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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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エイヴォリー「えっ……嫌だ、あるじゃない眼鏡! それも何十回も探したつもりの机の引き出しにあるなんて……はあ……恥ずかしい……」

残された人々の困惑。まあ、仲間にとっては迷惑だよね、マリーの独断専行のスタンドプレーは……

だけどマリーが一人で何でも解決しようとするのは、祖母コンスタンスの薫陶くんとうの成果でもあるのです。貧しい小作人は何でも自己解決すべきだと教えられて育って来たのです。


マリーの一人称に戻ります。

 翌朝。私フレデリクはブレイビスのお高い宿で目を覚ます。個室だが宿泊料はレッドポーチの三倍で、フォルコン号の艦長室並みに狭く殺風景だった。


 手早く身支度をしてダイニングに降りると、焼きたてのパンのいい香りがする。朝食は期待していいのかしら。

 ふと見ると見知らぬ壮年の紳士が、スライスしたパンに色の濃いバターのようなものをたっぷりと塗っている。

 何だろう。見た事の無い食べ物のような気がする。


 私はキッチンカウンターに並んだ料理からスライスしたパンを取り、その、小さな壺に入っている濃茶色のバターのような物をへら(・・)で取り、小皿に盛りつける。あっ、ちょうど給仕さんが料理の補充に来た。聞いてみよう。


「ねえ、これは何ていう料理?」

「ああ、これはマーマイトだよ」


 マーマイト? ああ。マーマレードみたいな、果物を蜂蜜で煮詰めたやつかしら? 美味しそうだ、もっとたっぷり取っちゃおう……私はそれを小皿にたっぷり盛り付ける。


 それから私は早速空いている席に着き、パンにたっぷりとマーマイトを塗る。どんな果物を煮詰めた物なのだろう。ではいただきます……ん、ちょっと変な匂いが……



 ひ゛ゃ゛ぁ゛あ゛ぁぁぁまずぅぃ゛い゛ぃぃいい!?



 鬱蒼うっそうとカビの生えた干し魚のような臭い。


 塩辛さが殆どだが独特の苦みとえぐみ、この味は……どこかで食べた何かに似ている……ああっ!? あの巨大ダコの足だ!

 あのタコの足は私もアレクもカイヴァーンも食べられなかった。みんな一口噛んでギブアップ、残りは海に還させていただいた。


 だけどこれは怪物の足ではない……別のテーブルではレイヴン人達が普通に食べている、食べ物だ。

 食べ物を粗末にするな。祖母はそれを厳しく言う事は無かったが、背中で私に示した。あんなに食べ物を大事にしていた人を私は他に知らない。ばあちゃんの名にかけて。孫の私が食べ物を粗末にする訳には行かない。


 私は小皿に山盛りにしてしまったマーマイトを泣きながら完食した。後で聞けば、あれはビールを醸造する時に出来たしぼりかすに、味つけをしたものだという。



   ◇◇◇



 背負い袋を宿の部屋に置いたまま、私は朝のブレイビスの街へと歩き出す。


 街にはかなり濃い霧がかかっていた。宿の寝室の窓ガラスからも見ていたので驚きはもう無かったが、それにしても酷い。10m先も見えない……だけどそれは、フレデリクでもマリーでも手配人らしい私にとっては好都合な事か。

 だけどこれでは、ますます迷子になるよね。ただでさえ田舎者だというのに、こんな超巨大迷路、私に攻略出来るのだろうか。


 すれ違う人々の顔もぼやけて見える。そのくらいの霧だ。

 誰もが顔の無い記号のように行き交う街……それが一夜明けてからの私のこの街の印象だ。皆忙しそうに何処へ行くのだろう。

 この街の人々はマカーティの事を知っているのだろうか。国王の命令を信じて死力を尽くして戦い、強大な敵を見事退けたにも関わらず、処刑されたかこれからされるという、哀れな猟犬の事を。


 ああ、昨夜見た夢を思い出してしまった。



   ◇◇◇



 首輪をつけられた一頭の犬が、仲間の犬達から離された裏庭のくいに繋がれている。

 狼犬にしては少し背丈が低いが、灰色の毛並の良い犬だ。毛艶けづやも良く姿も申し分ない、三角形の耳はピンと立っていて尻尾も長く立派だ。


 その狼犬は今朝はまだ食事を貰っていない。仲間達は今頃いつも通り、朝食にありついているだろう。だけどその食事を貰ってない狼犬は、不平も言わずじっとその場にたたずんでいる。


 そこへ主人がやって来る。主人は別の男を一人連れて来た。狼犬はその男を見た事が無かったが、主人が連れて来た人間なので、疑いもせず黙って見送っていた。


 主人は柵の外に居て、黙って狼犬を指差した。もう一人の男は……ろくに磨かれてもいない、前の獲物の乾いた血肉だの脂だのがこびりついている、手入れの悪い、しかし十分な重量を持った両手用の斧を提げて、柵の中に入って来る。


「伏せろ」


 柵の向こうで、主人は静かにそう告げた。


 狼犬はすぐにその場に腹をつけて座る。斧を持った男は一度斧を置いて、狼犬の首輪を外し、杭の方へ放り捨て、再び斧を取る。


 主人は少し余所見をしつつ、時折狼犬を見ていた。狼犬は身動みじろぎもせず真っ直ぐに主人を見ていた。


「……!!」


 私は叫んだ。叫ぼうとした。なのに私の口から出るのは言葉にならない、ほんの小さな吐息だけだった。いや、そもそも私はこの場に居るのか? この場での私の役割は何だ? 何故声が出ない? 私は狼犬なのか? 主人なのか? どちらも違う、勿論斧を持った屠殺とさつ人でもない、私はどこに居て何をしているのだ!?


 屠殺とさつ人は、斧を手に狼犬の横に立つ……


 何やってんだ逃げろ! お前は自由だしそんな男はもうお前の主人なんかじゃない! 逃げてくれよ……!


 その狼犬は昨日の狩猟で見事に巨大な熊を仕留めたのだ、体長2mを越える大物だった、熊はスヴァーヌ人少年達の手で綺麗に毛皮を剥がれ、肉も丁寧に切り分けられて持ち帰られた、殺人熊の脅威に怯えていた近くの村人達も大変喜び、狼犬とその主人に感謝していたというのに!


 その主人は、何が気に入らなくてこの狼犬を殺すと言うのか?


 狼犬は、つぶらな灰色の瞳でじっと主人を見つめていた。

 自分には何も後ろめたい事は無い。自分は主人を信じ、主人の為に全力を尽くした。

 今朝の自分は何故か仲間達から離され、食事もお預けされたままになっているが、そのくらいの事で自分の主人への忠誠は揺るがない。


 狼犬は賢いので、自分の隣に立っている男が、様々な生き物の死の臭いが漂う斧を掲げている事も気づいている。

 その事が何を意味するのかも想像出来ない訳ではない。


 だけど狼犬には本当に、何一つ後ろめたい事が無いのだ。自分は主人の命令に逆らって逃げなくてはならないような、裏切りや失敗、盗み、怠慢、いかなる背徳も犯していない。主人に顔向け出来なくなるような事は何もしていないのだ。


 だから狼犬はただじっと、つぶらな瞳で主人を見上げ続けていた。

 屠殺とさつ人は両手に唾を吐き、斧の柄を握り締め、高く振り上げる。

 主人はただ、感情の無い目でその、マイルズ・マカーティという名の狼犬を見下していた。


 屠殺とさつ人の斧が、主人の命令通りじっと伏せの姿勢を取っている狼犬の首めがけて振り下ろされ……



   ◇◇◇



「うわあああ!!」


 気が付けば私は市内を走る水路の一つにかかる橋の欄干らんかんに抱き着き叫んでいた……今朝の悪夢を鮮明に思い出すあまり、正気を失ってしまった。


 幸いにしてここは濃霧のブレイビス……私の姿はごく近くを歩いていた人にしか見えず、都会の人々は、朝から訳も無く絶叫する危険な小僧になど誰も興味を持たず、さっさと歩み去って行く。


 ここが大都会で良かった……危うく大恥をかく所だった。私はそう思ったが。


「ちょっと……貴方、大丈夫?」


 一人のおばあさんが、私を遠巻きに見たままそう声を掛けて来てくれた。遠巻きと言ってもこの霧なので、3m程の近くに居たのだが。


「あ……ああ、すみません、今朝、悪い夢を見たので」


 私はうっかり、ストーク語でそう答えてしまった。いや今はストークのフレデリク君じゃなくていいから……だけどレイヴン語はやっぱりまだあまり自信が無い。

 案の定、おばあさんは私の言葉が解らなかったらしい。


「お茶でも飲んだらいいのだわ、外国の方。きっと落ち着くから。この霧も昼には晴れるでしょう」


 おばあさんはそれだけ言って立ち去ろうとする。

 私は無駄と思いつつ、つたないレイヴン語でおばあさんに呼び掛ける。


「待って下さい。貴女はマカーティ艦長を知りませんか? 近日中に処刑されるかもしれないレイヴン海軍の艦長なんです、彼は無実なんだ、僕は彼に会いたい!」


 おばあさんは振り返り、ますます怪しい人物を見るような目を私に向ける。まあ、怪しい人物ですよね私。

 そしてこんな通りすがりのおばあさんがマカーティ艦長の事を知っている可能性など限りなくゼロに近い……私はそう思ったが。


「……何も知らないのね、外国の方。もうすぐ国王陛下に次の子供が御生まれになるのよ。だからブレイビスではここ一か月、誰も死刑になっていないわ」

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