看守「衛兵が通した爺さんが騒いでるぞ」看守「囚人に説教でもしてるんだろ、ほっとけほっとけ」
政治犯の類いを収容するクロスボーン城。少し警備は緩いみたい。17世紀の世界では近現代のような難攻不落の牢獄みたいなのは作れないとは思いますが、それにしても、こんな簡単に不審者を通しちゃっていいのかしら。
そして感想でもツッコミをいただけましたが(うれしい////)マカーティさん、案外信心深い所もあるみたいです。
私は鉄格子から飛び退いた。そうしていなければ狂犬に噛みつかれていたかもしれない。
「てめェッ……」
たちまちに鉄格子に飛びついて来たマカーティは、目を血走らせ顔を紅潮させ、憤怒の表情で私のアイマスクを睨んでいた。
「ほ、ほら狼ちゃん、林檎をあげるから落ち着いて」
「何しに来やがったこの野郎、ここがどこだか解ってんのか、看守は何をやってるんだ、海軍は何を……世界最悪の海賊の一人が、こんな所に居るんだぞ……」
マカーティは本気の怒りと憤りを、鉄格子を掴む拳に浮かべていた。
今、彼が大声で叫べば当然看守や衛兵が飛んで来るだろう。そうなると私も絶体絶命のピンチだ。廊下の窓には鉄格子がはまってるし、階段は看守室の前にしか無い。
「僕は差し入れに来たんだ、まずはこのミルクと林檎を受け取ってくれよ」
「海賊の施しなんか受け取れるか。このパンは……このパンはいただいておくが」
しかしマカーティが大声を出す事は無かった。激しい憎悪に顔を歪めながらも彼は小声でそう話し、残りのマーマイトパンを一口で飲み込んだ……いや、飲み込もうとしたけどつっかえてるみたい。
「ム、ムグ」
「そんなに慌てるから、ほら、ミルクを」
私は1パイント瓶で買った牛乳を鉄格子の隙間から向こうに入れてやろうとしたが……何と言う事か。瓶が太すぎて向こうへ通らない。マカーティも何か飲み物が欲しいという顔をしているのに。
「ほら、こうやって飲め」
私は瓶についた木の栓を取り、飲み口の方を鉄格子から差し入れてやる。背に腹は代えられないマカーティは飲み口に吸い付く……あらあら、可愛い狼ちゃんね。
「ゲェェップ……てめえ、今何を考えてた……?」
牛乳をそのまま一気飲みしたマカーティは、豪快にげっぷをした後で私を睨み付け、そう言った。
私は溜息をつきながら、小さなナイフで林檎を二つに切って、片方を鉄格子の間から入れる。
「ハロルドにコンウェイで会ったよ……最初はハロルドだって解らなかった。泥酔して、随分荒れてたからな」
私は鉄格子に近づき、結局半分に切った林檎を頬張っているマカーティを見つめる。
「お前、海軍上層部にファウストの事を話したな? 僕があれほど言ったのに」
一か月ちょっと前。北極に程近いスヴァーヌ北部のフルベンゲンに居た素人船長の私とファウスト・フラビオ・イノセンツィは、マカーティから、フルベンゲンを襲おうとしている海賊の大艦隊との戦いへの協力を求められた。
私とファウストはマカーティに協力する事を決め、海賊と戦い、勝利を得た。
しかしファウストはレイヴンに於いては金貨30,000枚もの高額賞金を掛けられた手配人でもある。
だから私は散々マカーティに言ったのだ、恥をかいてまで、この男はフェザント人海賊のファウストではなくレイヴン人船長のロビンクラフトで、彼の指揮艦もサイクロプス号ではなくホワイトアロー号だと、口を酸っぱくして言ったのに。
マカーティは。林檎を齧りながら、目を逸らした。
「てめェには関係無ェ」
「関係無いで済まされてたまるか! じゃあ僕は何のためにアナニエフと戦ったんだ、こっちを向いて答えろよマイルズ!」
「興奮すんなよ。でかい声出して看守が見に来たらどうすんだ」
マカーティは芯も種も残さず林檎を喰い尽くし、もう半分も寄越せと手を出す。私はそれを渡してやる。
「……ファウストだけじゃねえんだ。改革派の修道士ラズニールも、レイヴンにとっては生かしてはおけない危険な敵なんだよ。だがそれはてめえには関係の無い、俺や俺の祖国の問題だ、グランクヴィスト。パンと牛乳と林檎には感謝する。だがてめえの目障りな面はもう十分だ、とっととここから消え失せろ」
「……僕の事も話したんだろう? 上層部に。僕がランベロウを誘拐しハマームから賠償金を請求させた奴だと、君はそれを知りながらもフルベンゲンを救う為、憎きストーク人海賊に助力を頼んだと、そう話したな!?」
私は鉄格子にしがみつき顔を引き寄せ小声でそう叫ぶが、マカーティはもう半分の林檎を齧りながら扉から離れ、背を向けてしまう。
頭に来た。
―― ガチャ。ガチャガチャガチャ
「何をしてるんだ……? おいやめろ、」
私は鉄格子から離れ牢の扉の鍵穴に細い錐と針金を突っ込み、ぐるぐると回していた。マカーティは慌てて扉の方に戻って来る。
「何をやってんだ、ふざけるな、馬鹿野郎、看守が来るぞ、」
「やかましい! 少し離れてろ!」
「やめろっつってんのが解らねぇのか、そんなもんで開く訳無いだろ、」
「ブレイビス橋の店で堂々と売ってたんだぞ、どんな鍵もこうすれば開くって」
「インチキに決まってるだろ、そんなんで開いてたまるか」
インチキかよ、じゃあこれただの錐と針金か、銀貨五枚も取られたのに……! 悔しい。都会人はいつも私のような田舎者を騙して金を巻き上げるのだ。
「答えろマイルズ! 僕の事でも上層部に詰問されたんじゃないのか!?」
私は銀貨五枚のガラクタを手放し、鉄格子から手を突っ込んでマカーティの肩を掴む。しかし。
「もう一度だけ言う。てめえには関係ねえ。これはレイヴン王国と俺の忠誠心の問題であり、ストークの海賊野郎なんぞにあれこれ口出しされる筋合いはねえ」
マカーティは残りの林檎も芯まで食うとへただけを放り捨て、私の手を振り払う。
私は鉄格子の内側に伸ばした手を握り、牢の中の壁を叩く。
「忠誠心だと? 何の為の忠誠心だよ……! お前が忠誠を捧げた相手は、あの気高いグレイウルフ号を無残に殺したんだろう!? ただ一隻で先陣を務め海賊の大艦隊の隊列を切り裂き、罪なき町の人々を救う為の戦いを勝利に導いたあの艦を! 巨大ダコとの戦いも共に制した、僕にだって彼女には思い入れがあるんだ、ふざけんな、そして艦長である君に報酬として与えられたのがこの城か!? そんな理不尽があってたまるか……! マイルズ、今鍵を開けてやる、こんな所からは出ろ!」
私は鉄格子窓から離れ、再び錐と針金を拾い上げ、牢の扉の鍵穴にねじ込む。
「やめろっつってるのが解らねえのか、おいグランクヴィスト、やめろ、」
マカーティは鉄格子に取りつき、まだ小声で叫ぶ。
私はマスクの中でぼろ泣きしていた。何だよ、忠誠心って。
おかしいよそんなの……間違ってる。こんなものは絶対間違ってる。
「聞けグランクヴィスト! 俺は例えてめえがこの扉をこじ開けようと、ここからは出ない。はっきり言うがその時は看守を呼ぶ。鍵をこじ開けた奴が居るから、施錠しなおしてくれと」
私は……鍵穴をいじる手を止め、鉄格子を見上げる……マカーティは再び鉄格子窓に取りついていた。
「何故だよマイルズ……なあ。僕達は友達だろう?」
私は再び鉄格子に飛びつく。鉄格子と覆面を挟み、私とマカーティの視線が至近距離で交錯する。
「レイヴン国王は君達に対する約束を破った。向こうは君主としての誓いを放棄したんだ、君が臣下としての誓いに縛られる筋合いは無い! この扉を開けるから僕と来てくれ、僕のフォルコン号で共に新天地を目指そう、頼む、一緒に来てくれマイルズ!」
短い時間。マカーティは私のアイマスクを見た。私もマカーティの目を見ていた。
「ことわる。そんな言い訳をして簡単に捨てられるような物をな、忠誠心とは呼ばねえんだ。てめえみたいな、自由な船乗りに解って貰いたいとは思わん……グランクヴィスト。俺はてめえの事なんざ少しも友達とは思っていねえ。何度も言わせるな。てめえの顔はもううんざりだ、今すぐ俺の前から消えろ」




