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Chapter.1-2 vs一つ目鬼

「察しがいいな」

 バキン、という何かが砕けるような――冴月ひづきにとっては耳慣れた、異空間の出入り口を開ける音と共に、ガラガラとザラザラのあいだの、特徴的な声が降って来る。

 テーブルに座ったままだった和華のどかを、とっさに立たせて背に庇いながら、冴月は声のしたほうへ改めて視線を向けた。

 ドスン、と重そうな音を立てて、あの一つ目鬼が床へ降り立つ。

「何っ……!」

 この一つ目鬼は、どこかの異空間をじ開けてこの場に来たのか。

 と思った直後、誰かのスマホが鳴った。このタイミングでいったい誰が、と脳裏で呟いた瞬間、「はい、もしもし」とTPOも考えていないような呑気な声が、普通に通話に応じている。

 声のぬしは、太刀川たちかわだ。

(こっンのクソおやじ、ちったぁ状況見てから取れよ!)

 だいたい、こいつも戦闘には自信があるんじゃなかったのか、と口に出さずに続けるより早く、『部長!』と悲鳴に近い金切り声が、太刀川の持つ端末から漏れた。耳に当てていない周囲の者にも聞こえる音量だ。

 通信の相手は、恐らく汰樺瑚たかこだろう。声の様子からして、只事ではないことは瞭然である。

『部長、大変です、すばるが……昴がぁ!』

「落ち着いてください、万里小路までのこうじさん。何事ですか」

『昴が……昴が、し、死にました!』

「何ですって?」

『と、突然内側から……か、身体が』

「――冴月」

 そこまで聞いて、葛葉くずはが冴月に囁いた。

「ここを頼めるか。わたくしは、汰樺瑚の様子を見に行く」

「おいおい、全員置いてく気か?」

「できれば非戦闘員は引き連れて行きたいが……」

 よりによって、出入り口の前に立った一つ目鬼が、非戦闘員の避難を容易にはさせてくれそうにない。

「私も行くよ。佑洲姫ゆずき、おいで」

 冴月の前で、初めて言葉を発したのは、ストレートの長い黒髪で、前髪も真横に揃えられた、日本人形をそのまま大きくしたような容姿の少女だ。

 佑洲姫と呼ばれた、見た目四、五歳の、市松人形のような格好の少女は、ストレートの黒髪の少女にヒシとしがみついた。

「では、風花かざはなはとにかくここを離脱して、佑洲姫を安全な場所へ移すことだけに集中せよ」

 風花と呼ばれた少女は、「了解」と言いながら佑洲姫を抱き上げる。

「そのは自分の判断で援護に来い。どちらへ向かうかはそなたの判断に任せる。瀬凪、ついて来れるな」

「さあ。自信はないけど」

「では」

 葛葉の足下から炎が逆巻く。その姿が、大きな――大きさ的には、大人一人なら乗れそうなサイズの狐に変じた。

「乗れ」

「はーい、お邪魔しまーす」

「行くぞ!」

 葛葉の号令と共に、佑洲姫を抱いた風花は、食堂の窓を遠慮なく蹴破り、外へ飛び出した。瀬凪を背に乗せた葛葉も、中庭に通じる出入り口になっているガラス戸を破る。

 派手にガラスが割れる音が響き渡った。一斉に違う方向へ離脱されたので、一つ目鬼はどちらかを追うか、この場に残るかの判断に迷ったらしい。一瞬、その一つしかない目線が泳ぐ。

 だが、さすがに三分裂する能力は有していないのか、舌打ちと共に、結局その場に留まった。

 他方、対妖セクション・サイドでこの場に残っているのは、太刀川と七瀬、冴月と和華だ。

「その内、セクション所属の祓魔師も応援に駆け付けますから」

 ややのんびりした口調で太刀川が言う。その口調は、『その内、追加オーダーしたお菓子が来ますから』とでも言っていそうなそれだ。

「さて、一つ伺います。一つ目鬼さん」

 すると、一つ目鬼は律儀に、不満そうな口調で、「阿夜哲あよさとだ」と名乗った。

「これは失礼しました。では、阿夜哲さん。改めて伺いますが、萩藏はぎくらさんをどうしましたか?」

「言って分かるかよ」

 思わず冴月は口を挟む。しかし、阿夜哲は違った。

「……もしや、今おれが出て来た異空間の持ち主か?」

「恐らくそうです」

 その受け答えを聞いて、冴月は昴が昨日、阿夜哲を自身の空間に閉じ込めたと言っていたのを思い出す。

 そのまま昴の異空間に留置していたとしたら随分管理が杜撰ズサンだ、と思うと同時に、阿夜哲はニヤリと唇の端を吊り上げた。

「他人の異空間を無理矢理()じ開けると、どうなるかは知っているか?」

「ッ、……!」

 冴月は思わず、息を詰めた。

 太刀川と七瀬は、目を見交わしているだけだ。

「さて、私は異空間持ちではないので、何とも」

「あたしも……」

「――端的に言えば、死ぬ」

 冴月がボソリと言ったので、必然、太刀川たちの視線は冴月に集中した。

「冴月君。それは、本当ですか?」

「ああ。異空間は本来、操れるのは持ち主だけだ。各自の異空間は異次元にあるけど、絶対に重なり合わない。それに、持ち主だけが開け閉めできる。原則としてはな」

「ちょっと待って」

 そこで口を挟んだのは、和華だ。

「でも冴月君、あたしに言ったじゃない。『あんたほどの霊力があれば、自力で出られるだろ』って……でも、あたしは異空間の持ち主じゃないでしょ? サヤノさんの記憶があったにしたって」

「あの時は、あんたに紗彌乃さやのの記憶があると思ってたから、俺をいつものようにストーキングしてるだけだって認識だった。普通なら他人の異空間なんて絶対開けてできないから、ちょっとした嫌がらせのつもりだったけど、あいつの……つまり、あんたが本来持つ霊力なら、その気になれば、本当にやってやれないことはない。但し、俺の身体は内側から避けて端微塵ぱみじんになったろうけどな」

「ちょっ……何てことさせようとしたのよ!」

「多分それでも死なねぇだろうなって思ったんだよ」

 和華の猛抗議にあっさりと答える。

 彼女が尚も何か言いたげなのを遮り、「では確認しますが」と太刀川が口を挟んだ。

「原則としては、他人の異空間は開け閉てできない。そうすると例外は、もしかして霊力か妖力の力量差ですか?」

「ご名答。異空間のぬしより高い霊力か妖力を有してれば開けられる。但し、そうした結果は今言った通りさ」

 この答えで、昴がどうなったかは推して知るべしだったのだろう。太刀川が珍しく表情を曇らせ、七瀬も眉尻を下げる。

「……とにかく、おれはおれの責務を果たしに来た」

 阿夜哲が、うっそりとした口調で話を戻し、冴月を見た。

「お前、まだ持っているんだろう」

「何をだ」

「例の薬だ。返してもらいに来た」

「断るっつったら?」

「お前の異空間へ無断侵入させてもらう」

 阿夜哲が告げた途端、冴月以外の全員が顔を強張こわばらせる。が、当の冴月は涼しい顔だ。

「そりゃ、無理だろうな」

「何だと?」

「こいつは俺の想像だけど、あんたは少なくとも異空間の中から外の様子をうかがえる能力を有してる。それに、異空間は妖力尽くで破れるのも知ってたから、タイミングを見計らって、ここ(・・)へ出て来た。ピンポイントでここを出る場所として狙えたのがどうしてかってトコは俺には分からねぇけど、異空間を破ったにしたって、あんたに可能なのはそれだけ(・・)だ」

「……何が言いたい」

「昴の異空間をあんたは破りはしたが、あいつを食ったわけじゃないから、それはイコールあいつの能力を手に入れたわけじゃない。もちろん、あいつの異空間を操る能力も、だ。それに、他人の異空間に閉じ込められた場合、力尽くで破ることはできるけど、他人の異空間を外から開けることは不可能なんだよ。これは力量差は関係ねぇ」

 阿夜哲は、悔しげに唇を噛んでいる。ハッタリが空振りに終わったのがモロバレだ。

「どういう意味です?」

 解説を求めたのは、太刀川だ。

「簡単さ。現実にあるドアと違って、異空間はどこにだって術師の任意の場所に出入り口を開けられる。つまり、定位置にあるわけじゃないからな」

「でもそんなの、内側から破るときだって同じなんじゃ?」

 和華が口を挟む。

「言っただろ。それは妖力とか霊力の差で可能になるって。異空間ってな異次元、プラス、術師だけの謂わば固有の空間なんだよ。どれだけ広さがあるのか、術師自身にだって分かってねぇ。だけど、術師には各自、最大霊力値って奴があって、異空間の広さもそれに比例する」

「それで?」

「要は、風船と同じだよ。風船に息を吹き込み続けたらどうなると思う?」

「……割れる」

 答えた和華の唇は、幼子のように尖り、頬は膨れていた。分かり切っていることを訊いた気がして、気恥ずかしいと思っている表情だ。

「でも、風船だったら膨らませたのを割ろうと思ったら、針で突けばいいよね?」

 そう訊ねたのは、七瀬だ。

「じゃあ、例えば風船が十個あったとするだろ。纏めて括り付けられて宙に浮いてる十個の風船の内、一個を狙って割りたい。割る為の飛び道具は持ってても、目で見て狙いを定めちゃいけないのが条件だとしたらどうだ?」

「つまり、誰かの異空間を外からじ開けるようとするのは、それと同じようなものだと?」

 締めるように問うた太刀川に、「ご明察」と返しながら阿夜哲へ視線を戻すと、彼は「もう一度言うぞ」と口を開く。

「あの薬を、こちらへ寄越せ」

「商談に応じるなら、考えてもいい」

「冴月君」

 冴月の答えに、太刀川の声が、明らかに咎めるような色を帯びた。しかし、冴月は「黙ってろ」と言下に切り捨てる。

「俺と奴との取引だ」

 だが、阿夜哲は「そんな商談もの、する必要はない」と低く答える。

「何?」

「貴様を食えば、貴様の能力ごとおれのものだ」

 言うなり、阿夜哲は地を蹴った。

 冴月は舌打ちする。話し合いをする気があるのかと思えば、結局こう(・・)なるのか。

「ったく、短気だな!」

 自分もその嫌いがあることは棚に上げつつ、手近にいた七瀬に和華を突き飛ばすようにして押し付ける。

「えっ、ちょっ」

「そいつ頼むぞ」

 手短に言って、冴月も相手に向かって地を蹴りながら、即座に妖化あやかしかした。足下から炎が逆巻き、漆黒の髪が揺れる。瞬間、前髪の生え際よりわずか上に角が現れる。

 バカの一つ覚えのように、相手の掌が委細構わず喉元へ迫る。その軌道を逸らすように叩き付けられた、妖化によって強化された冴月の裏拳は、阿夜哲の腕を砕いた。

 阿夜哲が舌打ちと共に一歩後退する。が、その足をすぐに蹴り出した。

 足払いをまともに食らうが、転ぶより先に強引に身体を捻って自分から床へ飛び込む。手を突き一回転して顔を上げると、拳が文字通り目前に迫っていた。

 拳の動きに合わせて身体を引くが、間に合わず一撃食らう。そのまま、食堂に並べられていたテーブルと椅子の中へ背中から突っ込んだ。

 派手な音と共に、身体のどこを何にぶつけてどこが痛いのかが一瞬分からない嵐に叩き込まれる。

っぅ……!」

 呻いて起き上がるが、その動きが意思に反してのろいものになる。立ち上がるより早く、阿夜哲の再生した手が、冴月の胸倉を掴み、身体ごと持ち上げた。

「冴月君!」

 叫んだのが、和華だったのか、ほかの誰かだったのかは分からない。

 喉元を圧迫される感覚に目を上げると、目の前の一つ目と視線が噛み合う。阿夜哲は、勝利を確信したと言わんばかりにニヤリと唇を吊り上げ、冴月の喉に掛けた手に力を込めた。

 同時に、冴月は歯を食い縛り、無防備な相手の鳩尾に思い切り蹴りを入れる。

「ぐっぅ!」

 思いのほか威力があったのか、呻いたのは阿夜哲のほうだ。自然、喉元を握り込んだ手の力が緩む。

 冴月は畳み掛けるように、阿夜哲の顎先目掛けて蹴り上げた。

 完全に離れた相手の手首を掴んで捻り上げ、背面へ素早く回り込む。膝裏に蹴りを入れて、そのまま前面を下にするようにして押し倒した。

 これが普通の人間――仮に霊能力者だったとしても――相手なら、ここでギブアップだろうが、相手は分断した腕でもたちどころに回復するタイプのあやかしだ。そう簡単にはいかない。

「冴月君! そこまでです!」

 しかし、ここで間抜けにもストップを掛けた者がいた。太刀川だ。

 けれど、冴月も攻撃の手を緩めることはしない。

「ここまでにしてどうする気だよ!」

 口だけで答えると同時に、相手が強引に寝返りを打った。相手の背の下へ敷かれそうになった冴月は、即座に手を放して飛び離れる。

 相手も身体のバネだけで跳ね起きざま、再度冴月へ突進した。

「冴月君! 彼を殺してはなりません!」

「はあ!? 何甘っちょろいこと言ってんだっっ!!」

 連続で突き出される拳をなしながら、口だけで太刀川に応じる。本気でTPOをわきまえない男だ。

 もっと良識があると思っていたが、買いかぶりだったらしい。

「彼には聞かなければならないことがあります!」

「じゃあ今自分で訊け! 余裕とその気がありゃ答えてくれるだろうよ!」

 幾度目かで突き出された拳を避けつつその手首を掴み、下へ体重を掛けるようにして強引に逸らす。それでも、冴月の体重程度では相手は倒れない。

 冴月はその腕の上へ突いた手を軸にし、回し蹴りを相手の首筋へち込んだ。

 さすがに利いたらしく、阿夜哲は床へ叩き付けられるが、やはりそれでノックアウトとは行かない。

 反動を利用して、ネックスプリングの要領で一回転し様、冴月に蹴りを返してくる。避ける暇もなかった。

 とっさに、前腕部を立てて防御し様、後ろへ飛ぶ。避け切れずに掠った爪先だけで吹き飛ばされた。

 先ほど、風花と葛葉のどちらかが破ってできた穴に背中から突っ込む。中庭へ叩き付けられるより早く、宙返りして着地した。

 顔を上げると、すぐ後ろに追って来た火球が目の前に迫っている。

 舌打ちと共に自分も鬼火を顕現けんげんさせ、シールド状に展開した。火球がシールドに激突し、大爆発を起こす。

あっちっ……!」

 熱から顔を庇いながら、歯を食い縛る。だが直後、唐突に、まさにバケツをひっくり返したような雨が、叩き付けるように中庭に降り注いだ。

「うわっ!」

 一瞬で冴月はずぶ濡れになり、爆発によって上がるはずだった炎はあっという間に鎮圧レベルになる。

「――選手交代だよ、冴月君」

 凛とした声音が、一方的に宣言した。

「何を」

 水に濡れた前髪を掻き上げ、目を上げる。視線の先にいたのは、七瀬だ。

「君の使える能力は、炎だけでしょ?」

 突然始まった、面接試験のような質問に面食らいながらも、「風も使えるけど」と答える。

「風じゃ余計に炎を助長するし、炎対炎じゃ今みたいに爆発、悪くすれば炎上しちゃうでしょ」

 彼女はなぜか中庭までは出て来ず、こちらに半身だけ向けて続けた。

「だから、あとは水術師すいじゅつしに任せろっつってんの」

 すでに、彼女の意識は阿夜哲のほうへ向いている。

「……いいだろう。小娘の能力を奪っても有利になりそうだ」

 阿夜哲は、唇の端を吊り上げた。すると七瀬も同じようにニヤリと笑う。

「そうかな? 下手すると、おかしな体質も付いてくるかもよ」

「どういう意味だ」

「さあ? 確認できるといいね」

 クスリと笑った彼女は、「部長、和華を連れて外へ」と促した。太刀川は素早く和華を誘導し、開いた穴から中庭へ走り出る。

 それを確認すると、七瀬は「冴月君もこっち戻らないでよ」と釘を差し、阿夜哲に向き直った。

「さーて、突然ですがクイズです。火の燃える条件、(なーん)だ? ちなみにこれ、小学生の問題だよ」

「……何だ急に」

 呟いたのは冴月だ。

「知るか!」

 阿夜哲が吠えるように叫び、七瀬に襲い掛かる。

 彼女は、あっさりとその突進を身体ごと避けた。勢い余った阿夜哲は、中庭に転げ出てくるかと思ったが、身構えた冴月の予想に反して阿夜哲は中庭に通じる穴で止まった。

 何か、視えないものに阻まれてでもいるように――。

 阿夜哲が、一つしかない目をしばたたく。次いで、ゴボリと気泡のようなものが、彼の口から出た。

 あたかも、水の中で溺れているようだ。

〈正解は、燃えるものと一定以上の温度、それと――〉

 フワリと、室内にいる七瀬が宙に浮いた――

(いや、違う)

 冴月も瞠目する。何かがおかしい。いったい、何が――

酸素(さ・ん・そ)♪〉

 七瀬の声が、いつの間にか、何か薄い膜でもかぶせたようにぶれている。

 阿夜哲は、何事かを言い返そうとするかのように口を動かすが、その口からは大小の気泡が次々と吐き出されるだけだ。

〈君も窒息死(・・・)……いや、溺死(・・)はしないクチ? でも、酸素がない状態が続いたら、気絶くらいしてくれるかなぁ?〉

 自身の唇に人差し指を当てた七瀬が、楽しげに笑いながら阿夜哲に肉薄した。

 窓辺に近付いた彼女の姿は、いつの間にか変化へんかしている。

 上半身は、先刻と変わらない。今日も東京は平常運転、三十五度越えを記録している所為か、彼女の上半身は黒いタンクトップの上に、シャツを羽織ってボタンは留めず、ウェストの位置で布を結んでいるスタイルだった。

 しかし下半身は、短いボトムを履いていたはずが、魚の尾鰭おびれに変わっている。そう、今の彼女はまるで人魚――

(そう言えば)

 昨夜、初めて会った席で、彼女が自身を人魚との混血だと自己紹介していたのを思い出す。

 直後、背後のテーブルや椅子がすべて空中に浮いているのに気付いた。

(……いや、違う。空中じゃねぇ、あの部屋の中は今――)

 ゴボリ、とまた一つ気泡を吐いた阿夜哲が、闇雲に七瀬に手を伸ばす。だが、彼女はスルリと舞うようにその手を離れた。

〈降参する気になったらいつでも合図して? あたしはいつまで待ったって窒息も溺れもしないからさ〉

 さあ、持久戦といこうか。

 そう言いたげな七瀬の顔の笑みが深くなる。

 太古の昔、漁師を歌で誘惑して溺れさせたという、彼女の祖先の本質を垣間見た気がして、この真夏だというのに背筋がゾッとした。


©️神蔵 眞吹2023.

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