アイリ「湾内の軍艦で戦闘が起きてるけど本当にマリーちゃんとは関係無いのね!?」不精ひげ「いくら船長でもそれは無いぞ」
ロブ「ガハ、ガハハ、賭けてもいい、あれは絶対マリー船長だ、ガハハハ!」
アイリ「こ、の、△×ゥ……! いい加減にしなさいよォオ!」
カイヴァーン「やめてアイリさん! 船が壊れるからやめて!」
大湿原からついて来た水夫達の手で、シルバーベル号は海軍基地の波止場へと回送され、跳ね上げブリッジで接岸する。
波止場は大騒ぎである。陸上の守備兵や各艦からの応援も駆り出されたのだろう。
私達は負傷したバットマー艦長を真っ先に担架で運び出す。満月の光の下で見るバットマー艦長の怪我は酷いものだった。
しかしそのバットマーが、担架の上で片目を開ける。
「満月……ここは外か? お前達、担架は要らん、止まれ」
「要らんじゃありません、寝てなさい、アンタ自分で思ってる以上の大怪我をしてますよ、暫くは絶対安静です!」
「この程度の怪我で担架に載れるか! 俺は海尉艦長だ、船から降りる時は自分の足で歩くんだ!」
「いいから寝てろバカヤロウ! 皆さん、早く医者の所へ連れてって下さい!」
「医者など要らん、俺はモスキート号に戻る! おいやめろー!!」
非常に元気な重傷患者は、駆け足の水夫達に担がれてヤードの医療施設へ運ばれて行った。
バットマー艦長についてはもう本当に申し訳ない気持ちしかない。私はあの人を酷い形で事件に巻き込んでしまった。
あんな大怪我をして、復帰までどのくらいかかるんだろう……レイヴン海軍はその間、ちゃんと面倒を見てくれるのか? 怪我が癒えたら、元の……警備艇の艦長に戻してくれるのか?
それと入れ替わりに……ブリッジを上級将校らしい背の高いおじさんが、部下を引き連れて上がって来る。
「プレミス港司令官のプリチャードだ! 誰かこの状況を説明出来る士官は居るか!?」
司令官閣下がそう一喝すると、件のホゾン海尉が小さく手を上げ、前に進み出ようとするが。
「あんたは違うだろ!」「下がってろホゾン!」
水夫達が殺到し、たちまちその行く手を塞ぐ。それを見て、司令官が連れて来た部下達が色めき立つ。
「なっ、何をするお前達! 水夫が士官の発言を妨げるなど……」
しかし周りに居るのは60人の怒れる水夫だ……この人達は千人の中から今回の私のシルバーベル号強襲に協力を申し出てくれた精鋭でもある。
「こいつらのせいで俺達、裏切り者の脱走兵にされる所だったんですよ!」
「そしてシルバーベル号は無実の船を拿捕するのに使われたんだ!」
一斉に騒ぎ立てる水夫達。甲板の水夫だけではない、波止場に残っていた大湿原の水夫達も声を合わせて抗議する。
こういうのは良くない気がする……私は思わず、両手を上げて声を張る。
「待って、皆静かに!」
いや私のような部外者の小娘がそんな事を言ったって誰も……そう思う間もなく、水夫達はピタリと騒ぐのを止めた! そういうのやめてよ逆に怖い!!
司令官閣下は、顔を引きつらせて私を見る。
「君が……この騒ぎの首謀者なのか?」
そこへ、司令官が連れて来た士官の一人が後ろから進み出て、懐から取り出した紙を広げてみせる……
「閣下……彼女は、この……マリー・パスファインダーではないかと……」
あっ。終わった。
士官が差し出したのは私の数種類ある手配書の一つだった。幸いそれはまだ賞金がスタンプされていない物のようだが……どちらにせよ、こんな海軍基地の只中で多くの兵に囲まれた状態で手配人とバレては……もう逃げようがない。
「……驚いたな。君があの、我が国の軍艦を一人で盗み出し、最後はパンツ一丁でサメがウヨウヨ居る海に飛び込んで死んだ、海賊フォルコンの娘だと?」
ぎゃああぁあレイヴン語でも言われたぁあ!! もういい……もういいから楽に死なせて……
司令官は差し出された手配書を手にしたまま、部下の方に振り返る。
「だが待てハモンド。お前は何故これを持っていた? 君の仕事に手配書の配布や撤去というのは含まれていないはずだが?」
「そっ、それはその、今回の騒動の重要な鍵になるような気が致しまして、念の為所持していた次第であります」
「そうか? 確かにこれは今ここで役に立ったな。では後は私が預かっておく」
「いえ、そのような雑用を閣下にお任せするのは心苦しいので」
ハモンドは頭を下げたまま手配書の隅を引っ張る。司令官閣下は溜息をつき、手配書から手を離す。
「その手配書は最近密かに人気なのだそうだが。本物は、可愛らしいだなどと笑ってはおれん豪傑なのだな……君に聞こう。これは一体、何の騒ぎだったのかね?」
私は小さく息を整える。私が言うべき事はひとつだ。
言わせていただけるのならば、言わせて貰おう。
「シルバーベル号には私の友人のハリーが拘束されておりました。彼の伯父、アンソニー・アランデルもカークランド号に軟禁されています……彼等は決して海賊ではなく、逮捕され私財を没収される謂れはありません。それに海軍が持ち去った資材の一部は、私共、ロングストーンの商社パスファインダー商会が所有する物なのです。アンソニーはまだ代金を支払っておりません。御願いします閣下。二人の拘束を解き、海軍が没収した海老とロブスターと資材、もしくはそれに順ずる代金をお返しいただけないでしょうか」
私はそう言って司令官の反応を待つ。
少しの間。辺りが静かになる。皆、私の次の言葉を待っているのだろうか? だけど私が言いたいのはこれだけだ。
私がそれ以上何も言わないのを見て、水夫達が騒ぎ始める。
「ちょっと待てよ、姐さん」
「言う事はそれだけかよ!?」「アンタ散々危ない目に遭ったんじゃねえのか!」
「エバンズの事は!?」「侯爵の騎兵は!」「俺達を騙して大湿原に連れて行き、脱走事件を捏造して、ヴィクター提督に辞表を書かせようとした奴らは!?」
「静かに! いいから!」
私は大きく手を振って皆を静まらせようとするが、今度は誰も静まってくれない。多分私の声なんて聞こえてないはずの波止場の後ろの方まで……水夫達の騒ぎ声が響く。
こういう時はこうだ。私は太股の短銃に手を伸ばす……さすがに慌てた司令官閣下の士官達が止めようと飛び出して来るが。
―― ドン!
私が夜空に向けて発砲する方が先になった。波止場が静まり、おじさん達が固まっている中、私は太股のストラップに短銃を戻す。このストラップ外から銃が見えないのはいいんだけど、人の多い所ではほんと恥ずかしい。
さすがに司令官閣下は眉根一つ動かさなかった。何物にも動じない、親分の鑑のような人ですねェ。
「君の要求は理解した。その二人の件については港湾司令官として徹底的な調査をし、必要な補償をする事を約束する。ただ申し訳無いが私が聞きたいのはその事ではない。この……脱走したはずの水夫達が戻って来たのはどういう事なのだ? 彼等は何を言っているのだ? 君は何を知っているのだ」
「それは!」
近くに居た水夫が何か言おうとしたのを、周りの水夫が止めて静まらせる。
この件の報告も私に任せて貰えるのか。ならば申し上げましょう。
私は、小さくかぶりを振り、答える。
「何の事でしょう?」
「何の……だと? この水夫達だ! 彼等は数日前集団で脱走し、その為に海峡第二艦隊は一時的に行動不能となったのだ! これが戦時だったらどうなっていたと思う! その水夫達がただ帰って来たと言われて納得する者があるのか!」
私は司令官閣下の台詞が終わるのを待ち、頭の中で整理する、いやしようとする……ごめんなさい。私やっぱり難しいレイヴン語は解りません。
「脱走なんてしてません」
「何……何だと?」
「水夫達は脱走なんてしてません。だってほら、皆ここに居るじゃないですか」
私は自分でも薄ら寒いと思える笑顔を浮かべ、両手を広げて見せる。
「ははは、はは、ははは、ちょっと失礼、ここを通して貰える? ははは……」
そこへちょうど。
ざわめく水夫達を押し退け、身なりのいい若い男が、数人の供を連れてやって来る。あれは……スペード卿ではないか。こんな所へ乗り込んで来るとは、大した度胸である。