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ロブ「丸々太ったカモだぞ、こんなチャンス二度と無ェ!」エンドン「お前らへばってないでちゃんと漕げ!」

レイヴンの港へ向かう事になったマリー船長とフォルコン号。

商船が積んでる商品を売りに行くだけなんだからいいじゃない。

 私は適当に真っ直ぐ目当ての港に向かおうと思っていたが、私が寝ている間にロイ爺達は進路を変え、レイヴンの軍港の一つであるプレミス港の哨戒範囲を迂回するコースを取っていた。そこにはあまり近づいてはいけないそうだ。重ね重ね申し訳ない。


 さて。父が事件を起こす前は、私達パスファインダー商会の船は普通にレイヴンの港にも寄港していたという。首都のブレイビスを訪れた事だってあるし、今迂回して避けているプレミスにも得意先があったのだそうだ。

 そして私が向かおうとしている港はコンウェイという、プレミスより西の港町だ。リトルマリー号時代の出納帳によれば、二年前の春に訪れていて、やはり雑貨や工業製品を持ち込んでいる。



 昼前には北の水平線に陸地が見えて来た。いよいよレイヴンですよ。私は甲板から望遠鏡で覗いてみる。

 レイヴンは強く先進的な海軍を持つ海洋王国で、様々な技術の発達した工業国でもあると聞く。私はアイビスの片田舎の娘なので、少し気後れしてしまう。

 きっと凄い都会なんだろうなあ。綺麗に舗装された道をたくさんの馬車が行き交ってたりして……


 ……


「あれが、レイヴンだよね……?」


 私は望遠鏡から目を離し、振り返る。ジブセイルの調整をしていた不精ひげは、ちょうど目の前に居た。


「ぶひゃっ!? ひっ、あひゃはははははは!」


 私はたまらず腹を抱えて笑う。

 不精ひげは私が作ってやった革の覆面をすっぽりと被っていた。様々な色の皮革の切れ端を縫い合わせ、孔雀をイメージした極彩色の刺繍を施した特別製のやつである。目の周りにはレース素材を使って視界を確保し、口の周りだけは不精ひげが見えるよう露出させた。やっぱり角飾りもつければ良かったかなあ……動索にでも引っ掛かったら危ないと思い、泣く泣くあきらめたのだ。


「そんなにおかしいか、俺……」

「おかしくない! 全然おかしくないよ不精ひげ! 解らない、それならアンタが誰なのか私達以外にはぜんぜんわかんない、もう仮病使って船員室に逃げ込む必要も無いよ、良かったね不精ひげ!」


 これでようやく半年前のキャプテンマリーの服の借りが返せた。ともかく、私は望遠鏡で見た物について不精ひげに尋ねる。


「ところであれ、レイヴンだよね? なんにも無いよ? 町も港も、畑すらもろくに無いじゃん……崖と原っぱばっかり」

「当たり前だぞ。アイビスだってどこもかしこも栄えてる訳じゃないだろ」

「えー。アイビスなんてどこも田舎じゃん、コルジアとかレイヴンは新世界にも中太洋にもバリバリ進出してるんでしょ」


 プレミスは大きな軍港だと聞いたのに。そこから50kmしか離れていないこの辺りには、軍艦どころか漁船もろくに居ない。


「油断は禁物だぞ。コンウェイへは普通の商船はなるべく真南から行くんだ、この辺りはあまり治安のいい場所じゃないから」

「ええ? すぐ近くに大きな軍港があるのに?」

「それはその……むしろ近くに軍港があるから……」

「どういう事よ? 海軍って言わば海のおまわりさんじゃないの? 目の前に海軍基地があるのに盗賊が出て治安が悪いなんて事あるの?」

「あっ、ロイ爺が呼んでるから」


 不精ひげは舵を取っているロイ爺の元へ走って行く。上手く逃げられたわね。



   ◇◇◇



 正午を過ぎて。北寄りの風に難儀なんぎしながら、フォルコン号は複雑に入り組む切り立った海岸線沿いを西北西に進む。陸地にはたまに集落が点在する他は、殆どが牧草地か野原だ……レッドポーチ周辺だってもう少しひらけてるよ。


 そこへ。レイヴンの北西の海岸の崖の向こうから、一隻の船が順風に帆を膨らませて現れる。マストは一本、四角帆が一枚だけ、高い船尾楼を持つ、コグ船のような古い船だが……何だろう、両舷側に巨大な水車のような物がついている。

 水車は回る……まさかあれはオールの代わりなのか? あれで前進してるの!? 凄いや、さすが海洋王国レイヴンの船ですよ!

 そんなに大きな船ではない。何なら全長はフォルコン号よりほんの少し短いと思う。見た感じ使われている木材などは古そうだが、あんな仕掛けは他所では見た事ないし、古い船なのか新しい船なのか良く解らない。



 フォルコン号はそのまま前進して行く。

 変な船もその行く手に交差するように進んで来る。

 このまま行くと接触するのでは? 残り距離は100mほど……


 私は艦首に立っていた。バウスプリットの横に立ち、向こうの船に大きく手を振ってやる……向こうでも、おじさん達が私を見て笑顔で手を振っている。


「どこへ行くんだぁー?」


 おじさん達が叫んでいるが、私はレイヴン語がよく解らない。不精ひげかウラドなら解るらしいけど、今その二人は別の仕事をしていて近くに居ない。

 私は適当に手を振り、アイビス語で叫ぶ。


「おじさまー! ごきげんよう、お魚は獲れますのー?」


 すると次第に近づいて来る向こうの船から、アイビス語で返事が返って来る。


「今日は大漁だぞぉー! お嬢さーん、でっぷり太ったロブスターをあげるから、船を止めなよぉー!」


 ほほう、でっぷり太ったロブスターですか……ヴィタリスに居た頃はよく泥臭い川海老を集めて煮て食べたけど、ロブスターってどんな味がするんだろう。


「ごめんあそばせー、先を急ぎますのよー!」


 私はもう一度笑顔でそう言って手を振る……それから振り向いて舵を取るロイ爺に合図しようかと思ったが、どうやら言わなくても解っているようだ。アイリは甲板の洗濯物を片付けて下に降りて行く。非番のウラドとアレクを起こすのだろう。


―― ギギギィ……バタッ……バタッ、バタッ、バタッ……


 向かって来る変なコグ船の両舷の水車の回転が次第に速くなって行く……凄い、あの船本当にあれで進むんだ! ただ……向こうは元々追い風に乗っているので、あの水車がどのくらいの効果を発揮してるのかは良く解らない。


 どんどん近づいて来る変なコグ船。先ほどまでは甲板に居るおじさんは3人だけだったが、船尾楼の中からさらに10人ばかり、斧やらカトラスやら持ったおじさん達が飛び出して来る……ああ、向こうには四丁ばかりのマスケット銃もあるようだ、あれで撃たれるのは嫌ですね。


「俺がやるから姉ちゃんは隠れてろよ」


 ずっと波除板ブルワークの陰に隠れていたカイヴァーンが、マスケット銃に弾を詰め終えてそう言った。


「それは私専用のマスケットでしょ、貸しなさい」

「姉ちゃん、人を撃つの嫌なんだろ……」

「だからって他人に撃たせるなら自分で撃ってるのと一緒だよ! お姉ちゃん命令だよ!」


 私がそう言うと、カイヴァーンは素直にマスケット銃を差し出してくれた。

 次の瞬間。コグ船が船尾楼に海賊旗を揚げた。


「ヒャッハー!! お嬢ちゃんはそこへ伏せてなああ!」


 そして旋回しながら艦首側へかすめめるように接舷しようとして来る。ホントに居るのね、海軍基地の近くに海賊なんて。


「上等よやってやろうじゃない、マリー・パスファインダーですわよ!」


 私は銃を受け取り、雑に構える。

 次の瞬間。


―― ドガシャアア!!


 突如、コグ船のこちら側の舷側で何かが爆発するような音がしたかと思うと、取り付けられていた巨大な水車が、崩壊しながら船体からもぎ取れる!


「うわぁぁあ!?」

「な、何だああ!!」


 コグ船は激しく揺れ、海賊共は甲板を転げ周りパニックにおちいっている……ちょっと待て! コグ船の針路が変わりフォルコン号の針路に侵入して来た!?


「ぎゃあああ!? ロイ爺避けてロイ爺!」


 このままだとフォルコン号の艦首がコグ船の船腹に真っ直ぐめり込む!

 私もパニックだ。


「どきなさいあんたたちふざけんなー!!」


―― ドン! ドォン! ドォン!!


 いや待て撃つな私、向こうに操船して避けてもらわなきゃいけないのに!


「伏せろよ姉ちゃん!」

「あっち行けー!! バカー!!」


 頭に血が登った私はカイヴァーンの言う事も聞かず、コグ船に無意味な威嚇射撃を繰り返す。

 ロイ爺はギリギリで舵を切り、フォルコン号はどうにか正面から衝突する事は免れたものの、決して浅くない角度で艦首右舷から水車の無くなったコグ船の脇腹に衝突する。


―― どーーん(笑) バリバリバリ! バキッ! グシャア!


 コグ船の船体は見た目以上にもろかった。衝突で砕けるのは向こうの船体ばかりだ。


「くッ、くそーッ! だがこれで接舷したぞ、俺に続けー!」


 あれが海賊の船長だろうか? 禿げ頭に鉢金を巻いたでっぷり太った男が斧を振りかざしながらコグ船の甲板の方を向いて何事か叫ぶ。しかし私は既に舷側を飛び越えその男の真上に迫っていた。


「ロブ、危ねェ!」

「何?」


―― ドォン!


 別の海賊が叫ぶがもう遅い。私は真上から男の頭にマスケットの銃床を叩きつけつつ、引き金を引く。もんどりを打ったロブ? という男は最後に上を見上げる……なんでか笑った顔で……

 男は目を見開いたまま、気絶して仰向けに倒れた。


「ロブがられたァァ!」

「嘘だろあの女!?」

「畜生! お前らも武器を取れ、獲物はいい船だぞー!」


 海賊の一人は下層甲板に向かって叫んでいる、もしかして下にもたくさん居るのか!?


「ひゃあゥッ!?」


 誰かの悲鳴に私は振り返る、見ると斧を持った不気味な覆面男が、別の海賊を一人殴り倒している!? ああ不精ひげかこれ。


「突出するなよ船長!」

「船長は下がれッ!」


 私よりよっぽど暴力嫌いなウラドも、やはり斧の腹を海賊の横っ面に叩きつけ、昏倒させながらそう言った。


「早く上がって来い! 敵はほんの三、四人だ!」


 残りの海賊は下層甲板への階段に向かってまだそう叫び続けているが……カイヴァーンは猛獣のように素早く次から次へと海賊に掴みかかっては海に投げ捨てていて、甲板に居る海賊はそれこそもう三、四人しか居ない。


「降伏するならマリー・パスファインダーは命までは取りませんのよ! そこへお直りあそばせ!」


―― ドォン!


 もしかして下層甲板に海賊など居ないのではと思った私は、銃を天に向けもう一度発砲しながら大見得を切る。


―― ガシャン


 残った海賊達は、呆然とした表情で……持っていたカトラスなどを甲板に落とす。


「はぁーぁ……」

「ヒッ!?」


 突然真後ろから長い溜息を耳元に吹き掛けられ、私は飛び上がる。振り向けばアイリさんが呆れ顔で腕組みをしている。


「マリーちゃんはともかく、不精ひげもウラドも本当はこういうのが好きなんじゃないの? 貴方達なんか生き生きしてるのよね、こういう時って」

「そっ、そんな事は無いぞ、俺はいつだって疲れる事はしたくないんだ」

「本当に暴力は嫌いなのだ、信じて欲しい……今も胸の内は後悔で一杯だ……」


 不精ひげはともかくウラドをいじめるのはやめてよ。私がアイリにそう抗議しようとした、その時。


―― カン、カン! カン、カン!


 東の岬を回って、一艘いっそうのボート、いや一隻いっせきの船が大急ぎでやって来る……威嚇するようにマリンベルを鳴らしまくりながら……大きなボートにマストを立てただけみたいな船ね。リトルマリー号より小さい。だけどレイヴン海軍旗を揚げているし、漕ぎ手の数は結構多い。



「待てぇぇいそこの海賊!! レイヴン海軍だぁあ全員動くなぁああ!!」



 海軍って……今さら出て来て何ですか。まさか私達の事を海賊と言ってるんじゃないでしょうね?

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本作はシリーズ六作目になります。
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>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
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