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さとちゃんと竜

やっほー


「もう、太郎、遅いよぉ。今日から僕ら高校生なんだから、遅刻なんてしたら先生に無茶苦茶怒られちゃうんだから...」


 


 玄関の扉を開ければ、さとちゃんが目を潤ませながらうずうずと立っていた。俺の姿を見つけるなり、じっと顔を覗き込んできてくる。これは結構、待たせてしまったのかもしれない。


 


「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと色々立て込んじゃっててさ。母さんに叱られたりもしちゃって遅れちゃったんだよ。」


 


「太郎が叔母さんに怒られるなんて日常茶飯事だけど、今回はなんで怒られたのさ。」


 


「ほら、昨日、さとちゃんと夜遅くまでゲームやってただろ?それで今日、寝坊しちゃったんだよ。なんか目覚ましもうまく作動しなくてさ、そっからこう、なんというか、母さんに『あんたはもっとしっかりしなさい』って怒られた訳だよ...」


 


 俺が今朝の母さんによる恐怖のエンドレスお説教タイムを説明すると、なぜだかさとちゃんは不思議そうに首を傾げた。


 


「な、なんだよ。なんか変なことでもあったか?」


 


「いや、太郎。変なことっていうかなんて言うか。もしかしてまだ寝ぼけてたりする?」


 


「寝ぼけてなんかねぇよ!母さんにもういやっていうほど叱られたから、眠気なんて吹き飛んじまったから!」


 


 さとちゃんは「へぇ、そうなんだねぇ」と言いながら、俺の頭をペタペタと触ってくる。なんだ、病人を見るような眼はやめろ。しばらく俺の体を調べた後、いぶかしげな顔をしながらさとちゃんは、重病の患者に余命を宣告するように俺に告げた。


 


「あのね、太郎。昨日の晩、僕と太郎は遊んでなんかないよ?昨日は『明日は高校初日だから、早めに寝ておこう!』って言って、昼の三時頃には解散したじゃない。」


 


何?さとちゃんと昨日の晩は遊んでない?そんなことがある訳ない。確かに昨日は、というか今日の深夜まで俺たちはFPSをやっていたはずだ。


 


「そ、そんなわけない。忘れちまったのかよ。昨日は夜遅くまでFPSやってたじゃんか。ほら、さとちゃんも『今日は勝てるまで戦うよ』って言って...」


 


「FPS...FPSって何?何かの用語なの?」


 


「何言ってんだ?FPSって言ったら、えっと、何の略だったかな...フリーパーソンなんちゃらっていう英語の略で...そんなことより、お前と俺がここ一か月ぐらいずっとやってたジャンルじゃないか。『BPEX』とか『VALOCANT』とか、ずっと二人でレートをあげてたじゃないか...]


 


 どれだけ必死に昨日の深夜まで俺たちは仲よく遊んでいたのだということ、FPSをやったことがあるということを説得しても、さとちゃんは「昨日は遊んでいないし、FPSなんてしたことがない」と答えるだけだった。最近は二人で遊ぶとなればほとんどFPSをすることばかりだったから、昨日より前のこと、例えば先週の日曜日にFPSで遊んだ時のことを聞いてみたが「あのときは一緒に高校に持っていく荷物を買いに街に出かけたじゃないか」と不思議そうに答えられた。確かに俺はさとちゃんと買い出しにその日出かけたけれど、さっさとデパートから帰ってきた後に俺たちは徹夜でレートをあげていたはずなのだ。


 


「あの...なんかごめんね...僕、そのFPなんちゃらとかびーぺっくす?とか太郎の言ってること全然分かんなくてさ...気を悪くさせちゃったら申し訳ないよ...」


 


「い、いや、全然いいんだ。俺こそごめんな。何だかいろいろ訳わかんないこと言っちゃってさ...」


 


 申し訳なさそうなさとちゃんの顔に、これは冗談で言っているんじゃないのだと確信する。さとちゃんは頭がいいし優しいけれど、あまり嘘がうまくない。どうしても、冗談なんかで人をだまそうとすると顔に出てしまうのだ。そこがさとちゃんの可愛いところなのだが、そこから考えるに今回の場合、さとちゃんは本気でFPSやらなんやらの知識を忘れてしまっているようだ。


 


「ま、まぁ、昨日、遊んだこととかなんやらはどうでもいいや!さとちゃん、俺たち今日から花の高校生活だぜ?なんか楽しい話をしようや!」


 


 さとちゃんの悲しそうな顔に耐えられなかった俺は少し強引にそんな話を切り出した。いろいろな疑問は残るけれど、そんなことよりも楽しく話すことの方が何倍も重要だ。


 


「うん、分かった...太郎がそういうなら...そうだな、なら学校への定期の話をしようよ!僕、実はあれに乗るの初めてだったりするんだよね。むっちゃくちゃ楽しみなんだよ!」


 


 さとちゃんの楽しそうな顔に少しホッとする。しかし、定期?定期っていうとあれか、学校の最寄りの駅まで向かう電車のことか。俺たち二人が行く学校はちょっと離れた都心部の方にあるから、三十分くらい電車に乗っていかないとたどり着かないのだ。


 


「さとちゃんは電車乗ったことないのか?それはあれだな、今時結構珍しいんじゃないのか?」


 


 そういった俺にさとちゃんはまた、不思議そうな顔をした。これは昨日の晩のことを俺が行った時と同じ、「全く意味が分からないよ」の顔だ。


 


「電車?電車って何だい?僕らはそんなものに乗って学校には行かないでしょ?」


 


「電車に乗って学校にいかない?えっと、それはどういうことだ?」


 


「どういうことってもう、太郎は冗談がうまいんだから!ほら、だんだん風が強くなってきた。やっぱり『噂をすれば影』っていうやつだね。もう、そろそろ来るみたいだよ!」


 


 確かにさっきからだんだん風が強くなってきている。それにごうごうと遠くから響くような音もする。これはなんだったっけ...えっと...そう、飛行機の乗り場でもこんな音と風が吹いていた気がする。


 


「ま、まさか、さとちゃん。学校に行くために飛行機かなんかをチャーターしちゃったって言うのかよ!」


 


「飛行機?また、太郎がよくわかんないこと言ってる…違うよ、違う!ほら、見てみて、遠くの方からだんだん近づいてきてるでしょ?」


 


 さとちゃんの指さす方を見てみれば、大きな物体がこっちに迫ってきている。しかし、太陽も同じ方向にあるせいか、影になってしまってそれがなんであるかが伺い知れない。


 


「うん!やっぱり大きいね!僕、グラに行くって決まってから、これが本当に楽しみだったんだよね!近くの高校だと箒か絨毯か、どっちかで行くってことになっちゃうからさ!」


 


 遠くに見える物体が近づいてくるごとに、音と風は少しずつ大きくなっていく。そして、その大きさや形もだんだんと明らかになる。


 


「いやぁ、まさに太郎が言う通り、ここからが高校生活の始まりっていう感じだよ!何といってもそう、『魔法高校』の始まりはやっぱりこう、楽しくてワクワクしたものじゃないと!」


 


 俺たち二人の前に浮かぶそれは、飛行機やヘリコプターやらなんやらのそんなちゃちな物では決してなかった。翼を広げた大きさは家よりもはるかに大きく、長く生えた尾の先にはめらめらと赤い火が燃えている。つかまれたらもう逃れられないような四本足に、鋭くとがったかぎづめ。トカゲのような顔はすらりと美しく、その瞳は爛々と燃えている。


 


 


それは、それは、まるで、そうまるで御伽噺に出てくるようなドラゴンであった。


 


 


 

有難うございました。

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