おじさん「ブレイビスのかつらは、世界一の品質だぞ!」
主人公の一人称に戻ります。マカーティに会う為にブレイビスにやって来たマリー。
田舎者のマリーがこの世界有数の大都会ブレイビスで、無事マカーティに会えるのでしょうか。
レイヴンの首都ブレイビスはブレイヴ川の南北両岸に広がっている。と言う事はこの街には大河を渡る橋が必要なのだが、その橋がまた凄い。
「うわあ……」
近くまで来た私は圧倒されていた。その橋は全体が巨大な集合住宅のようになっていた。それも二階建てや三階建てではない、お城のような立派な建物が橋の上に連なっているのだ。
そんな橋の上の道を、田舎者のフレデリク君が往く。
「伝説のモリブーリンの万能薬だ! 失くした歯も生えて来るぞ!」
「私が億万長者になれた秘密を貴方にも教えます! たった銀貨一枚だよ!」
橋の上は大変人通りの多い商店街となっていた。賑わいが過ぎるせいか、あまりまともな商売をしている者は少ないようにも見える。
大きな建物の多くはやはり貴族や富豪が所有しているようだが、これも住居というよりは商業施設として使っているのだろう。
ゲストハウスと書かれた看板も多い……どんな接待をなさる御店なのかは解らないが、とにかく私には用が無さそうだ。
アイマスクをしていて良かった。この場所は私には猥雑過ぎる。
「お兄さん! あんたもここを目当てに来たんでしょう!?」
ヒエッ。大変派手な化粧をされた10cm以上背の高いお姉さんに腕を掴まれそうになり、私は慌てて飛び退く。
「お構いなく、レディ」
「ああ? 何あんたストーク人? 随分スカして下さるじゃないのさ!」
怖い。私、帰りもここを通るの? こんな橋早く渡りきってしまいたい……だけど結構大きな帆船が登れるくらいの川だしなあ。どこまで続くんだろう。
あ、だけど対岸の門みたいなのが見えて来ましたよ。やはりどこかの大きな城の入り口にあるような、大変立派なアーチの城門が。ん? 城の上に槍がたくさん立ててあるけど、あれは何でしょう。
ひっ……
ひいいい!?
城門の上で見せしめにされているのは、この国の著名な犯罪者や反逆者、失墜した権力者達の亡骸だろうか? 文字通り、槍玉に挙げられて……
今朝出会ったお婆さんは、この町では一ヶ月くらい死刑は行われていないと言っていた。ではあれはそれより前に掲げられた人々なのか。
そして……マカーティも処刑されたら、あんな場所に掲げられるというのか。
人々に嘲られ、朽ち果てるまで……
……
他人事じゃない。フレデリクだって捕まったらきっとそうなるのだ……その理由には未だに納得が行っていないのだけれど。
ともかく私はブレイブ川にかかる大きな橋を渡り終えた。出来れば帰りは舟で渡りたい。
マカーティが閉じ込められている牢獄は、この南岸地域にあるらしい。
◇◇◇
私はブレイブ川南岸の街中に佇む小さな石煉瓦の砦のような場所にやって来た。これは数百年前には時の王の弟の居城の一部だったそうだが、老朽化した今は無駄に頑丈な構造を生かし、牢獄の一つとして使われているとの事だ。
ここには泥棒や狼藉者の類ではなく、謀反人や不敬罪の者が入れられると聞く。
「もしもし、衛兵さん。こちらにハンスという空き巣が囚われて居るはずじゃが」
「何だ爺さん? ここはクロスボーン城だ、空き巣の囚人など居ないぞ」
「そんな事は無い、きっとここじゃ。わしはあやつの教区の司祭、今度こそ盗みは止めるよう、あやつを説教しに来たのじゃ。さあ、面会させておくれ」
私はそう言って衛兵さんの手を取り銀貨を握らせる。
「ほれ、これは近くで買った魚の揚げ物じゃ、お前さんもどうかね一つ」
「ああ……差し入れくらいならいいだろう。だけど本当にここには空き巣の類は居ないと思うぞ? まあそれで気が済むなら、行って見てみろ」
私がさらに篭に入った白身魚の揚げ物を一つ差し出すと、衛兵さんはそれを手に取り大兜の下から摂食しながら、行けという風に私に手を振る。揚げ物は念の為四つ買っていたのだが、それらもその場に居た他の衛兵さんに取られてしまった。
往時には綺麗に塗られていたであろう漆喰が、あちらこちらで剥げ落ちたままになっている。倉庫として使われていた時期もあったのか、一階の部屋には大量のがらくたが積み上げられている。
階段を上がって二階へ行くとすぐに看守が屯する部屋があった。私は中に居たおじさんに聖職者風に会釈をして、そのまま廊下へと進む。
各寝室の扉は鉄格子の窓のある物に取り替えられている。ここの囚人は全て独房に入っているようだ。
「悔い改めなさい、罪人よ」
私は適当に呟きながらいくつかの独房を見て回る。囚人達はうんざりしたような目を向けて来るか、無視するかのどちらかだった。名札でもついてりゃいいのにねえ、この独房。
目当ての男は、七つ目に覗いた独房に居た。
「罪人、マイルズ・マカーティよ。汝、何故に罪を得て虜囚の辱めを受けるのか。私は司祭フリック・フォン・マンテル。さあ、こちらに来なさい」
マカーティは居た。まだ斧で首を落とされてもいない。一ヶ月ちょっと前、傷だらけで勝利を掴んだ男は、あの時よりはだいぶ傷も癒えて来た様子で、鉄格子の嵌った窓から外を眺めていた。
ああ、マカーティがこちらに来る……訝しげにこちらを見つめ、背中を丸めながら。やっぱりこいつ狼犬に似てるなあ。良かった。生きてるよ……まずい、涙が出そうだ。いや出た。
「司祭様? どちらの教区の方か存じませんが、俺なんかの為にわざわざ会いに来てくれるなんて感激です。罪人の俺ですが、どうか神に祈らせてはいただけませんか」
マカーティはまだ半信半疑の目をしていたが、決して嫌味や悪戯では無い様子で私にそう言った。さらにまずい、この反応は予想してなかった。
「マイルズ。神に祈るのに人間の許可など要りません、貴方が神を求める時、神はそこに居られます……それはさておき、差し入れを持って来ました。定めし空腹の事でしょう」
私は左腕に掛けた篭からパンの包みを取り出し、鉄格子越しに差し出す。
「あ……ああ! ありがとうございます司祭様、すみません、今いただいてもいいですか!?」
マカーティはそれこそ餌を差し出されながら待てと言われた犬のように、つぶらな瞳でこちらを見つめる。私は飼い主のように優しく頷く。
さっそく狼犬ちゃんは包みに顔を落としそれを開く。中から出て来たのは申し分の無い白小麦で作った今朝焼きたての上品なパンだ、ただし、あの恐怖のマーマイトをたっぷりと塗りつけてある。マカーティもそれを見て、一瞬眉を顰めた。
しかしやはり、それは彼等にとっては普通の食材らしい。マカーティは躊躇なく大量のマーマイトを挟んだパンにかぶりつく。気持ちいい程の食べっぷりだなあ。さて。その間に私は、ブレイビス橋の上の怪しい店で買ったかつらと付け髭を取り、わざと丸めていた背筋を普通に伸ばす。
「司祭様、貴方は一体」
パンを三分の二まで食べ終えたマカーティが視線を上げる……
「やあマイルズ、酷い有様だな。僕だよ、覚えてる? 君の親友フレデリクだよ。実に一ヶ月ぶりだな! ああ、パンだけだと喉が渇くだろう? ほら、新鮮なミルクと林檎も持って来た」
最後に外套のフードを上げると、そこに居たのは先程までの痩せた小柄な老司祭ではなく、ストーク人貴族で子爵の四男坊、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストだという寸法である。




