ガストン「坊主、いや兄さん、あんたあのマリー船長の弟分なんだって!?」カイヴァーン「そ、それは本当」
ペンドルトン「それに元はナームヴァル海賊の大物船長だったそうじゃねえか! マリー船長もすげえがあんたもすげえな!」
カイヴァーン「それは、あの……(誰が言ったんだろう)」
不精ひげ「本当だぞ、何とカイヴァーンは! あのゲスピノッサを一騎打ちで倒した勇者なんだ!」
コンウェイの元海賊のおじさん達「マジかよすげえええー!」
カイヴァーン「不精ひげの兄貴かよ……」
レイヴン海軍のブリガンティン船ヘッジホグ号はコンウェイを離れてレイヴンの首都ブレイビスに向かうそうです。ちょっとこちらも追い掛けてみましょう(白目)
三人称ステージが続きます。
コンウェイを出港し、城が見下ろす岬を越え、ローバー海峡に出たヘッジホグ号が、東へ回頭してすぐの事。年長の方の士官候補生が、副長格であるモリソン海尉の所にやって来て、ささやく。
「海尉……この船には密航者が居るような気がします」
モリソンはすぐには言葉を発しなかった。ライリーというこの士官候補生は17歳、仕事にも慣れと油断が生じて来て、少年本来の生意気さが顔を利かせて来る年頃だ。あまりまともに相手をすると増長するだろう。
「ライリー。それは聞き捨てならない話だな。本当なら重大事だが、悪戯ならただでは済まされんぞ?」
モリソンは横目でライリーをじろりと睨むが、ライリーは不敵な笑みを浮かべる。
「俺に捜索の許可をいただけませんか、出来れば水夫を何人か従事させる許可も」
「……お前の班は半直だったな? 彼等を説得してみたまえ」
ライリーの言葉から何かを察したモリソンは、この件に関する艦長への報告は後でいいと考えた。最近の艦長には心労が多過ぎるし、無闇に負荷を掛けたくない。
ライリーは自分の班の全員年上の水夫達に十分好かれていた。彼は皆、半分休みであるはずの時間の気まぐれ仕事に付き合う事に決め、甲板に集合した。
「ウェッジは二人連れて厨房と会食室、食料庫を回ってくれ、昇降口では網を持った三人が待ち伏せ、あとの二人は俺と最下層に行こう」
やっぱり何かの悪戯だろうと思っていたモリソンだったが、ライリーが意外に本格的な捕り物を始めたのを見て、腕組みをする。
ヘッジホグ号は7時方向からの風を受けて快調な航海をしている。前後のマストに張った横帆もしっかりと膨らんでいるし、水面は満月に照らされていて十分明るい。
今現在の操帆を担当している、自分の班の水夫も少し貸してやった方がいいのではないか。
しかし、普通に考えて海軍の船に密航するような間抜けが、本当に居るのだろうか? 民間の商船だって密航者には厳しいものだが、海軍の場合見つかったら本当にただでは済まない。鞭で打たれて牢に入れられるくらいならまだいいが、最悪の場合、そのままレイヴン海軍兵として徴用される事もあるのだ。
モリソンは下層甲板にある座敷牢の事を思い出す。自分がこの船に来る前には、ランベロウという大変な罪人が閉じ込められていたらしいが。
「居たぞー! 密航者だ!」
下の方で誰かが叫んだ。モリソンにはそれが下層からの声か、最下層からの声かは解らなかったのだが。
「艦長を呼んで来る! 手の空いている操帆手は下へ行きライリーを手伝え! ボード、海兵隊を起こせ!」
モリソンは航海士や周囲の水夫にそう声を掛け、艦長室へ走る。
「最下層甲板を塞げ! ここにはもう居ない!」
「厨房に入ったぞ!」
「やめろ! 厨房を荒らすな!」
水夫達は声を掛け合い、下層甲板を走り回る。そこは数個のランプに照らされた暗く狭い通路が続き、下手をすればお互いにぶつかって怪我をする。
「予備のランプを持って来い!」
「慌てるな! 走り回る必要はない、一つ一つ、確認の済んだ区画を閉めて行け!」
「本当にもう厨房には居ないんだろうな!?」
船の主厨長ウェッジは何度も念を押すように厨房を探す。
「昇降口だ! 行ったぞ、上だ!」
下層甲板の暗闇から誰かがそう叫ぶ。昇降口で待ち伏せしていた水夫達は、ゴクリと喉を鳴らす。そして。
「捕えたぞ! こいつが密航者だ!!」
モリソン海尉に呼び出されたエイヴォリー艦長は就寝中だったので、丈の長いゆったりとしたチュニックに制服のズボン、それに寒さ凌ぎのショールを掛けただけの姿で慌てて出て来た。この姿では普段は制服にきちんと収めている胸の谷間が露わになってしまう。
「密航者は……!」
昇降口で待ち伏せをしていた水夫達の網には、一匹の猫が掛かっていた。
「ね……ねこだと……!?」
モリソンは怒りに顔を引きつらせる。
水夫達はその猫を網の中から取り出して掲げる……猫は身じろぎもせず、観念したかのように薄目を開けてだらりと脱力していた。
僅かに雉虎模様の入った、黒と白の鉢割れのぶち猫である。
「何だ、意外と大人しいな、こいつ」
水夫がつぶやく。そこへ、昇降口から得意顔のライリー候補生が上がって来る。
「あっはっは、どこかで水溜りでも踏んづけたのでしょう、甲板に猫の足跡がついていましたから、居ると解ったのです! どうです、居たでしょう、密航者」
明るい声で叫ぶライリーの後ろから、こちらは航海士に起こされ慌てて制服を着用しマスケット銃を抱えた、四人の海兵隊員が駆け上がって来る。
「密航者は……猫……だと?」
ヘッジホグ号の副長格、モリソン海尉は大股でライリーの元に歩み寄る。
「馬鹿者ーッ!!」
モリソンの罵声にびっくりしたように、猫は両耳を伏せる。
猫なら猫と言えばいいものを何が密航者かと。おかげで夜中だというのに船じゅうを巻き込む騒ぎになり、非番の海兵隊や疲れている艦長まで起こす事になってしまった。こういうのを退屈凌ぎの悪戯と言う。海軍艦はお前の退屈を紛らわせる為に存在しているのではない。
モリソンはライリーの片襟を掴み片舷斉射のようにそう浴びせ、最後に鉄拳を追加しようとした所をエイヴォリー艦長に止められる。
「やめて下さい、もう十分ですから! ライリー候補生、貴方は明日の半直の間ずっと甲板掃除よ」
「しかし艦長、その程度では皆に示しが」
抗議するモリソンに苦笑いしながら、エイヴォリーは手を伸ばし、水夫が掲げたぶち猫の耳の裏を撫でる。猫はされるがままに、ますます目を細める。
「もういいから……それで? この子はどこから乗り込んだのかしらね」
「艦長の眼鏡を探している時には居ませんでした、間違いありません!」
「黙れライリー! あの、艦長、ですがまあそれは事実でしょう、この猫は先程コンウェイで乗り込んだに違いありません……まさかとは思うが、お前達! 休憩の時に勝手に猫を連れて来た奴は居ないだろうな!?」
甲板にはもう起きている全ての水夫が集まっていた。ここに居ないのは船員室で就寝している非番の者だけだろう。
水夫達は顔を見合わせるが、手を挙げたり声を発したりする者は居ない。
「ォアアーオゥ」
すると、まるでその事に反応したかのように猫が一鳴きした。数人の水夫が吹き出すのをモリソンが見咎めるが、微笑んだのはエイヴォリー艦長も一緒だった。
「ちょっといいかしら」
「ああ、大丈夫ですか艦長?」
「私の家も猫を飼っていたわ……大人しい子ね」
エイヴォリーは水夫からぶち猫を受け取ると胸に抱き抱える。ぶち猫は別段抵抗する事もなくその腕と胸の間に収まり、ゆっくりと辺りを見回し、あくびをする。
水夫達はたちまちその、猫を抱えたエイヴォリー艦長が放つ、彼女が滅多に見せない家庭的なオーラに当てられ、悩殺される。
「きっと気まぐれな船乗り猫なのだわ……名前が欲しいわね」
「アァオォゥ」
「あら、おしゃべりが上手ね。決めたわ、お喋り君よ……さあ皆さん、この話はこれで終わりにしましょう。後はモリソン海尉に御願いします。おやすみなさい」
エイヴォリーはぶち猫を抱えたまま、艦長室に戻って行く。水夫達も三々五々、持ち場や休息に戻る。
モリソンはまだその場に残っていたライリーに再び向き直り、溜息をつき、さっきとはうって変った柔らかい口調でライリーを諭す。
「なあライリー。疲れている艦長にあんな風に気を遣わせて、お前は本当にそれで面白いと思うのか?」
「すみません、副長……皆も驚いて面白がるかと思ったんです」
ライリーは素直にそう謝罪する。
艦長に連れ去られたぶち猫は30分程すると、どうやって開けたのか艦長室の扉の隙間から出て来た。近くを通りかかった水夫が、慌てて扉を閉め直す。どうやら艦長は再び眠ったらしい。
「それであの猫、どうする事になったんだ?」
「ああ、名前はチャティだ、艦長が名付けた」
それからさらに30分もすると、ぶち猫のチャティはもう船中を我が物顔で歩き回り、どこにでも自由に寝そべり、気が向けば水夫達に軽い愛想を振りまくようになっていた。




