フレデリク「僕はレイヴンでは指名手配犯だからね、女装して司直の目を逃れようとしていても不思議は無い。気にするなよマリー、君が女らしくないと言われた訳じゃないから」マリー「黙れ(ドン)」
まーた女装と言われてしまいました……マカーティに言われて以来ですね。背も低く華奢なマリーは別段男性的な見た目をしていないのですが。増して、今はお姫マリーを着ているのに。
マリーの一人称に戻ります。
悪魔マリーが囁いた。知り過ぎている上に人を女装呼ばわりするこの男、ここで口を塞いでしまった方が良いのでは? しかしそれはさすがに天使マリーの集団によって袋叩きにされ、どこかへ運び去られて行く。
ロヴネル提督の友人だという人に、助けてくれと言われてしまえばそうせざるを得ない……そもそもこの人がこんな風に追われているのは、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストのせいだと言う。
見て見ぬふりなど出来ない。
「あの松明は、この男を捜してるんじゃないか?」
しかしジョニー君には何と言って説明すればいいのだろう。彼にはストーク語は解らないと思うが、フレデリクという単語は何度も聞いたと思う。ジョニー君はフレデリクという手配人の事を知ってるのだろうか。
「あの……この人はストーク海軍のロヴネル提督の友人。ロヴネル提督は、私の父ピジョン船長の友人。だからこの人は、私の父の友人の友人」
私はそう言ってみる。
ジョニーは難しい顔をして腕組みをしたまま、私を見ている。
「この人は弱ってる、食事と休息が必要。だから……」
無理かな……ジョニー君はとても真面目そうだし、このオロフと言う人は正直ごろつきにしか見えない。どうしようこんなの、何も思いつかないよ。
ああ……ジョニー君が口を開く……
「……俺が何とかしてやる。ついて来いよ」
ジョニーは私達を先導し、ローズストーンへと戻る道を行く。
「あの……ありがとう、味方になってくれて」
「別に。どこの誰か知らないけど、俺達道案内屋に断りもなく大湿原を嗅ぎ回る奴等に義理立てする理由は無いからな」
ジョニーは私に背を向けたままそう言った。ジョニー少年、男の背中である。
オロフさんは私達の後からヨロヨロとついて来る……そして時々転倒するので、私達は待ってあげないといけない。
やがて、集落が近づいて来ると。
「この辺でいいだろ。俺がこの人についててやるから、お前はピジョン船長を呼んで来いよ」
へっ? 何で……いや、そうか……私たった今この人はピジョン船長の友人の友人だから助けると言ってしまったのだ……あーあ。息をするようにウソをつくわね私は。
◇◇◇
一人で屋敷の居間に戻った私が見たのは、案の定女の子達にトゥーヴァーさん達の話を聞かせている父の姿だった。
「悪党の一人は勇気を奮い起こし骸骨戦士に立ち向かい、斧で持って斬りつけた! ガシャーン! 斧の攻撃を食らった骸骨はたちまち! ばらんばらんになって飛び散ったのだ! ところがところが。バラバラになった骨の周りに仲間の骸骨戦士が集まって何と、パズルのように骨を集めて組み立て直し始めた! ああ違うよ、その骨は肩じゃないお尻の骨だ、そっちは足の骨だってば! 見ろ変なになっちゃった! こんなふうに」
「キャー」「うふふ、あはは」
そして変顔をして手足をブラブラさせてみせる父。
この親父、本当にこの御嬢様達にチヤホヤされる為だけにここに来たのかよ……ああもう、腹を立てるだけ損だ。
「お話しの途中申し訳ないけど、お父さんちょっと来て! ジョニー君が呼んでるから!」
「え……ええ? 今いい所なのに」
私は父の腕をひったくるように掴み、外へ引きずって行く。
◇◇◇
外の灯火はまだ遠くの野原を漂っている……しかしこちらに近づいて来る様子は無い。父も真剣な眼差しで灯火を見つめる。
「何てこった。何なんだあいつらは……もしかして父さんを探してるのかな……マリーが教えてくれなければ危なかった」
「待ってお父さん、あれは別の人を探してる人達らしいよ」
「え……そうなの? マリーはどうしてそんな事知ってるんだ?」
「ごめん、まだ詳しい事は解らないわ、だけど今ジョニー君があの人達に追われてる人を近くに匿っているの、それでねお父さん……事情は後で説明するから、今からジョニー君の前でその人の事を友達の友達だって言って欲しいの」
「そうか、解った」
「ちょっと待って。そんな安請け合いしていいの? 貴方の娘、今かなりおかしな事言ってるわよ?」
「ハハハ、父さんはいつだってマリーの味方だ、マリーがする事なら何だって応援してやるぞ」
こんな時に泣かせないで欲しい。私は父に顔を見られる前に、ジョニー達が居る方へと駆け出す。父も走ってついて来る。
「ちょっと待った! でもあれは駄目だ、バニーガールは駄目だ! 父さんマリーがバニーガールになるのは許しません!」
「そんな話大声でしないで! 誰かに聞かれたらどうするの!」
◇◇◇
「ようオロフ。久しぶりだな、随分酷い顔じゃないか? 俺だよ、ロヴネル提督の友人のピジョン船長だ」
そして父は事情も聞かず、私が言った通りに口裏を合わせてくれた。
「ピジョン船長……? あ、ああ、お久し振りです、大変な目に遭いましたよ」
オロフさんの方も一瞬困惑の色を浮かべたが、そこは悪党同士、すぐにこのウソに乗ってくれた。それを見て、腕組みをしていたジョニーも頷く。
「あの貴族達に説明するのは面倒なんだろう? 俺がひとまず匿ってやるよ、使われてない小屋なら知ってるから」
「ありがとうジョニー君、俺は台所へ行って食べ物を貰って来るよ、なあに、上手くやるさ」
そしてジョニーはオロフさんをローズストーン集落の外れの空き家に連れて行き、父は屋敷の方へ戻って行った。オロフさんはジョニーについて行く途中で振り返り、小声で言った。
「あ……ありがとう……ありがとうフレデリク」
「御願いだからもうその名前は出さないで」
私はジョニー君にも父にも屋敷に戻るよう言われている。まあ、戻りますよ、戻るけど。ちょっと待ってよ。いや、戻ろう。
言われた通り屋敷に戻った私は、もう外には誰も居ない事を確認してから、空き樽の上に、一階の庇に、大屋根の上にと飛び移って行く。恐らくこの建物の屋根の上が、この辺りでは一番の高所だろう。
高い所に登ると、遠くの灯火がよりはっきり見渡せる……太陽は完全に沈み空もどんどん暗くなって来た。思った以上に遠くまで灯火は続いていて……その数は百を超えると思われる。
……
あの人達、何でここには来ないんだろう? 遠くの原野には等間隔の灯火が広がっているのに、ローズストーンの周りにはぜんぜん近づいて来ていない。
ローズストーンの周辺では地元の牧童達が見回りをしていて、不審者が潜む事など出来ないから?
何か、そういう理由では無いような気がする。
……
私は空気の臭いを嗅ぐ。ここはもう海からだいぶ離れているはずなのだが……何故だろう……微かに潮風の臭いがする……
そう考えた瞬間。東に広がる大湿原に点在する、百を超える灯火が、全くの別の物に見えた。
「マリー・パスファインダーですわよ!」
私は思わず、西の空に残る僅かな夕焼けと、東の空の群青色とのグラデーションに染まった空の下、そう叫ぶ。
そして大屋根を駆け下り、庇から跳躍して地面に飛び降り、夕闇迫る大湿原を再び東に向かって駆け出す。