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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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掃除係のおじいさん「……」

司法局のデニングさんが海軍に対しやたら攻撃的なのは、つい先日まで海軍が隠蔽していた()()の余波によるものでした。海軍がマカーティの報告を隠していたせいで、レイヴンはストークの奇襲を喰らう所だったのです。

司法局からしてみれば海軍にはしばら謹慎きんしんしていて欲しい所です。司法局の役人を入り口で止めるなんてとんでもないと。


とは言えデニングさんの言い方は意地悪過ぎました。海兵さん達もちょっと意地悪だし。おかげでマリーは遠慮なくいたずらを仕掛ける事が出来たようですが……

 くだんのスペード卿はまだ正式な第一海軍卿になった訳ではなく、海軍の実質トップは海軍大将のマークスという人らしい。詳しい事は解らないが、近くの橋の上で物乞いをしていたおじさんは銀貨一枚と引き換えにそう教えてくれた。

 私はかつらと付け髭を薄手の外套に包んで丸め、上の階へ向かう……おっと、階段ホールの前で、何かの騒ぎが起きている。


「俺は本当に保安官だしこの通行証は本物だっ、良く見ろっ」

「捜査令状は? 当然あるんだろうな? ああ!?」

「そっ、捜査令状って、捜査なんて一週間前からやってるじゃないかッ!」

「二日前には終わったはずだ! 今さら令状も無しに無理やり押し通ろうとするのはやはり怪しい!」


 私は大階段の方を避け、迷路のような廊下を別の方向に進む……恐い。心細い。なんで私、こんな所に居るの?

 ……それはレイヴン海軍がマカーティを見殺しにするのはおかしいと思うからだ。マカーティだけじゃない。ハロルドさんも、乗組員達も命懸けで戦ったのだ。実際に命を落とした人達も居る。

 私は何の力も無い小娘な上、外国人だ。私の言葉などレイヴン海軍にとってはアリの溜息ほどの力も無い。

 それでも、どうしても一言言ってやりたい。

 海軍さえしっかりしていれば、マカーティが処刑までされるという事は無かったのではないか。レイヴンの王様がどんな理由で激怒してようと、若い英雄の一人くらいかばい立て出来ないなどという事があろうか。


 実際海軍はどういうつもりだったんだろう。国王に言われて渋々マカーティを引き渡したのか? それとも後難を恐れ自分から進んで突き出したのか? 後者なら頭に来る。その時はありったけの罵詈雑言をぶつけてやる。


 だけどその後はどうなるんだろう。捕まって火炙りにされるんだろうか。

 やっぱり嫌だなあ。今すぐ走って外へ逃げようか。



   ◇◇◇



 大将というくらいだから、きっと立派な見晴らしのいい部屋で大きな机の向こうにふんぞり返っているのだろうと思い、私はどんどん上階へ向かった。

 その間私は何度も色々な人とアイマスクも無しに擦れ違ったが、誰にも一度も止められなかった。


 私は多分、優れて印象の薄い人間なのだ。はっきりと女にも男にも見えず、はっきりと何国人にも見えない。背も低く手足も短い、だからちょっと背中を丸めてしわがれ声を作れば、短い時間ならお爺さんにだって化けられる……それは皆、元々の印象が薄いから出来る事なのではないか?


 ロヴネルさんみたいな誰の目にも強烈な印象を残す人は、レストランで注文を忘れられた事も無いんだろうなあ。そう考えたら、私はこんな顔で良かった。



 建物の最上階、六階は天井の高い大空間になっていた。そこはそれこそ魔王が待ち受けていそうな厳かな場所だったが、人の姿はまるでなく、代わりにどう見てもガラクタと思われるような品々が、大事そうに方々の展示台に置かれている……何ですかねこれは。


『ジョニー・ウォーカー提督、艦隊を率いてナームヴァル海賊に打撃を与える』


 相変わらずレイヴン語の読み書きは殆ど出来ないが……どうやらここはいわゆる栄誉の殿堂でんどうという物らしい。大きな功績を果たした者達を顕彰けんしょうし、後世に伝える場所なのだろう。それで焦げた旗だとか、折れた剣だとか展示しているのね。

 ん……?


『海賊ダーリウシュの佩刀』


 立派な鞘に入ったサーベルが一振り……ダーリウシュって聞いた事あるわね……って、カイヴァーンの実のお父さん!?

 私は思わずそのサーベルを手に取り、鞘から抜いてみる……うわあ……ボロボロだよこれ、刀身は傷だらけだし刃は数十か所に渡ってつぶれ、えぐれ、欠けている……全然手入れしないで長年使っていたのか?


 ……


 私にはこんな物の価値は解らない。こんなにボロボロになるまで使ったのだから、さぞや多くの人々を傷つけた刃なのだろう。

 だけどこれはあの、家族にこだわるカイヴァーン少年の実の父の剣かもしれない。



   ◇◇◇



 レイヴン海軍の総司令官室は建物の五階にあった。しかしその前には警備兵の姿もなく、扉は開けっ放しになっている。私はその中を覗き込む。

 部屋はもぬけのからだった。立派な机や椅子、応接ソファなどはあるのだがその周りには紙切れ一枚置いておらず、重厚な本棚は全て空っぽになっている。壁や棚には絵画や調度品の一つも無い……これがあの七つの海を股にかける、世界最恐のレイヴン海軍の最高司令官の部屋なんですか? 思っていたのと違う。


「あの……海軍大将のマークス閣下はどちらにいらっしゃいますか?」


 私は意を決して、がらんどうの部屋で一人ぽつんと四つんばいになり、雑巾で床を拭いている、背は低いが肩幅の広いおじいさんに尋ねる。


「海軍大将? そんな奴はもう居らんよ」


 おじいさんはこちらを一瞥いちべつすると、また拭き掃除に戻ってしまう。


「ああ……あの、知ってる事を教えて貰えないかな……」


 私が部屋に入りながら小声でそう言ってみると、汚れた前掛けをつけた掃除夫らしき老人は、薄目を開けたままこちらに振り返り、立ち上がってのしのしとやって来る。何だろう、妙な威圧感のあるおじいさんだな。


「あの」


 私は言い掛けるが、老人はそのまま前進して来る。身長は私とほとんど変わらない……私はとりあえず横に避ける。

 老人はそのまま前進し、入り口の脇に置いてあった手桶の水で雑巾を洗い、よく絞って、また元の場所に戻って、拭き掃除を再開しようとする。


「話を聞いてくれないか、海軍大将のマークス閣下に今すぐ伝えたい事があるんだよ、急ぎの用事なんだ、どこにいらっしゃるのか教えて欲しい」


 私はなるべく丁寧にそう言ったつもりだったが、やっぱり私のレイヴン語は片言で間違いも多いのか、そのひざひじも擦り切れた服を着た、掃除夫の老人は振り向いてくれなかった。


 だけどこんな恐ろしい建物の中で私が話を聞けそうなのはこういう人くらいだ。私も軍の事務員や海軍士官に話し掛ける程バカではない。

 それにこのおじいさんは海軍大将の部屋の掃除をしているのだ、きっと大将の居所を知っているに違いない。


 こういう人には賄賂は効かないだろう。私は老人に背後から近づき、その肩を掴む……掴む……なんだろうこの人、背は低いのに肩の筋肉はウラドくらい大きい。


「頼むよ! 貴方は面倒なのかもしれないけれど……よく聞いて欲しい、レイヴン国王とレイヴン海軍の為に死力を尽くして戦い、酷く傷つきながらも正義の裁きを下して、異国の……同盟国の市民を無事守り抜き、海賊共から没収した立派なキャラック船二隻に、市民達からの感謝の印の極光鱒きょっこうますタラニシンを満載した船を持ち帰り、国王陛下に捧げた立派な艦長がね、何の勘違いからか、近々処刑されるというんだよ、おかしいだろうそんなの?」


 おじいさんが振り向いた。だけどその手はまだ床を雑巾でこすっている。これは真面目に聞いてないわね。


「あの、貴方が水夫かどうか、海の男かどうか知らないけど……大変な事なんだよ、その艦長、マカーティは1隻で14隻の海賊と戦おうとした、だけど自分達が負けた後で異国の町……フルベンゲンが略奪されたら嫌だからと、たまたま近くに居た顔見知りの船に助力を依頼したんだ。土下座までしたんだぞ。土下座って、口で言う程簡単な事じゃないんだから。マカーティはただの無敵のチャンピオンじゃない、愛と勇気を持った本物の英雄ヒーローなんだ、」


 私がそこまで言った所で、老人は顔を背けてしまった。ああ。そうですか。まあ……ブレイビスに住んでいる掃除夫のおじいさんには関係無いよね……そんなの。


「あの、そんな立派な艦長が処刑されるって、おかしいと思わないか? 僕は不思議でならないんだ、何で海軍大将のマークス閣下が黙っているのかなって。頼むよ、マークス閣下がどこに居るのか教えてくれ」


 おじいさんは四つんばいになり向こうを向いたまま、深く息を吐き出した。そして頭を下げて床にうずくまる……どうしたんだろう? 疲れたのかしら? それとも具合が悪いのか? どうしよう、誰か人を呼んだ方がいいのかな……私も捕まるけど……


「あの……大丈夫?」

「……お前はたったそれだけの為に、ここへ来たのか?」


 老人は床に顔を突っ伏したままそうつぶやいた。


「たったそれだけじゃないんだよ、とても大事な事なんだ、知ってるんだろう? マークス閣下はどこにいらっしゃるんだ?」


 老人は不意に立ち上がる。立ち遅れた私はそれを見上げる形になった。


「ついて来い。フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト」

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>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
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