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5,0 マンデラ効果 Alternative・序


 僕の父には”存在しない記憶”があります。

 1970年代に「ファンタ・ゴールデンアップルを飲んだ」という記憶です。

 調べてみたものの、日本コカ・コーラ社の公式発表では70年代にゴールデンアップルのフレーバーを発売した事実はないとのこと。

 この事実を何度説明しても、父はこう言い張るのです。


「いいや、確かにおれはファンタ・ゴールデンアップルを飲んだんだ」


 どうやら父の同僚や友人も同じようなことを言ってるみたいで、父はこの記憶が真実であると信じて疑いません。

 僕は70年代にはまだ生まれていなかったし、父があまりに自信を持って断言するのでもう何が本当かわからなくなってしまいました。

 お二人はこういうことに詳しいと聞きました。

 どうかこの謎を解いてください。



   件名:僕の父には「70年代にファンタ・ゴールデンアップルを飲んだ」という”存在しない記憶”がある

   投稿者:田崎



 P.S. 報酬は現物支給で。



「ファンタに関する依頼だからって報酬がファンタのペットボトル2本って……」


 冗談じゃない。ひとりごちる昼休み。

 同じ学園の男子生徒から依頼を受けたぼくは、”避暑地”に向かっていた。

 ”避暑地”というのは、学園でも知る人ぞ知る納涼スポットのことである。

 おおげさな名前だけど、一言でいうと昼頃にちょうど校舎の日陰に入るベンチなのだ。

 いい感じに風通しが良くて湿度も低いから、休憩がてら依頼の謎解きに勤しもうかな――なんて考えていた時に目に入った。


「ん、先客?」


 しまった。ベンチには先に座っている人影があった。

 この隠れスポットを知っているとはなかなかやるヤツじゃないか。

 妙な上から目線とともに人影をよく見ると、随分見知った顔がそこにあった。


「なんだ、先輩か」


 先輩だった。先輩というのはぼくの”謎解き活動”の協力者だ。

 ぼっちで陰キャのアニメオタクなんだけど、頭の冴えだけは天下一品。数々の謎解き依頼をその屁理屈と頭の回転で解決してきた手腕も確かだ。

 そんな彼が今はベンチに腰掛け、目を閉じて静かに寝息を立てていた。


「よく寝てる……」


 疲れてるのかな? 起こすのはかわいそうかも?

 なんて思いながら隣に座った。


「んー」


 気持ちのいい風が吹き抜ける。

 穏やかな時間が流れていた。

 そういえばここ最近、”山の怪物(モノノケ)”に身体を乗っ取られたり、”口裂け女”に襲われたり、”死神”に追いかけられたりと、ひどい目にばっかりあってる気がする。

 今回は平和な依頼で助かったかも。せっかくだからとさっきの依頼メールを読み返す。人の記憶違いの謎をテーマにした、やっぱり平和な内容に思えた。

 ファンタ・ゴールデンアップルかぁ。

 ぼくも70年代には生まれてないしなぁ、なんて思いながらインターネットでいろいろと情報を収集してみた。

 ふむふむ、確かにネット上でも”ある派”と”ない派”に分かれて論争が巻き起こっているみたいだ。これは案外、難問なのかも。

 なんてひとしきり情報収集してみて、


「せんぱーい。寝てますかぁー?」


 暇になっちゃったんだ。お昼寝中の先輩についちょっかいをかけてしまう。


「せんぱぁーい? ぼくですよー。先輩の後輩が来ましたよー?」


 無防備な先輩に顔を近づけてみる。

 やっぱりというべきか、先輩の顔をよくよく見ると思うことがある。

 認めたくないけど――先輩の顔は悪くない。というかむしろいい。悔しいけど顔がいい。先輩のくせに。

 普段の陰気なオーラとか目付きの悪さでかき消されがちだし、長い前髪とか眼鏡で目立たないように隠されているけれど。なんというか気品があるというか、貴族的な雰囲気が漂ってるっていうか。

 うーん。

 改めて思うけど、先輩って何者なんだろう。

 ぼくは先輩のことを何も知らない。どういう家に生まれて、どういう人生を過ごしてきたのか。ただ、ぼくが高校に入りたての春先に起こったとある事件で偶然出会って、それから行動を共にしているだけの関係なんだ。

 ”謎解き活動”の時の先輩の鋭さや冷静さを目の当たりにすると、先輩は普通の人とは違う、本当の意味で”特別”なんじゃないのかって思う時がある。

 ぼくなんかとは、住む世界が違うような気すらしてしまう。

 そんなミステリアスさも、なんとなく気になっちゃって。

 気づけば――目で追ってる。


「せんぱぁーい? こんなトコで寝ちゃうなんて不用心ですよー?」


 耳元で囁いた。

 唇で触れてしまいそうなほどに、互いの吐息がかかる距離で。


悪い子(・・・)にイタズラされちゃっても知りませんからね♡」


 吐息は少しずつ近づいて、混じり合って。

 暑い夏の熱気に変わってゆく。

 もう少し、あと少しで2つの影が――重なり合う。


「……んんっ」


 ちょうどその時だった。先輩が声を漏らした。

 ヤバッ! 調子に乗りすぎた、起こしちゃったかも!

 ぼくは大慌てで身を引いた。

 先輩は目を閉じたまま唇をモゴモゴと動かして、こう呟いた。


「ち……」

「ち?」

「”ちさたき”……てぇてぇ……」

「うわキモ」


 はぁ、ぼくはため息をつく。

 いくら顔がよくても、先輩はやっぱりキモオタだった。

 先輩の寝言の”ちさたき”というのは、先輩が最近ハマっている深夜アニメ『リコリ○・リコイル』の主人公2人を省略した呼び方のことだ。

 つまり先輩がこんなところで昼寝をするくらい寝不足になったのは、『リコリコ』にハマったのが原因であって、”ちさたき”という百合カップリングを夢の中でもお楽しみだということだろう。

 なんか、ドキドキして損した。 


 ぼくは急激に熱が冷めるのを感じてしまい、ピトリ。先輩のほっぺにさっき報酬としてもらったばかりの冷えたファンタのペットボトルを押し当てた。


「ぐああぁ! つめてェ! な、何!? 敵襲かっ!?」 

「なに武士みたいなこと言ってんですか。”謎解き”の依頼ですよ――キモオタ先輩」


 こうして今回の”謎解き活動”は昼休みのベンチで始まることとなった。


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