ロブ「待ってくれ牢は無いだろ牢は、せっかくマリー船長が牢から出してくれたのに!」アイリ「そのマリーちゃんが戻って来るまでアンタの居場所はそこよ!」アレク「無理ですアイリさん、この人落とし戸を通れない」
住民の半分が道案内屋の苗字を持つ長閑な山村、サンパシオンを経由し、ピジョン船長と娘マーガレットの旅は続きます。
突然我が家のルーツを明かされた事は私にとっては衝撃的だったが、その事と今回の冒険とは別段何の関係も無いらしい。
この村に生まれた私の曽祖父ホークは船乗りとなって世界を放浪、その息子である祖父イーグルはヴィタリスで生まれたが、やはり船乗りとなり妻コンスタンスと息子フォルコンを置き去りにしたまま世界を放浪、いつからか村に帰って来なくなった。
後は御存知の通り、成長し船乗りとなったフォルコンは村を離れて世界を放浪、そして私マリーは、世界を放浪する船乗りになりかけている。
16歳になったらヴィタリスに帰り、二度とそこを離れず土と共に生きる。私は改めて、心の中でそう固く誓う。
迷路のような起伏を持つ大湿原を、道案内屋のジョニー君は慣れた様子で歩いて行く。
周りには本当に何も無い。岩と草原と時々小川、それだけだ。時々、うさぎやきつねが現れるが、人間に驚いてすぐに逃げて行く。
民家は勿論、畑も牧草地も無い。
「そっちの女の子も意外と足が丈夫そうだな。少し急いで貰っていいか? ローズストーンは決してそう遠くじゃないが、のんびりしてたら日が暮れる」
そして私には劇的な変化が起きていた。自分の先祖がこの国の人間だったと知った途端、レイヴン語が前より解るような気がして来たのだ。
「急ごうお父さん、何してんのそんな所で」
私はその辺りに屈み込んでいる父に声を掛けながら、小走りでジョニー君を追い掛ける。しかし父はそこで立ち上がっただけで、すぐにはついて来ない。
「ちょっと待ってくれ、ジョニー君。最近この辺りを大勢の人間が通ったりしなかったか?」
「えぇ? 俺は聞いてないぜ旦那」
私は手近な岩の天辺にひょいひょいと登る。木々もまばらな大湿原には、人の姿などまるで無いように見える。
「こんな所に人が隠れてたりするの?」
「そんな恰好で身軽だなお前……迷子にさえならなきゃ、この辺りは人を隠すにはおあつらえ向きの場所だ。遥か昔、古代帝国の軍勢が海を渡り攻め寄せて来た時、先祖達はこの湿原に数千の兵を隠してさんざんに奇襲を仕掛けたって言うぜ」
ジョニー君はレイヴン語しか出来ないが、私の質問も通用してるし、私もジョニー君の言ってる事が三割くらいは理解出来る。
なーんだ、私レイヴン語出来るじゃん。
私達三人は大湿原を早足で歩き続けた。
そして太陽が西の地平線に近づいて行く頃、一つの低い尾根を越えた先の、緩やかな斜面の途中に、数軒の建物が並ぶ、ローズストーン集落は現れた。
◇◇◇
集落の中心部には高さ1mくらいの赤ビーツのような色をした天然の岩が鎮座している。これがローズストーンの名前の由来か。
ここの建物は皆申し分の無い石煉瓦で出来ている。こんな場所にある割にはお金には困ってなさそうな、不思議な集落である。集落には厩舎があり立派な馬も数頭居て、羊の牧柵の周りで何か話してる女の子達も、上等の服を着ている。
父が、その女の子達に手を振る……
「ピジョン船長!」
女の子の一人が、父に気づいて大きく手を振り返す。他の女の子達もピジョン船長を知っているらしい。それも、随分嬉しそうな様子である。
「お父さん、もしかしてあの子達って皆お父さんの娘だったりするの?」
「と、突然何を言い出すんだマリー、そんな訳ないでしょ!」
「本当? 私も今日からあの子達の仲間入りをしてここで暮らすんじゃないの?」
「いや意味が解らないから! どんな想像をしてるの!」
女の子達は父に駆け寄って来た。
「御久し振りですわ! ピジョン船長!」
「今度はいつまで居られるの!? ねえ、また海の向こうの話を聞かせて!」
私より少し年上、同じ年、少し年下、という感じの三人の女の子が、実の娘の私の目の前で父にじゃれつく。ふーん。大層慕われてるじゃありませんか。
「日没前に来れて良かった。じゃあ俺は帰るぜ」
ここまで案内をしてくれたジョニー・パスファインダーが、一人で帰ろうとしている……私は慌ててジョニーの腕を掴む。
「ちょっと待ってジョニー、私はこのまま帰るかもしれないから、行かないで」
「な、なんだよ会ったばかりなのに気安くジョニーとか呼ぶなよ……いいや待て、俺は紳士だから女の子一人なんて案内しねえ! 帰る時は父親と帰れ!」
父も慌てて声を掛けて来る。
「いいや待てってマ……マーガレット、お前なんでヘソ曲げてるんだ」
「へそなんか曲げてないよ! アンタ忙しそうだから先に帰るって言ってんの!」
「ピジョン船長、この子なに?」「迷子でも拾ったの?」
集落には一軒、一際立派な建物がある。こんな所に建てるのは大変だったんじゃないだろうか。そして何と言うか、微妙に生活感が無い……察するにこれは、物好きなお金持ちの別荘なんじゃないですかね。
「ピジョン船長! 申し訳ない、エイボン伯爵の園遊会には……出られなかった」
そんな屋敷の方から、一人の黒地に金の刺繍をしたジュストコールを着た、これまた世のご婦人に持て囃されそうな貴公子が現れる……ちょうどトライダーくらいの年と背格好ね、金髪も似てるわ……ああ、いやな事を思い出した。
「キャンベル夫人から聞いたよ、大変そうだね……ああ、紹介しよう、これは俺の娘でマーガレット、園遊会なんでね、連れて行ったついでにここにも連れて来た……マーガレット、こちらはアーサー・リンデン卿だ、御挨拶なさい」
「ごきげんようアーサー卿、ついでのマーガレットと申しますわ、はじめまして」
私はすまし顔で御辞儀をする。
◇◇◇
リンデン卿は普通にレイヴンの貴族のようである。こんな大湿原の中に小集落のような別荘を構え、住み込みの従者達に綺麗に整備させているのだから、貴族の中でもさらに一流の裕福な貴族なのだろう。
先程の華やかな娘さん達は、リンデン卿の妹達らしい。父はピジョン船長として、この人達と友好的な関係を築いているのか。
……
この人達と父の関係は、昨日今日築いた物には見えない。そう思うとまた、私の心の醜い部分が顔を上げてしまう。
可愛らしい貴族令嬢の皆さんに冒険譚をせがまれる父。娘さん達は父に会うのが久し振りだと言っていたが、実の娘である私だって父には年数回しか会えなかったのだ。
この親父、私の知らない所、それもよりによってレイヴンで、ヴィタリスのマリーなどより数段綺麗なお嬢様達に、こんな風に冒険譚をせがまれていたのか。
「船長! お兄様とのお話は終わりましたのね?」
「今度はどんな冒険をして来ましたの!? 恐ろしい怪物には遭いませんでしたの?」
「夕食まではまだ時間がありますわ! 海の話を聞かせて!」
ともかく私達はこの大湿原の中にあるリンデン卿の別荘のリビングに居た。父は晩餐に招待されたらしい。今夜は泊って行くよう言われもしたようだ。まあ、普通に考えれば私も一緒に招待されているのだと思う。
「うーん……話してもいいんだけど……いやいや、やっぱり駄目だ、皆きっと信じてくれないから」
父は。デレデレとした顔で、首を振る。お嬢様方は父に詰め寄る。
「そんな事ありませんわ! 私が船長を疑った事がありまして?」
「意地悪しないでおっしゃって下さいませ、ピジョンさま!」
「恐ろしい怪物に遭いましたのね!? どんな怪物でしたの!?」
父はおもむろに、調子を取って語り出す。
「じゃあ言おう……コホン。私は去年の10月、この世ならざる者の船に出会った……いや、出会ったとは言うが、私自身その事が今でも信じられない……あれは本当にあった出来事なのか、それとも、この世の果てのような乾ききった砂の世界、ソヘイラ砂漠の炎の精霊が私に見せた、幻だったのか……」