水夫「か……勝てる気がしない……」
エバンズは空き家となった船、シルバーベル号に居た。正規の指揮船であるカークランド号の方には、人質を置けなかったのかしら? レイヴン海軍が皆エバンズの味方という訳ではなかったのね。
マリーの一人称に戻ります。
「ひっ、ひっ、ひいっ、ヒーッ!」
私は奇声を上げながら、どうやらシルバーベル号らしい船の甲板を走り回る。
船酔い知らずの掛かった服で逃げ回るなら高い所へ上がるべきなのだが、お姫マリーはスカート仕立ての服なので私はあまり高所に上がりたくない。誰も見たくはないだろうし。
シルバーベル号の水夫達は数人が追い掛けて来る。残りはどうしたの? ボートに落とす砲丸などを取りに行ってるのか……そんな事はさせられないよ!
―― ドン! ドォン!
「うわああっ!?」「な、何だあれは!?」
私は追手を振り切りつつボートが接舷してる辺りに駆け戻り威嚇射撃を繰り返す。いつもの事ながら、相手は何発でも続けて撃てるずるい短銃に驚いている。
ボートに砲丸を落とそうとしていた水夫は逃げ散らばった。しかし抜き身のカトラスを持った水夫が後ろから迫っている……今日の私には竹光すら無い。
「ええい!」「わきゃっ!」
私は背後から突き出されたカトラスの刀身を、振り向きざまに短銃の銃身で払って……
―― ドン!
「ぐわぁ!」
威嚇発砲する……相手はカトラスを手放して尻込みする……
私は空中で回転するカトラスの柄を左手で握る……目の前の水夫は、後ろを向いて逃げ出す……
―― ガシャン!
ひいいっ!? 真横から別の水夫がサーベルで突いて来た!? 幸いこれも出足は見えていたけれど、カトラスで払わなかったら刺されてたかも!? ぎゃあああ怖い怖い怖い怖い、
―― ドォン!
死にたくない私は死にたくない一心で短銃の引き金を引く、飛び出した銃弾はたまたま、本当にたまたま、短銃の銃口から僅か20cm前にあったサーベルの刀身に当たり、根元からへし折ってしまった……折れて弾け飛んだ刀身は甲板に転がり、たまたまそんな事になった水夫は、有り得ないという顔をして尻餅をつく。
私が短銃を握りなおし周囲を見回すと、甲板に居た剣を持った水夫達が揃って後ずさりする。両手で砲丸を持った水夫も、所在なげに立ちすくんでいるように見える。先程水上からちらりと見えたエバンズの姿は無い……
どうやら、今の私の大立ち回りは奇跡ですらなかったようだ。シルバーベル号の水夫達はもう状況の悪さを悟っていて、その上で真っ先に逃げ出す艦長の命令になど、従う気を無くしていたのだ……今の攻撃も本気じゃなかったのだろう。
「もう、やめなさい。エバンズの命令だったんでしょう」
私はそう言って、左手のカトラスをそっと甲板に置く。
「何をしている! 早くその女を捕らえろ!」
後ろからやって来た、士官の制服を着た男はまだそう言っていたが。
「ホゾン海尉、もう駄目ですよ、周りを見て下さい」
水夫達は次々と剣を収めて行く。先程折れてしまったサーベルの持ち主の水夫は、悲しげな顔で折れた刀身を拾いあげ、鞘の中に仕舞う……あの……すみません……
「囚われた人は、この船に居るんですか!」
数人の水夫が黙って頷く。
「きき、貴様ら、それは絶対に口外しないと誓いを立てたではないか!」
「それじゃあんたがバラしてるみたいですよ海尉」
「アンタも借りた金の事なんか引き摺ってるから、そうなったんでしょう」
そうこうしている間に、舷側を私と共に来た水夫達が登って来る。
シルバーベル号の水夫達は、がっくりと項垂れたホゾン海尉にも促しながら、恭順を示す為一塊になって船首側へ退去して行く。
「何だよ、俺達が来る前に終わってるじゃねーか」
「姐さんアンタ……一人でレイヴン海軍艦を奪ったのか」
「いやいや、貴方達が来たから向こうが観念したんですよ! 私は何もしてませんから!」
私は短銃を構え、水夫に艦長室の扉を開けてもらう。しかしエバンズの姿は無かった。
「この部屋は閉めて、誰も入らないようにして。海軍の憲兵が来るまで」
「了解、姐さん」
私のいんちきレイヴン語がどこまで伝わっているかは解らないが、水夫達は私に協力してくれた。
他の水夫は士官室や会食室を探してくれたが、エバンズもアンソニー船長達も居なかったと言う。そうなるとやはり、最下層か。
「急ぎますわよ」
「いや、お待ちなせえって」
水夫達がランプを取って来てくれるのを待たずに、私は階段を降りる。どうにも嫌な予感がする。
最下層甲板は階段を降りた所で頑丈な扉に仕切られていた。閂はこちら側についていて、向こうからでは閉められない。私は身を屈め、そっと扉を押す。
「真っ暗ですわね」
「今ランプが来ますぜ」
「このまま行くわよ! あー。アンソニーさん! そこに居るんですか!」
どうせこちらが居る事はバレているのだ、私は思い切って叫ぶ。
―― ゴト、ゴト。
私の声に反応するかのように、物音がした。結構遠くですね……私は小声で水夫達に話し掛ける。
「皆は、ここに居て。私が一人で行くから」
「大丈夫かよ……」
私は手探りで、暗闇の中へと足を進める。足元は平坦ではないし淦水が溜まっている部分もあり、本来なら滑りやすいのだろう。気をつけないと、さすがの船酔い知らずも足を引っ掛けて転ぶ事までは防いでくれない。
私は慎重に、先程物音が聞こえた方向へ向かう。
「エバンズ艦長! そこに居るんでしょう? こっちは私一人ですよ、話をしましょう!」
返事は無い……どうしよう。少し相手を追い詰め過ぎたかもしれない。
アンソニーがそこに居るとして声を出せないのは何故か。拘束されているか、意識が無いか……或いは銃か何かで脅されているか。
だけどエバンズにはもう逃げ場は無い……水夫と共に雪崩れ込んだりしたら、奴は自棄を起こして人質を殺してしまうかもしれない、私はそう思ったのだ。
「私はマリー・パスファインダー、ロングストーン商船の船長でコンウェイのアンソニー・アランデル船長の取引相手よ……レイヴン海軍とは、何の関係も無いわ」
うそなのだ。私の父はレイヴン海軍の軍艦を一人で盗んだ、海賊である。




