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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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消火用の斧で粉砕された木箱「」

ハロルドが自暴自棄になっていたのは、レイヴン海軍が帰還したマイルズ・マカーティ艦長を拘束し、グレイウルフ号を破却したからだった。


この話は三人称で御願い致します。

 夜のコンウェイ港の波止場を、6人の水夫が連れ立って歩いて行く。


「この後はどうなるんだ? またプレミスに戻るのか」

「それが艦長、ブレイビスに呼び出されてるらしいぜ……モリソン海尉が言ってたから間違いないと思う」

「おいおい、まさかお叱りじゃねえだろうな」

「いやいや……さすがに少し休みを貰えるんじゃないのか?」

「本当かよ……うちの艦長は働き過ぎ、いや働かされ過ぎだよ、本当に」


 水夫達はぼやきながら波止場の片隅に目立たないよう停泊している、ヘッジホグ号の方へ歩いて行く。彼等はこの港の水夫ではない、レイヴン海軍兵である。


―― ドッ! わはははは……


 彼方のコンウェイ港の交易所から、微かに大きな歓声が聞こえて来る。交易所ではずっと宴会が開かれているらしい。


「いい気なもんだぜ、コンウェイ海賊共め」


 ヘッジホグ号の乗組員は、彼等の艦長エイヴォリーがあの交易所に、先日水夫狩りで集めたばかりの男達を返しに行った事を知っている。

 多くの乗組員がその誰もが気の進まない仕事に同行を申し出たのだが、エイヴォリーは断り、一人で男達を連れて行った。


「艦長、あの海賊共にいじめられなかったかなあ」

「よせよ……泣けて来るじゃねえか」



   ◇◇◇



 ヘッジホグ号は軍属の船だが、主な仕事は通信と輸送である。


 6人の水夫がボートで船に戻ると、また別の6人が入れ替わりに波止場に向かう。彼等は艦長の計らいで陸に食事に行かせて貰っていた。


「ただ今戻りました!」「うめぇ物食って英気を養いました!」

「おかえりなさい。最後の組が戻ったら出港だから、準備をしておいてね」


 たまたま舷門近くに居たブライズ・エイヴォリー艦長は、そう微笑んで応える。


 ヘッジホグ号の乗組員は海軍の他の艦の乗組員より少し幸せだった。この船には他の艦のようなうるさくて怖い艦長は居らず、代わりにいつも優しく微笑んでくれる美人艦長が乗っているのだ。そして延々続く同じ海域での哨戒任務や、昼夜を問わず抜き打ちで始まる厳しい砲術訓練も無い。

 反面この船に課せられる仕事は理不尽な物も多い。最近ではハマームからプレミスまでの無寄港特急航海をさせられたし、やっとプレミスについたと思えば囚人と一緒に波止場から離れた錨地で何日も缶詰にされた。



 ヘッジホグ号は二本マストで、甲板の長さは30mを越える中型のブリッグ船だ。低い船尾楼はあるが甲板は全体に凹凸(おうとつ)が少なく船体はスマートである。

 平時である今は兵装を9ポンド砲8門まで減らされている。そして基本的に30人程の少人数で運用し、任務に応じて必要な海兵隊や水夫を積み降ろししている。



 やがて最後の水夫が戻ると、最近、別の船からヘッジホグ号へ異動になったばかりの新任のモリソン海尉が、少し緊張した面持ちで艦長室の扉をノックする。


「艦長。出港準備整いました」

「今行きますわ」


 モリソンは真面目でハンサムな男である。そして彼はまだ少し、自分の上司が三つ年上の美女である事に戸惑いを感じていた。ちなみに艦長は独身だが、モリソンの妻子はプレミス港の高台の小奇麗な住宅に住んでいる。


―― ガチャ


 扉を開けて現れたエイヴォリーは、いつも通りきちんと制服を着こなし、軍帽を被っていた。モリソンは艦長の少し窮屈そうな胸元を見ないように目を逸らす。


「それと……船内を隅々まで探したのですが、やはり艦長の眼鏡は見つかりませんでした。申し訳ありません」

「ご、ごめんなさいそんな、なくした私が悪いのよ、そんな風に言わないで」


 エイヴォリーは十代の終わり頃から慢性的な肩凝かたこりと視力低下に悩まされていた。二十代前半の、首都防衛艦隊で提督補佐官をしていた頃は仕事に差し障りがある為、ずっと眼鏡を掛けていた。

 しかし海上任務を得てからはなるべく眼鏡に頼らずに仕事が出来るよう、必要な時以外は眼鏡をかけないよう心掛けているのだが、一日中考え事に囚われている事の多いエイヴォリーは、時々眼鏡を置いた場所を忘れてしまう。


「きっと艦長室にあるのだわ。ちゃんと自分で探しますから、どうか皆さんは気にしないで」

「はあ……」


 女性の艦長という事で、乗組員達は余程の事が無ければ艦長室には入らない。


「向かい風だけど岬を回るまで頑張らないと。抜錨して……ただし、静かに」


 エイヴォリーが静かに号令すると、甲板に待機していた二人の士官候補生が、水夫達が、静かに動き出す。


「抜錨!」「坊ちゃん、お静かに」


 14歳ぐらいの、年少の方の士官候補生がいつも通りにそう言ってしまうのを、近くに居た若い水夫がたしなめる。少年候補生は慌てて口をつぐむ。


「半帆開け」


―― ギギィ……ギィ……


 三角の縦帆が2時方向からの風を受け、風力がマストに、船体に伝わり、きしみ音を立てる……


―― バサバサ……バッ……!


「んん?」「あら……?」


 水夫達が数人、マストを見上げる。エイヴォリーも釣られたように見上げる……マストの天辺に取り付けられていた吹流しが、8時方向から9時方向へ、さらに10時方向へと流れて行く。

 それと共に、三角帆が大きく膨らみ、船体がぐぐっと加速する。


「何か風が回ったぞ」「見てないでブーム回せよ!」「バカ、静かに」


「急に追い風になったわね……」

「珍しい事もあるもんですね……」


 エイヴォリーとモリソンは顔を見合わせる。


 水夫達の動きが慌しくなる。

 ヘッジホグ号は、満月が照らすコンウェイ港から、静かに滑り出して行く。

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