フォルコン「あっはっはっは、あはは、あは、あは、ヒィーッヒッ、ヒャーッハッハッハ……」ジョニー「笑い転げてる場合かよ! 何なんだよあれは!」オロフ「あれだ……あれが本物のフレデリクだァ……」
何かの答えを見つけると飛びつかずはいられないのが、この主人公のいい所でわるい所。
だけどさすがに今回はやり過ぎでは……? マリーはどういうつもりなのか。
満月が照らす大湿原で、少女対男達の鬼ごっこが始まる。
「そっちへ行ったぞ! 挟み撃ちにしろ!」
マリーを追い掛ける水夫達は叫ぶが。
「えっ……女の子!?」
マリーの前から現れる新手の水夫達はまだ事情を把握出来ておらず、目の前を駆け抜けるマリーに驚いて立ち止まってしまう。
「その女の子も手配人だー! 捕まえろー!」
「なんだって!? フレデリクって野郎じゃないのか!?」
マリーはまた別の岩山に駆け上がって叫ぶ。
「アンタ達、プレミスじゃ、脱走した事にされてんのよ!!」
「だっ、黙れーッ! 俺達はスペード卿のご命令で……」
「バカッ、それを言うな!」
「だってそうだろう!? 何で俺達が脱走した事になるんだ!」
「ウソだ、ウソに決まってる!」
マリーを追い掛ける水夫の数が100人を超える。しかし男達は低い所を走り回る為、なかなかマリーに追いつく事が出来ない。
「誰か高い所に登れ!」「先回りして取り囲め!」
マリーは飛ぶように岩山に駆け上がり、全体を見回して行動する事が出来る。足の速さ以上に、その利点は大きかった。反対に男達は効率よく動く事が出来ず、方々でぶつかって転げ回ったりしている。日ごろ彼らを統率してくれる海軍士官は、ここには一人も居なかった。
「うわああ!?」「馬鹿野郎適当に走るな!」「誰か高い所に登って指示しろ!」
しかし追跡に加わる水夫達はどんどん増えて行く。
マリーの方にも決して余裕がある訳ではない。追手は何百人も居るが自分は一人なのだ。そして、いくらどこでも平地のように走れるとは言っても、全力で走り続ければ当然息が切れる。
「はぁ、はぁ……世界最悪の! 水兵ども!」
「うるせえ! 世界最悪ってのはいい意味で言ってんだ!」
「知ってるわよ! アンタ達は誰よりも頑丈! アンタ達は誰よりもしつこい! アンタ達は誰よりも諦めが悪い! そのアンタ達が、何故黒い翼の旗も掲げずに、こんな湿原を這い回ってんだよ!」
マリーは少しの間、岩の上で立ち止まり、息を整えながらそう叫ぶ。その間に、たちまち岩が一周を包囲されそうになる。
「おかしいでしょう!?」
マリーは叫びながら、包囲の最後の切れ目に向かって岩を駆け降りる。
「今だーッ!」「とっ捕まえろーッ!」
岩を駆け降りて来たマリーに向かい、両側から水夫がダイビングタックルを仕掛ける。
「ああああ!!」「ぎゃぎゃあ!?」「うおおお!!」
しかし、マリーは間一髪それをすり抜けて駆け抜けて行き、タックルを仕掛けた水夫達は空中衝突する。
「ぐわああ!?」
次の岩山に駆け上り、マリーは叫ぶ。
「何が真実かなんて問題じゃないッ! アンタ達の守る物は何だッ! 祖国の安全と自分の艦じゃないのか! アンタ達が信じるのは誰だッ! 神と国王陛下と、海軍士官だけじゃないのかよ!!」
既に追跡に加わった水夫達は400人を超えていた。さらにそれ以上の数の水夫達が、今もこちらに向かっている。
赤いサーコートの男は10人程居た。彼らは明らかに海軍軍人ではなく、恐らくどこかの騎士団の従士達と思われた。
「あの女の話を聞くなーッ! お前達にこの仕事を任せたのは、次期海軍卿であらせられる、スペード侯爵閣下であるぞ!」
水夫達は息を切らしながら、ゆっくりとマリーが立つ岩の周りを包囲して行く。
マリーは。息を整え、渾身の力で叫ぶ。
「そうだ、その男の言う通りだ! 私はただの酔狂な手配人、私なんかの話を聞く必要は無い!! そんなのよりも! 自分の胸に手を当てて聞けェ! アンタ達は何だ! 兵士か!? それとも王国海軍兵士か!!」
「ふざけんな小娘ェ!」「俺達は王国海軍兵士だ!」
水夫達が罵声を、拳を突き上げる。それは波紋のように、満月の大湿原の中に広がって行く。
マリーは腰に提げていた、パンパンに膨らんだポーチを開け、白地に黒い模様のある旗のような物を取り出し、広げる。
「あ……あああ!? 何でお前がそんな物を持ってるんだあ!?」
「今さっき、そこに落ちてたのをくすねましたわ」
「落ちてる訳無ェだろうそんなもん! 大事な物だぞ返しやがれ!」
「欲しけりゃ力ずくで取りなさいよ」
マリーはそう言って岩山を降り、その辺に転がっていた突き棒にくくりつける。水夫達はマリーを遠巻きに取り囲んだまま、それを見ていた。
「だけどお嬢ちゃん、何であんたがこんな事をしてくれるんだよ。しかもあんた、レイヴンでは指名手配されてるんだろ……?」
マリーを囲む水夫の一人が、息を整えながら尋ねる。
「私は海軍じゃないけど船乗りだよ! 提督のファンなのも本当だけど、それ以上に。船乗りの魂が、虚仮にされんのが悔しいんだよ! げほ、げほ……」
マリーも大きく肩で息をしながら、呼吸を整える。周りには既に湿原に散らばっていた殆どの水夫達が集まっていた。その数は千人を超えるだろう。
「待て、正気なのかお前達、本当にそんな小娘の言う事を信じるのか!? その女はレイヴン人ですらない上、指名手配犯なのだろう! こちらは次の海軍卿、スペード侯爵の家臣なのだぞ!?」
赤いサーコートの男達は全部で20人ばかりになっていた。サーコートの男達の周りには20人ばかりの水夫も居て一塊になっている。彼等は元からスペード侯爵の息のかかっていた者達だった。
彼等は先程までは他の大勢の水夫達を完全にコントロールしていた。水夫達は、スペード卿から極秘任務を与えられ、プレミスに現れた大海賊、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの捜索をしていた……そう、思い込まされていたのだ。
彼等が艦隊から鮮やかに逃げ果せたのも、スペード侯爵側の手引きがあったからである。水夫達には逃げたという意識すら無い。
神出鬼没のフレデリクを捕まえる為には味方すら欺かなければいけない、皆、スペード侯爵のスパイの水夫にそう吹き込まれていたのだ。
赤いサーコートはスペート侯爵配下の騎士団の従士達だった。マリーは彼等に向き直る。
「この船乗り達はね、侯爵様の御命令通り指名手配犯を追い掛けているのよ」
そう言ってマリーは歯を見せて笑い、レイヴン海軍旗を結んだ突き棒を振り回してから、肩に担ぐ。
「だ、だったらその女を捕まえろ!」
侯爵の息の掛かった水夫が数人、マリーに近づこうとするが、たちまち、他の……先程までマリーを追い掛け回していた水夫達が作った人垣に阻まれ、睨みつけられる。
「人の手柄をよ、後ろから手を伸ばして奪おうってのは感心しねえな? 同輩」
「い、いや俺達は……その……」
「もう歩けないって男はここで休んでいるといいわ。スペード侯爵の御命令で、何日も野宿をしてたんでしょう?」
マリーは肩に乗せた旗を揺らしながら、水夫達に背中を向ける。
「みんな、まだ歩けるな!?」「当たり前だ!」「いつでも行けるぜ!」
水夫達の間に再び、波紋のように結束の気勢が広がる。
赤いサーコートの従士の一人がまだ、やや震えた声で叫ぶが。
「待つんだお前達……本当にそんな、たかが一人の、小娘の言う事を真に受けて、侯爵の命令を無視する気か……」
マリーがレイヴン海軍旗を一振りして歩き出すと、千人を超える水夫達は、少し下がってそれについて行く。
「考え直せ! お前達! おおい!!」
しかし男達は止まらず、諦めの悪い従士達を遮るように、声を合わせ、海と男にまつわるとても下品な歌を歌い出す。
200本の松明を灯した千人を越えるレイヴン海軍兵達は、レイヴン海軍旗を堂々と担ぐマリー・道案内屋に導かれ、満月の大湿原を行進して行く。




