死にたくない悪役令嬢は、今日もせっせとお菓子で殿下を餌付けする
「今日のおやつは、フォンダンショコラになります」
そう言って、私は殿下の前に作りたてのフォンダンショコラを置いた。
立ち昇るチョコの香りと甘い匂い。それだけで、殿下の表情が柔らかくなる。
「毎日ご苦労なことだな、ティナ。だが、俺はそう簡単に減刑はしないぞ」
「承知いたしております」
このお約束の会話がいちいち面倒くさい。そんな体面なんか気にしないで、さっさと食べればいいのに、この隠れ甘党が。
異世界のティナという伯爵令嬢に転生したけれど、前世の記憶が蘇った時には、数々の悪行を断罪され、死刑を言い渡された後だった。
このまま死んでたまるか!
その一心で、ダメ元で隠れ甘党のアレク殿下に直談判する。あなた様を満足させるお菓子を作れたら、刑を軽くしてください、と。そうしたら、何故かオッケーが出て今に至るのである。
「お菓子作りは、前世の趣味だったからね」
その自信通り、死刑が禁錮百年になり、今はお菓子の満足度により月日を減らしてもらっている。
殿下がフォンダンショコラにスプーンを入れる。すると、中から溶けたチョコレートがとろりと流れてきた。
「なんだこれは!? 中からチョコが出てきたぞっ」
我が国キングズベリーは、驚くほどのお菓子後進国だ。では何故そんなことになっているか。それは、大昔の初代国王が、領地同士での高価な砂糖の奪い合いを阻止するため、国民に菓子類の一切を作ることを禁止したから。
まったくふざけた話だ。その影響もあってか、砂糖が一般に安価に流通するようになり、その禁止が解かれた今でもなお、この国でお菓子作りは発展していない。みんなお菓子に馴染みが無いのだ。だから、ちょっと中から溶けたチョコが出てきたくらいでも、こんなに驚いてくれる。それはまあ、私にとってはありがたいことなんだけれど。
殿下がチョコごと口に運ぶ。すると、その目を爛々と輝かせた。
「うっま……!」
そのまま無言で食べ進める。普段はイケメンで通っている彼も、この瞬間は子どもみたいで可愛らしい。これは満足度が高いぞ。
食べ終わった頃を見計らって、私は殿下へと身を乗り出した。
「それで、今日の減刑は何日ですか?」
「その前に。お前、この菓子を他の男にも食べさせたな?」
「は? ……ああ、監視役のカイト様と殿下の使用人さん達に試食を。というか、何盗み見してんですか。仕事してくださいよ」
ストーカーかこのやろう。そんなケンカ腰の私に、立ち上がった殿下が詰め寄ってくる。ついには壁に押しやられた。
「な、何をそんなに怒って……」
「他の男に食べさせるな。お前の菓子はすべて俺のものだ」
真剣な眼差しが私を射抜く。もしかして、この人……。
「どんだけ私のお菓子が好きなんですか? 殿下」
「は? 菓子?」
「気に入ってもらえたのはありがたいですが、食べ過ぎはダメですよ。病気になりますから」
「…………」
「なんですか?」
何故か固まったままの殿下に、わけがわからず小首を傾げる。すると、彼は大きな大きなため息をついた。
「はあ……減刑は一日だ」
「はあ!? たった一日? 昨日は一ヶ月だったじゃないですか」
「それはそれ、これはこれだ」
くっ、たかが他人に食べられたくらいで拗ねるとか子どもか。次期国王候補のくせに。
「いいか? 次他の男に食べさせたら減刑はしないからな」
「はいはい、わかりました」
「……ったく。鈍すぎるのも問題だろ」
「はい?」
殿下は首を横に振った後手だけで出ていくよう促す。部屋を出ると、私は大きなため息をついた。
「いや、落ち込むな。一日は減ったんだ。増えるよりかはマシ」
無理矢理思考をポジティブにする。すると、不思議と元気が出てきた。
「やるぞー!」
あと、七十七年八ヶ月と二十五日。美味しいお菓子で殿下を釣って、絶対自由を手に入れてやるんだから!
青空にかざした拳が、キラリと輝いた気がした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。