてるんでしょ?』
それは、妹の蕗華が生まれたばかりの頃に交わされた会話だ。
『違うの、本当に……』
『どうしていつまでもそんな嘘を吐いているんだ! いい加減にしろ!』
やがて、口を開けば両親に殴られるようになった。
和華は、自分を守るようにして、無意識に頭を抱える。
『私たちの子なら嘘を吐く癖を直すんだ! 妖だの何だの、空想の世界の話だ。普通の人間になれ!』
「あんただって妖でしょ!?」
「……今更何言ってんだよ。確認が必要なのか?」
呆れたような声が返って来て、ハッと目を上げる。
ふと気付けば、和華は暗い空間の中で立ち上がっていた。
声のほうへ目を落とせば、相手が片膝を立ててこちらを見上げている。
「……妖、なの……?」
「だから何だよ。正確に言や、妖でも人間でもないし、その逆とも言えるけど。とっくにご存じだろが」
相手が、投げるように言って肩を竦めた。
「……どういう、意味……」
過呼吸のように息を切らしながら、呆然と問うと、相手はじっと和華の顔を見る。
「……まさか、本当に覚えてないのか」
「……知らない……あんたのこと、なんか、知らない」
「……あんたの名前は?」
「……今更、それ、訊くの……自分から、名乗りなさいよ」
シャックリに遮られながら、ポシェットを探り、タオルハンカチとチリカミをキャリーカートの上に置く。
座り込んで、顔全体を拭い、鼻をかんだ瞬間、相手が何か言った。
「……何? 聞こえなかった」
グズグズと鼻を啜りながら問い返すと、呆れたような溜息と共に、「ヒヅキだよ」と相手が言った。
「ヒヅキ? どんな字書くの?」
「『冴える』の『冴』に『月』」
「苗字は?」
「ない。敢えて名乗るとすれば、紀ってことになるんだろうけど」
(敢えて名乗るとすればって)
どういう意味だろうか。
「……もしかして、今流行の無戸籍児ってヤツ?」
目を瞬き、改めて冴月と名乗った相手を見る。
今まで、その超絶美貌にしか意識が向いていなかったが、よく見れば、年の頃は和華と同じくらいだ。
無戸籍児だとしたら、環境はそれぞれだろう。場合によっては、母親の名乗っていた姓しか覚えていないこともあるのかも知れない。
「流行かどーかまでは知らねぇけど、確かに戸籍は持ってねぇな。生まれたの、随分前だから」
「何年生まれ?」
「それより、そっちの名前は?」
あ、と短く呟いた。
人に名前を訊くのに自分から名乗らない不作法を責めたくせに、自分は名乗らず質問攻めとは、自分も負けず劣らず不作法だ。
「……和華よ。水無瀬和華。水無しの瀬に『水無瀬』で、『和華』は『和』に難しいほうの『華』」
もっとも、和華の十七年の半生は、『のどか』からはほど遠い。名前負け、と言うと語弊があるが、そんな感じだ。
他方、相手の反応には、些かの間が空いた。いつしか伏せていた目を上げると、冴月は少し驚いたように目を見開いている。
「……何?」
「……いや……念の為に訊くけど、前世の名前は?」
「悪いけど、自分に前世があったことさえ今初めて知ったわよ。で、何年生まれ?」
「元暦元年」
「げん……?」
思い切り眉根にしわが寄る。明らかに、近現代の年号ではない。
和華に分かる一番古い元号は、明治くらいまでだ。その前は、と日本史の授業の時に教師に訊かれ、指名された男子が『江戸』と答えて『ハズレ』を言い渡されていたのを思い出す。
(えっと……確か、明治の前は慶応、だったよね)
和華は俯いて眉根を寄せ、こめかみに右人差し指を当てる。
(その前が元治……文久……万延……安政……――ッ、だめだっ、ここまでしか分かんない)
「……ごめん、それって西暦で何年?」
「さあ。調べる必要に迫られたことないからな」
調べたことがない、という意味らしい。
和華の脳内知識に頼るなら、少なくとも江戸時代か、それより前だ。すぐに調べたいが、生憎和華のスマートフォンはつい先刻、沈黙してしまった。
試しに取り出して電源を入れてみるが、やはりウンともスンとも言わない。
はあ、と溜息を吐いて俯いた直後、「あんた、信じたのか?」と問われて顔を上げた。
「は? 何を」
「俺の話」
和華は一瞬、ポカンと口を開ける。
「……まさか嘘なの?」
捻りもなく疑問を呈すると、冴月は呆れたように目を細めた。
「……あんたに嘘吐いて、俺に何のメリットがあるよ」
「じゃ、わざわざ確認しなくてもいいじゃない」
「ホントーに『サヤノ』の記憶はねぇんだな」
「サヤノ? どんな字書くのよ」
「……もういい。取り敢えず、今はその嘘に乗せられてやるよ」
「……だから嘘なんて吐いてないって言ってるのに……」
「それ、信用できねぇくらいに、あんたは転生する度に俺を探し出してチクチクイビり倒して責め立てた。明らかに俺に責任のねぇことでだ。挙げ句、最後に会った時には、犯人が俺しかいねぇみてぇに細工して自殺しやがった。とことん、俺を苦しめることにしか興味のねぇ女だったんだよ。あれから会うことなくて、心底ホッとしてたってのに」
「そもそも、あたしがその『サヤノ』って人の生まれ変わりだって断定する根拠は何なの? 身に覚えのないことで文句言われても困るんだけど」
「まず、顔だな。瓜二つだ」
「それだけ?」
「それと魂」
「視えるのっ?」
ギョッとしたように叫んで、思わず身体を抱き締める。冴月が何度目かで、そんな和華を呆れたように見た。
「魂の気配、みたいなもんだな。あんたには今霊感がないみてぇだから分からないかもだけど、例えるなら指紋と一緒だ。転生しても受ける印象が同じだから、まず間違いない」
印象だの気配だの、そんな曖昧なモノを指紋と一緒にされていいものだろうか。
「……とにかく、これであたしが、あんたの憎い『サヤノ』さんとは別人だって分かったでしょ?」
「厳密に言えば別人じゃねぇ。転生に当たって、恐らくあの世で完全に記憶が消去されただけだ。携帯端末転売する時、データを消去するだろ。あれと一緒で、魂は同一人物だ。何かのきっかけでデータが……つまり、前世の記憶や人格が蘇る確率はゼロじゃない」
今度は機械と同じにされた。しかし、それを延々と指摘していては先に進まない。
「でも何にしろ、今はとにかく別人なのよ! それより、ここから出してもらえるのっ?」
強引に話を進める。
言えば、冴月が「あ」と気付いて、空間の出入り口を開けてくれると思ったが、そうはならなかった。
端正すぎる顔立ちに無表情で見つめられると、下手に『その筋』っぽい人に威嚇されるより怖い。
「その前に、訊きたいことがある」
冴月は空間の出入り口の代わりに自身の口を開くと、片膝を立てた座り姿勢から足を伸ばした。
スウッ、と無重力の中を移動するように肉薄し、キャリーカートを挟んで和華と対峙する。
「……何よ」
「この中身、あの薬だって本当か?」
©️神蔵 眞吹2023.