国の為死にもの狂いでストークの首都イースタッドから帰って来てさらに一週間くらい仕事に追われた後やっと帰宅したら家族は旅行中だったダグラス「」
作者用時系列メモ。読み飛ばしていただいて結構です。
12/24
シーグリッド姫を乗せたストーク艦隊がウインダムに到着
12/25
マカーティ、レイヴンの軍港ノーラに帰投、二隻のキャラック船と大量の極光鱒や鱈、鰊を海軍に引き渡し称賛される
12/26
マカーティが海軍上層部にフレデリクとファウストの力を借りたと報告。海軍がマカーティを拘束、ブレイビスでは海軍高官が仮病で会議を休む
12/27
グレイウルフ号、ノーラ沿岸の錨地で砲撃演習の標的艦となり轟沈
12/31
ダグラスがウインダムに到着、ブレイビスに向け出港
01/03
ストーク艦隊、ブレイビスより東に50kmのブレイストン港に入港
今作17話「霧雨のブレイビス」発生
国王の勅令を得て司法局が陸軍兵士2000名を動員しブレイビスの海軍省本部を包囲
家宅捜索の結果海軍がマカーティ艦長の一件を隠蔽していた事が判明
海軍大将マークスは即日降格、他にも高官数名が処分を受ける
01/04
マカーティ、ノーラからブレイビスに護送され即日死刑判決を受ける
私は思わずロヴネル提督に向き直る。
「まさかレイヴン側が、そう明かしたのかい?」
「私が個人的に調べた。ブレイビスにはその為に来た」
ロヴネル提督はさらに1mの距離まで近づいて来る。レイヴンの首都ブレイビスのブレイブ川の河畔に、ストークの武名名高い若き提督と、アイビスの仮装好きのお針子が並び立つ……その身長差は私がブーツでズルしても30cm以上……
「エイギル閣下もレイヴンのグレイウルフ号への対応には不満を抱いているが、フルベンゲン攻防戦に参加出来なかったストークとして、レイヴンが自国の艦長に仕置を下す事に異議を唱えるのは難しいと判断された。レイヴンは君があの戦をレイヴン国王の為に戦ったという事、その一点だけは断固として認めない構えだ」
「待ってくれ、何故僕がレイヴン国王の為に戦っただなど……」
「……エイギル閣下は、君がハイディーンという人物の為に書いた証書を、レイヴンの外交特使に見られてしまったと言っている」
◇◇◇
最後の最後にやっぱりぶち君を連れて行きたいと思い直して真冬のフルベンゲンの海に飛び込み、皆に呆れられながら船まで戻って来た時の事だ。
改めて私を見送りに来てくれたルードルフやハイディーンと共に、包帯塗れのマカーティの姿もあった。
「ひえっくしょい! マイルズ、君も見送りに来てくれたのか」
「てめえなんざ見送りに来る訳ねえだろ。一つ仕事を思い出したから来ただけだ。てめえもファウストも拿捕船を受け取らねえってんなら、一筆書け」
「ファウストじゃない! ロビンクラフト! 何回言わせる気だ!」
「いつまで言ってんだクソが……」
「クソでも何でもいいからロビンクラフト、あれはロビンクラフトだ! 伊達や酔狂で言ってるんじゃないんだ、あれはロビンクラフトだからな! 解ってんのかカボチャ頭!」
「あーあー、解ったから一筆書け、万一、コモラン国王が何か言って来た時の為に、お前が拿捕船を所有する権利を放棄した事を書面に残してやれ」
「あ……ああ、なるほどね。さすがマイルズだ、僕には無い視点だよ」
私はその証書を書いた。拿捕船をマカーティに、ひいてはレイヴン国王に委ねるという内容だ。言い換えれば、船を勝手に譲ったのはフレデリクでありハイディーン達の責任ではないという事である。
「こんな証書要るものか。コモラン国王なんか何もしてくれなかったじゃないか」
ハイディーンは私が書いた証書を見て眉間に皺を寄せた。かつては独立国だったスヴァーヌは現在はコモランの一地方として、コモラン国王の保護下にある。
しかし現在スヴァーヌ北部まで手を回す余裕のないコモランはレイヴンとストークに海上保安任務を丸投げし、現地人から防衛協力金を取る事まで許可してしまった。その結果がハイディーンの、原始的な猟師の仮装である。
「いいからとっておけよ、酋長」
「だから悪かったって……お前が持って帰るキャラック船は、鰊と鱈と極光鱒で一杯にしておいてやるから」
私はそんなマカーティとハイディーンの様子に苦笑いしながら、文末にふざけた字で書き加えた。
『このてがみはハイディーンがほかんしろよ。レイヴンのやつらにみせるんじゃねーぞ』
「おい、余計な事書くんじゃねえよ」
「この字ならハイディーンにも読めるだろ」
「勘弁してくれって……」
◇◇◇
「あれはハイディーンとフルベンゲンの為に書いたのに、何故エイギル閣下とレイヴン特使が読んでるんだ……」
「君と入れ違いにレンネフェルト公女を救う為フルベンゲンを訪れた我が国の騎士グレーゲルが、君の直筆の手紙があると聞いて所望した所、あっさり譲って貰えたそうだ。グレーゲルはそれを閣下に提出したのだと」
あの熊男は何やってんの! 要らないからあげた? ああそうか、私が悪いんだ、私はあの手紙の文末に、コモラン国王以外には見せるなよと書くべきだった……ハイディーンにでも解るように!
私は思わずバルコニーの手摺りにもたれかかっていたが、隣にロヴネルさんが居た事を思い出して背筋を伸ばし直す。
「フレデリク!」
え……ぎゃあああ!? 近い! 身を屈めたロヴネルさんの熱視線が30cmまで近づいて来た、これはストーク人にあるまじき距離感!? 私は思わず一歩後ずさる、しかしロヴネルは間合いを詰めて来る!?
「君の大計は完璧だったのに、私は詰めを誤ったのだろうか!? はっきり言って欲しい! この時点でマカーティ艦長の立場が崩されていた事は私の落ち度であり、君には予想外の出来事だったのではないのか!?」
「そんな訳は無い、その手紙がフルベンゲンを離れてしまったのは僕のせいだし、その手紙がなくても同じ事だったんだ、馬鹿正直のマカーティは全部レイヴン海軍の上層部に話したらしいからな」
「しかしマカーティ艦長が最初の裁判に掛けられ、即死刑判決を受けたのは我々使節団がブレイストンに入港した半日後の事だった、使節団の来航がこの性急な処断の引き金になった可能性は高いのだろう!?」
ひええっ!? ロヴネルさんが真剣な眼差しで私の左腕を掴んだ!?
「君にとって、彼はどんな人物だったのだ? たった三隻で海賊の大艦隊に共に立ち向かったのだ、ただの知り合いではあるまい、はっきり言ってくれ……私の不注意のせいで処刑の危機にあるマカーティ艦長は、君にとって無二の親友なのではないのか!?」
ぎゃああああああああー!!
ひえっ、ひえっ、アホのお針子の頭が煮えたぎる!? 親友? ごくごく短い付き合いの間に私の事を30回くらいクソと呼んでいる、お姫マリーを見て女装したフレデリクだと言い出した、今さっきも大喧嘩して別れた、あのマカーティ艦長が親友かですって!?
そんな事より! そんな事よりロヴネルさん、あの常に冷静で思慮深い詩人か哲学者のような、だけど本当は叩き上げの海軍軍人で剛腕提督、ディアマンテの宮廷舞踏会で行く先々で周り中の淑女の視線を集めていても無自覚に澄ましていた、あの超絶美男子のロヴネルさんが男の嫉妬を露わにしている!
だから……だから私は駄目なのだ……
マカーティの命は風前の灯火となり、私の見た事もない祖国ストークはレイヴンの思わぬ抵抗に遭い戦略の再考を求められている。
しかし私の頭に浮かぶのは、尊い、という二文字だけだった。
ロヴネルさんちょっとフレデリク好き過ぎない!? もしかしてサフィーラのマカリオみたいな感じの人なの? いや違う……この人はストレートの男性なのだけれど、フレデリクには恋愛とは違う何か特別な感情を持っているのだ!
私の中で理性と煩悩が戦う! 尊い、この遊びを続けたい、駄目だ、遊んでる場合じゃないんだ、全部白状するんだ、嫌だそんな事出来ないししたくない!
天使マリーが叫ぶ。今だ、自分は本当はマリーでフレデリクなんて人は居ないと白状するんだ、そして土下座をしよう、今ここで全部吐くんだ! あまりのバカバカしさに、マカーティの処刑も取り消されるかもしれない……代わりに私が処刑されるかもしれないけど……
悪魔マリーが囁く……自分の人生にこれ以上のハイライトは無い、どうせこの後はヴィタリスに帰って一生お針子兼小作人として暮らすんだ、このままいい思い出を作ろうぜ、煩悩のままによォ!
「親友じゃない。あいつはバカだ。困ったバカさ……放ってはおけない」
圧勝した悪魔マリーにそそのかされるままに、私は薄笑いを浮かべながら、私の左腕を掴んだロブネルさんの右手を自分の右手で掴み、そっと離す。
「フレデリク。私は今度こそ君の為に戦う、君はもうどれだけストークの為に戦ったのか解らない! 今度はストークが君の為に戦う番だ、そうだろう!?」
不敵に笑うフレデリク少年! 食い下がるロヴネル提督! 尊い……何この世界……
「僕のサーベルをまだ提げていてくれてるんだね。君には短過ぎないか? だけど嬉しいよ。僕がその剣と母国を預けられる人間は君しか居ない。頼むよマクシミリアン。僕の代わりにシーグリッド姫とストークを守って欲しい。そうすれば僕は安心してあの馬鹿を海に還す仕事に専念出来るから」




