海兵「今の船は怪しくないですか、芝居が過ぎますよあれは」エイヴォリー「だから関わりたくないのよ、今はこれ以上仕事を増やせないわ」
スターゲイジーパイはイギリス南西部、コーンウォール発祥の伝統料理だよ。16世紀からあるんですって。
私は置き去りにされていた。
仕方が無いから一人でフォルコン号に戻ってみると、ウラドもアレクもカイヴァーンも居なくなっていた。何故かぶち君も居ない。
「一体何が始まったの? ロイ爺」
「うむ、それはまあ……鬼ごっこというか」
波止場に屯していた人相の悪い男達が、皆どこかへ行ってしまった。ウラド達も彼等と一緒に行ったというのか? 何処へ? あと、私やアイリさん、ロイ爺はここに居ていいの?
静かになったコンウェイの港……しかし。
「出たぁぁああ!」
「挟み撃ちに気をつけろ!」
「道を空けろォォ!!」
街の奥へ逃げて行った男達が、一斉に駆け戻って来た……? 元の波止場へと殺到し、西と東、左右を見渡している。
「東から来るんじゃねえのか!」
「いや、東と見せて西だ!」
「お前ら道を塞ぐな早くどっちか選べぇぇ!!」
カイヴァーンやウラドの姿も見える……アレクは大丈夫かしら? 私本当に何もしなくていいの?
男達は波止場を二手に分かれて走り出す……ウラドとカイヴァーンは東へ逃げた。
ああ、不精ひげも来た。あの覆面、却って目立つわね。アレクも一緒に居たけど、その覆面男からは離れて逃げた方がいいような気がする……だけど不精ひげとアレクは一緒に西へ逃げた。
一体何なんだろう。私がそう思った、ほんの数秒後。
「止まれええ水夫共! 国王陛下の御命令であるぞぉぉ!!」
街の方から道幅一杯に広がり、制服を着たレイヴンの海兵隊が駆け込んで来る! 彼らは海から来ると見せ掛けて、あらかじめ街側に回り込んでいたのだ。何と用意周到な。
「うわああああああ!」
さらに、西へ逃れた不精ひげとアレクを含む水夫達が慌てて駆け戻って来る! ああっ、西からもレイヴン海兵隊が来てますよ! 挟み撃ちまで用意しているとは!
水夫狩りってこんな感じでやるのね。
「貴様等ゴロツキ共を王国海軍の一員に加えてやるのだ、光栄に思えーッ!」
アレクは小太りだけど結構素早い。挟み撃ちになる前に東へ逃れた。不精ひげは? これもギリギリ逃れた。
しかし二人より遅れた何人もの水夫達が、海兵に押さえつけられ、抱きかかえられ、引き倒される!?
「やめろォォ離せェェ!」「嫌だぁ、今更海軍なんか嫌だぁ」
「海賊よりよっぽどマシだこの野郎! 貴様等もレイヴン王国の為に働けー!」
うわぁ……これは純粋な暴力にしか見えない。
だけど海兵さんの言う事ももっともだ。海賊行為は人類の敵である。どうせ船乗りをやめられないんなら、海軍に入ればいいじゃない。海軍ならまあ堅気の仕事だし、飯ぐらいは食わせて貰えるのだろう。
ただ、うちの水夫は海賊じゃないはずなんだけど……こういう時は一緒に逃げなきゃならないもんなの? 人付き合いも大変だ。
波止場の西の方から、海兵隊に続いて、海軍の制服を着た一団も駆けて来る。あの服はマカーティやハロルドさんも着てたわね……えっ。あのレイヴンの士官、女の人じゃん! それも随分綺麗な人ですよ! あと、胸が大きい。
私は傍らで共に高みの見物をしていたアイリさんに向かって囁く。
「あの女の人、胸が大きい」
「貴女どこ見てるのよ、助平親父じゃないんだから」
「あっ間違えた、女性の海軍士官ですよ、凄くないですか!? アイビスにはあんな人居ませんよ、さすがレイヴン海軍だと思いませんか」
「さあ……うちにはいっつも美少年ごっこして戦ってる女の子も居るから、何とも言えないわね……」
「皆さぁん! レイヴン海軍は多くの男の力を必要としています! 国王陛下の為、この国の子供達の未来の為、どうか手を貸して下さい! 海軍は皆さんに名誉と遣り甲斐、生きる糧を提供します! どうか話を聞いて下さい!」
制服をきりりと着こなした、でも胸の所だけは少し窮屈そうな美しいお姉さん士官は一生懸命声を張り、逃げて行くゴロツキ共に呼び掛ける。
捕まったゴロツキは有無を言わさず、これもいつの間にか波止場に忍び寄っていたボートに載せられて行く……ああっ!? 取引所の入り口で寝ていた、あの飲んだくれまで!?
「おおーい……俺をどこへ連れて行くんだぁ? ヒック……」
「心配するな、毎日ただでビールを飲める所だ」
レイヴン海軍は飲み水の代わりにビールを支給するらしい。その味は「腐った麦を漬けたブレイブ川の水」とも形容されるという。
◇◇◇
海兵さん達はうちの船にもやって来た。
「乗組員は爺さんと女だけだとッ……!?」
「うちとこはロングストーン船籍ん商船ばい。乗組員にレイヴンの男は居らんと」
憤るレイヴンの海兵さんに、私はわざと訛りを含ませたアイビス語でボソボソと答える。
「……次へ行きましょう」
「しかし、艦長」
海兵さんと一緒に来た綺麗なお姉さんは何と、沖合いに現れた二本マストのブリガンティン船、ヘッジホグ号の艦長らしい。
「レイヴンはロングストーンからの商船を歓迎するわ。お騒がせしてごめんなさい、懲りずにまた来てちょうだい……」
ロイ爺、いや船長のロビンも曲がった腰をさすりながら手を振る。
「いやいや。お勤めおやっとさぁじゃ」
私は足元のおぼつかない船長に肩を貸す。
「船長しゃん、無理ばしてはいけん、そろそろお昼寝ん時間ばい」
「いや、おいは昼ごはんば食ぶる」
「もう、船長しゃん昼飯はしゃっきたべたばい」
私とロイ爺の名演技の甲斐もあり、レイヴン海軍はこちらの書類も見ずに降りて行った。
◇◇◇
全員が全員強制連行された訳ではなく、数人の志願者も居たようだが……二十人程の男達がヘッジホグ号へと連れ去られて行った。
水夫狩りはアイビスでも起こるが、レイヴンのそれは頻度と規模と過激さで大きく上回っているとか。さすがは海洋王国である。
ああしてほとんど誘拐同然に連れ去られた水夫が、やがてマカーティ艦長のグレイウルフ号の乗組員のような、頑強で勇敢で仲間想いな水兵に育って行くのだろうか……いや、私は勿論今見た光景にドン引きしている。風紀兵団なんか全然優しい方だわね。
ヘッジホグ号が港を去ると、波止場にはそろりそろりと水夫達が戻り始めた。フォルコン号の面々も、まずカイヴァーンとウラドが戻って来た。
「ウラドの兄貴は見つかったら絶対連れて行かれるって聞いたから」
「すまない……カイヴァーンは私を心配してついて来てくれたのだ」
強面の見た目とは裏腹に、規範意識が強く頑強で不平不満を言わないオーク族は、海軍艦長達からは引っ張りだこの人気者である。
続いて戻って来たのはアレクだ。
「船に隠れてようかとも思ったんだけど……レイヴンの水夫狩りは凄いんだ、万が一にも捕まりたくないなって思って」
やがて日が傾き、西の丘の上に夕焼けが広がり始めても、不精ひげは戻って来なかった。
あの男に限って、水夫狩りに捕まるようなドジは踏まないとは思う。ヘッジホグ号へ向かうボートの上にも居なかったはずだ。
勿論、探しに行こうかとも思ったのだけど、夕方から取引所の人が来て、昼間に約束した商談を進める事になった。
アレクは商品代金を証券化して広く町の人に買って貰う事を提案した。コンウェイの男達が新しい工具や資材を買い、服職人達が新しい毛織の服を作って売り出す為の証券だ、きっと買って貰える。
問屋はそうして町の人に買って貰った資材や工具、素材を、金の無い船主や、鉱山、工場の親方に掛け売りをする。品物は先に渡し、代金は儲かってから貰うのだ。
そして代金を回収出来たら、問屋は町の人達の証券を金利付きで買い取ると。
込み入った話は夜まで続き、私は商会長としてその場を離れられなかった。