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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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噂話国民「勇者噂話万歳!」「勇者噂話万歳!」皇帝となった勇者噂話「全軍出撃! これより大陸中を駆け巡る!」百万の噂話軍団「オオーッ!!」

一人歩きをする噂話。

仲間を得て海を越え勇者と呼ばれるようになり、喜びを分かち合い、時には強敵に苦しみながら、幾多の敵と戦い名を上げ、ついには皇帝にまで上り詰めました。彼の旅に終わりはありません。しかし彼の物語はここで一旦中締めとさせていただきます。


ここからは、後始末の話。また三人称になります。

(すみません、前回は章立てを間違えました)

 ブレイビス市民にとって、それは悪夢の夜となった。


「ドラゴンだー!!」

「ドラゴンが! ドラゴンが現れたぞー!!」


 市民達は叫喚きょうかん追跡の精神で、そう叫んで近所の人々を起こして回る。方々の街角の篝火台かかりびだいやランプに明かりが灯される。


「あれを見ろ! ドラゴンが空を飛んでいるぞ!」

「うわああっ!? 空に向かって火を吹いた!」

「ドラゴンが街の上空を回っているぞ! ドラゴンだー!!」


 窓から乗り出す者、バルコニーに出る者、屋根の上に上がる者。市民達は次々と起き出して来て空を指差して叫ぶ。


 広場に集まって来る者達も居た。


「ドラゴンはどこだ!? どこかね!?」

「宮殿の上空に現れたらしいぞ!」

「ええい、どこへ行けば見られるのだ!? ドラゴンは!」


 裕福そうな紳士達が数人、ドラゴンの姿を求めて右往左往していると。ひょろ高い風車小屋に住む貧しい男が、窓から顔を出して叫ぶ。


「旦那方ーッ! ここにまだ席がありますよ! 銀貨たった三枚で、空飛ぶドラゴンが見放題だ!」

「何だって、ドラゴンを見せろ! 見せてくれ!」



 ドラゴンは時には降下して羽ばたきながら、また時には屋根の上に降りては、激しい火炎を吐き散らし、そしてまた羽ばたいて飛び去って行く。


 町のあちこちで消防団が鐘を打ち鳴らす。何しろ空飛ぶドラゴンが自由に飛び回り、気ままに火を吹いているのだ。この夜は街中のほぼ全ての消防団が出動する事態となった。


「どこだー!? 火事はどこだ!」

「火事を見た者は居ないか!?」

「どこに火をつけられるか解らんのだ! とにかく消火活動に備えろ!」



 衛兵も、兵士も、とにかくブレイビスとその近郊に居た、戦える者全てが叩き起こされた。それはブレイブ川のドッグに居た海軍兵達も例外ではない。


「ドラゴンだ! 火を吹くドラゴンに備えろ!」

「甲板に水を撒けー! 火薬の類は全部最下層へ持って行け!」

「海兵隊は王宮へ向かえ! 国王を、市民を守るのだ!!」



 ブレイブ川の両岸にはドラゴンの炎を恐れる市民達が多数避難していた。市民達は夜空を指差し、悲鳴を上げる。


「また飛んで来たぞォォー! ドラゴンだー!!」

「ああああっ!? また水面に火を吹いた!! 船を襲っているのか!?」

「喉の乾いた者はおらんかねー、上等の白ワインが銀貨一枚だよー」

「ありえないわ! 水面が、水面が燃えている!」

「焼き鱈あと僅かだよー、昨日の在庫だから売り切れたらもう無いよー」



 ブレイビス大橋では慌てて飛び出した馬車や荷車が、大渋滞を引き起こしていた。情報が錯綜さくそうし北岸の者は南岸へ、南岸の者は北岸へ逃げようとするから全くらちが明かないのである。


「この無暗に走り回る市民共を何とかしろッ! 真夜中だというのにどこから出て来たのだ、これでは消火や救難活動にも差し障るではないかッ!」

「ドラゴンは空を飛びまわっているのだ……どこへ行こうが同じだというのに」


 一方で橋の上にあるホテルや劇場の屋根、貴族の住居のバルコニーなどでは、無責任な遊び人共が夜空を見上げ、歓声を上げている。


「何という見物みものだ! 我輩はツイている! こんな夜にこの場所に居合わせるとは!」

「凄いわ、ドラゴンが火を吹いてるじゃない! 素敵ー!」



 勿論、市民達は皆が皆、浮かれていた訳ではないし、逃げ惑っていた訳ではない。このドラゴンは彼等の生活基盤をおびやかかしていたのである。



 町のある場所では、背が高く肥満した壮年女性が慟哭どうこくしていた。


「御願いだよォ! 誰か、誰か助けておくれ! あたしの家が! あたしの家が燃えてしまう!」


 近くでは石煉瓦(れんが)造りの、大きな家の壁が燃えていた。炎は周辺の地面にも広がり燃え続けている。集まった野次馬達も手をこまねき、震えていた。


 燃えているのは石ではない。不気味な粘液である。それは炎を上げながら、ドロドロと壁を伝い、ゆっくりと滴り落ちて行く。


「無理だ奥さん、あんたもそこを離れろ、そんなの、どんな毒かも解らねえぞ!」


 誰かが怯えてそう叫ぶと、恐怖は集まった野次馬達の間に伝染し、皆、ざわざわと後ずさりして行く。


「そんな! これはあたしの家なんだよ! 九人の子供と三人の孫が暮らす大事な家なんだ、この家が無かったらどうやって生きろと言うんだ、御願いだよォ! 誰か、誰か火を消しておくれ!」


 そこへ。どんどん引き下がる野次馬の列に割り入って、ひどく小柄で腰の曲がった老人が現れる。男の名はワイレン、近所では錬金術に熱中して財産を失った狂人として知られていた。


「下がれよじいさん、危ないぞ!」


 近くの若者が叫ぶ。ワイレンは実際多くの知識を持っていたが、少々頭のおかしい所もあった。


「何という事じゃ……これはドラゴンベノム! 本物のドラゴンベノムじゃ!」


「ドラゴンベノム? 何だそりゃ……」

「南大陸で獲れるお香の名前じゃなかったか? これが……それだって?」


 ワイレンは深くかぶりを振る。


「名ばかりのお香などではない……そこの奥さんも下がりなさい! 本物のドラゴンベノムは、大変に危険なものじゃ!」


 ワイレンはそう言って壮年女性をキッと睨み付け、周りの野次馬達も見回す。野次馬達はさらに数歩後ずさりする。しかし壮年女性は尚も涙を流し、慟哭どうこくする。


「助けておくれよ……これは、あたしの家なんだよォ……」


 ワイレンは、今度は大きくうなずく。


「本物のドラゴンベノムが最後に採取されたのは八百年前。そして最後に取引されたのはおおやけの記録によれば百五十年前。ターミガンの王が買い求めた四オンス、純度50%のドラゴンベノムには、金貨80000枚の値がついたという……さあ、これは貴重な学術上の発見物じゃ。わしが採取してしかるべき場所に保管を」



 次の瞬間。ワイレン老人は殺到した野次馬に跳ね飛ばされ、盤上ばんじょうから消えた。


「金貨80000枚!!」「金貨80000枚だァーッッ!!」


 燃え盛る炎に向かい、野次馬達は突撃する。しかし。



―― パァァァン! スパパン!! バァァーン!!



 野次馬達は一瞬、壮年女性の腕が八本になるのを見た。



 壮年女性に張り飛ばされ空を舞った数人の男が、野次馬達の頭の上に次々と落下する。


「うわああ!?」「ぎゃああ!!」



―― ズシン! ドン……



 壮年女性はもう一度、丸太のような両腕を広げ、深く腰を落とし……大地を踏みしめた。


「あたしんちのドラゴンベノムに……指一本触れるんじゃないよォォ!!」


「な……何をこのババァ! 今さっきまで助けてくれって泣いてた癖によォ!」

「金貨80000枚に目がくらみやがったな!」「金貨80000枚ィー!!」


「かかって来いやァァーア!!」


 殺到する男達に、金色こんじきの覇気を身にまとった壮年女性は、一歩も引かず嵐のような張り手を見舞う。



   ◇◇◇



 ドラゴンは午前三時頃までブレイビス上空を飛び続け、ようやく何処かへ飛び去った。

 町にはドラゴンの攻撃で死傷した者は一人も居なかったが、人や馬車とぶつかって怪我をした者や喧嘩で怪我をした者、ドラゴンベノムを採取しようとして火傷した者が数多く居た。


 そんな中、スペード侯爵の報告は王宮に更なる混乱をもたらした。あのドラゴンはマイルズ・マカーティを略取する為に、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストが呼んだ身内だと言うのだ。

 ジェフリー国王は荒唐無稽こうとうむけいであるとしてその報告に立腹し、スペード侯爵に一週間の謹慎を命じたが、これはすぐ二日間に短縮された。



 なお、ブレイビス各所で大量に採取された良質のドラゴンベノムには、最終的に四オンスで金貨20枚くらいの値段がついたという。

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本作はシリーズ六作目になります。
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>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[良い点] どうしようもない状況が祭りみたいになっていて楽しそうですね。 しかしにんげんはおろか……! ワイレン師も一瓶くらい持っていけてたらいいんですけど。
[良い点] なんかエドモンド本田のようなお婆さんがいるwww [一言] そして噂話がついに至高の存在にまで上り詰めましたか…感慨無量ですね… 「ドラまたマリー(ドラゴンが跨いで通るマリー)」として…
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