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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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猫「ええいフラフラと歩き回りおって、あやつ自分の立場を解っておるのか!」

そろそろ、主人公の一人称に戻りましょう。

マリーは一体どこに居るのでしょう?(棒読み)

「マーオ」


 天井越しのぶち君の声で、私は目を覚ます。ここは艦長室のベッドの上……


 おっと、だけどここは私の物ではない。

 私はすぐに身を起こし、ベッドを、私が寝る前はそうなっていたようなきちんとした状態に直す。


 フォルコン号より一回り広いヘッジホグ号の艦長室はとても綺麗に片付いている上、所々に女性らしい気遣いを感じる素敵な場所だった。例えば本棚なども本をただ置くだけでなく、棚に綺麗な布など敷いてその上に本を置いてある。

 同じ女性として、見習わなくてはならない事が多々あるようですね。


 だけどベッドの下に眼鏡が落ちていたのは何故だったんだろう。

 私は部屋の物は何一つ動かさないように、もし動かしたら完全に元の状態に戻すようにしていたのだが、その眼鏡だけは綺麗に拭き上げて、執務机の引き出しにしまっておいた。


 私はエイヴォリー艦長が当直で留守にしている間に、艦長のベッドで仮眠を取らせていただいていた。勿論艦長の許可などない。

 私も何の罪悪感も無しにこんな事をしている訳ではない。だけどぶち君が鳴いたら急がないと。私は船尾の板窓を開け、外へと這い出す。



「わあ……!」


 船の外の景色は、私の想像を超えていた。

 私が寝ている間に、船はレイヴン王国の首都ブレイビスに到着しようとしていたのだ。



 私が今まで見た都市で一番大きかったのはディアマンテだと思うが、ブレイビスはそれを越えているのではなかろうか。

 川を登った所にある港だというのに、船の数が凄まじい。ドッグも埠頭も到る所にある。

 建物が高い、普通の家でも三階、四階建てが当たり前なのだろうか。そして遠くまで、本当に遠くまでその高い屋根が連なっていて、更にはそのあちこちから、千年の大木のような尖塔が林立している。

 まるで街中がお城みたいだ。これがレイヴンの本気か。ブレイビスは私の想像通りの、いや想像以上の大都会だった。



 おっと、呆けている場合ではない。艦長室にはエイヴォリー艦長が戻って来たような気配がある……危ない所だった。私はフナムシのように船尾を這い、舷側へ回る……自分でも思うんだけど、気色悪いな私。


 船酔い知らずの魔法のおかげで、小さな段差、ちょっとした突起があれば、私は壁に貼りつく事も出来るらしい……だけどこれは絶対、魔法の悪用だよなあ。私、どんどんこの魔法を悪用するようになって行ってるような。


 私はひとまず舷側の外壁を這い、砲門の木蓋の一つに手を伸ばし、内側の仕掛けに針金を入れて外し、それを開ける……中には誰も居ない。


 砲門から中に這い入るとそこは船牢らしき部屋の前だ。本来はここにも砲座があったらしいが今は無い。そして船牢には鉄格子の窓がついているものの、鍵は開いている。私は素早く船牢に滑り込み、扉をそっと閉める。



 それにしても、ぶち君がついて来るとは思わなかった。

 二日前。ヘッジホグ号が次はブレイビスに行くという話を聞きつけた私が、こっそりフォルコン号に戻った時。ぶち君は舷門の近くで丸くなり寝息を立てていた。

 私は大急ぎで海図室に行きフレデリクを封印していた木箱を消防用の斧で破壊して中身を取り出し、艦長室で着替えて他のいくつかの荷物を背負い袋に詰め、フォルコン号を離れる為再び、忍び足で舷門に近づいた……ぶち君はやはり、ぐっすり眠っているように見えた。


 夜陰に乗じてヘッジホグ号に忍び込んだ私は、すぐにこの部屋を見つけて潜り込んだ。人はわざわざ空の牢屋を覗きに来ないのだ、私だって誰も居ないフォルコン号の船牢を毎日チェックしたりしない。だから私は当初、ここでブレイビスまでやり過ごそうと思っていた。


 そうしたらあの騒ぎだ。出港して一時間後、乗組員達が密航者が居ると騒ぎ出したのである。私は涙目になって背負い袋を抱えたまま船牢の隅で手足を突っ張って天井まで這い上り息を潜めた。自分にそんな事が出来ると知ったのもその瞬間だったが。

 果たして、船牢の扉を開け水夫が飛びこんで来た時には心臓が止まるかと思った。しかしその水夫は天井に貼りついている私には気づかず、すぐに出て行った。


 捕物とりものはその後も続き、しばらくすると甲板から、密航者を捕まえたという声が聞こえた。興味を覚えた私は荷物を船牢に残したまま、砲門から這い出し外壁を登り波除け板(ブルワーク)の隙間から甲板を覗き込んだ……するとどうだ。捕まっていたのはぶち君ではないか。


 ぶち君はとうとう私に愛想を尽かし、この船に移籍する事を決めたのか? 違うだろう、あの子はまた私をしたってついて来てくれたのだ。やれやれ……可愛いんだけど、困った猫ちゃんですこと。

 しかし自分が密航するだけでなく、ぶち君も救出しなくてはならないのか……私は最初そう思ったが、エイヴォリー艦長に気に入られたぶち君は拘束される事もなく、すぐに堂々と船中を歩き回るようになった。


 夜が明けても、船牢には誰も来なかった。退屈になった私は少しレイヴン海軍艦を見学させていただく事にした。


 船牢に荷物を置いたまま最下層甲板を見学していると、ぶち君が飛んで来て尻尾を立てて私を威嚇して来た。あれ? もしかして君、本気でレイヴン海軍の猫になる気なの? 違う? 船牢に帰れ? 嫌ですよあんな所にこもりっぱなしなんて。


 私を船牢に戻す事を諦めたぶち君は私が動き回る間、水夫達の目を引き付けるのを手伝ってくれた。猫だから解らないけど、多分……おかげで私は割とどこにでも行けた。

 水夫達の噂話で、エイヴォリーさんは当直の間は艦長室に戻らない事にしているらしいと聞いた私は、さっそく午後の間に艦長室を訪れてみた。おかげで私は昨日も今日も三時間ばかり、大変寝心地の良いベッドで仮眠を取る事が出来た。


 だけど食事が毎度オートミールばかりなのには閉口した。食材はあるのにあまり使わないし、調理も雑である。ハーミットクラブ号の海賊の方がまだマシだった。

 それでつい昨日の夕食は手を貸してしまったが、いつもあんな感じで誰も文句を言わないのだろうか。もしかするとレイヴン海軍の強さの秘訣ひけつは、何を出されても黙って食べる、兵士達の消化能力なのでは?


 それから、本当に申し訳ないがエイヴォリー艦長の航海日記を拝読させていただいた。マカーティについて何か知らないかと思ったのだ。しかし艦長はマカーティの事は何も知らないようだった。

 その為もあって、日記を見てしまった事についてはただただ深い後悔だけが残っている。

 艦長の日記はとある日まで丁寧な字で簡潔かつ的確に日々に起きた出来事を記した物だったのだが、その日を境に一人の男性への想いを長々とつづる乙女の日記になってしまっていた。

 彼女にとってレイヴン海軍とはジャック様の居る所であり、自分の努力の全てはジャック様に近づく為であったと。そんなジャック様と思しき覆面男に出会った日以降、日記にはその事ばかりが書いてある。大丈夫ですか、これ何かの時には上層部に提出しなきゃならない公式記録なんじゃないんですか?

 書いているうちに感情が高揚したり消沈したりするのか、文字も文体も乱れ、時には涙のあとまであった……ああ、罪悪感がぶり返して来た……



 駄目だ。こんな中途半端な気持ちではいけない。



 ヘッジホグ号は私をブレイビスへと運んでくれた。

 今の私にあるのはハロルドから聞いたマカーティの収監場所と、艦長の日記からどうにか引き出したブレイビスに関する断片的な地理情報だけだ。


 今回ばかりは、フォルコン号の皆を巻き込む訳には行かない。

 取り上げられたうちの商品と、取引相手のコンウェイ事業組合皆さんや、マリー証券を買ってくれた市民の皆さんの期待、そういう物がかかっていた、アンソニーさん達の救出とは訳が違う。


 リトルマリー号のアイリさんは乗組員だから追い掛けた。フラヴィアさん達はフォルコン号の乗客だから助けたかった。

 グラストでの私はリトルマリー号が巻き込まれた事故について調べるうちに枢機卿の陰謀に出くわし、結果的に無意味に処刑されようとしていたシビル艦長を救う事となった。


 だけど、今回の事は本当に今までと全く違うのだ。



   ◇◇◇



 コンウェイの夜。立ち去ろうとした私にハロルドは言った。


「グランクヴィスト……よせ……マカーティの所に行くつもりならやめておけ」


「気にするなハロルド。僕は僕の好きなようにするだけだから」


「好きなようにする? ハッ……それが問題なんだよ……マカーティはな。国王陛下が首を差し出せと言うのなら、黙ってそうするのが自分の望みだと、ちきしょう、あの馬鹿野郎はそう言って聞かねえんだよ! 俺が……俺がただ尻尾を巻いて逃げたんだと思わないでくれ。最後はお互いひどののしり合って別れたんだ。俺も奴に散々酷い事を言ったし、俺も言われた……」



   ◇◇◇



 マカーティ艦長は本気でレイヴン国王を怒らせた。理由はレイヴン海軍が条約違反をしてでも殺そうとしていたファウスト・フラビオ・イノセンツィと無断で共闘したからなのだと思う。

 だけどそんなのはレイヴンの勝手だ。私はレイヴン人じゃない。彼等が勇敢で気高いグレイウルフ号を破棄した事も、その艦上で大軍の敵を打ち破った比類なき精鋭達を解雇したのも、アイビス人であるマリーには関係の無い事だ。

 馬鹿正直の狼ちゃん(マカーティ)が、自ら望んで処刑人の斧の下に首を差し出そうとしているという事も。



 そしてこれは……アイビス人でもストーク人でもない、勿論レイヴン人でもないフレデリクの勝手だ。


 私は船牢に置いてあった背負い袋を持って、砲門から舷側の外壁へと這い出る。


 マカーティがもう処刑されて晒し首になっているのなら、一方的に親友と思っている人間として、手向たむけの花でも送りつけてやりたい。

 まだ生きているというのなら、どうにかして会って……それからどうしよう。指でも差して笑ってやろうか?

 マカーティはきっと怒るだろうな。どんな罵詈雑言が飛んで来るか楽しみだ。


 そうだ。私、フレデリクは、そんな悪趣味な事をしたいが為に、このブレイビスへ、レイヴン海軍の船に密航してまでやって来たのである。

 フォルコン号を置き去りにしてしまった事、その前に父を置き去りにしてしまった事、見逃してくれたプレミス海軍の人達の気持ちを踏みにじる事、エイヴォリー艦長の航海日記を読んでしまった事……


 どんな罪悪感も乗り越えて、私はマカーティへの嫌がらせをやり遂げるのだ。

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>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
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