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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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ハロルド「思い直して下さい! 広い世界には艦長に想いを寄せる女子もきっと居ます!」

またまた時間が朝に戻ります、何度も申し訳ありません、今度はクロスボーン城で目覚めたマカーティの視点です。

 自分のノートに書かれた手製の聖典を朗読していたマカーティの牢に、看守がやって来る。


「食事と水だ」


 マカーティは部屋の中の手桶を取り、入り口に近づいてそこへ置く。


「窓際まで下がれ」


 マカーティは言われた通り、窓際まで下がる。看守は扉を開け、槍を持った衛兵二人と共に牢に入り、昨日の手桶を回収し新しい手桶と、食事のパンを床に置き、無言で牢を出て、また鍵を閉め、去って行く。


 昨夜はストーク海軍の提督に差し入れを貰い、そこまで腹具合の差し迫っていなかったマカーティは余裕を持って入り口に近づき、パンを拾い上げ、埃を払う。今すぐ食べられない事も無いが、どうせ夜までこれ一個だ、袋に入れて少しとっておこうか……

 しかし今日のパンには切れ目が入れてある。開いてみると、中には申し訳程度の塩漬け豚(ベーコン)とチーズが挟まれていた。


 マカーティはそのまま窓辺に歩み寄る。今日は昨日より霧も薄い。この様子なら昼頃には晴れるかもしれない。

 真冬のブレイビスはいつも雲や霧に覆われていて、冷たい雨も良く降る。晴れの日はほとんど無い。


 出来れば晴れてくれないかと、マカーティは思った。


 看守がこんな御馳走を出してくれるという事は、自分は今日にも処刑されるという事だろう。ならばせめて青空が見たいものだ。


 自分にはこれといった心残りは無いが、あの陸軍の男がどうなったかは気にかかる。彼が気にしていた二人の姪はフレデリクが救助したというが、彼はその知らせを聞く事が出来たのだろうか。

 気掛かりなのはそのくらいだ。グレイウルフ号はもう帰って来ない。ハロルドとも十分喧嘩をした。彼については確かに自分も申し訳なく思う。

 他に未練に思うような事はと言えば……自分には結局恋人が出来なかったという事くらいか。


 何故自分には恋人が出来なかったのだろうか。鏡を見れば男前だし、仕事も立派な海軍士官だ。実際先輩も後輩も、海軍士官は女によくモテる。


 自分はハロルドとの最後の大喧嘩で彼を二十回くらいハゲと呼んでしまった。ハロルドがそれを気にしている事は知っていたのに。だけど自分にも口に出せなかった想いはある。

 確かにハロルドの髪は薄い。しかしそんなハロルドも女にはよくモテるのだ。

 ノーラの飲み屋のホステス達は皆、副長さん副長さんと言ってハロルドの盃に酒を注ぎ、ハロルドの煙管に火をつけた。

 目の前に居る艦長の自分には、ろくに近寄っても来ないのに。


 マカーティは腕組みをして眉間に皺を寄せる。


 スヴァーヌ行きの直前に辞令を受けて乗って来た、17歳の士官候補生のキースだって、ノーラの港を出る時には同じ年くらいの女の子が三人も見送りに来て、スカーフを振っていた。まあキースは軽くムカつく程の男前なので仕方無い。


 しかし航海長のトレントンは、気さくで親切で大変いい奴なのだが、御世辞にも男前とは言えない男だと思う、腹も出ているし顔も闘用犬のようにつぶれていて、何よりも身だしなみという言葉を知らない奴なのだ。

 だがあいつでさえ出港の時には二人の女が見送りに来た上、二人してトレントンに平手打ちを浴びせていた。後で聞けば二股をかけていたのがバレたらしい。


 自分の船出を女が見送りに来た事は、ただの一度も無い。いや……士官候補生として初めての外洋航海に出る時に、一度だけ母親が見送りに来たか……



 マカーティはまだ手に持っていた、ベーコンとチーズ入りのパンを一口、食いちぎり、噛み砕く。



 どんなに男前でも努力をしなければ、女とは仲良くなれないと聞き、自分は努力をして来た。


 海の上に居る時でも髪や髭はきちんと整え、可能な限り清潔感を保って来た。もちろん陸の上ではその何倍も気を遣う。どんなに寒くても毎日、濡らした手拭いで体を拭き、肌着を替える。


 女性相手には決して乱暴な言葉を使わない。例え子供や老人であってもだ。様々な話題を用意し、自分との会話を退屈せず楽しんで貰えるよう心掛ける。


 表情の筋肉だって鍛えて来た。特に自分は女性が居ない場所では不機嫌で無表情な顔をしている事が多いので、積極的に鏡の前で練習をした。好意を得やすい、爽やかで快活な男を演じて来たつもりだった。



 では、何が悪いのか。

 身長が低いのが、いけないというのか。


 昨日初めて会ったロヴネルという男は規格外過ぎた。あんな男がどんなにモテようと何の嫉妬も湧かない。

 ファウストは同じく長身の美男子だったが、あれは海賊だ。正義の海軍の自分がモテないのに海賊のファウストがモテたら腹が立つ。


 だがフレデリクはどうだ。あいつは自分では身長170cmくらいだなどとほざいていたが、どう見ても身長168cmの自分より10cmは低い。もしかしたらブーツの靴底でさらに誤魔化ごまかしているかもしれない。

 しかしフレデリクはモテる。自分はその現場を見た訳では無いが、何故か確信を持ってそう思える。いつも覆面をつけていて素顔も解らない上、海賊でチビなのに、あいつは絶対女にモテる。



 ふと、ベーコンとチーズ入りのパンがなくなっている事に気づき、マカーティは我に帰る。何という事か。人生最後の食事を、考え事にとらわれ、無意識のままに終えてしまった。勿体もったい無い事をしてしまった。


 マカーティは再び空を見上げる。風が気まぐれに渦を巻き、向きを変え、霧を吹き流して行く……するとどうだ。雲の切れ間から、青空が覗き出したではないか。

 海に出て13年、もう船に乗る前より乗ってからの時間の方が長くなったマカーティは、雲の形や流れ方から数時間後の天気をだいたい予想するすべを身に着けていた。

 この雲はきっと晴れる。良かった。

 自分の処刑は、澄み渡る青空の下で行われるだろう。



―― ガチャ……!



 ちょうどその時。背後で扉が開く音がした。

 食事や水を運ぶ時と違い、看守と六人(・・)の衛兵は、挨拶も無しにマカーティの牢に入って来た。


「……お前は、元レイブン海軍艦長、マイルズ・マカーティ、25歳、大レイヴン島北部セントバールス出身……その者に相違無いか」


 さらに廊下には司法官と牧師の姿もある。マカーティにとって司法官は敵ではなかったし、神に祈らせてくれるなら聖職者は守旧派でも国教派でも改革派でも良かった。


「俺はマイルズ・マカーティ、セントバールス出身、元海軍艦長……年も、多分そうです」


 司法官と牧師は、顔を見合わせて頷く。マイルズ・マカーティの様子は事前に看守に聞いていた通りだった。彼は何の問題も起こしそうにない、殊勝で模範的な死刑囚に見えた。

 看守は衛兵と共に近づき、マカーティが黙って差し出した両腕に手械てかせめる。


「外に出て、馬車に乗れ」

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本作はシリーズ六作目になります。
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>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[一言] フレデリク君はモテてしまってますねえ
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