トレバー「いいい一大事じゃじゃ、とととんでもない奴が来よったわわわ」
海賊共「畜生あの女、ロブを、船長を殺りやがった……」
マリー「やっ、殺ってません、銃の台尻で頭を叩いただけで……つーかそっちから襲撃して来といて何だよ!」
「レイヴン海軍モスキート号海尉艦長のバットマーだ! 貴様ら伝統あるレイヴン海軍プレミス司令部のお膝元でなァにやってるんだぁああ!」
フォルコン号とコグ船が衝突している現場に乗り込んで来たのは、三十代後半ぐらいのとても声の大きなおじさんだった。
「何をって、うちはコンウェイの港に商品を持って向かっているだけですよ……そうしたらこの船が出て来て」
「大陸からの積荷を持ってコンウェイに行くなら普通はもっと南寄りを航海して来るだろう! レイヴンの商船だってこの海岸には近づかねえぞ小娘がぁあ!」
ちょっと待ってよ! 海賊に襲われる商船が悪いとでも言うんですか! 私は心の中ではそう思ったが、面倒なので項垂れていた。
プレミスこそ迂回したものの、このコースでコンウェイに向かおうとしたのは私の無知のせいである……いや、不精ひげが教えてくれないからだ。
「とにかく、我々が居る時で良かったがな。感謝して貰いたいものだ」
そしてこれだ……なんで海軍の手柄なんだよ……
コグ船は襲ってくる前からボロボロだった。
謎の水車は役には立たず、むしろ帆走の邪魔になっていたと思う。そして船の下層甲板からは水車を回す為の動力となっていた、疲れ果てたおじさん達が20人ばかり出て来た。一人で階段を登れない程衰弱していた人も居る。
水車が崩壊したのはフォルコン号に追いつこうとして無理な力を加えたかららしい。軸が折れて外側の重い水車が吹っ飛んだ影響で、中に残った軸が跳ねて下層甲板を飛び回り疲れ果てたおじさん達を薙ぎ倒し、粉塵が舞いロープは絡まり木片は飛び散り、とにかく……下は酷い事になっていた。
あと、全く期待してなかったんだけどやっぱり太ったロブスターは嘘だった。この船の船長はあの眼鏡を掛けた太ったおじさんで名前はロブだそうだが。
「とにかくこれで失礼致します。レイヴン海軍の皆さま有難うございました」
私は終始慇懃な態度をとる事に専念し、最後にはきちんと御辞儀をしてフォルコン号に戻った。
「ちょっと、何も取らなくていいの? こっちは何も落ち度が無いのに船を傷つけられたのよ!」
「シーッ、いいんですアイリさん、コンウェイに急ぎましょう、商売が一番です、商売が」
海賊共は一応、主犯格だけは逮捕されるようである。
「可愛い女の子のフリなんかしやがって! やり方が汚ねェぞチクショー!」
「俺達はてめえに負けた訳じゃねェからな! 覚えてやがれー!」
捨て台詞を吐く主犯格達は、海兵にマスケット銃の台尻で小突かれながら、海軍艇に乗せられて行く。
◇◇◇
この話はこれで終わった。私とフォルコン号は無事コグ船と海軍艇から離れ、再びコンウェイへと向かう。
「無事じゃないでしょ、フォルコン号にだって傷がついたじゃない、仕掛けて来たのは向こうなのに……それで何で折角の獲物をレイヴン海軍に譲るのよ」
「アイリさんこそ私掠船稼業が身について来たんじゃないですかね? 何だか生き生きしてるように見えますよ」
今回も私に文句を言ってくれたのはアイリさんぐらいで、他の皆は何も言わない。何だかそれはそれで寂しいような気がして、私はアレクに尋ねてみる。
「太っちょはどう思う? あのコグ船は私達が拿捕したって言い張るべきだったかしら?」
右舷側の手摺りの傷ついた塗装を塗り直しながら、アレクは笑った。
「アハハハ、冗談じゃないよ、あんな船引き摺って行ったって薪にしかならないし、あれだけの数の食い詰めたごろつきの面倒見るなんて御免だって……船長もそう判断したんでしょ」
「そ……そうですよ、勿論、私もそう判断したのよ!
私は真顔で笑う。アイリもそこに駆け寄って来る。
「ちょっ……そういう事なの!? だから誰も文句言ってないの?」
「あんな船拿捕したら大赤字だよ……ねえ不精ひげ」
アレクに話を振られた、舷側からロープでぶら下がって外壁の塗装を直していた覆面男は顔を上げる。
「この辺りは昔は羽振りのいい時期もあったんだけど、今はとても貧しいんだ。弁償させようにも、この塗料を買わせる金も無かっただろうな。自分とこの船だってあんなボロボロなんだから」
正直、私もそんな気はしたのだ。バットマー艦長があの場を引き取ってくれたのは本当に幸いだった。そうでなければ、私はあのどうしようもないボロ船を苦労して岸まで運ぶか、そのまま見殺しにするかの選択を迫られていただろう。
◇◇◇
コンウェイの港に着いたのはそれから二時間後の事だった。規模はそれほど大きくないが、切り立った崖を持つ二つの岬に囲まれた良港だ。
双方の岬の頂上には堅牢そうな石造りの砦も見える。きっと港を守る為の大きな大砲が置いてあるのだろう。何という威圧感だろうか。
港の市域はあまり広くなく、レッドポーチと比べてもだいぶ狭い。入り口の砦の物々しさを除けば、ここは田舎の長閑な港という所か……いや。そうでもなさそうだ。
「うわあ……前に来た時より益々傾いてるね」
「相変わらず、景気は悪そうだな……船長、言うまでもないが燻り者には近づくなよ」
アレクと不精ひげが口を揃えて言う、港の様子は今まで見たどんな港とも違っていた。
まず、港湾の一角に大小様々な船の残骸が、無造作に集められ積み上げられているのが目につく。後ろ半分しか無い大型キャラック船は座礁して下層甲板は海に漬かっているが、上層甲板は無宿者の棲家のようになっている。
そして波もまるでなく、一見穏やかな湾内には中小の船が係留されているのだが、皆一様に型が古く、年季の入ったものばかりだ。そして多くの船体には矢傷や刀傷が多数あり、砲撃を受けて修理した跡も多い。
波止場の住人も、どうも人相が悪い人の割合が多い。日が高いうちから泥酔してる者、道端で熟睡する者、小銭をせびる者と拒む者……何とも煤けた街だ。
そんな事を考えていると。昔はナルゲス近くの海賊団の頭領の息子だったというカイヴァーンが、私と同じように波止場を見つめながら、目を細め短く呟く。
「実家のような安心感」
……
「あの不精ひげ、悪いんだけどこの船、少し離れた所に泊めない?」
「いや、まあ、商売をする分には大丈夫だから、今日は雑貨が中心だし、ほら、貨物桟橋も空いてるから」
フォルコン号が湾内を進んでも、港湾役人のボートは飛んで来ない。貨物桟橋に近いた所で、ようやく係留索ぐらいは拾ってくれたが。
「船籍はロングストーン、名前は……フォルコン号?」
高齢の港湾役人さんは、私が提出した書類に老眼鏡を当てながら言った。
「え、ええ、猛禽類のハヤブサのように速い船ですのよ」
「積荷は、ウインダムの工業製品……そう……ここは見ての通り寂れた小さな港じゃが……まあ、ごゆっくり」
幸いこのお爺さんは、船名の由来にも船長の私の苗字にも興味が無いようだった。何とも拍子抜けである……なーんだ。レイヴンだからって緊張する事無かったじゃない。今まで何を心配してたんだろう。
私は不精ひげを連れて波止場に降りる。他の皆には念の為船で待機して貰う事にした。気まぐれなぶち猫ぶち君は、今日はついて来ない。
「何で俺なんだよ、ウインダムでも付き合ったじゃないか」
「アンタがここに一番詳しいんでしょ、私レイヴン語出来ないし」
町は海から見た通り寂れた印象だが、石造りの街並みはなかなかに美しく、比較的新しい教会などもあり、そう遠くない過去には栄えていた時期もあるのだという事を想像させてくれる。
町の産業も決して海運業だけではないらしい。周辺地域は牧草地に恵まれていており酪農が盛んだそうだ。チーズなどの加工品造りも……ああ、レブナンに残して来たチーズを思い出してしまった。
それからボロ船は、男達にとっては決してただのボロ船ではないらしい。
人相の悪い男達は廃船の山から使える材料を取り出しては、波止場に勝手に組み上げてしまったような簡易ドックに運び込み、自分達のボロ船の改修、改造に勤しんでいる。
まあ、明らかに帆桁を増やし過ぎな船や、船体を補強し過ぎな船も見受けられるけど。私のようなど素人がそう思うくらいだから大概である。
覆面男を連れた私は二年前の取引の時も訪れたという、倉庫街の取引所の方へ向かう。その途中には水運組合の事務所があり、入り口横には掲示板があって、レイヴン王国発行の手配書が貼られていた。
私はそのうちの二枚に目を止める。
一枚はファウスト・フラビオ・イノセンツィ、ニコニコめがね爆弾おじさんの手配書だ。人相書きもついているのだが相変わらず無駄に凶悪そうに脚色され過ぎていて、これでは実物が隣に並んでいても誰も解らないんじゃないだろうか。賞金額は金貨30,000枚、さすがの大物である。
もう一枚はフレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト。ストーク人で身長170cm、髪は金髪、航海者で剣士……そこまでは昔サフィーラで見た通りなのだが。
この人相書きは誰ですかね? ヒゲも普通に生えてる、30歳くらいのおじさんに見えるんですけど。ていうかアイマスクしてなくていいの? 帽子も被ってない。
賞金は……金貨2,000枚かあ。ファウストに比べたらヒヨっ子もいい所ですね……当たり前だけど。