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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
強襲のパスファインダー

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ロブ(140kg)「えっ? あだ名はなんだって?」アレク(75kg)「いえ……何でもないです……」

ロブスター一匹から始まった話が、レイヴン海軍の集団脱走事件とその解決まで繋がってしまいました。首謀者のスペード侯爵には手が届きませんでしたが……

レイヴンでの冒険も、そろそろ終わりでしょうか。

 私は頭から濃紺色の外套を掛けられたまま、レイヴン海軍のボートに乗せられていた。周囲はしっかりと海軍士官に取り囲まれている。


「顔を下げていたまえ!」


 周りを見ようとした私は、士官の一人にそう注意される。審判の時が迫っていると思うと、気が気ではないというのに。


「そちらは、フォルコン号か?」


 舳先の方でランプを手にした士官が誰かに語りかけている……


「ええ。ロングストーン船籍の商船、フォルコン号ですわ」


 船からはアイリさんがぁッ! 応答した……

 士官は手にしていたランプのシャッターを降ろす。


「静かにテークルを降ろしてくれ。お前達の船長を引き渡す」



 いくら満月とは言え、深夜にここまでする必要があるのかは解らない。ともかく、私は密輸品のように警戒されながら、外套にくるまれたまま滑車テークルに網で釣り上げられ、フォルコン号の甲板へと帰還した。


「当たり前だが、もうこの港には降りるなよ。明日にでも出港するように」


「……解りました」


 私は舷門の下から顔を出し、レイヴン海軍士官の外套を返しながら、そう応える。


「いいじゃん、また来いよねえさん」

「そうそう、意外といい所もあるんだぜ、この港も」


「静かにしろお前達! さっさと帰るぞ!」


 士官で一杯のボートも、漕いでいたのは大湿原から一緒について来てくれていた水夫達だった。私は士官に怒られてオールを漕ぎ始める彼等に、小さく手を振る。


 とにかく、レイヴン海軍のボートは去って行く。


 私は四つん這いで舷門から顔を出したまま、固まっていた。そこへ……ぶち君がやって来て、私の顔のすぐ横に手を揃えて座り、こちらを見上げて来る。

 背後からは、足音も集まって来る……



「帰りが遅くなって申し訳ありません! 大湿原からプレミスまで歩いて戻ったりして時間が掛かってしまいました!」


 私は勢いをつけて立ち上がって振り返る。その時点でアイリさんは既に30cm前方に居て、少し屈み込んで私と目線の高さを合わせて、喜怒哀楽のどんな感情も浮かべずに私を凝視ぎょうししていた。


「……そんな事より」


 ヒッ……アイリさんが、私の両肩を掴んだ……



「今日は怪我なんてしてないでしょうね? 恐いおじさん達に意地悪されて泣かされなかった? ご飯は食べたの?」


 アイリさんは、少し怒った顔でそう言った。

 私は震え声で答える……


「い、いいえ……ご飯は食べ損ねたけど……私は、元気です……」

「……そう。じゃあいらっしゃい、何か作ってあげるから」


 アイリさんはそう言って安堵したような溜息ためいきをついて、そのまま私の手を引き会食室へ連れて行こうとする。


「ま、待って下さいアイリさん! それから皆……!」


 皆とは言うが、周りに居るのはアイリさんとぶち君の他には、ウラドとアレクだけだった。ウラドは腕組みをしているが特に怒った様子は無い。アレクは……少し困ったような顔はしている。

 ともかく、まずはこれを話さなきゃ。皆この為に協力してくれたのだ。


「アンソニーさんと甥のハリーさんの嫌疑は無くなりました、二人はすでに釈放されていて、没収された海老やロブスターの代金も弁償して貰えるそうです、別の裁判の証人として出廷しないとならないので、すぐには帰れなくなってしまいましたが」

「うちの資材も返って来るの?」

「大丈夫、アンソニーさんの方に返すって」


 アレクが危惧していたのはこれだろうか? 違うのかな? アレクはまだ困ったような顔をしている……


「どうしたの……太っちょ?」


 私がそう聞くと、アレクは足元、第二船員室がある辺りを指差す。


「その太っちょが問題でしょ……あの人、これからもこの船に乗せるの? あの人の太り方、僕なんか全然目じゃないんだけど」

「ええっ、ロブ船長も乗ってるの!? いやいや、あの人は元の入り江に帰るまでの客だから!」

「そう? あの人が乗ってたら僕もう太っちょなんて呼ばれなくなっちゃうなーと思って、心配してたんだよね。」

「はは、ははは」


 珍しく、ウラドが腕組みをしたまま声を立てて笑う。

 何だか和やかな雰囲気だけど……駄目だ、やっぱりちゃんと言おう。


「あの。アイリさん……ごめんなさい! あの時はその、どうしても行かなきゃならない訳があったんです、だけど……」

「船長のマリーちゃんには、船長だからこそ仲間に言えない事や、それでもやらなければならない事があるんでしょう? 仕方ないわ」


 アイリさんは苦笑いを浮かべ、そう言って、ゆっくりと私を会食室へ引っ張って行く。私も手を引かれるままついて行く。


「だけどねマリーちゃん、私も貴女の事が心配だからこれだけは言わせて。何をしてもいいけど、なるべく怪我をしたり泣いたりしないよう、自分を大事にして行動してね。私はマリーちゃんが怪我をしたり泣いたりするのが嫌だから。マリーちゃんが無事に帰って来てくれれば、それでいいの」



 会食室ではアイリさんが作った海老と野菜のシチューが待っていた。私は良く考えたら昨日の宿の朝食以降何も食べておらず、猛烈に腹ペコだった。園遊会の焼き菓子すら結局食べ損ねたのだ。

 アイリさんが作る料理はいつも美味しいけど、今回は格別だった。


 ウラドとアレクは夜直と、明日の出港の準備をしていた。

 アイリさんは温め直したシチューを私が食べ終えるまで、近くに居て微笑んでいてくれて、その後は身支度をして士官室に戻って行った。

 ぶち君は、ずっと私の近くに居た。



   ◇◇◇



 それから。私は私の城である、フォルコン号の艦長室に戻っていた。

 今はもう深夜一時。レイヴン海軍の皆さんの都合を考えると、明日は夜明け前にでも出港した方がいいだろう。

 だから、早く寝ないと。

 身支度は済んだ。お姫マリーは脱いでハンガーに掛けて壁に吊るし、今はいつもの寝間着代わりの父の大柄なチュニックを着ている。


 ……


 だけど……湾内の波はとても穏やかなのに、胸が苦しくて眠れない。


 アンソニーさん達を助けられた事は良かった。だけど何故こうなったのか。



 私がやきもち(・・・・)なんか焼いて、あの屋敷のリビングを飛び出したからだ。

 滅多に一緒に居られない父との、数少ない大切な思い出を。当の父が、見知らぬ裕福そうな女の子達に平気で話すのを見て、私は醜い嫉妬に囚われてしまった。


 そうしたら、急に、本当に急に物事が動き出して……私はちょっと頭を冷やすつもりで外に出ただけだったのに、そのまま……私はあの屋敷のリビングに戻れなくなってしまった。


 先ほど滑車テークルで釣り上げられて甲板に降ろされるまで、私はまだ心のどこかで、自分は一眠りしたら大急ぎでローズストーンのリンデンさんの別荘に戻るのだろうと思っていた。

 私の徒夢あだゆめとどめを差したのが、あの海軍士官の言葉だ。


―― 当たり前だが、もうこの港には降りるなよ。明日にでも出港するように


 その通りだ。アンソニーさん達を助けるという目的はもう達成した。後は手配人の私を見て見ぬふりで出港させてくれるという、レイヴン海軍の皆さんにこれ以上迷惑を掛ける訳には行かない。船の仲間達や船そのものだって。とがめもなくこの港を出られるのはこれが最後かもしれないのだ。

 私は船長として、この船を間違いなく明日の夜明け前には出航させなくてはならない。


 理屈では解っている。だけど私の感情のたかぶりは止められない。

 急に私が居なくなって、父は驚いているのではないか。

 ローズストーンの人達だって心配してるのではないか。娘と紹介された者が一人で居なくなったのだ。普通ならただ事ではないと思うだろう。

 あの純情なジョニー君もそうだ。みんな心配しているのではないだろうか。


 そして。リンデンさんの屋敷はとても素敵な建物だった。女の子達も明るくお喋りで、話したら仲良くなれそうな気もした。

 父も私もヴィタリスに居た頃は夢にも見た事の無いような綺麗な服を着ていて、私達は正式に晩餐に招待されていたのだ。


 園遊会で腕を組んで歩いた僅かな時間ですら、夢のようだったのに。


 素敵な貴族の別荘での、父と一緒の晩餐会。それはどんなに楽しかった事だろう……夢にも見た事の無いような憧れの景色が、そこにはあったはずなのに……

 晩餐会の後はきっと、客間に通されて一晩泊まって行ったのだ。客間ではきっと父と二人きりになっただろう。今度こそカモメのフンの話などではなく、今まで言いたかった事や父から聞きたかった事を、本当に眠くなるまで、話し合う事が出来たのではないか。

 問われれば母の話だって喜んで聞かせたと思う。その代わり、私も父に母との馴れ初めの事を聞いただろう……そうだ。意地悪なんかしないで母の事ももっと話せば良かった。


 そんな妄想もうそうが、今は本当に空しい。

 枕が涙でぐちゃぐちゃだ。私はベッドを降り、毛布にくるまったまま床の隅に転がる。


 私が、醜いやきもち(・・・・)なんか焼くから……


 お父さんは今頃どうしているのだろう。まだ松明たいまつを手に大湿原を駆け回っているだろうか。泣いているのだろうか。私の名前を呼びながら……!



 士官室は艦長室のすぐ下だ。アイリさんに泣き声を聞かれないよう、私は必死に声を押し殺す。

―― 数時間前


ピジョン「マーガレット? いやー大丈夫、急に用事でも出来たんだろう、さっきも言った通り、あいつは俺の娘、幽霊船だって乗りこなす豪傑なんだから! プゥワハハハ!」

アーサー「は、はあ……本当に宜しいのですか?」

ピジョン「それよりすみません、急に私の友人のラルフまで世話になってしまって」

ラルフ「あああ……うめえ……久し振りの、まともな食事が、生まれてから、一度も食べた事の無ェようなこんな御馳走だなんて! ありがてぇ、ありがてぇ」

ジョニー「いいのかよピジョン船長……あの行列、千人は居たぞ」

ピジョン「シーッ、詳しい事は本当に俺も知らんが、大丈夫大丈夫。ハハハ」

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本作はシリーズ六作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[一言] いいエンデイングですね。 船、お城、とても穏やかです。 あ、全て終わった後のやきもち。マリー、泣かないで。 金持ちの田舎別荘、Jane Austenの小説も時時出てくる、私好きのシーンです。…
[良い点] 名無し [一言] ほんとこの娘さん父親のこと好きすぎる
[良い点] 屋敷から出なければ良かったとは言いつつも、あの大捜索に出会して関わることを決めた部分については悔いた様子のないマリーさんからは不器用な善良さや曲げられないスタイルが感じられました。 それで…
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