ランベロウ「何? 王女がお生まれになったと……だ、だが私の取調べはまだ終わっていないだろう、待て、何故部屋を片付けている!?」
牢の中のマカーティとダンバー、そして戻って来たフレデリク。
面白い状況なのでコメディタッチに出来れば良かったんですけど、そんな事行ってる場合じゃないみたいです。
マカーティはダンバーの姪達は伯父が逮捕された事を知らず、困っているはずだという事を、フレデリクに話す。
「看守に賄賂をやって伝言を頼もうかと思ったのに、この男は生真面目でよ。お前みたいな海賊に頼むのは癪だが、頼まれてくれよ」
フレデリクはマスク越しに、少し不服そうな顔をする。
「そのくらいの事はお安い御用だけど、お前はどうするんだよ。言いにくい事なんだけど……今日、ジェフリー国王陛下に八番目の子供が生まれたと。女の子だそうだよ」
「そうかい、それは親切にどうも。さあ、さっさと行け」
「行け、じゃないだろう、ここ一か月ブレイビスで誰も死刑にならなかったのはその八番目の子供が生まれるのを待っていたからなんだろう? マイルズ、レイヴン海軍省はどこにある?」
「はあ? お前が海軍省に何の用だ」
「見つからないんだよ、さんざん歩いて探したし何人にも聞いたのに、まさか世界最強の海軍省がそんなこじんまりとした建物だとは思わなかった!」
「古代帝国の大神殿みたいな、七層六階の堂々たる大建築だぞ、見つからない訳無ェだろ、どんだけ田舎者なんだお前」
「言ったな……! 都会人ぶりやがって、レイヴンだってブレイビスから一歩出たらどこも田舎じゃないか!」
ダンバーはそんな二人の鉄格子越の言い争いが次第にエスカレートして行くのを見て、さすがに間に割って入る。
「待て、そんなに騒いだら看守が来る……君は何故海軍省を探していたんだ?」
「よせ、ダンバー、こいつの話を聞くな、」
「聞かされてないのか、ダンバー、この狼ちゃん、いやマイルズは本当に呆れ果てた理由で逮捕されたんだ」
マカーティはフレデリクが話そうとしている事に気づき、俄かに激昂する。
「黙れクソがッ、ラッコ喰らいのセイウチ野郎、いい加減にしねえと××の△△かっ□□るぞ、消えろッ、今すぐ消えろッ」
マカーティは怒り狂った狼のように檻の中で吠えたて、鉄格子にしがみつく。ダンバーはそれを見て、一体マカーティがどんな呆れ果てた理由で逮捕されたのかと、別の意味で考えてしまった。しかし。
「マイルズの罪は、レイヴン海軍の艦長としてスヴァーヌの都市フルベンゲンを海賊の大艦隊から守る為、死力を尽くして戦った事だ!」
フレデリクは鉄格子に取りつき、どうにか声量を抑えながらもそう叫ぶ。
「喋るんじゃねえ○○野郎ぶち@すぞてめえは言われた事だけしてりゃいいんだ消えろストークのトナカイの糞野郎」
マカーティは狂気に目を血走らせ、何とかして鉄格子の向こうに居る男を黙らせようと、小声だが息もつかず罵詈雑言を並べ立てたが。
「その戦いに勝つ為に彼は大嫌いな相手にも頭を下げて助力を求めた、そしてようやく集めた3隻の船と150人ばかりの小艦隊で14隻、1000人を超える海賊の大艦隊と戦い見事勝利した、なのにその英雄に下されるのは勲章ではなく処刑人の斧なんだよ! ダンバーさん貴方でもいい、海軍省の場所をちゃんと教えてくれ、マイルズのした事が誰にとって不都合なのか知らないが、どう考えても一番悪いのはそんなマイルズを守ろうとしない海軍省だ、僕は海軍へ行って抗議を」
「黙れこの××が○△野郎◎●に▼ちて△△に◆■くらいやがれ○の□□が」
ダンバーは、ますます目を血走らせ最早聞き取る事も出来ない罵詈雑言を並べるマカーティの肩を押し退け、鉄格子の向こうのフレデリクとの間にもう一度割って入る。
「一体、どういう事なんだそれは」
しかし押し退けられたマカーティは再び回り込んでダンバーとフレデリクの間に割り入り、一つ大きな深呼吸をしてから、再び狂気に滾った目でフレデリクのアイマスクを睨み付ける。
「なあ、ストークのお坊ちゃま。こうしてる間にもダンバーの姪の小さな女の子達は、伯父さんが帰って来ない事に困惑して泣いているかもしれないんだぞ? 可哀想だと思わないか?」
フレデリクはまだ何かダンバーに言おうとしていたが、嫌に穏当なマカーティの言葉遣いにむしろ恐怖を感じたのか、鉄格子から引き下がる。
「わ……解ったよ、まずは女の子達を安心させて来る、だけどその後は」
「もう一つ。いいかよく聞け、二度とな? 二度とここには来るな、それでも来るなら、次こそはお前の顔を見るなり大声を上げて、廊下の看守と外の衛兵を呼ぶ」
「は……はああ!? 何だよそれ!?」
「俺は本気だ。いいか? ダンバーの姪の所へ行き、伯父さんは仕事で暫く戻れないけど大丈夫だと伝えて来い。今すぐ行けそして二度と戻るな」
さすがのフレデリクもマカーティの謎の迫力に気圧されたのか、それ以上文句を言う事もなく残照の残る真冬のブレイビスの街へと消えて行った。
クロスボーン城の一室にはマカーティとダンバーが残された。しかし、二人の状況は先程までとは少し違っていた。
「マカーティ。今の話を詳しく聞かせてくれ」
今やダンバーは大人しくマカーティが譲ってくれた寝台に座ってはいなかった。マカーティが、元居た壁際に戻って座ろうとしてもついて来る。
「ああ……あいつはストークの海賊野郎で……いやその……悪党だが紳士でもあるから、お前の姪に近づいても大丈夫だという事は保証する」
「あの青年の事は俺も信頼している、それより彼の話は真実なのか?」
「違う、あいつは話を誇張してるし、そもそもお前が気にするような事じゃない」
マカーティは思う。この男に身の上話をしなかったのは正解だった。やはりこいつは面倒な男だった。なんとなく、そういう予感がしたのだ。
「やってはいけない事をすれば誰でも死刑になる、お前は確かにさっきそう言ったが、お前のした事の何がやってはいけない事だったと言うのか?」
先程までは静かに時間を過ごしていた同房の男が、うるさく自分の事を聞く男になってしまった。これは牢屋の住環境に関わる大変な問題だ。
「真実を教えてくれ。お前は海賊の大艦隊を倒し異国の都市を守ったのか?」
話を変えてしまおう。そう思ったマカーティは天井を向いたまま答える。
「お前だって、自分の事は何も話さねえじゃねえか」
「……」
案の定。自分の話を振られたダンバーは、そこで口籠る。マカーティは小さな笑みを漏らし、そのまま自分の毛布を被って床に横になる。
「昨日、俺はスリ師達の罠に掛けられた。口の上手いスリ師達に煽動された人々は、俺をスリとして告発し取り囲んだ……その状況で、人々の頭上を乗り越えて俺を助けに来てくれたのが彼だ……その時はグランクヴィストという名前は知らなかった。俺は彼を、酷く勇敢で正義感の強い青年だと思った。失敗すれば自分も袋叩きにされると解っていて、見ず知らずの貧乏人を助けに来てくれたのだからな」
ダンバーはマカーティから少し離れた壁際に座り、そう語り出す。マカーティは毛布から顔を出して横目でダンバーを見る。
「お前は彼をストーク海賊だと言うが、そんな彼が何故危険を冒してお前を脱獄させようとしているのだ? それは彼の言う話が真実だからだろう」
「誇張だって、奴の話は」
マカーティが適当にそう返すと、ダンバーは沈黙する。マカーティは一瞬、話はこれで済んだと思ったのだが。
「マカーティ。俺は陸軍に居たんだ。最後はグリーンラック師団の任務でレイス島の増援に行った。そこでナームヴァル海賊のジーベック船の襲撃を受け、艦砲射撃で負傷して除隊になった」
マカーティは顔を上げ、毛布を払う。
「その戦いなら知ってるし俺も近くに居た、当時俺はシャリオット号の三等海尉で……つまり俺達がレイス島に着いた時には、海賊は陸軍が追い払った後だったんだが……驚いた、あんたこそ英雄じゃないか」
「英雄ではないし、もう五年も前の話だ……俺はヨーク将軍に身元を保証してくれるよう頼んだのだが、この通り良い知らせは来ていない」
今度はダンバーが天井を見上げてそう言った。
マカーティはダンバーの方に一歩這い出す。
「ちょっと待て。昨日グランクヴィストに助けられたっていうあんたが、何故今ここに居るんだ」
「いや、最初に言った通り俺の罪状は手配書泥棒だ、昨日のスリの騒動とは別件なんだ。司法局は俺を単純な泥棒ではなく、手配書の人物の犯罪組織の末端構成員ではないかと疑っているようだが」
「……どうなんだよ? あんたその犯罪組織と何か関わりがあるのか?」
ダンバーは、はっきりと首を振る。
「無い。良くも悪くも、俺にそんな才覚は無い……全ての陸軍士官がそうだとは言わないが、俺は兵士達に偉そうに指示する事以外は何も出来ない人間でね。除隊して市井に戻って出来る仕事と言えば、港での石炭の荷揚げくらいで」
「じゃあ何でお前が手配書泥棒なんだよ」
マカーティはさらにダンバーに詰め寄る。
「手配書を破ったのは下の姪なんだ。その手配書は酷く出来のいい似顔絵のついたやつで、金持ちのコレクターが結構な金額を出して買うという噂がある……彼女は伯父が金に困っている事を知っていて、何とかしようと思った。それで手配書を破いた……手配書は上の姪が見つけて俺に渡し、俺はそれを衛兵詰所に返しに行く所だった」
「……正しい事をしているんじゃないか、なのに何故逮捕されたんだ」
「詰所に着く前に途中で別の捕り物に巻き込まれてね。司法局の保安官に捕まり、懐を検められて手配書を見られた。それが俺がここに居る理由だ」
マカーティはよろけるようにダンバーから離れて、腰を落とす。
スリ師にハメられた翌日、別件で子供がくすねてしまった手配書を詰所に返しに行こうとして、衛兵より数段厄介な司法役人に捕まった挙句、犯罪組織の人間ではないかという疑いまで掛けられたと。
何と運の無い奴なんだ。マカーティもそう思わずにはいられなかった。
「さあ、俺は全部話した、今度はお前の番だ。フルベンゲン、14隻の海賊船と1000人を超える海賊、そしてお前とグランクヴィストに何があったのか教えてくれ」
ダンバーはそう言ってマカーティの腕を掴む。しかしその時。
―― ガチャ、ガチャ
誰かが牢の扉の鍵穴をいじる音がする……マカーティはダンバーの腕を振り払って立ち上がる。
「あの野郎、あれだけ言ったのに戻って来たのか? 今行ったばかりじゃねえか」
薄笑いを浮かべ、マカーティは扉の方に向かう。
さっきは二度と来るなと言ったが、ダンバーの身の上を聞いた今、事情は変わった。フレデリクが性懲りも無く戻って来たのならちょうどいい、女の子達の事だけでなく、ダンバー本人の事をあれこれ頼んでみよう。あの御節介なら、きっとやってくれる……マカーティはそう考えたのだが。
―― ガチャ……
扉を開けて現れたのはストークのふざけた覆面野郎ではなく、人相の悪い司法局の保安官共だった。
「元陸軍大尉、ジョフリー・ダンバー……出ろ。貴様に相応しい罰をくれてやる」




