ハモンド「スペード卿が手配されたベテラン水夫400名は、明日にもこちらに着くそうです」プリチャード「さすがは、陛下の寵臣だな……フン」
まーた何か思いついたマリー。お父さんの手伝いとかロヴネルさんの友達を助けるとか、今は他にやる事があるんじゃないですかね? そもそもプレミスにはアンソニー船長達を助ける為に来たのでは……?
今回は三人称でお願いします。
男達はもう何日もこの大湿原の捜索をしていた。彼等には陸上、それも母国の大地の上での仕事は滅多に無い。男達も最初のうちはそれを喜んでいたのだが。
「こう何日も歩き詰めだと、船が恋しくなって来るな……」
「いくら陸の仕事でも、こう何にも無ェ所じゃよう」
松明を持つ男が一人、その周りにも三、四人の男が居て、この起伏の多い大湿原の岩陰や窪みを見て回る。
「おーい、出てきやがれフレデリク」
男の一人は長い棒を持っていて、それで潅木の茂みを突いて回る。
「ああ……寒いなあ、松明係を代わってくれねえか」
「お前はさっきもやっただろうよ」
「もういいだろ、野営地に帰ろうぜ……」
「当直は8時までだ、そんな事したらまた従士共にどやされるぞ」
不平不満を漏らしながらも、男達はまた、岩陰や潅木の間を探り回る。
そこへ。
「アンタたち! 誰に断ってこの大湿原を嗅ぎ回ってるの! 大湿原に入る時はねぇ、道案内屋に挨拶ぐらいしなさいよ!」
高さ5m程の。大地にそびえたつ剥き出しの岩の天辺から、やや拙い口調のレイヴン語の女の子の声が降り注ぐ。
「な……なんだありゃあ?」
「こんな所に、女の子……?」
こんな急峻な岩にわざわざ登ったのか。男達が見上げると……この季節にしては珍しく晴れ渡った夜空の大きな満月を背に。白いブラウスに真っ赤な膝丈のドレスの小柄な少女が岩の上に立ち、こちらを見下ろしている。
「こんな所で何をしているの、ここはアンタたちの仕事場じゃないはずよ! ヴィクター提督はどうしたのよ? アンタたちこんな所で油を売っていていいの!?」
少女の呼び掛けに、一人の男が応じる。
「こ、子供は黙ってろ、何も知らないくせに! 俺達は海軍の為に……」
そこへ慌てて別の男が走って来て注意する。
「バ、バカ、極秘任務だって言われてるだろうが!」
「余計な事を言うんじゃない!」
「じゃ、じゃあどうするんだよ、あの女の子を!」
「どうするって……無視するしかねえだろ……」
男達は少女を無視し、捜索を続けようとする。しかし少女は岩から岩へと飛び移り、高度を保ったまま男達について来る。そして、周辺に広がる……他の、松明を中心とした四、五人のグループにも呼び掛ける。
「アンタ達も! どうしてこんな所に居るの! アンタ達が命を賭けた、狭いながらも楽しい、海の我が家はどうしたのよ! プレミスじゃあねえ、アンタ達が居なくなったって言って大騒ぎしてんのよ!? アンタ達それを知った上で、こんな所でピクニックを楽しんでるわけ!?」
「何だって……!?」
「バカ、相手すんなって言ってるだろ!」
「待てよ、あれが本当だったらどうするんだよ!」
「ほ、本当な訳ないだろ! あんな子供の、女の子の言う事を真に受けるのかよ」
そこへ。松明ではなく風防付きの蝋燭を持った、他の男達とは雰囲気の違う、赤地に金の十字模様のサーコートを着た男が駆け寄って来る。
「お前達、何をしている! 余計な事を言わず、フレデリクを探す事だけに集中しろ!」
少女はその男を見て、何かを確信したかのように。唇を歪めて笑う。
「やっぱり……そういう事なのね! アンタ達! フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの事なら私が誰よりも良く知っているわ! 知りたきゃ教えてやるから、耳ィ澄まして聞きなさいよ! 本物のフレデリクなら今、プレミス港のとある船の中に居るわ! アンタ達が探してるのは偽物よ!」
「て……適当な事を言うんじゃねえ!」
「駄目だ、黙れ、あの女と話すな!」
反論しようとした水夫の元へ、赤いサーコートの男は慌てて駆け寄り叱責する。
少女は。不意に赤いスカートの裾を跳ね上げる。
「えっ……」
男達の目がちらりと見えた白い太腿に釘付けになった、次の瞬間。
―― ドン!
「うわぁぁ!?」
その弾は赤いサーコートの男から3mも離れた岩肌に当たり火花を散らしたに過ぎなかったが。突然の発砲音は、大湿原を散々歩き回り疲労でぼんやりとしていた男達の意識を覚醒させた。
「目は覚めまして!? アンタ達がどうしても賞金手配人を捕まえたいってんならねぇ、ここにも一人居ましてよ!」
少女は右手に短銃を構えたまま、左手で懐から折り畳んだ紙を取り出し、放り投げる。
「よ、よせ、それを拾うな!」
赤いサーコートの男はすぐにそう叫ぶが、三人ばかりの水夫が駆け寄ってすぐにその紙を拾い上げ、広げる。
それは間違いなく、レイヴン司法局が発行した正式な手配書だった。手配書にはかなり緻密に描かれた似顔絵が印刷されている。マリー・パスファインダー。航海者、銃士、剣士。
手配書の上の欄には、情報を持つ者は司直に連絡せよとの走り書きがあった。しかしそこには、その辺の木炭で描いたような乱雑な上書きがされていた。
「しョうきン 1,000まイ」
手配書を見つめる……レイヴン海軍の水夫達が、ポカンと口を開ける。その周りにはどんどん他の水夫達が集まって来る。
「ええい、何だそれは!」
「うるせえ、割り込むな!」
赤いサーコートの男は水夫を掻き分けて手配書の元に辿り着こうとするが、たちまち水夫達に突き飛ばされて地面に転がる。
マリーは右手に短銃を提げたまま、左手で自分を指差し、大見得を切る。
「アイビス生まれの田舎者、父の形見で海越えて、南はマジュド北はスヴァーヌ商いあれば何処へでも! 親父の名前は口には出せぬパンツ一丁の愚か者、親の因果が子に報い、受け継いだのは無鉄砲、痩せたチビとは片腹痛い! 金貨1,000枚の賞金首、マリー・パスファインダーとは! 私の事だよ!!」
「うおおお!?」「金貨1,000枚だと!?」
「待て、そんなの自分で言う訳無いだろ!」「落ち着けみんな、何かの罠だ!」
十数人の男達がもみ合いながらも、少女、マリーが立つ岩に向けて殺到する。
赤いサーコートの男は唖然としたまま動けずに居た。
マリーはすぐには動かなかった。
大湿原、それもこの辺りは数mの高さの岩が林立する天然の迷路のような場所だった。高い場所に立てば全体を俯瞰出来るが、低い場所からはごく近くの様子だけしか解らない。
「聞きなさい、世界最悪の水兵ども!」
男達が自分が立つ岩を登り始めるのを待ち、マリーはゆっくりと移動を始める。
「アンタ達のヴィクター提督、いい男じゃない! 優しくて我慢強くて、私は今日初めて会ったけど、すぐにファンになりましたわ!!」
岩山を登る水夫達の間から笑い声が漏れる。
「だけどアンタ達はあの人が嫌いだとでも言うの!? あの人このままじゃ海軍を辞めるわよ、それも不名誉な形で!」
たちまち今度は、水夫達の間から怒りの声が挙がる。
「何だと小娘!」
「いい加減な事を言うと女の子でも許さねえぞ!」
水夫達の多くはまだ、広い大湿原に広がっている……しかしその松明はどれも明らかにこちらに接近しつつある。
マリーは岩の端まで移動する。急峻な岩には3m程の高さがあり、その向こうには別の、2m程の高さの舞台のような岩がある。こちらの谷間には水夫はまだ居ない。マリーはそこをゆっくりと歩いて降りる。
「こっちだ!」
そこへ、岩に登らず周りを走って来た水夫が駆け寄って来る。マリーは慌てて岩舞台に駆け寄り、二歩でその上に飛び乗る。
「なッ……なんて身軽な子だ」
「アンタ達の提督、水夫達が居なくなったのは自分の不徳のせいだと言って、何とかっていう若い侯爵様に頭さげてたわよ! 何でそういう事になるわけ!?」
「ウソだ! デタラメだ!」
「くそ! あの小娘を捕まえて黙らせろ!」
水夫達の反応は実際には様々だったが、マリーを追い掛けて捕らえようとする者もかなりの数に上った。
マリーは岩舞台から飛び降り、続いて段差のある高い岩に駆け上る。岩の天辺は4m程の切り立った尾根を形成していたが、マリーの足取りはまるで平地を走るかのように素早く軽やかだった。
「なんなんだあの小娘は! これじゃキリがねえ!」
「お前ら見てないで手伝えー! 手配人がこっちに居るぞー!」
水夫達は数を頼もうと、原野に広がる松明の明かりに呼び掛ける。
マリーは岩山の上から辺りを見回すと、松明の明かりが向かって来る方角へと駆け出す。




