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Chapter.1-2 遭遇

 身支度を済ませて表へ出た頃には、昼近くなっていた。

 近年、夏場になると、東京都はかなり暑い。コンクリートジャングル、などという単語が時折聞かれるが、言い得て妙だと冴月ひづきは思う。

 実際、冴月の生まれた、平安末期(・・・・)頃に比べたら、気温は格段に上がったのは否めない。

 生きるに当たって無感動になっていても、この暑さだけは無視できないレベルだ。

(クソッ……どこ行きやがった、あの野郎)

 意味もなく視線を左右へ走らせ、脳裏でその美貌に似合わぬ悪態をく。

 裏社会に生きていても、仙葉せんばは一般人だ。

 霊力をもちいいて、悪霊や悪のあやかしと戦うことを生業なりわいとする祓魔師ふつましなどと違って、霊気で痕跡を辿ることは難しい。辿れるほど、霊気が体外に溢れていないからだ(もっとも、優れた祓魔師になればなるほど、自分の気配を絶つすべにも長けているので一括りにはできないが)。

 薬のほうの妖気も追跡してみたが、とうに仙葉はどこか、人混みに入ってしまったらしい。

 現代社会でも、妖は人の数と同じくらいにはいる。それらに紛れてしまって、通常の生きた妖のそれと比べると、微弱な妖気しか発しない薬を追うことは、仙葉を気配で捜すより困難になっている。

 冴月は一つ吐息を漏らして、捜索方法を切り替えることにした。

(……俺ならどうする? もし、よからぬ薬を高値で売りたかったら……)

 それが新薬なら、飛び付く組織は多いとは、一概に言えないかも知れない。そもそも『麻薬』とは、依存性があって客が欲しがるから商売になるという側面もある。

 以前から流通している薬なら、効能も分かっているからまだしも、仙葉はあの薬がどういう効力を発揮するかも分かっていないようだった。

 であれば、治安のよくない地域に行ったからと言って、すぐに金になるとは限らないが――。

(……そう言やあいつ、まだ溝際みぞぎわ組にいるのか?)

 そういう話は、一切しなかったことを思い出す。

 溝際組には、冴月も以前、末端組員として所属していたことがある。行く場所がなくて、というよりは、色々あって自棄やけになっていた頃入ったのだが、結局暴力団のやることがしょうに合わなくて足抜けした。

 足抜けのお礼参り(せいさい)も、この体質(・・・・)でやり過ごした。たまにまだ、現末端組員と顔を合わせると喧嘩を売られるが、受けるべき制裁は受けているので、今は相手が死なない程度にやり返している。

(あの組織は麻薬売買もシノギの一つだったけど……薬は確か外部から仕入れてたよな……)

 当てなく動かしていた足を、いつしか止めた冴月は、口元へ無意識に拳を当てて考え込んでいた。

(……でも、実験途中の薬、って……)

 そう、確か仙葉はそんなことを言っていた。

 つまり、仙葉が押し付けてきたあの薬は、研究途上だということだ。しかし、その研究途上の薬から、妖気が発せられていたという事実を、どう解釈したらいいのか。

 あのあとすべての薬を調べたが、妖気はすべての瓶から感じられた。

(……あいつは……仙葉は多分、薬の妖気についても気付いてねぇよな)

 妖の存在自体、考えてもみないだろう。もし、そういう(・・・・)能力があれば、冴月の素性ことおろか、薬の妖気にも気付くはずだが、そんな素振そぶりもなかった。

 冴月の正体には、気付いてこちらに黙っている人間は今までいなかったから、まず断言できる。

(何にせよ、研究途上の薬が組内に保存されてるってことだよな。あの組織、研究室でも創設したのか?)

 薬を作る為の研究施設――しかし、そんなものを暴力団組織が拠点に備えているなんて、さすがに聞いたことがない。

 苛立ったように前髪を掻き上げて舌打ちする。

 これ以上、ここでグルグル考えていても仕方がない。

 こういう時、今流行(はやり)のスマートフォンが手元にあれば、すぐに情報収集できるのだが。

(……そろそろ、端末持つ方法考えたほうがいいかな……)

 持っていると足が付き易いのと、妖化あやかしかしたら機械が壊れてしまうのとで、今まで持たずに来た。

 ただ、霊力や妖力が及ばない情報が欲しい時、手元にないのは不便で仕方がない。

 冴月はひとまず、欲しい情報を得る為、駅前にあるネットカフェへ行くべくそちらへ足を向けた。


***


 母屋おもやを出た途端、連れた四輪のキャリーカートの中で、カチャカチャと始まった、瓶の合唱が気になった。

 割れない保証などない。

 そう思える程度の不安を煽るには、充分な合唱だ。

 溜息を吐いた和華のどかは、境内けいだい敷地内に響く蝉の合唱を背に、折角締めたドアの鍵をまた開けた。

 玄関先へ引きずり込んだキャリーカートから薬の箱二つを引っ張り出し、瓶の隙間に置き薬の箱に入っていた脱脂綿だっしめんを詰める。足りない部分はキッチンペーパーでおぎなった。

 箱を振ってみて、不穏な合唱が聞こえなくなったのを確認してからキャリーバッグへ詰め直し、今度こそ家をあとにした。


 自宅から一番近い警察施設は、交番だ。最寄り駅前にあるが、交番ではやや頼りない印象もある。

 ひとまず預かります、と言われて、一旦預けたとしても、返されてしまう可能性が高い。

 できれば、二度と見たくないのだ。

 キャリーバッグの中にある薬箱も、父の顔も。


 祖父が亡くなるまでは顔を見せなかった両親だったが、不幸があればそうもいかなかったらしい。母にとっては和華の祖父は実の父親だし、世間体を重んじる綾小路あやのこうじ家の手前、葬儀に出席しない選択はできなかったのだろう。

 それから和華の実父は、何かと顔を見せるようになった。これも、綾小路の『世間体を大事にする家風』からの行動だったようだ。それが和華にはストレスで、一時いっとき鬱状態になっていたほどだ。

 祖母は、父が和華に接触するのを避けさせようと、思い切って和華を全寮制の大学付属高校へ編入させてくれたのだ。もっとも、それも今となっては無駄なことになってしまった感が否めない。


 今日、何度目かの溜息を吐きながら、一番近い警察署を検索するべく足を止めた。最寄りの駅までは、すぐそこだった。

 下げていたポシェットからスマホを取り出し、人の通行の邪魔にならない、街路樹の陰まで移動する。

 だが、カバーを開けると、通常なら起動するはずのスマホが、ウンともスンとも言わない。

「えっ、嘘……まさか、壊れた?」

 焦って、一旦カバーを閉じて、また開ける。しかし、やはりスマホは黒い画面を和華に晒すばかりだ。

 滅多に触らない電源ボタンを押してみても、事態は変わらなかった。

(そんなぁ、嘘でしょー?)

 踏んだり蹴ったりとはこういうことだ。思わず泣きそうになる。

 これは警察署より先に、携帯電話会社にスマホを持ち込まなくてはならないようだ。

(でもなぁ……)

 チラリと自分の左横へ目線を投げる。おかしなモノを入れたキャリーカートを引いたまま、というわけにも行かない。今何時だろう、と思ったが、最近ではスマホが時計代わりだったので、腕時計も持っていない。

 面倒だが、とにかく一度帰ろう、と思ってきびすを返そうとした時、いつのまにかすぐ後ろに立っていた男にぶつかりそうになった。危ういところで止めた足を、どうにか一歩引いて見上げる。

 視界一杯に広がったのは、黒い色だった。黒いTシャツに、黒いジーンズのボトム、黒いキャップを目深まぶかにかぶった全身黒一色の服装。このクソ暑い、しかも昼日中に。

 一瞬、父と一緒にいた男かと思ったが、あの男はスーツ姿だった。

「ひっ……!」

 相手を見るともなく見上げた和華は、思わず悲鳴を上げ掛ける。

 男が目深にかぶったキャップの鍔に隠れた顔の上半分に、目が一つしかないのが見えてしまったからだ。

 和華は、霊感は強くない。両親に疎まれた特殊能力と言えば、その場の残留思念を拾って過去を垣間見ることと、人と妖を見分けられること、その二つだけだ。

 しかし、妖と人を見分ける能力がなくても分かる。目の前の相手は、一目瞭然で妖だ。それも、人間に対して友好的ではなさそうな――よりによって、そんな相手と、しっかり目線が合ってしまう。

 『ご機嫌よう、今日はお日柄も宜しく』なんて、動転のあまり口走りそうになるが、『ご機嫌がいいように見えるか』とか返されるのまでばっちり予測できて、和華は必然的に固まった。

 一つしか目がない所為か、相手は無表情に見える。一つしかない相手の視線はまっすぐに、和華が左側に従えていた、キャリーカートへ注がれている。

「……なぜ、お前はそれ(・・)を持っている」

「へっ?」

 『初めまして』も、『こんにちは』もなく、いきなり用件に入られて、和華の脳内はますます真っ白になった。

 しかし、相手は和華の答えを待たなかった。

「……お前のことはコイツの(・・・・)記憶には(・・・・)ない(・・)ようだが……まあ、いい」

 瞼を伏せて、和華には訳の分からないことを呟いた一つ目の妖は、出し抜けに和華の喉元へ手を伸ばす。

 片手でも和華の細い首筋を握り込めるほど大きな掌に、文字通り鷲掴まれる。悲鳴を上げる暇もない。

(や、……嘘嘘、息できない、死んじゃうっ……!)

 必死で相手の手の甲へ爪を立てるが、ビクともしない。

「ッ、ア」

 血の流れが遮断され、急速に視界が灰色になるのが分かる。理由も分からず死ぬのか。

 と思った途端、地に足が着き、和華はその場に背中から崩れた。

 急激にまた空気で肺が満たされ、刺激にせ返る。

「……生きてるな」

 上から降って来たのは、張りのある、中性的な声音だ。まだ声変わりの来ていない少年のものとも、低めの少女のものとも付かない。

 懸命に目を開けるが、咳き込んだ所為でにじんだ涙に、視界はけぶっている。

 その視界に映ったのは、知らない背中。その向こうに、背中を向けたぬしより遙かに上背うわぜいのある一つ目の妖と、半ばから切断された妖の右腕から血が流れている様が認識できる。

「……ッ、な、に……」

 またたきするに、背を見せている人物は、水平に右腕を差し伸べる。

 その腕に青白い稲妻が走り、細く長い指の先に小さく竜巻が起きた。かと思えば、空間に穴が空く(・・・・・・・)

 なぜそう思ったのかは分からないが、そうとしか表現できない。

 バキン、と何かが砕けるような音と共に、その空間に空いた穴は広がり、和華の身体はフワリと宙に浮いた。

「嘘っ!?」

 何でどうして、何がどうなってるの!? と口に出す暇もない。和華は、あっという間にその空間へ吸い込まれた。


***


 自分が所持している異空間に、妖に殺され掛けていた少女とキャリーカートを避難させると、冴月は異空間の出入り口を閉じた。

 そのに、斬り落とした妖の腕は、元通りに再生している。

 通行人が悲鳴を上げたり、チラチラとこちらに視線を向けているのは分かっているが、構っていられない。人のいない場所に行こう、と言ったところで、通じる相手ではなさそうなのは、相手がこの場で即座に少女の首を千切らんばかりに握り締めていたことで明白だ。

「……貴様は……」

 キャップを目深にかぶった妖は、顔の中で唯一見えている唇をやがてニヤリと笑みの形に歪めた。

「貴様が持っているんだな」

 ガラガラとザラザラの間のような声が、低く落とされる。

「何のことだ」

「とぼけるな。仙葉が持っていた薬(・・・・・・・・・)のことだ」

 冴月は、ヒヤリとした刃を思わせる琥珀色の瞳で、相手を見据えた。

「……奴をどうした」

 すると、相手はまた小さく笑った。

「何だ。友だちか?」

「違うね。何かあったら寝覚めはよくねぇかもだけど」

「悪いが、とっくにこの中(・・・)だ」

 相手は、舌なめずりしながら、自身の胸部をポンポンと叩いた。察するに、腹の中の意だ。

 小さく舌打ちする。

「分かったら、貴様が持っているヤクを渡すんだ」

「断る。――って言ったら?」

 相手の答えは、言葉ではなかった。地を蹴ったと思ったら、あっという間に肉薄している。

 喉元を狙われ、危うく先ほどの少女と同じ状態になり掛けた。が、相手の掌が喉元に触れるか触れないかの刹那、冴月は風を操り再度相手の腕を切断した。

 相手もさすがに一歩退く。直後、ヒュオゥッ、と風が鳴き、冴月の周囲をよろうようにして逆巻いた。

 風の鎧の向こう側で、瞬時唖然としていた相手の唇が、また嗤いの形に歪む。

 途端、相手の周囲に炎が浮かぶ。このクソ暑いのに何を、と思った瞬間、炎が自ら風に飛び込んで来た。

 再度、鋭く舌打ちを漏らす。一瞬躊躇(ためら)ったが、仕方がない。

 一時いっとき閉じた瞼の下から現れた目は、右目だけが燃えるようなあかに変じた。前髪の生え際より僅か上には、一本のツノが生えている。

 外からは分からないが、犬歯も人間のそれよりも若干鋭く尖るのが妖化あやかしか後の特徴だ。

 妖化が完了した途端、逆巻いていた風は足下から這うように炎のそれに変わる。風が炎に取って代わるきわ、驚いたようにかすかに開いた相手の口元が見えた。

 相手の放った炎をも飲み込むように巻き込んだ冴月の炎は、龍をかたどり相手に襲い掛かる。だが、龍の大きく開いた上顎と下顎が標的を捉える前に、相手はバックステップでその場を飛び退いた。

 冴月は、龍を呼び戻すように腕を後方へ振る。すると、龍は後退するようにして冴月の掌へ戻り、掻き消えた。

「……なるほど。貴様、混血か」

 呟いた相手のキャップが、こちらの攻撃でどこかへ飛んだらしい。露わになった相手の顔には、目が一つしかない。額には、冴月と同じように角が生えている。

 そしてやはり、再度切断したはずの腕は、何事もなかったかのように再生していた。

「そーゆーそっちは、火鬼かきの末裔か?」

 今度こそ、上がる悲鳴をどこか遠くに聞きながら、冴月は問い返した。

 一口に『鬼』と言っても、種類は様々だ。

 その中でも、炎を操れる種族はごく限られている。内一つが、冴月の母の出身族でもある『火鬼』一族だ。

 その昔、とある豪族に仕えていたとされる四鬼よんきの中の一人の末裔一族だが、陰陽五行になぞらえた鬼の種族もいるので、内四鬼だけが某豪族に仕えていた、という伝説も、どこまで本当かは定かではない。

「いや。ただ、昔食べた(・・・)中にいたな、そう言えば」

(コイツ、雑食かよ)

 意外にも素直に返って来た答えに、覚えずまた舌打ちする。

 人喰い鬼は、文字通り食糧は人間だ。それが人間全般に忌み嫌われる要因だが、反面、人喰いタイプの妖は、同族あやかしは食べないと言われている。

 ただ、何にでも例外はある。

(……てことは、食べた相手の能力吸収型か……厄介だな)

 これまで、目の前にいる人喰い鬼が、どんな種類の妖や祓魔師を食べてきたのかなど、もちろん冴月は知らない。

 過去には、風と火、双方と相性のよくない能力者を食べている可能性もある。

「とにかく、場所移さないか。ギャラリーが増えてる」

 試しに提案してみるが、「知ったことか」と言下に切り捨てられた。と思った直後には、人喰い鬼は横っ飛びにステップして、そのギャラリーの一人を抱え込んでいる。

「きゃあぁああ!」

 人喰い鬼に抱き竦められた女性が、甲高い悲鳴を上げた。

「てめぇ、何を!」

「さっきの小娘が持っていた薬と、お前の薬を渡せ。それでコイツの命は勘弁してやる」

 最早、今日何度目か、数えるのも面倒になった舌打ちが漏れる。

 冴月と戦い続けても、人喰い鬼の要求が通るには手間が掛かる。人質を取るほうが得策だと踏んだのは、当然の作戦だ。

 冴月は妖化を一旦解いて、異空間の出入り口をひらいた。この異空間は、人の姿でないと操れない。

 その瞬間、中から出て来ようとする少女を、風で中へ押し戻すようにしながら、自分が持っていた薬箱を取り出し、出入り口を閉じる。

「……分かった。コイツをまずくれてやるから、俺の質問に答えろ」

 薬箱を掲げて言うと、人喰い鬼はもちろん、人質に取られた女性も唖然と口をけた。

「ちょっ……、何それ、あたしは助けてくれないの!?」

 先に反論したのは女性だ。

 冴月は、やや呆れたような細目で彼女を見やった。スポーティなショートのボブヘアで、勝ち気そうな目をしている女性は、二十歳超しているようには見えない。

「……お姉さん、お名前は?」

「へっ? あ、ああ、えと……万里小路までのこうじ汰樺瑚たかこ……」

「そ。じゃあ、万里小路サン。ちょっと黙っててもらえる?」

「はい?」

「これはソイツと俺の取引なの。部外者に口挟まれちゃ、話進まねぇから」

 淡々と言いながらも、冴月は一つ目の鬼から目線を外さない。

「……どういう意味だ」

 遅れて一つ目の鬼が言葉を落とす。

「簡単さ。あんたの要求は二つある。俺の持ってる薬を寄越せ、ってのが一つ、さっきの女の持ってた薬を寄越せ、ってので二つだ」

 冴月は、空いた右手でブイサインを作って続けた。

「なら、俺の要求も二つ、呑んでくれるのが筋だろ?」

 すると今度は、一つ目鬼が呆れたように、その一つしかない目を半眼にした。

「……屁理屈のようだがな……それで?」

「内一つはもう決まりきってる。その彼女の解放だ。だからもう一つの要求を先にする。今から俺の訊くことにちゃんと答えてもらえたら、コイツはくれてやる」

 左手に持った薬箱を示して、冴月は更に言葉を継いだ。

「但し、俺が嘘と感じたらこれはやれない。その場合は代わりに彼女を先に解放してもらって次の取引だ」

「先にコイツの解放を条件にしても、それじゃ同じじゃないのか」

「だってそれは、あんたが嫌だろ?」

 問うと、一つ目鬼の目が、今度はキョトンと見開かれる。

「……何だと?」

「違うか? あんたとしては、俺から早く薬を取り戻したい。だけど、俺とり合ってたら時間だけが過ぎそうだ。だから人質を取って手っ取り早く用事を済まそうとした。じゃないのか?」

「それと、コイツの解放をあとにすることと、どんな関係が?」

「彼女が先に解放されたら、俺からもう一つの……さっきの彼女が持ってたって言う薬を取り戻せない。交換するものが、そっちにはなくなるからな。新たに人質取るのも難しくなってそうだし、俺を喰うにしろ手間が掛かる。だろ?」

 チラリと冴月が投げた視線に釣られるように、一つ目鬼も周囲に視線を投げる。

 一つ目鬼が人質を抱え込んだ時点で、周囲にいた観客ギャラリーはほとんど消えていた。

「それとも、彼女を解放したあとで本当に場所移すか? この分だと、じきに警察が駆け付けるぜ」

 銃で掛かって来られても、冴月はもちろん、恐らく一つ目鬼にとっても怖くはない。相手が銃火器完全装備の一対多数で戦り合っても、勝てる自信はある。

 ただ、問題はそのあとだ。現代社会では、霊力や妖力の及ばない情報網が発達している。

 いざとなれば高飛びしてもいいが、妖気は現代社会の機械と相性がよくない。下手をすると高飛び中に機械がコトンと沈黙してしまい、それが起因する事故にほかの人間を巻き込む可能性もゼロではないのだ。

 この点、日本という国は不便である。四方が海に囲まれているから、外国に行こうと思ったら船か飛行機か――どっち道、まず海を突破しなくてはならない。

 こういう時、人魚かその混血か末裔なら海も渡れようが、生憎火鬼の末裔である冴月にそんな能力はない。

(……それでも水鬼すいきならまだ何かできそうだったのにな……)

 どうでもいいことを脳裏でぼやいた直後、一つ目鬼が意外にも、「いいだろう」と低く応じた。

「場所を移すぞ。さっきまで貴様がいた廃墟街ならどうだ」

「ああ」

 移動する時に、薬の瓶が割れては大変だ。

 薬箱を異空間へ戻そうと、入り口を開けた瞬間、「すばる!」と叫びが上がった。


©️神蔵 眞吹2023.

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