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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
God Save the King

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コンウェイの船乗り共「アイリさぁぁん! ビールを御願い出来ませんか!」アイリ「はいはい、今行くわよ、もう、うふふ」コンウェイの船乗り共「女神様だ! アイリさんの美貌に乾杯!」

のんきに盛り上がる交易所を後にして、散歩に出たマリーが出会ったのは、グレイウルフ号副長ハロルドの、落ちぶれた姿だった。グレイウルフ号に一体何が。

 狂気と怒りに燃えたハロルドの表情が、驚愕に、次に羞恥心に歪んで行く。


「ひッ……ひいぃッ……!」


 ハロルドは這うように身を翻して立ち上がり、走り出そうとしてよろめいて……転倒し、また激しく地面に叩きつけられて……再び起き上がり、よろよろと駆け出して行く。


 私は愕然としていた。あれがハロルドさんですって!? ともすれば野蛮で生き急ぎがちなマカーティ艦長をしっかりと補佐し船を守っていた、誠実な紳士のハロルドさんが……一体何故こんな事になってるの!?


「ううっ、ぐえっ……うげえっ!」


 真っ直ぐ走る事も出来ないハロルドは、30m程走った所でまた倒れた。もう病的に泥酔しているのだろう、ちょうどそこにあった側溝に向かい、激しく嘔吐している……


 私はハロルドを刺激し過ぎないよう、静かにゆっくりと近づく。しかしハロルドは勘付いたようだ。


「来るなッ……来ないでくれぇ……」


 私は一度、大きな深呼吸をした。


「君はハロルドだろう!? 一体こんな所で何をしてるんだよ! グレイウルフはどうしたんだ! 君達は! 激しい戦闘の末、フルベンゲンを海賊の略奪から救った英雄だったんじゃないのか!?」


 私はただ、自分の率直な疑問をそのまま言葉に出した。

 しかしそれを聞いたハロルドは……憤怒に顔を染め、また悲しみに歪め……かぶりを振る……


「彼女は、死んだ……殺された! 異国の地フルベンゲンを命懸けで守り傷ついた彼女を、我々は苦労してノーラまで運んだ! きっと修理して貰えると、王国艦隊の名誉ある船として戦線復帰させて貰えると信じて! だが海軍は彼女を殺した! 砲撃演習の標的にして、傷ついた彼女を……あの気高き狼を……殺したんだ……彼女は粉々のがらくたとして……ノーラ沖に沈んだ……!」


 拳で地面を叩き、慟哭どうこくするハロルド……そんな……


 巨大タコとの戦いで手傷を負ったまま、フルベンゲンを襲う大海賊団との戦いに挑む事を決めたのは、グレイウルフ号とその艦長、マカーティだった。

 そしてグレイウルフは海賊との死闘を制し、見事に異国の町とそこに住む人々を守り抜いた。そして乗組員達は戦利品の申し分の無い二隻のキャラック船を土産に意気揚揚と母国に引き上げたはずだ。


 だけどレイヴン海軍は、そうしてやっとノーラに帰還したグレイウルフ号を、修理せず処分したと言うのか……?

 いくら損傷しているとはいえ、フルベンゲンからクレー海峡まで問題なく航海して来た船を? そんな名誉ある船を?


「何て事だ……あんな立派な、美しい船を……」


 私に言えた事は、それだけだった。


 私はハロルドを問い詰めたい気持ちを必死にこらえていた。ここでハロルドさんに疑問を突き付けるのは全くお門違いだ。私はついこの前、バットマー艦長にそれをやって大失敗したばかりだ。


 何故だとかどうしてだとか、そんなのはハロルドさんの台詞だ。実際に理不尽にグレイウルフ号を失って一番傷ついているのはハロルドさん達、乗組員なのだ。


 だけど。これだけは聞かなくてはならない。聞かなくてはならないのに、私の唇は凍りつき、息はかすれるばかりで、言葉が、なかなか出て来ない。


 こんな事になって、ハロルドさんと同じくらい傷ついているはずの、()はどうしたのか。



「それで……マイルズはどうしたんだ……?」



「処刑だ……」



 たちまちに動悸が高まり、心臓が跳ね上がる心地がした。頭からは血の気が引き、眩暈めまいが走る!

 だけど正気を保たなきゃ、正気でいないといけない、傷ついてるのは私じゃない、ハロルドさんや彼の仲間達だ、だけど……もう無理だ、気持ちを抑えられない!



「何故……何故だよ!? あいつが何をしたと思ってるんだ、大規模な海賊の襲撃を嗅ぎつけたのはあいつだ、スヴァーヌは同盟国なんだろ、だからってあいつ、大嫌いなこの僕に何をしたと思う!? フルベンゲンの防衛を手伝ってくれって、地面に手をついて頭を下げたんだ! それが……それが悪いとでも言うのか? 国王陛下の命令を受けて出撃し、同盟国の町を守る為に圧倒的多数の海賊と戦う事を決めたマイルズが……海賊を倒すのに海賊の手を借りたってだけで……そんな!」



 ハロルドは上半身を起こし、身を翻して、どっかりと座り込む。


「そうさ……それが我々の忠誠に報いる、この国のやり方だと! 騎士に叙任するのでも、立派な領地を与えるのでもない、海軍士官としての名誉まで剥奪はくだつした上で、執行人の斧の下に首を差し出せと! それが我等が敬愛した国王陛下からの! マカーティ……元艦長への……最後の命令だ……」



 一見いっけん粗野で乱暴そうに見せて、極めて洞察力が高く用心深い、しかし部下を自分の背中で引っ張る男。それが初めて会った時のマカーティの印象だった。

 奴の臨検を受けたフォルコン号、いや私は奴の洞察力を甘く見ていて、下らない小細工を仕掛け奴の船から逃れようとした。しかし奴は用心深く私の動きを観察していたのだ。奴に追われた私は一時は投降を覚悟した。

 思えばあそこに巨大タコが出て来たのは僥倖ぎょうこうとも言える。あれが無ければ、我々は単に追う者と追われる者で終わっていただろう。


 巨大タコとの戦闘とその後処理を見ていて思ったのは、奴が本当に船と仲間達の事を大事にしているという事だった。奴は最前線に立ち兵士を守りながら戦う、オールドファッションな大将だ。英雄物の物語に出て来るような奴だ。


 そして奴は敵や不審者に対しては狡猾こうかつでずる賢い狩猟者ハンターとなるのだが、味方や守るべきひつじ達に対しては極めて馬鹿正直な番犬となってしまう。

 フルベンゲンの人々には戦う事を求めず、奴は海賊だと思ってるフレデリクに土下座して助太刀を頼んでまで、自らの任務を全うしようとしたのだ。



 それでも、私マリーはあの男の事はあまり好きではない。基本的には下品でやかましい男だ。正直、あんまり近くに居て欲しくない。

 だけど、フレデリクにとってはそうではない。向こうは1mmもそんな事考えていないとは思うが、ストークの子爵の四男坊のフレデリク君にとって、マイルズは共に死線を乗り越えた親友なのだ。


 あいつ……馬鹿正直に、ファウストの事も報告したんだろうな……


 だから私は言ったのだ! 恥をかいてまで……あれはファウストではない、ロビンクラフトだと、何度も何度も念を押したのに。

 私は今の所ファウストが何をしたのかよく知らない。しかし、レイヴン側にはロングストーンの条約を破ってまで襲って倒そうとするくらい、ファウストを始末したい理由があるのだろう。ファウストに最高額の賞金を懸けているのも、フェザントではなくレイヴンだ。


 レイヴンは、マカーティがそんなファウストの手を借りた事が、そこまで許せなかったのか。大手柄を上げたマカーティを、処刑したいという程に……


 ……


「君は……マイルズの最期を見たのか」


 私はまだフレデリクの声色を続けていた。

 ハロルドはこちらを見ずに……かぶりを振る。


「見られんよ! 私には、とても……無理だ……あれだけ不利な戦いを勝利に導き、同盟国の感謝と十分な戦利品を得て、母国に堂々凱旋した艦長が……領地でも爵位でも、勲章ですらなく、処刑人の斧を下されるなんて、誰が思う……!」


 ハロルドはだらりと、近くの民家の壁に背中を預ける。


「ちょっと待て。マイルズはもう処刑されたのか? まだ生きているのか?」


「やめてくれッ……! ああそうだ! まだ艦長を救おうとブレイビスで頑張ってる奴も居る、だけど一度処刑と決まった奴が助命された事など、少なくともここ何十年の間には一人も居ないんだ! 私はもうこの国には居たくない、ブレイビスからも少しでも離れたいから、船を乗り継いでここに来た……明日にはアイビスへ移る……フレデリク。私が君に言える事は一つだけだ……君の友人、マイルズ・マカーティを守る事が出来ず……申し訳ない……」

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本作はシリーズ六作目になります。
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>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[一言] マイルズさんが手紙のこと知らなくて良かったね
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