マカーティ「今のは誰かって!? こっちが知りてえよクソ共が! てめえらの仕事は処刑の日まで俺の命を守る事じゃねえのか!?」
マカーティとの面会を果たした後のマリーの話に戻ります。
一人称で御願いします。
激昂したフレデリクは思いつくままの罵詈雑言を小さな鉄格子窓越しに浴びせ、向こうからも同じくらいの量の罵詈雑言が返って来たが、それでも看守は来なかった。完全に頭に血が登ったフレデリクは扉を蹴りつけ、銃を抜き錠前に向けてぶっ放してしまった。
狼藉者にそこまでされては知らん顔も出来なくなり、看守達は槍を手におっかなびっくりやって来た。そこに居たのは先程の小柄な痩せた老司祭ではなく、銃を持った覆面の小僧、という訳である。
「てて、抵抗するなっ、こっちは大勢居るぞ!」
そして廊下側の窓にはやはり鉄格子が嵌まっているのだが、これは私のようなチビで貧弱な小娘の不審者を想定して作られてはいなかった。私はその隙間を通って外へ逃げ出す。
そして外の衛兵達は賊が窓から逃げる事を想定しておらず、私は悠々とその場を離れる事が出来た。
だけど何一つ良い事は無い……
マカーティにはもう死刑判決が出ている。それが執行されないのは国王陛下の家族の事情らしい。生まれて来る王子か王女が死刑囚の生まれ変わりになったら嫌なので、それまでの間、処刑は延期だと。
だから何だと言えば、別段私が狼藉を働いた事で、既に処刑を待つばかりの身であるマカーティに、新たな危害が及ぶ事は無いとは思う。
それでもこんな酷い失敗には深く反省せざるを得ない。
だけどあの男も悪いよ。何だよ忠誠心って。
そんなの、ハロルドさんや他の仲間達を悲しませてまで守らなきゃならないもんなの? 秩序は何よりも優先する? 何だよそれ! 秩序は人間より偉いのか! 私はそういう切り口でマカーティに迫ったのだが。
マカーティは言った。皆が守るから、法治国家は成立するのだと。
古来、人の世界は力が全てで、人は皆、力のある者に従わなくてはなかった。
しかし弱い者もずっと黙っていた訳ではない。時に彼等は団結して声を上げ、自分達の権利を求めた。
だけどその道程は長く険しかった。強い者はいつも、声を上げる目障りな弱者を蹂躙し、虐げた。多くの命が失われ、たくさんの人が泣き寝入りをした。
そういう長い歴史と悲劇と忍従の末にやっと生まれたのが今の法と権利だ。強者も弱者もなく、全ての人が従わなくてはならない法と、全ての人が主張出来る権利だと。
それを守らないというのならどうなるのか。強い者が感情に任せて力を揮い、弱い者は虐げられて怯える、力と暴虐の時代に戻りたいと言うのか。
私は粗暴で野蛮だと思っていたマカーティからそう諭された。クソチビとかアザラシ喰らいとか腐ったイワシの酢漬け野郎とも言われたが。
ああああ……腹が立つ……むかつく……!
私は何らまともな反論が出来なかった。マカーティの言っている事は解るが1ミリも納得は出来ないのだ。だってこんなおかしな法があるものか!
何でマカーティが処刑されるのが法なんだよ! そんなの、それこそ強者の気まぐれな八つ当たりじゃないか!
◇◇◇
気が付けば私はブレイビス橋を渡り終えていた。あまりにも心が怒りと悩みに囚われていた為か、橋の上の猥雑さも全く気にならなかった。
霧は晴れてはいたが、代わりに北風が入って来たのか。朝よりも冷え込みが強くなったような気がする……私は船酔い知らずを着ているからよく解らないが。ああ。低く垂れ込めた雲から、雪がちらついて来た……
ブレイビスでやる事が終わってしまった。
これからどうしよう。またヘッジホグ号に密航させて貰おうか? いやいや、あの船が都合よくコンウェイに戻ったりはしないだろう。
行きはとにかく急ぎたかったから、ちょうどブレイビスに戻る所だったというヘッジホグ号に、ちょっと乗せて貰ったのだ。あの船も速かったわねえ、ずっと飛ぶように走ってましたよ……まあ、帰りは普通の船で充分だ。
だけど四日以内にコンウェイに戻らないとフォルコン号はロングストーンに帰ってしまい、私はさらに長い距離を一人で移動しなくてはならなくなる。あまりのんびりもしていられない。
とりあえずヘッジホグ号にはもう一度行かないと、ぶち君を返してもらわきゃ。
……
なんて言うか。ぶち君に合わせる顔が無いなあ。
猫は猫であって猫でしかないので、あの子は私が何を考えてるかなんて知らないんだろうけど。代わりに私もあの子が何を考えてるのかなんて解らん。
だけどあの子、私がこんな風に意気消沈してたら、じろじろと顔を見て来るだろうな。ぶち君はそういう奴だ。威勢よく飛び出して行ったくせに何故そんな顔をしているのかと、きっと無言で問い掛けて来る。
だめだ。いつまでもうじうじしてる訳にも行かない。ぶち君があのままヘッジホグ号と共にどこかへ行ってしまったらどうするのだ。
「失礼、通してくれ」
ふと。往来の雑踏の中から、どこかで聞いた事のあるような声が聞こえた。男性の声だが、低く澄んだこの美声、どこかで……そう思って振り向いた私の視界に、その人は圧倒的な存在感を伴って現れた。
「フレデリク!」
あっ、その名前、この町ではあんまり大声で呼んで欲しくないんですけど……私の手配書は町のそこらじゅうにあった。似顔絵は全部、あの傭兵のオロフさんのものだったけど……いやそんな事考えてる場合じゃない、きゃああこっち来る!
「ようやく君に会えた! この日をどんなに夢見ていた事か!」
長く真っ直ぐな美しい銀髪、長身痩躯だが華奢な感じは全くなく歩く姿は威風堂々、そして振り向けば星が散り微笑めば花が咲くような、私の母ニーナを本気で嫉妬泣きさせた美丈夫、しかし一年でペール海から海賊を一掃した男、ストーク海軍の英雄……マクシミリアン・ロヴネル提督が、全力の笑顔を輝かせながら真っ直ぐこちらに向かって来る!?
「ディアマンテ以来だね」
私はどうにか、ストーク語でそう答えた。改めて思うが私は男の美形が苦手である。だって何か、色々困るじゃないですか。
しかもこの人は何故かフレデリクをとんでもなく過大評価しているのだ、それも会う度に重症化しているような気がする。半月前にウインダムでマリーが会った時には、フレデリクに会う事が人生の目標と化しつつあるとまで言っていた。
「ディアマンテで別れた時には……いや、この話はよそう、私はあの後、君の指示通りファイルーズを訪れた! そしてそこにある物に驚愕した。獅子王イマードはわざわざ私に会いに来てくれた。勿論君の事も話していたよ、本当に……君の力は全てを変えてしまった!」
日頃は冷静沈着、とても物静かなロヴネルさんが興奮していらっしゃる……ファイルーズの件はちょうど良かったのかしら? イマード首長が探していたのは、出来ればレイヴンやコルジアではない、味方の海軍。遠方で縁遠いストーク海軍はちょうどいいかもくらいの気持ちで紹介したのだが。
あれ? ちょっと待て。私、フレデリクはイマード首長には会った事がありませんよ? 首長に会ったのはマリーだけのはず。
「僕もここで君に会えるとは思っていなかった。シーグリッド姫も一緒かい?」
そしてまた空気に飲まれて勝手に喋りだすフレデリク。ロヴネルさんはまだフレデリクの話をしようとしていたが、そこで話の腰を折られてしまった。
「いや……レイヴン側の時間稼ぎに捕まっている。姫の叔母に当たるコルベントリー公爵夫人の饗応を受け、いまだブレイビスに入れていない」
そしてロヴネルさんの返事も色々先回りし過ぎていて、私には何の事なのかサッパリ解らない……
私とロブネル提督はストーク人らしく、自然と雑踏から距離を取り、河畔の石造りのバルコニーへと降りて行っていた。ストーク語を克服しておいて本当に良かったなあ。
「君に会えたら話したかった事がたくさんあった。フレデリク。しかし今は、過去の成功を振り返って喜んでいる時では無いのだな?」
バルコニーには私が先に下りて来て、ロブネルさんが後からついて来る形になった……私はほんの少し横顔を向ける……ぎゃあああロヴネルさんめっちゃ真剣な顔で私を見てるぅぅ!?
ロヴネルさんも私が落ち込んでるように見えるんですか? 確かに私はついさっき頑固な狼犬と扉越しに喧嘩して頭に来て錠前を銃で撃って看守と衛兵に見つかって追い掛けられた大馬鹿者でそれを反省しています。
だけどそんな熱視線で見るのはやめて欲しい……私がまた、青年貴族ごっこに酔うから……
「いや……君達には関わりの無い事なんだ」
私がそう言うと、ロヴネルさんの表情が険しさを増す! ああっ、だから男の美形は苦手なんですよ怒っても格好いいから!
いや、真面目に。私は男の美形は遠くに居るのを眺めるだけで十分だ。
「フレデリク! 私にも何か出来る事があるはずだ」
「すまない、これは本当に僕自身の若さ故の過ちの問題なんだ。レイヴン海軍に、マカーティという男が居てね……」
私は、自分が死刑判決を受けた知り合いに会いに行って、頭に血が登って暴れてしまって反省しているという話をしようとした。
しかしそこで5m離れて立っていたロヴネルさんが、3mまで近づいて来て、私の話の腰を折って語り出した。
「マカーティは君と共にスヴァーヌ北部で14隻からなる海賊の大艦隊を打ち破ったレイヴン海軍の艦長だ、そして君が拿捕した敵艦をレイヴン国王に捧げる為回航し、ノーラに帰還したのだろう? レイヴン海軍も最初は彼等を英雄として迎え入れた、しかしその後マカーティ艦長は拘束され、彼の乗艦グレイウルフ号は破却された。すまないフレデリク……半日の差だったのではないかと思う。レイヴン国王は君とマカーティ艦長が共にスヴァーヌの都市を守ったという情報を、我々使節団が突きつける寸前に察知して、マカーティ艦長の名誉を全て取り上げ、彼を海賊行為の疑いで告発し即日で死刑判決を与えてしまった」




