ロスロドス「な……何だよ意外と可愛い子じゃねえか」ペンケル「へへっ、お前には似合いそうにねえな」
フレデリクの手配書に描かれている人、マリーも一度見ています。まあ正直言ってモブ敵でしたし、すぐにジェラルドに殴られて退場したので、思い出す事は出来そうにありませんが。
取引所の見た目は酒場のようだった。入り口の横に摘まみだされた飲んだくれが寝転がっていたりして、本格的な風情である。
「お嬢ちゃん、硬貨を恵んでくれねえか、ここは寒くて耐えらんねぇよ」
「船長、いいから」
不精ひげは私と酔っ払いの間に入り、私の肩を押してさっさと店に入らせる。
まあ酒場と言ってもお店なんだから、お金を持った客は歓迎してくれるだろう……あのおじさんのように摘み出される事はあるまい。
店内は昼間だというのに大変暗かった。
壁際に大きな暖炉があり、大きな薪を明々と焚いているのだが、明かりはほとんどそれだけだ。板窓は全部閉め切ってるし、他の灯りは店主らしき人の居るカウンターのランプが一つ、後はポツン、ポツンと蝋燭がつけられている程度である。
照明だけではなく雰囲気も暗い。ぼろぼろの外套を掛けた椅子に座る客達が、一斉に異物を見る目をこちらに向けている。ひそひそと何か言い合う声は聞こえるが……こちらに向かって何かを言う者は誰も居ない……
「船長、これはちょっと様子がおかしい、一度出よう」
不精ひげまでも、私にひそひそとそう語り掛けて来るが、突然の不機嫌に襲われていた私は、客で一杯のテーブルの間を縫ってずかずかとカウンターへ向かう。
「ここは取引所とお聞きしましたわ! 私はマリー・パスファインダー! ウインダムから上質の地金と鉄製品、毛織物をお持ちしましたの! 人気のファン・ヘルク社の斧やピッケルもございますのよ……誰か! 私と取引しようという方はいらっしゃらなくて!?」
しかし、私の呼び掛けに応じる者はなく、暗い店内からは少しずつ……不快感を表すような咳払いや、少し大きくなった囁き声が聞こえて来る。
もしかして、アイビス語が全く通じないんだろうか。不精ひげも何故か訳してくれないし……ここは数少ないレイブン語の知識を総動員してみようか。
「私は! マリー・パスファインダーです! ウインダムから来ました! 本当はロングストーンから来ました! 私は雑貨商です! 私は地金と毛織物と斧とピッケルを持っている、私と取引をしよう!」
「うるせェよ、キンキン声で喚くな、アイビス語ぐらい出来らあ!」
ヒッ!? たちまち罵声が返って来たよ、アイビス語で!?
「ガキや女の来る所じゃねえんだ、帰れこのアマ!」
ひいっ……
「何だそのチャラチャラした格好はよォ! ここはそういう店じゃねェ!」
ぎゃあ……
「何がウインダムだ、ここはレイヴンだ、レイヴンにはウインダムなんかよりずっと優れた工業製品があんだよ! 出て行きやがれ!」
ぎゃあああぁああ!?
ついに……ついにこの日が来てしまった……思えば船長になってからここまで、私は運に恵まれ続けて来た。私が行く先々で出会う人はいい人と敵の二種類しか居なくて、嫌な人はほぼ居なかったのだ。だけど私のような気の弱い者が一番恐れるのはこの、「敵ではないけど怖くて嫌な人」なのだ。
「待て、ちょっと待ってくれ、解ったから」
私が硬直していると、不精ひげがテーブルの間を掻き分けて急いでこちらにやって来て、私と男達の間に入ってくれた。ありがとう不精ひげ……いつも馬鹿にしていてごめんなさい……
「今出て行くから、騒がせて済まなかった」
不精ひげはそう言って私の袖を掴む。男達はいきり立っていて、椅子から立ち上がってこちらを威嚇してる人も居る……怖い、怖い……早く外へ連れてって不精ひげ……
「……船長?」
私は不精ひげの手を振り払っていた。
「もう一度言うわよ! 安くて丈夫な金具に工具、ステイ、アングル、釘に丸棒、新しい鉋に鋸、アンタ達に必要な物は山ほどあるはずよ! 船を直そうにも資材は無いし工具もボロボロ、だけどあんた達が欲しい物は私が持ってるわよ! なのに人がチャラチャラしてるのウインダムが嫌いだのとごまかして……」
私が話している間にも男共は罵声を上げこちらに詰め寄って来る。不精ひげは必死で彼等との間に立ち塞がる……ほんとごめんね、不精ひげ。
私は一度、大きく息を吸い込む。
「はっきり言えよ!! 金が無いんだろ!!」
その一言で。店内は静まり返った。
「私も商売だからタダではあげないよ、だけど金がなきゃ取引しないとは言ってませんよ、私は物を売りたい、アンタ達は買いたい、だけど十分な金は無い、だったらどうすれば取引が成立するのか、それを知恵を出し合って解決するのが商談でしょう! この港の取引所はここだって、私はそう聞いて来たんですよ!」
「ああ……ちょっと外の風を入れようか……今日は少し、客人が多いから」
私を含めた他の全員よりは温厚そうなおじさんがカウンターの中から出て来て、長い棒を手繰って少し高い所にある明かり取りの板窓を開けた。ひんやりした風と外の光が入り、真っ暗だった店内の様子が解るようになる……私に詰め寄って来ていた人達の顔も、見えるようになった。
皆さん、想像以上に、人相が悪い。
顔や腕が傷跡だらけの人、刺青だらけの人……正直、堅気の仕事をしてらっしゃるようには見えない人が何人も、いや……全員そんな感じかも……
男達は決して納得したような顔はしていない。忌々しげに私を睨みつけている人も居る……そして。
「何だぁてめえ馬鹿にしてるのかごるぁ!」「ああ? 喧嘩売ってんのかあ!?」
後ろの方では突然掴み合いの喧嘩が始まった。一応別の男達が間に入ってはいるようだが……怖い。ここは明らかに私のような者の居る場所ではない。
大声で叫んだせいか、私自身の不機嫌は吹き飛んでしまった。それは同時に私に一時的に宿っていた仮初めの勇気も吹き飛んでしまった事を意味する。
板窓を開け終えた、店の人が近づいて来る。
「聞いての通り、ここは酒場じゃなく取引所だから、別に何も注文してくれなくてもいいんだが」
「後生だからビールをくれよ、この人には林檎割りで……今日は汗ばむぐらい暖かいな」
不精ひげはまるで馴染みの酒場に来た客のように、平然とそう注文する。
いいわねおじさんは。何処へ行ってもすぐ場に馴染めて。