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傘渡り  作者: 髙津 央
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06.資金源と罪

 麻雀大会は、少ない月は二回、多い月でも五回。曜日は決まっておらず、いつもの面子の仕事の都合次第だ。

 お開きの時、次の日取りを教えられる。


 新在家少年は最近、テレビのニュースで「常習賭博」と言う言葉を知った。

 ゲームセンターの店長と従業員、常連客が芋蔓式に逮捕された事件だ。一味は、麻雀ゲームやインベーダーゲームの勝ち負けで、カネを動かした。


 新在家少年は「麻雀」「賭博」の言葉にドキリとした。

 アナウンサーが、次のニュースを読み上げると、背中を冷たい汗が伝った。

 それ以来、「常習賭博」で捕まるのではないかと常に怯えて暮す。


 目的は、高校進学の学費を稼ぐことだが、その手段は賭博だ。

 新在家少年は北町の代打ちだ。それが代理と看做(みな)されるか、実行犯と看做されるか、わからなかった。

 学費が安上がりな公立に進学したいが、夜稼ぎに出るので、大会の翌日は学校で寝てしまう。早い時は深夜二時頃に終わるが、遅い時は夜明けまで付き合わされた。


「居眠りするな!」

 何度も先生に叱られたが、先生にも本当のことは説明できない。


 先生の口から警察に知られれば、捕まる。そうなると、高校に行くどころではなくなってしまう。

 前科者の身内として、妹のこの先の人生をも潰してしまう。


 学費を稼ぐ為に協力してくれる北町や、何も言わずに受け容れてくれた他の面子にも、迷惑が掛かってしまう。

 それだけは、口が裂けても絶対に言えなかった。


 勝って、負けて、勝って、勝って、負けて、また勝って……


 立ちこめる紫煙の中で、罪悪感だけが募ってゆく。


 母には「中学生でも、内緒で雇ってくれるところがみつかった」と、だけ説明した。母も、何の仕事か聞かなかった。

 新在家少年は、子供を雇ったのがバレたら潰れるかも知れないから、と口止めした。


 父には説明する機会すらない。



 この辺りには、最先端の設備を持つ超近代的な工場もあるが、数百年前から続く酒造会社も多い。

 酒樽職人など、昔ながらの手仕事を細々と続ける家も、まだ少しある。

 その他、造船関連や繊維、各種部品、化学原料……伝統産業と近代工業、そこで働く人々の暮らしが、混在する。


 父が勤めるのは、繊維関連の会社だ。社名からそうと察せられるが、新在家少年は父の仕事の中身を知らない。

 忙しいなら、儲かっているのだろうが、家族の暮らしは一向に良くならなかった。



 祖母が入院する前、小学四年生までは、酒蔵の資料館を遊び場にした。入館無料で、老朽化による立入禁止区画に入りさえしなければ、係の人は何も言わなかった。


 この老人は、昔の酒造工程を再現した杜氏(とうじ)人形に何となく似た雰囲気だ。

 明らかに場違いな中学生に何も言わずにいてくれるので、こちらからも、何も言わない。ボケて徘徊するにしては、しっかりした感じだ。


 新在家少年の祖母は、病気で篠原病院に入院してから、めっきり老けこみ、記憶もあやしくなってきた。

 近くなので着替えを届けがてら、兄妹で見舞いに行くが、孫の名前を思い出せる日と、他所の子扱いされる日があった。

 初めて「坊やたち、どこの子?」と聞かれた時、動揺を悟られないように無理矢理明るく振る舞った。

 今でも、あの瞬間を思い出す度に祖母が遠くへ行ってしまったようで、寂しくなった。


 ……この爺ちゃん、杖もなしでこんな天狗みたいな下駄履きこなすとか、絶対、タダ者じゃない。


 川と車道を挟んだ歩道をゆっくり歩く。

 二人の足音は雨に紛れる。

 時折、下道を通るトラックのライトが通り過ぎる。


 川上に向かい、高速道路に近付くにつれ、水溜まりを轢く車列の音が高くなる。高架を走る高速道路と、その真下を走る国道の二階建てだ。交通量が倍になれば、騒音も排気ガスも倍になる。

 物流の大動脈であるここを止めることは、誰にもできない。


 新在家少年は、細い路地を指差して言った。

「こっち曲がるけど、爺ちゃんは?」

「ならば、ここでよい。ありがとう」

 少し先の喫茶店の軒下まで送って別れた。

 国道を山側へ渡れば交番がある。


 ……もし、何かあっても、お巡りさんが何とかしてくれるだろ。


 老人に礼を言われたが、あまりいいことをした気分ではなかったので、妙な感じだった。

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