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マリー「ひゃェッぷチッ」カイヴァーン「変なくしゃみ」

「さあ! 最高級の極光鱒ですわよ! 王様も公爵様も大満足、極北海の極光鱒が氷漬けでこのウインダムに届きましたのよ!」


たびたび時間と場所が飛んですみません。

この話は半月ちょっと前、第四作の最後でマリー達が極光鱒を満載してウインダムに到着した頃の話です。

三人称で御願い致します。

 レイヴン王国首都ブレイビスの司法局の一室に、外交官や海軍の代表を加えた一団が集まっていた。


「ナルゲスの商人マクベスは、これまでに何度もレイヴンに有益な情報をもたらし、現地工作にも積極的に関わって来た優秀な資産(アセット)だ。そのマクベスが入手してくれたのがこの、マリー・パスファインダーの人相書きだ」


 外交局の事務高官がそう言って合図すると、彼の部下の若い補佐官が三枚の肖像画をテーブルに広げる。


「嫌に良く描けているな。出来が良過ぎて却って人相書きに見えん」

「これではまるで小娘ではないか。こんな手配書など見た事が無い」


 司法局は事務高官とその補佐官、それに現場の隊長格の衛兵を一人加え、三人で応対していた。


「しかしこの人物が、タルカシュコーンで我が国の海軍艦を強奪し結果的に我々とタルカシュコーンの密約を破談にしてしまった海賊フォルコンの、実の娘なのだ」


 壮年の外務高官がそう熱弁している間、同席していた海軍の事務高官とその補佐官は居心地が悪そうに首をすくめていた。海軍がたった一人の海賊に大事なふねを奪われた事は勿論大変な失態であり、実際に関係者の何人かは既に遥か東の中太洋よりさらに東の彼方、極東の小さな島国の駐在官へと左遷させんされている。


「この少女が海賊フォルコンの娘だという証拠は?」

「海賊フォルコンが乗っていた船の名前がリトルマリー号、この女船長が今乗っている船がフォルコン号だ」

「まるで隠す気が無いのか……」


 司法局の男達が呆れたように溜息をつく。その間に外務高官は海軍高官の方に視線をる。

 海軍高官は小さく咳払いをして、自分の所の若い補佐官に発言を促す。


「……そしてそのフォルコン号にはある時期、例の海賊、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストが乗船していた事が解っています」

「なんだと?」


 およそ一か月半程前の11月5日、ロングストーン沖でレイヴン海軍が海賊ファウスト・フラビオ・イノセンツィに発砲して始まった海戦は、レイヴン国内ではファウストがレイヴン海軍のソーンダイク号に奇襲を掛けて来た事になっている。そこまではレイヴン海軍も必死に誤魔化ごまかして来た。しかし。


「大破炎上するソーンダイク号の救援に来たのがそのフォルコン号であり、そのフォルコン号の船長がフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストであったと、現場の人間から報告が」

「海軍は何故その情報を隠していた!? そんな事今初めて聞いたぞ!」


 司法高官は海軍補佐官を問い詰める。若い補佐官は肩をすぼめるしかなかった。そこへ海軍高官が、他人事のように口を開く。


「隠してはいない。グランクヴィストはソーンダイク号にいち早く駆けつけ消火に協力した上、重傷を負った乗員数十名をフォルコン号でロングストーンに輸送した。我々がそれを美談として喧伝けんでんしてグランクヴィストの弁護をすれば良かったとでも? それに今は必要になったから明かしているじゃないか」


 外務高官は忌々しげに海軍高官を睨み付ける。海軍は必要になったから明かしたなどと言っているが、この話は外務局が察知して海軍を問い詰め、ようやく白状させたのだ。


「我々もロングストーン市国の外務部の奴に初めて聞かされたのだ、何故こんな重要な情報を他国の官僚から聞かねばならぬのか!? 海軍の隠蔽いんぺい体質は! 度を越しているのではないか!」


 机を叩く外務高官。しかし海軍高官も即座に机を叩き返す。


「何が隠蔽いんぺい体質だ、そもそもこの一連の困難は貴様ら外務局が秘密でタルカシュコーンと密約を企み秘密でハマームの王族なんぞ暗殺しようとして始まった物ではないか!」

「ランベロウのクソ野郎がやった事は外務局とは関係無いッ! あれは手柄を焦ったあの男が一人で企てて失敗した物だ!」

「待って下さい、ここはそういう話をする場ではありません!」


 見かねた司法局の補佐官が、外務高官と海軍高官の間に入る。

 司法高官は興奮する他の二人の高官の有り様を見て、少し気持ちが収まったのか、深く椅子に腰掛け直し、腕組みをして言う。


「ところで先程の話では、フォルコン号の船長はマリーという少女だと言う事だったが。今日の議題はそちらではないのか」


 外務高官は呼吸を落ち着け、椅子に座りなおしながら答える。


「実はもう一つ無視出来ない情報があるのだ。それはその……大馬鹿者のランベロウに関わる事なのだが」


 ランベロウはハマームで王族の暗殺を企んだ際、仕上げとしてフェザントの同調勢力と連携し離縁していたハマームの第一王子の妃と子供達を呼び寄せていた。

 ランベロウの計画通りに事が運べば、第一王子が暗殺された直後にハマームに現れた妃と子供達は大いにハマーム臣民の疑心暗鬼ぎしんあんきき立て、ハマームを泥沼の内戦におとしいれる事になっていたらしい。

 ところが、その妃と子供達を実家のあるジェンツィアーナからハマームまで運んだのは貨客船のフォルコン号だというのだ。


 司法高官は腕組みをしたまま首をひねる。


「つまり何だ……フォルコン号のマリー船長はランベロウの依頼を受け妃をハマームに運んだが、海賊フレデリクはハマームでランベロウを追い詰め、同じく海賊のファウストを使って誘拐し、ハマームの第一王子に売渡したと」

「そういう事になる」

「その後海賊フレデリクはマリー船長のフォルコン号に乗り込み、海賊ファウストに襲われたソーンダイク号の救援をしたと」

「そういう事だ」

「そういう事だ、ではない、一体誰が誰の味方なのだ?」



 外務高官は椅子から立ち上がり、肩を落として窓辺に近づき、窓を少しだけ開ける。窓の外は十二月のブレイビス。どんよりと曇った空から霧のような冷たい雨が降っている。



「外務局からランベロウのような裏切り者を出した事は、個人的にも申し訳なく思う。奴は今も尋問を受けているが、どんなに責められても自分の主張を繰り返すばかり、肝心な事には答えようとしない……」

「司法局の尋問は随分紳士的なのだな」


 不機嫌な海軍高官は余所見をしたままつぶやく。


「機会があれば貴殿にも、我が司法局の尋問を体験していただきたいものだな……ランベロウという男は、無能だが意思が非常に強いのだ。あれだけの事をしておいて、まだ生き残るつもりでいる」


 レイヴン国王に金貨50万枚の損害を与えたランベロウは最低でも死刑になる事が決まっている。あとはその時期と方法を決めるだけなのだが、ランベロウはまだ核心的な部分の情報を白状していない。

 ランベロウがそれを話せば誰もが心置きなく処刑の準備を始められるという事は、本人も尋問官も解っている。だからランベロウは話さないのだ。


 外務高官は一座に背中を向けたまま続ける。


「海賊フレデリクが捕まったなら、ランベロウと背中合わせに縛って火炙ひあぶりにすればいいのだが、それをただ待っている訳にも行かない。フォルコン号とマリー・パスファインダーを指名手配に出来ないだろうか。幸い相手はロングストーン船籍だ、自由な代わりに、大国の後ろ盾は無いだろう」



 司法高官とその補佐官はひそひそと密談を始める。オブザーバーの衛兵隊長は最初からろくに話に参加せず、三枚の人相書きをわるわる見ていた。

 外務補佐官は椅子に座ったまま、自分の膝元を見ている。


 海軍の二人は一瞬顔を見合わせたが、やはり高官の方は自分が発言するのを嫌がり、補佐官に、行け、とあごで指示する。


「海軍は既に行動しています。ソーンダイク号の事件を把握した段階からフォルコン号の捜索を開始し、北はスヴァーヌ海から南はタルカシュコーンまで、フォルコン号と海賊フレデリクを見つけだし報告するように各方面の哨戒艦に伝えてあります」


 それを聞いた外務補佐官は、思わず口を出す。


「ソーンダイク号を……救援してくれたのにですか?」

「そうだ! だから見つけ次第殺せとは言っとらん、居場所を突き止め、各方面の艦隊司令部を通じて本国に報告せよとだけ言ってある!」


 海軍高官は声を荒らげるが、すぐに落ち着いて続ける。


「だが……海賊フレデリクは、大胆不敵にもレイヴン本土、プレミスに現れたそうだな……プレミスは軍港だが、海軍は陸の事までは把握出来んぞ」

「あの、その事なのですが」


 今、この海軍高官に怒鳴りつけられたばかりの外務補佐官は、言い出しにくそうに小さく手を挙げ、自分の膝に乗せていた、もう三枚の人相書きをテーブルに広げる……その間、彼の上司の外務高官は外の景色を見たまま、振り向こうともしなかった。


「同じく、ナルゲスの商人マクベスからの情報なのですが……フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの人相書きもあるのです」

「何だと?」


 司法高官と補佐官、海軍高官と補佐官は身を乗り出してフレデリクの人相書きを覗き込む。衛兵隊長はまだマリーの人相書きを見ていた。


「なっ……何だこれは! マリー・パスファインダーそっくりではないか!」

「そっくりと言うか、この少女にアイマスクと帽子をつけただけだろう! なんだこの画家、腕がいいのかと思いきや、この顔しか描けない画家なのか!」

「居ますね、たまにそういう人」

「これじゃあ、このマリー・パスファインダーの人相書きの方もあまり信用出来ませんねえ」


 二人の高官と二人の補佐官が笑う。この場に今日初めて和やかな空気が生まれた。


「お待ち下さい、マクベスは本当に優秀なスパイなんです、彼がそんな雑な仕事をする訳がありません、これにはきっと何かの訳が……」


 外務補佐官は必死で弁明するが、彼の上司の外務高官は黙って外の景色を眺めるばかりだった。


「フレデリクの人相書きならランベロウの証言で描かれた物が既に配布されているのだ。実際にプレミスでフレデリク本人を目撃した者達も皆一様に、人相書きの男に瓜二つだったと言っておる!」

「全く、今日は何の為に集まったのだ」


 司法高官も海軍高官も呆れ顔でそう言って、恰好を崩す。


「今日の議題はマリー・パスファインダーです、司法局にはどうかこの人相書きの人物の手配を御願いしたいのです! 事件を知る重要参考人なのです!」


 若い外務補佐官の訴えを他所に、司法補佐官はお茶の準備を始めた。

 衛兵隊長だけは、マリーの人相書きを何度も見比べ、吟味していた。

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本作はシリーズ六作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[一言] 危機、危機ですわ!! 人像絵は魔法ない、だからそっくりだね…
[気になる点] フレデリクの人相書が別人なのは ジェラルドさんが庇ってくれたのではなかったのか。
[良い点] おっと、もう次のシリーズ始まってた この話も楽しく読ませて頂いてます [一言] さて、なんで人相書きがそっくりなんだろうなー、不思議だなー(棒)
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