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第二話

 

 山々の連なる麓に寂しそうに建った家を見つけた。

 辺り一面に花が咲き、小川に沿って出来た小道を歩く。


『ドレスローザ』


 今にも零れそうなほど手紙が詰まったポストのプレートに確かにそう書かれている。


「やっと着いた。誰がこんなところにあると思うんだよ」


 一見、俗世から隔離された風景。

 手付かずの自然に満ち満ちたこの場所にいていいのかとすら考えさせられる。


 ──ジリリリリ……


 ウィルは家のベルを鳴らした。

 確かに音は鳴った。しかし、中から足音は聞こえない。


「あの、すみません。ドレスローザさん?」


 声をかけながらドアをノックする。


「冗談じゃない。どれだけ探したと思ってんだ」


 焦りと苛立ちからドアを叩く音が小刻みで早くなる。


 それも仕方の無いことなのかもしれない。

 ウィルには時間がなかった。一刻も早くドレスローザに会い、目的を果たさなければ。


「頼む! ここを開けてくれ!」


「そんなに強く叩いたら扉が壊れてしまいます」


 振り返ると女が立っていた。涼やかな声は彼女と見事に合致する。


 歳は十七から十九あたり。

 銀色の髪は太陽の光を浴びて透き通り、華奢な体を黒いリボンを巻いたシャツと藍色のフレアスカートで隠している。

 黒革の手袋をした右手には口を折り込んた小さな紙袋を持っていた。


「弁償してくださるのですか?」


 全く動きのない表情がウィルを見つめる。


「い、いやっ、そんなつもりじゃ……」


「あなたにその気がなくても、壊してしまったら元も子もありません。気をつけてください」


 しょぼんとするウィルに女は「どいて下さい」と一言かける。するとウィルは驚いた猫のように素早く場所を開けた。


「私に用があったんですよね?」


 女はシャツの胸ポケットから鍵を取り出し、ドアに差し込む。


「あんたがこの家の持ち主なのか?」


「はい」


 彼女が肯定したにも関わらず、ウィルはその答えをすんなりとは受け入れられなかった。


 耳にしていた話と違う。


 ドレスローザ──百年以上の歴史を持つドレスの老舗ブランド。その当主、マリア・ドレスローザは60歳を超えた高齢だと聞いていた。





「マリア・ドレスローザは亡くなりました」


 どうぞ、と中に通され、間もなくウィルに突き付けられたのはマリアの死。

 振る舞われた紅茶も香りだけが辺りを漂うばかりだ。


「元々彼女は病気を患っていました」


 女は紅茶を淹れ直しながら言った。


「色々と努力はしていたのですが、結果は実りませんでした」


「……そうか。じゃあ、ここにあるのは全部マリアさんの遺作」


「いえ、それは……」


 部屋を見渡すとリビングだというのに、隅々まで衣装を着せたマネキンが並べられていた。


 ウィルは席を離れ、ドレスを眺める。


「ドレスとかよく分からないけど、ファンが多いっていうのは俺も知ってるよ。近くで見たらそれも何だか分かる気がする」


「そう言って頂けると喜びます。主に私が」


「どういう意味だ?」


「それは私が作成したドレスですから」


「──!?」


 ウィルは目を色を変えて女に詰め寄った。


「あんた服作れるのか!?」


「一応、マリアから手ほどきを受けていたので」


「マジかよ……」


 膝の力が抜けて再び椅子に座り直すウィル。


「いや、よくよく考えれば、孫なんだから作れて当然ちゃ当然か。俺も親父から作物の作り方教わったもんな。どこの家も大体そんな感じで子供が継いでいくのが常識か。なら、あんたの両親も服を作れるんじゃないのか?」


「何を勝手に勘違いしているのか知りませんが、私はマリアの孫ではありません。血縁関係は一切ありませんよ」


「なら、あんたは何者なんだ? 勝手に家を出入りしているみたいだけど」


「事情があって引き取られました」


 女は渋い顔をした後、簡潔すぎる自己紹介をした。


 ティナ・ドレスローザという名前にお見知りおきを、と一言だけ付け足した何とも味気ないものだ。

 あまり喋るのが得意ではないのだろう。


「俺はウィル。早速本題に入るけど、ドレスを作ってほしくてここまで来たんだ。結婚式用のドレスなんだけど」


「構いませんが、ウィルさんはお幾つでしょう? 見たところまだ18歳にはなっていないように見受けられます」


「じゅ、16だけど……」


 二人の間に沈黙が流れる。

 それも無理はない。

 一口紅茶を啜り、ティナが口を開く。


「知っていると思いますが、この国では18歳を迎えなければ結婚をすることはできません。式はいつ挙げる予定ですか? 少なくとも、あと2年経ってから──」


「それじゃ間に合わないんだ!」


 時間が経ってからもう一度、というティナのアドバイスは至極当然であった。

 だが。


「そんなに待てないんだよ。ビアンカにはもう時間がないんだ」


「……どういう意味です?」


 ただならぬ様子のウィルにティナは問うた。

 ウィルは苦痛の表情でその病の名前を口にする。


「『石膏病』って知ってるか?」


「ええ。主に手足の指先といった末端の痺れから始まり、時間を追うにつれて触覚を喪失。やがて内蔵までもが石膏に塗り固められたかのように機能を失う病気。現在も確立した治療法は無いと聞きます」


 説明の後、ティナは察した。


「なるほど、そういうことでしたか。あなたの恋人は石膏病になってしまったのですね」


「元々体が弱くて街から辺鄙な村に越して来たんだ。せっかく元気になってたっていうのに、なんでビアンカばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ……くそ」


「病状は?」


「もう左腕は動かない。今んとこそれで済んでるけど、またいつ症状が出始めるか分からない」


 ウィルは机に頭を叩きつけた。


「頼むよドレスローザさん。あんたが他の依頼で忙しいのは知ってる。でもビアンカにとってドレスローザのドレスは憧れなんだ。どうしても着せてあげたいんだよ」


 ウィルの熱量に対してティナの口調は平坦だったが、返答に時間はかからなかった。


「わかりました。依頼、お受けします」


「本当か!?」


「別に忙しい訳ではありませんし。ただ一つ気になるのはビアンカさんはマリアが作るドレスを着たいのであって、私が作ったドレスでは納得しないと思うのですが」


「そんなことないって! 絶対喜んでくれるはずだから!」


 たぶん、と小声で付け足す。


 彼女の指摘は一理ある。

 認識では『ドレスローザ=マリア』であり、ティナという同年代の女性が作るドレスにマリアと同じドレスローザの価値があるのかは疑問だ。

 ビアンカはどう思うのだろう。


「一度持ち帰って相談してみてはいかがです?」


「いや、できるだけこのことは内緒にしてサプライズにしてやりたいんだ」


 要望の多い客にティナは呆れ気味にため息を吐く。


「ワガママなお客様ですね。直接でなくとも、それとなく探ればいいじゃないですか」


「俺に出来ると思うか?」


「さあ、どうでしょう」


「……無理だ。普段から話してるならともかく、大豆と野菜の話しかしてない俺がなんの脈絡もないドレスの話なんかしたら絶対何かやってるってバレる」


「逆によくそのふたつのテーマで結婚まで漕ぎ着けましたね。驚きです」


 とにかく、とティナ立ち上がった。


「私は依頼があればドレスをお作りします。あなたはちゃんと彼女の了解を取ってきてください」


 追い返すようにウィルを家の外に出した。


 次の日、やってきたウィルの表情は舞台の大女優すら凌駕する万遍の笑みだった。



次は今日の夜に投稿すると思います

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