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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
強襲のパスファインダー
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アイリ「短銃を渡した!? 何考えてんのよ青鬼ちゃん!!」ウラド「すっ、すまないアイリ! しかし私には船長命令に立ち向かう勇気がッ……」不精ひげ「アイリさん、ウラドを許してくれ、この通り(ペコペコ)」

まるごと不精ひげの過去回。

 提督は完全に私の方に向き直った。


「知っているとも。懐かしい名前だ……君のような若い人が何故その名を知っているのだ? もしや、最近会った事があるのかね?」


 私は念の為、慎重に提督の顔色を探る。ジャック・リグレーはエイヴォリー艦長を乙女にしてしまうヒーローの名前らしいが、提督にとってはどうなのだろう。


「去年の六月に()()()ました。水夫をされていましたわ。その時は別の名前を名乗られていたので、ジャック・リグレーという名前を知ったのは、もっとずっと後なのですが」


 嘘は言わないように気をつけつつ、私は慎重に言葉を選んで話す。

 ヴィクター提督は空を見上げる……今日は風も雲も少なく、一月にしては穏やかな青空が広がっている……


「そうか……奴はまだ海に居たのか。船乗りというのは、そう易々とは海と船から離れられぬものだな……それで? あの男は元気なのか?」


 再び私の方に向き直った壮年提督は、先程まで抱えていた憂いを忘れてしまったかのように穏やかに微笑み、そう言った。

 ジャック・リグレーは、現役のレイヴン海軍提督にとってもそれ程大きな意味を持つ名前だというのか。

 私は早くも、自分の軽率さに後悔を覚えていた。そうは言っても、今さら後には戻れない。


「あの、一つだけ聞かせて下さいませ……あの人は何故海軍を離れ、名前を変えて、水夫を続けているのでしょう?」



   ◇◇◇



 本名はジャック・ニコラス・リグレー。意外な事にニックという通称はセカンドネームを元にした愛称であり、偽名ではなかった。

 20年近く前、当時ガレオン船の艦長だったヴィクターが出会ったリグレーは、剣術、航海術、語学に砲術と様々な技能に秀でた、大変優秀で前途有望な青年士官だったそうだ。


「私の船にも士官として一年間乗り組んでいた。当時我々は新世界におけるコルジアとの覇権争いの真っ最中で、短い間にも奴は両手で数え切れない程の武勲を立てたよ。才能も覇気もあり、厳格だが仲間思いで辛抱強い奴だったから、同僚の士官は勿論、水夫達からも好かれる人気者だった」


 一年の任務を終え帰国した後で、ヴィクター艦長は司令部にリグレー海尉を強く推薦した。その結果リグレーは大変に若くして新造コルベット艦スパローホーク号の海尉艦長となり、一人の指揮官として再び新世界へと渡った。

 リグレーは最初の航海から海軍の期待に応え、密輸船の摘発や味方商船の救援、敵対私掠船の征伐など、数多くの軍功を挙げた。


「本国に戻っての短い休暇の後、リグレーは二度目の航海に出た。行き先は新世界、住みなれたスパローホーク号、気心の知れた部下達……彼等の出港には、それはもう多くの乙女達が見送りに来た……私でも羨望するくらいのな」


 ちょうどその時、新世界のある場所では現地勢力による反乱が起こっていた。現地の大農園主などが国籍を超えて手を組み、本国の勢力を追い出して独立を果たそうとしたのである。

 反乱にはレイヴン海軍の不満分子も加わっていた。特にその時点で海域の最大級の戦闘艦だったガレオン船シーサーペント号が叛旗はんきひるかえした事は、現地の王国海軍を非常に動揺させた。


 速やかに鎮圧出来なければ、なし崩し的に反乱軍につく者は増える。そして本国が反乱を許容し独立を認める事は決して無いだろう。ふくれ上がった反乱軍と本国から派遣された大兵力の激突、そんな事になれば、どれほどの同胞の血が流れるのか想像も出来ない。


「そして嵐が吹き荒れる日、スパローホーク号は、とある無人島の入り江に避難していたシーサーペント号を発見したのだ」


 スパローホーク号の大砲は12門。対するシーサーペント号は50門を超える二層甲板艦、乗員の人数も全く違う。しかしリグレーは、シーサーペント号を叩くのは今しか無いと判断した。


 そしてそれは、酷い泥仕合どろじあいになったという。


「結果から言えば、スパローホークは勝利(・・)した。狭い入り江で身動きの取れないシーサーペントは座礁して大破、反乱を起こしていた艦長と士官はことごとく戦死し、残りの水夫達は降伏するか、島の奥地へと逃げて行った。この勝利はリグレーが挙げた軍功の中でも最大のものだったと言える。象徴的な大型戦闘艦を失った反乱軍は浮き足立ち、農園主の中からも本国側へと再び寝返る者が現れ、一年と経たずに、謀反むほんの火は消えた……」


「じゃあ……リグレーはますます英雄扱いされるようになったんですか」


 愚かな私は、何も考えずにそう聞いてしまった。ヴィクター提督は深い溜息ためいきをつき、うつむいた。


「しかし、その戦いでは本当に大勢が死んだのだ。士官候補生時代からの親友だった副官、若いリグレーにとって師範も同然だった航海長、リグレーの元で働きたいと幾度も志願して乗り組んだ海兵隊長、リグレーを心の底から尊敬していた士官候補生、司厨長や艇長……」



 血の気が、引いた。



「友人の存在というのは人生に喜びと張り合いを与えてくれるが、軍に於いてはそれが目の前で失われる事もある。そういう事がなるべく少なくなるようにな、海軍というのは年中士官の配置換えをするし、艦長が自分の船にお気に入りの水夫など連れて行かないようにするものなのだが……あの頃のリグレーは特別だった」


 スパローホーク号の乗組員達は、士官も水夫も、リグレーの友人ばかりだった。


「その戦いではリグレー自身も大怪我をしていた。奴はむしろ、自分も先に死んだ仲間達の所へ行くつもりだったのだろう。救援に駆けつけた艦長は、とてもリグレーが生き延びられるとは思わなかったそうだ」


 しかし、ジャック・リグレーは生き延びた。新世界の療養所である程度回復したリグレーは、さらなる静養の為本国に移送された。ノーラの市民は彼を英雄として出迎えようとしたが、ノーラに着いた船の中から、リグレーの姿は消えていた。

 ノーラでは「リグレーは大勢の仲間を失った事を気に病み、自ら海に身を投げた」という噂も広がった。しかしリグレーは実際には死んだ乗組員達の家を訪れ、残された者に詫びて回っていた。


「私が最後に奴に会ったのはスパローホーク号とシーサーペント号の戦いから一か月後、奴が治療を受けていた新世界の港の療養所だった。数か月前とはまるで別人のようだった……勿論私も説得を試みた、戦で死ぬのは軍人の定めであり、生き延びた者が気に病むものではないと、お前が戦わなければ結局他の誰かが戦う事になり、その時には数倍、数十倍の血が流れていたと……」


 しかし、リグレーの気持ちは変わらなかった。リグレーは、自分はとてもこれ以上、海軍には居られないと言った。


「恐らく、ありふれた話なのだろう。古今東西、人が大勢住んでいる所には必ず戦いがあり、戦いを職業とする者が居る。職業軍人は、それがどうしても必要であれば、目の前に居る友人を死地に追いやらなくてはいけない時がある」


 私の脳裏で、若い頃の不精ひげと、フルベンゲンで見たマカーティの姿が重なって見えた。


「リグレーもそれは解っていた。解ってはいたが自分には耐えられないと。自分は、こんな艦長になるつもりではなかった。奴はそう言って泣いた……私もそれ以上は何も言えなかった」



   ◇◇◇



「お茶はまだ残っているかね? 話していたらまた喉が渇いた……いや君、何事だねそれは」


 私の理性は半ば崩壊していた。顔じゅうの筋肉が引きり自分でももうどんな顔をしているのか解らない。涙は目と言わず鼻と言わずあふれ、だらりと下がった口角からもあふれている。


 私は不精ひげに……いや不精ひげって何だ、彼にはニコラスというちゃんとした名前があって、その愛称としてニックと呼ばれているのに、私は彼を何故そんな失礼な名前で呼び続けていた!? 偽名だなんて決めつけてまで……


 私は今まで何度、無謀な冒険に仲間達を巻き込んだ? 無責任にも程がある、私はただ運よく、今まで運よく上手く切り抜けて来たからいいが、もし、もしも皆を、いや誰か一人でも死なせるような事になっていたら、どうなっていたのか?

 しかもジャック・リグレーのスパローホーク号での航海とは違う。彼等は仕事の為、自国民の為、他の仲間達の為に敢えて危険を冒したのだ、私のように気まぐれに冒険をしていたのではないのだ。


 そんなジャック・リグレーに私はこの半年何をさせて来た?

 不精ひげと呼び我侭わがままな命令を突き付け、釣り道具の手入れや荷物持ちをやらせ、ちょっと寝坊しただけでエールを取り上げ、おかしな覆面を被せて笑い者にして……


『その……本当にごめん。だから、あの、一生の御願いだ、どうかあと数時間でもいい、待ってくれ、頼む、この通り……』

『お断りって言ってるでしょ!! これでおしまいよ! 貴方の企みも! 私の我慢も!』


 ぎゃああああ初めて出会った頃のあの暴言も鮮明に脳裏に蘇って来る! 自分達が失業するのを解った上でリトルマリー号を売ってそのお金を私に渡そうとしていた不精ひげに、何も知らない生意気な小娘が突き付けてしまった暴言が……



「何とかならないのかねそれは。これではまるで私が君を泣かせているようで、世間体が悪いのだが」


 気が付けば、目の前でヴィクター提督が腕組みをして苦笑いしてる……アイビス国民にとっては鬼のように怖いレイヴン海軍の、鬼より怖い提督だというのに。その表情はまるで、優しい近所のおじさんのようだ。


「ご、ごめんなさい……つい……ヴィクターさまの話に聞き入ってしまって……」

「こういう話は陸の人間、事に女性と子供にはあまり理解して貰えない事が多いのだがね……君は変わっているな」


 私はどうにかポットを手に取ろうとするが、手が震えて上手く持てない。提督は私に代わり、自分でポットを取って、残りのお茶をカップに注いだ。


「お嬢さん……貴女がどこでリグレーに会ったのか、それは聞かないでおこう。しかし私の話にそれだけの衝撃を受けるという事は、奴の事を決して憎からず思っているのだと思う……奴はもう普通の人間の数倍、レイヴンの為に働いた男だ……もし君にまた奴に会う機会があるなら、どうか伝えてくれないか。当時を知る者は皆、お前の幸せを願っていると」

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本作はシリーズ六作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[一言] (号泣)…涙がにじんでタイピングできましぇん!!! ええはなしや~~。そして北の海での無精ひげ閣下の鼓舞する声が思い返されます… 後、話の隅に追いやられた親父…
[一言] いつだったかマリー船長が海賊を出し抜いたときに、俺にはできない判断だ、みたいなことを言ってた気がするけど そんな壮絶な泥仕合をやってたんなら鮮やかな手並みに羨望する思いだったのかもなあ
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