狩連木の事
こんな不思議な古文書がある。
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狩連木の事
信州狩連木荘ニ於て寺家支配かんじ房、夜天に何ぞか光り浮ものすもの見る。廿箇所村、百姓ども、仰天しこれを見、開発領主赤川忠朝の末御知行忠家卿共にこれを見る。聞くに相州の天にもあらハるなり。折しも以頃、関東御滅亡。見し天下の御家人百姓、卒に末世御突入かと御経文を誦すト云々。
正慶三歳正月日
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これは大乗院日記目録という平安時代後期から室町時代にかけて書かれた日記の古文書である。その中の一つに“狩連木の事”というものがある。現代語訳をしてみよう。
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【現代語訳】
狩連木の件
長野県の狩連木荘園で、当寺に所属している“かんじ房”という僧侶が、夜の上空で(星ではない)何か光りながら浮き動くものを見る。二十ヶ所の村々で見られ、百姓たちは空を仰いで見て、開発領主の赤川忠朝の末裔で狩連木荘園を支配なさる忠家卿もこれを共に見る。聞くところによると相模国の上空にも現れたそうだ。丁度この頃、鎌倉幕府が滅亡した。これを見た天下の御家人と百姓は、遂に末世が来てこの世も終わりかと、皆経文を唱えているという。
正慶三年正月日
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正慶三年というのは1334年を指す北朝方の元号。この前年にあたる1333年旧暦5月に鎌倉幕府が滅亡した。この“かんじ房”なる者の報告によると、信州の狩連木という荘園の上空に不自然に光って動くものを見たという。そし以て、当時鎌倉幕府が存在していた相模国上空にも現れたという話も出ているという。“折しも以頃、関東御滅亡”という一節から、恐らくこの話が伝わるまでのタイムラグなども考慮に入れた上で、丁度鎌倉幕府が滅亡した時と同時に現れたものなのだろう。これを目撃したり聞いたりした人々は恐れおののいたとあるが、無理もない。
さて、この“光り浮ものすもの”とはなんなのか。UFOの類なのだろうか。鎌倉幕府滅亡と関係あるのだろうか。1334年に信州狩連木で何かあったという事もなく、一体なぜその時にそこの上空に現れたのだろうか。この古文書自体、昭和前期に撮影されたもので、写しや翻刻版こそ現存しているものの、原文は既に散逸している。南北朝時代の超常現象の真実など、今となってはもう分からない。