下
会場にいる全ての者が王座に向かってひざまずく。
この国の王、エーサージア国王陛下が数名の家臣を引き連れ会場に現れたのだ。
王妃はこの騒動を聞き意識を失い自室に運ばれた。
そして家臣の中にはこの茶番を王太子と行っている3人の保護者もいる。それぞれから悲壮な雰囲気が漂っている。
「父上っ!」
王の姿を確認したアレクサンダーはしたり顔で近づこうとする。
しかし王はそれを手で静止させる。
(……なんで⁉︎ )
アレクサンダーはいつもと様子が違う父に困惑する。
(あっお父様がいるわ。私の偉業を見に来てくれたのね!家族から馬鹿だと怒られて来た私はもういないのよ!)
エリザベスは鼻高々に王の隣に立つシーガソイ侯爵に目を向ける。
会場の空気を一瞬にして変えた王は息子のアレクサンダーを見据える。
「これは何の騒ぎだ、アレクサンダー!」
アレクサンダーは困惑する気持ちを抑え込み手筈通りに発言する。
「国王陛下、このような名誉ある場で騒ぎを起こした事をお詫びします」
アレクサンダーは優雅に一礼し続ける。
「このような騒ぎになったのも、全てここにいるソフィア ガーランド男爵令嬢の罪を暴くためなのです!――――」
舞台俳優さながらに身振りを大きくしたアレクサンダーは力説する。ソフィアが行ってきた悪行を、エリザベスがいかにアレクサンダーに相応しいのかを。
そのあまりにも熱のある凛々しい姿は、状況を知らない者が見たら頼もしく未来の安泰を感謝するだろう。しかし、もはや周りの者はバカにするように失笑している。
(そもそもパパがこんな田舎娘と婚約なんてさせるからいけないんだ。俺の隣にはエリザベスのような美しい者がふさわしい)
アレクサンダーはエリザベスの豊満な胸元をみる。
「………。ぐぉっほんっ」
王が咳払いをする。
アレクサンダーは愛してやまない妻とのたったひとりの子だった。
エーサージアは可愛い息子を甘やかし育てた事を後悔する。
今まさに自分が断罪されているような居た堪れない気分に陥っていた。
「国王陛下いえっお義父様っ、先程私はアレクサンダー王太子より婚約者の命を賜りました。今後は王太子妃として精進致しますわ」
(お父様見てる?私は卒業生ではないけどお母様や他の家族も連れて来れば良かったわ)
「……。」
王や隣のシーガソイ侯爵はエリザベスを憐れな目で見る。
シーガソイ侯爵の末の子エリザベスは、この学園の生徒ではなかった。学力が足りず入学できなかったのだ。本来なら誰とも婚約していないエリザベスはこのパーティーに参加する資格すら持っていない。
エリザベスが卒業した姉の制服を着て学園に通っていると知った時には手遅れだった。
見境なく男子生徒を誘惑し関係を結んでいた。
侯爵は頃合いを見計らってエリザベスを修道院に入れるつもりだった。
(よりによって王太子までも翻弄していたとは……)
シーガソイ侯爵は家族を顧みず仕事ばかりしていた自分自身に失望し悔恨の思いで胸が苦しくなる。
「国王陛下、ソフィア嬢を先に不審に思ったのは私であります」
ルワーメが一歩前に出て胸に手をあてる。
(私の優れた才を見せる機会だ)
「黙れルワーメ。誰が貴様に発言の許可を与えたのだ。身の程を弁えろ!」
そう言う宰相のイレーカー公爵は王にひざまずく。
「愚息が申し訳ありません」
(この僕を愚息だと……⁉︎陛下に向かって愚息と……)
アレクサンダーは後ろにいるルワーメに目をやる、ルワーメは眉間に皺を寄せ父である宰相を未だに睨んでいる。
本来ならソフィアの悪行を訴えて、改心した王に婚約破棄とエリザベスとの婚約の許しを得る予定だった。そして会場から拍手喝采を浴び王への礎を築くはずだった。
(ルワーメ、お前が指揮したんだぞ!何とかしろっ)
アレクサンダーは打ち合わせ通りに進まない事に苛立ちを覚える。
王は立ち上がりソフィアに正対する。
ソフィアもそれに気付き注視する。
「ソフィア ガーランド男爵令嬢、この度の事態に詫びの言葉も出ない。どうか国の代表として、そやつの父として謝らせてくれ」
一国の王が下級貴族に頭を下げるとは前代未聞のことだった。会場はどよめきに包まれる。
ソフィアは何も言わず王に一礼する。
「父上、何をしているのです。こんな女に頭を下げるなど!!」
(こいつは罪人だぞ!何をしているんだっ!)
「黙れっ!アレクサンダー!!お前は口を出すな」
予想だにしない展開に驚愕するアレクサンダーは何も言えなくなった。
王は再度、深く謝罪した。
(何が起きているんだ?この女を断罪し、王太子として出来るところを見せようと思ったのに…)
(この下賤な女に謝罪など…陛下はどうしてしまったんだ?最近は閑所へ行く間隔が短くなっていると聞くが……まさか老害か⁉︎)
(王太子妃になったら先ずはドレスを揃えなきゃ。あと国宝の宝石もつけてみたいな)
(ふんっ、つまらねー。俺様の腕を見せてやるかっ)
カバーノは懲りもせずソフィアの腕を掴もうと考える。
「黙るのだっ、お前たち!!」
(((( ……えっ⁉︎ ))))
(私たち何も言ってないわよね?お義父様ったらボケたのかしら?)
「ゴホンッ」
王は2回目の咳払いをする。
王の目配せを受け宰相が居心地が悪そうに言う。
「アレクサンダー殿下、何か思い違いをされているようですが、貴方には現在婚約者はおりません」
「なっ何を言っているのだ宰相。私は父上から確かに言われたのだ。親交を深めろと……」
確かに王は息子であるアレクサンダーにソフィアと仲良くするよう伝えた。しかしその狙いは魔法具で巨額の富を生み出すソフィアを王家に取り込みたかったのだ。円滑に婚約を進めたかった王はアレクサンダーにソフィアを誘いこんで欲しかったのだ。
しかし王の意図を理解できず、婚約してしまったと思い込んだアレクサンダーは暴挙に出た。それは自分を破滅させる道だとも知らずに。
「また、ガーランド男爵令嬢は正当な手続きで魔法具の商品申請をしていますので裁かれる事など何も無いのですよ」
宰相の言葉は4人に取っては信じがたい事だった。
「何がどうなっている?ソフィア ガーランドは間違いなく悪人で、私はそれを明るみに出したのだぞ?」
「殿下の仰る通りです。証人もいます。その悪人を信用してはいけません!」
アレクサンダーとルワーメは自分達の訴えを聞き入れて貰えず喚き出す。
それを制するように宰相は声を大きくして言い切る。
「おかしな事を言ってはいけません!だれが悪人なのです。この場で断罪されるべきは、あなた達4人ですよ!罪なき者を…いえ、今回この卒業パーティーの主役の最優秀生徒をなんの権限があって陥れるのですか!」
「何を言っているのですか?父上。アレクサンダー殿下も申されたではありませんか⁉︎このソフィアは罪を犯しているのですよ?」
「だまれ、ルワーメ。何の調べもせず罪をでっち上げ、証人まで金で用意しようとしている事は知っているのだぞ!…これ以上親の顔に泥を塗るな!」
(何故その事を知っているんだ⁉︎)
「エリザベス、お母さんや兄姉たちが言っていただろう?勝手に外に出歩いてはいけないよと…」
優しく語りかける侯爵は悲しそうだ。
「お父様、言いつけを破ってごめんなさい。でも王太子妃になれたのよ!すごいでしょっ!」
「お前は妃にはなれないよ。それどころか誰の妻にもなれないよ……」
「……?」
(何を言っているの?お父様)
「カバーノ、お前はもう家に帰ってくるな」
「かしこまりました。父上」
(俺様も今日で卒業したんだ、近衛…いや討伐部隊もいいなぁ……。宿舎は女の連れ込みできるんだっけか)
雲行きが怪しくなるのを3人が感じ始める。
(今頃は控え室に戻り仲間たちと祝杯を交わしていたはずなのに……)
王は広間の壁で待機していた兵たちに声を掛ける。
「近衛兵、王太子を含む此奴らを連れていけ!」
アレクサンダーらが驚愕し騒ぎ出す。
「父上どうしてです⁉︎騙されてはいけません、このソフィアという女は極悪人です!」
王に近づこうとしたアレクサンダーを近衛兵が拘束する。
(貴様ら、何をするのだっ。俺は王太子だぞ!)
「誤解です。きちんと裏付けし証拠や信用できる証人もいます!決してでっち上げたのでは……。やめろっ!下僕の分際で私に近づくな!」
(何故だ⁉︎何故こうなったんだ!!)
「王太子妃に向かって何をするのです⁉︎いや……あっそこはダメ!ダメよ――」
(この人、触り方がヤラシイわっ!)
「これは騎士になるための試験か⁉︎よっしゃー!!」
(ゔっっ……)
他の3人も抵抗虚しく連行される。
因みにカバーノは腕捲りをしている最中に近衛兵により気絶させられ連れて行かれた。
右往左往していたガーランド男爵夫妻は今度は王に謝罪しようと近づこうとしたが近衛兵に拘束され、今後一切、王宮に来るなと言われ外に摘まみ出された。その手にはもう絶縁書類は無い。
(いったいどうなっているんだ…)
誰の心の声なのか騒然たる会場でその声の主を知ろうとする者はいなかった。
ソフィアは混乱が続く会場の中でひとり溜息を落とす。
「お疲れさまソフィア。よく頑張ったね」
後ろから誰かに頭を撫でられ、後ろを振り返る。
その情に満ちた顔を見てソフィアはやっとこの滑稽な劇が終わったんだと心から安堵するのであった。
言うまでも無く卒業パーティーは閉幕し、全ての者に箝口令が敷かれた。
それにも関わらず、この卒業パーティーの最優秀生徒による発表は歴代類を見ない素晴らしさだったと人々は口を揃えて褒め称えるのであった。